Report 14 妖誅(5)
〈交戦状況〉
イソマツ VS 丙 → 賢治が丙に連れ去らわれて、イソマツが追跡中
庚&辛 VS リチェ&ソクハ → リチェとソクハを振り切って、庚と辛は日輪山方面へ逃走
壬 VS 陰陽保安局東部支局 → 壬が太七川方面を遡行して逃走中
〈残存敵対勢力〉
甲 丙 戊 庚 辛 壬 干
【Side - イソマツ】
月輪山の森を、二台の飛行箒が駆っていく。
イソマツと丙による、カーチェイスならぬブルームチェイスであった。いや、ドッグファイトと言うべきか。
「くそっ!! 振り切れねえッ」
丙は低空飛行かつ、ギリギリのところで木々の間をすり抜けていく。
だが、イソマツは全く振り切られることなく食らいついてきた。その飛行テクニックは、完全に年相応のそれを超えていた。
(この角度だと賢治くんに当たるし、ワイヤーが焼き切れたら賢治くんが宙に放り出される……。〔バクチク〕は撃てないね)
――ぐわん。
イソマツの視界が揺らいだ。
(――!)
突然、目の前にニレの幹が出現した。
操縦桿を反射的に左へ切る。
ワイシャツの右肩の布地が、木の皮に引っかかって破れた。
あとコンマ7秒遅れていたら、激突していただろう。
界境 Xoundaly――汎人界と術師界の境界である。
山のなかは様々な霊気が飛び交い霊力場が乱れやすく、予測し難い霊力場現象をたびたび引き起こす。日本で古来「山は異界」と呼ばれるその所以は、ここにある。
術師界成立時、汎人界と術師界はこれを利用して、二者を隔てる境界としたのだ。このような、自然によってできた力場の乱れを利用した界境は、「自然力場型」と分類される。
プィ―――
けたたましい笛の音と共に、拡声呪文によって拡大された警告の声が森に響いた。
『その二人!! 止まりなさい!!!』
二機の飛行箒が、丙とイソマツを追いかけてきた。操縦士は二人とも、同じ白いヘルメットに反射材つきの上下グレーの作業着を着た、屈強な男性であった。
魔導内務省魔導交通建設管理局|の外局である界境警備隊である。
面倒臭いな、とイソマツが思ったその時だった。
丙が操縦桿を思い切り後ろに引っ張り、グリップを左へ回した。
ボンッ!!
瞬間、マフラーの排出霊気が一帯を覆う勢いで炸裂する。
「……くっ!」
イソマツは上を見た。
虹色の煙幕のなか、一瞬で小さくなってしまった丙の機影があった。
急上昇したのだ。
「¡¡……Lo haré!!(やってやろうじゃん!!!)」
イソマツは不敵な笑みを浮かべ、少しも躊躇することなく操縦桿を後ろへ最大限に引っ張った。
ボッ――グゥゥゥウウウン。
マフラーが爆音をあげると同時に、地面とは逆の方向へ丹田が引っ張られる。
丙は操縦桿を巧みに右へ、右へと小刻みに操って、錐揉み回転しながら上昇していく。イソマツもそれに合わせて飛行箒を操作する。スピードが急激に上がって、霊動機が悲鳴を上げる。機体は震え、操縦桿を操作するのもやっとだった。
二人の界境警備隊の声は、瞬く間に聞こえなくなった。
丙とイソマツは2秒もしないうちに、森を飛び出した。
そして高く高く舞い上がり、対流雲のヴェールを貫いた。
――ク、ン。
今度は逆に、操縦桿を前に倒す丙。
すると、またしても虹色の排出霊気と爆音を上げながら螺旋を描きながら急降下した。
戦闘機で言うところの、バーティカル・クライムロールというテクニックである。螺旋を描くように錐揉み回転することによって、空気抵抗を巧みに避けつつ最大スピードを目指すという、熟達した技術が必要な高等技術だ。
それは飛行箒でも同じことであり、魔導航空兵でもなければまずできない芸当だ。それも、少年一人を背負ったまま成功させたのだ。十中八九、丙は国防魔導軍の空部軍団に所属していたパイロットだったのだろう。
だがイソマツは、丙に続いてそれをやってのけようとした。
ボンッ――
そして、やってのけた。
超速度で急降下して、グングン丙に追いついていく。
「く、くそ!! 俺は魔導士官学校のバーチャル・シミュレーションで最高成績を取ったことがあるんだぞ!! 何者なんだお前は!!」
丙が悔し紛れにそう叫んだ。
「――Yo soy monstruo.(バケモノだよ)」
誰にも聞こえない声で――自嘲気味にイソマツがつぶやいた。
