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Report 13 暗雲(3)

「どうやら、撒いたようだね」


 桐野の声が廃水道に反響した。


「ボティスの映像じゃ、何もわからないしなあ。収穫なしか」


 そう言って賢治が肩を落とした。

 あの不鮮明な映像では、あの襲撃犯の正体が灯なのかはおろか、性別すらわからない。

 気を落とす彼らの目の前に、梯子が現れた。その上にはマンホールが設えられてある。


「あのマンホールから、出口に出られるはずだよ」


 イソマツが言った、その時だった。


 ……、……ぅ……


「?」


 何かが賢治の耳に届いた。


 ……ぅ、……ぅう……。


「何か聞こえないか?」


 賢治が言った。


「いや、別に」

 

 イソマツが真っ先に応えた。


(風の音? でも、感覚が鋭いイソマツが言うなら空耳なんだろうな)


 賢治は気にしないことにして、先に梯子に上って安全性を確かめるイソマツを見届ける。


「うん、大丈夫だ」


 イソマツは確認を終え、梯子を上ってマンホールの蓋を開けた。

 「来て」という合図に従って、残る三人も上り終える。

 そこには、奇妙な光景が広がっていた。

 道の両脇は細かく区切られた部屋のような空間になっており、その前にはいくつものボロボロになった看板が点在していた。各部屋には、空っぽの陳列棚がそのままの状態で置かれているものもある。

 これらは明らかに、「店」を開いていた頃の名残であった。


「何だこれ……。商店街みたいだが?」


 賢治が言った。 


「清丸町三丁目の地下には昔、地下商店街があったらしいのだ。ずいぶん前に閉鎖してしまったようだがの」


 現世が補足する。

 ここは地下迷宮のなかでも侵入が容易なようで、あちこちにスプレー缶の落書きが目立った。夜になると不良たちが来るのだろう。

 十字路に出ると、天井に案内看板がぶら下がっていた。四方向の各々の表記は、「区立円島特別訓練魔導学校方面」「日輪山町民公園方面」「区立日輪魔導高等学校方面」「倉庫街方面」となっていた。

 賢治たちの進行方向は「区立円島特別訓練魔導学校方面」であり、正面には階段があった。外の光が差しこんでいる。

 桐野が「あそこから出よう」と言い、一行はそれに従った。

 バリケードの有刺鉄線は完全に破壊されて、楽々と潜ることができた。これでは入られるわけだ。

 外へ出ると、そこはシャッターの閉まっている店が多い商店街だった。非常に寂れた様子で、営業しているお店がほとんどなかった。


「さて……。これからどうするかの?」


 現世がつぶやいた。

 賢治たちが知り得る限り、灯とマガツを結びつける場所はない。あるとしたら、灯の自宅である。


「そういや、灯さんの自宅って三丁目って言ってたっけ? 住所って昨日訊いてないよな」


 賢治が桐野にそう訊くと、桐野は首を横に振った。


「ゲーティアには、他人が住んでいるところがわかる精霊っていないの~?」


 イソマツが訊く。


「うーん……。フォラスが、なくしものや落とし物を探してくれるようだがの。桐野、灯どのの持ち物を何か持っていたり、灯どのが桐野のものを持っている……はずはないのだよな」


 昨日、桐野と灯以外の三人は、彼女のやり取りを一部始終そばで見ていた。そのときに、二人が物品を受け渡しした記憶はない。


「いや、ないよ……。それに行ってどうするんだい? ボティスは四時間経たないと召喚できないんだろ? 最近じゃ、同じアパートやマンションの住人でも付き合いが希薄だし、周囲の人に訊いてもわからないだろ……」

「あ、トクマだ」


 イソマツが指を差した先は、トクマの裏門だった


「……そうなのだ!」


 現世が何か思いついたようだ。


「犯行時刻は12時! つまり、昼休みに灯どのが学校から抜け出したということなのだ! それを突き止めれば、灯どのにアリバイがないということになるのだ!」

「なるほど! それだ現世!」

「でも、その証言や証拠はどうやって得るの? さっきも言ったけど、ボティスは召喚できないんだよ」

「むむむ……。ならば、聞き込みなのだ!」

「現世ちゃん、昨日、僕らあれだけ白い目で見られたの憶えてないの? 快く答えてくれるわけないでしょ」


 イソマツが冷やかに指摘した。

 そう賢治たちは昨日、正義感から白銀衆の連中と一戦交えたのだが、それがかえって本校生徒たちからの不興を買うことになったのだ。


「……島嵜さんなら、訊けないか?」


 賢治が言った。


「あの人、普段の河辺さんのことを知っているみたいだし」

「おう、それなのだ賢治!」

Puesプエス(うーん)... ただあんまガツガツ訊くと、さすがにあの人でも警戒されるよ。ましてや『マガツの一員と疑っています』なんてことが悟られたら、もう二度と好意的に見てくれないだろうね」

「それに、突然行ったら悪いんじゃない……? そもそも土曜日まで活動している?」


 気が進まない素振りで、桐野が言う。


「いや、他にもう手がかりはない。ダメ元でもいいから、行ってみる価値はあるだろ」


 すると賢治が背中を押すように、こう言った。

 話はまとまった。

 四人は特別訓練魔導学校へ赴くことになった。




   ★


(どこへ行く気だ……、火村弘行)


 午前中でバイトが終わった灯は、火村を自宅から尾