対流雲を抜け、まるで地獄へ落ちていくように二機が急降下していく。
眼下の円島は、三日月状の平地に汎人界が広がっていて、北の日輪山と南の月輪山で囲まれて形成されているはずの円島自治区には――
何の変哲もない森だけが広がっていた。
円島自治区の界境は上空にも展開されており、観測者の認識を狂わせる。
まるで街全体が亜人や妖獣の〔隠形〕を使っているかのように、ただ森が広がっているようにしか見えないのだ。この霊的結界は極めて強力であり術師であっても界境から出れば、何もないようにしか見えないのだ。
ぐわん。
だが地上300m辺りのところで、視界が揺らぐ。
見慣れた清丸町の光景が、目の中いっぱいに飛びこんだ。
真下には清丸高校の校舎が――
★
【Side - 桐野】
時間は三分前に遡る。
桐野は、清丸高南棟二階のコンピューター室で魔導情報科の授業を受けていた。
23名の生徒が一斉にパソコンに向かって、SNSの活用方について勉強していた。今は全員がWizperの画面を開き、教師の指示に従って操作している。
「おい! 『トレンド』を見てみろ!!」
一人の男子生徒が声をあげた。
すると、瞬く間に生徒たちはざわめき始めた。
肥満の男性教師が「こ、こら! 勝手にリンクを開くんじゃない!」と制止しても、誰も言うことを聞かなかった。
――マガツが犯行声明出したんだって。
目を見開き、桐野は慌てて「トレンド」を項をクリックした。
すると、ずらっと並んだ関連ワードが桐野の目を引いた。
マガツ 赤マント テロ 円島 襲撃 陰陽保安局東部支局爆発 火災 太七川氾濫
(……!!?)
一体何が起きているのか。
桐野は、炎上の発信源であるツイートを探り当てる。
Bt89BYp @0b7b_IB9
※ 動画あり
15:30 – 2017.5.29
そして、動画のサムネイルを見て目を見開いた。
それは麻枝の記憶の映像で見た動画のなかの松元精輝の衣装とそっくりな、赤マント姿の六人が映っていたからだ。
性別も顔もわからず、わかるのは身長くらいである。一人だけがかなり背が低く、赤マントの衣装が体格に全く合っていなかった。
(六人……。捕まった十干は、癸、己、乙、丁の四人……。数は合っている。こいつらは、残った十干の六人だろう)
桐野は再生のマークボタンを押す。
場所は、どこかのトンネルのようだった。
かすかにプラットホームのように見えるところから桐野は、かつて走っていた円島電鉄の廃駅のどこかだろうと考えた。
『この動画をご覧になっている諸君。我々は腐った魔導貴族どもに搾取される術師人民の解放を目的とする革命的術師結社・マガツである』
赤マントの一人が喋った。
声は変声術か変声機を使っているようで、素性を窺い知ることは全くできない。
『2017年5月29日。我々は満を持して、兼ねてより計画していた行動を実行する。帝国時代より魔術師や亜人を迫害してきた現在で言うところの汎人たち、かつてその頂点に立っており現在でもヒト純血・差別主義を公言して格差社会を肯定する魔導貴族ども、そいつらに踊らされてなけなしの自尊心を憎悪煽動行為にぶつけるレイシストのヒト術師ども。この矛盾した魔導帝国主義社会を支える官憲術師ども……。そして、このような許しがたい既得権力者どもと、なあなあの関係で苦しむ無産術師人民を見殺しにしてきた裏切者・妖魔同盟。我慢の限界に達した術師人民を代表し、我々は彼奴ら権力の走狗に対して今日、正義の鉄槌を加えることにした』
(どうしてこういう連中は、回りくどくて生硬な言い回しを好むんだ。早く本題に入れ)
桐野は心の中で毒づいた。
『15時30分。我々はこの時間を以って、円島自治区および汎人界の神奈川県円島市で、闘争を開始する』
想定していたことであるが、起こって欲しくなかったことだった。
いよいよを以ってマガツが、本格的に「門」を奪いに来たという宣戦布告である。
この動画では「門」の名前は出さないだろう。
だが、これまで何度もマガツからの襲撃を受けてきた桐野にとって、今回の行動が「門」を奪うための行動だろうということは考えずとも分かった。
「……これは」
制止を呼びかけていた教師も、食い入るように自分のディスプレイを見ていた。
「円島」という地名が名指しされたことで、無視できなくなったのだ。
なお他の生徒は、せせら笑う者もいれば、本気でおびえた声を出す者もいるといった感じだった。
桐野のクラスに在籍しているのは、術師界の体制側にいる出自の生徒ばかりだ。こうした手合いに対しては、無理解と強烈な憎悪が刷り込まれているのだろう。
『まず手始めとして、陰陽保安局東部支局および魔導警察の襲撃を開始する。これを以って開戦の狼煙とする。この動画が再生されている頃には、既に襲撃は完了していることだろう』
桐野は、トレンドワードである「陰陽保安局東部支局」をクリックする。
そのかわりWisperでは「爆発を目撃した」という投稿がいくつも出てきて、そのなかには写真や動画つきのものもたくさんあった。だが、まだ術師界内のマスメディアによっては報道されていないようだ。
一方、円島自治区にある魔導警察署が襲撃されたという情報は見つからない。予定が遅れているのか。
(……!)
検索のタイムラインを辿っていって桐野は、「汎人界で術を使ったアホ」と称されたつぶやきに目が止まった。それは、Wisperとは違う汎人界のSNSの投稿にリンクを張ったものだった。
括目するべきは、元の投稿で添付されていた動画には、円島マルティン教会が映されていたことだった。
パナマ帽に白スーツの男と、甚平姿でひげ面の小男の二人が、黄金の波に乗って柵を乗り越えて教会の敷地内から出ている。柵の外の公道に、彼らを追いかけるシスター二人――リチェとソクハが出てきたところで動画は終わっている。
桐野はこの男二人が誰だかは分からないし、Wisperでもマガツとの関連性を指摘する書き込みはなかった。だがおそらくこの小男は、マガツの犯行声明動画において身長が低くて衣装が全く合っていなかった十干の一人だろうと思った。
それと何より怪しげな術師二人が、日中に汎人界の子どもの面倒を見るフリースクールを営む教会を押し入る目的など、現世の「門」の力を狙ってのこと以外に考えられない。
(まさか……現世が誘拐された!?)
動画を確認する限り、二人組の男が現世を抱えているようには見えない。だが、ゲーティアに変身した姿なら白スーツの懐に入っても、アングルが遠ければ分からないだろう。
桐野の心臓が、早鐘を打つように高鳴った。
ブラウスの胸ポケットに入れている「U」のバッジに意識を集中させた。
桐野の脳裏に、彼女を中心とした同心球状の空間が広がった。その中で、三つの光球はバラバラに動いていた。
現世の光球が教会から、西へ向かっている。図画トンネルのある方向だ。
これだけでは、誘拐されたかどうかはわからない。
もっとおかしな動きをしているのは、賢治とイソマツだった。二人の光球は遥か高い高度にあり、逃げる賢治をイソマツが追いかけていた。
この光球の運動から桐野は、次のような状況を推理した。
賢治が飛行箒に乗った十干に誘拐されて、イソマツがどこから調達したかわからない飛行箒で追いかけている。
それくらいしか、納得のいく推理は成り立たなかった。
だが二つの光球の運動は、そんなことを悠長に考えていられなくなる動きを示した。
賢治の光球がとんでもないスピードで、桐野の方へ落下してきたのだ。
(……!!!)
全身が粟立った桐野は席から立ち上がって窓へと向かい、開錠して窓を開けた。窓枠から身を乗り出して、上空を見上げる。
――赤マントの人物が賢治を背負いながら、飛行箒に乗って校内の敷地へ墜落するような急降下をしていた。
「《オーバーグロウン・グレイトヴァイン――MAX!!》」
桐野がベルトに括りつけたケースから杖を取り出してを詠唱した。
地面に濃緑の円陣が浮かび、そこから大量の蔓草が、急降下する赤マントの人物――丙めがけて、一気に生え伸びた。
だが丙は地上6メートルあたりのところで、ヨークを校舎の方へ曲げた。
オーバーグロウン・グレイトヴァインの蔓が丙に絡みつく。だが飛行箒の勢いは止まらず、蔓は全て引き千切られた。
「う――おおおおおおお!!!」
丙は悲鳴を上げながら、コンピューター室へ突っ込もうとしていた。
「床に伏せろッ!!!」
桐野はそう叫びながら、室内に向かってヘッドスライディングをする。
グワッシャアアアン!!!
避けきれなかった丙は窓ガラスに激突して、ガラスのシャワーを室内の生徒たちに浴びせかけた。そして進行方向にある、卓上のディスプレイや周辺機器を次々となぎ倒した。
「青梅ッ!!」
桐野が顔をあげる。
丙は賢治を背負ったまま、空中に制止していた。「ぐ……お」とうめいているものの、重篤な怪我は負っていないようだ。
それよりも桐野は、意識がない賢治が気がかりだった。
何らかの術か、それともとんでもなく荒っぽい飛行によって気絶してしまったのか。それが判断つかねず、桐野は不安になる。
「キリちゃん、伏せて!!」
窓の外から聞きなれた声が響いた。
イソマツである。
銃の形をした右手を室内に向けて、〔バクチク〕の火球を発射した。丙はさっと避ける。壁に火球が当たって、爆発した。
何人かの生徒が「ギャー」と悲鳴を上げた。
「くっ――なめるなよ、ガキが!!」
丙は、インバネスコートの懐から杖を取り出した。
(――!)
桐野は丙の霊力場が一瞬で拡大するのを、勁路で感じ取った。
短縮詠唱をするつもりだ。
桐野は「《アブラカダブラ》!」と詠唱して対応する。勁路負担率25。
「《アブラカダブラ》!」
だが、即座に対応されてしまった。丙の合計勁路負担率は25。
丙はイソマツの火球を避けるように巧みに箒をさばき、《プロテクティブ・シールド:パイロキネシス》を短縮詠唱する。
杖先に薄い赤色の盾が出現するや否や、丙はイソマツの方へと急発進した。
そして衝突寸前のところでグリップを右へ切り、急カーブをしながら青空へと去っていった。
「乗って! 丙――赤マントを追いかけるよ!」
イソマツが、飛行箒の尾部を桐野に向けて言った。
桐野は「分かった!」と返して、イソマツの後ろに飛び乗った。
そして、丙を追いかけるため急発進する。
後ろで魔導情報科の教師が何事が喚いていたが、エンジンと風を切る音に紛れて聞こえなくなった。
★
【Side - 徳長】
フィールダーは、県道803号を走り抜けていた。
「犯人はここから約西北西一キロ。術師界の清丸高の辺りにいる。こっちも術師界に入ろう」
真が上座から指示した。
徳長はバックミラー越しに、現世に目配せをする。
すると現世は察して、首を縦に降る。
(同じ位置を示しているということか……)
どうやら真は、本当に犯人の位置が分かるようだ。
(……手がかりのない今は、信じるしかない)
行き止まりのところで、徳長は車を止める。そして左右前後誰もいないことを確認すると、モールス信号で「ま」「ど」「う」と、パッシングをし始めた。
★
【Side - 甲】
(徳長涼二はまだか……)
甲は、全身鱗に覆われた姿で図画トンネルの天井に四つん這いで張り付いていた。その口には、鞘に入った刀が加えられていた。
彼は化け守宮の亜人である。
その超能力は〔壁面伝い〕。動物のヤモリのようにファンデルワールス力を利用して、あらゆるところを這うことのできる能力だ。
(ヤツの車は写真で確認している。車両番号も控えてある。あとは、罰を下すだけだ)
視界には、四車線の車道と広い歩道が広がっていた。二車線の間には検問所が二箇所設えられていて、その先は靄がかかっているようでよく見えなかった。
これが、術師界と汎人界をつなぐ「界境」である。
いつ徳長のフィールダーが出現しても対応できるよう、甲は注意深く見張っている。
(……!)
甲の眉間の皺が、これほどにないまでに深まった。
徳長のフィールダーが出現したのだ。
まず右手を天井から離して、口に加えた鞘から刀を逆手で抜く。
そして、残った手足をぱっと離す。
空中で両手で柄を握り直して――
「誅伐!!!!!」
ドスンッ!!
フィールダーのルーフに飛び降りると同時に、運転席目がけて勢いよく刀を貫通させた。




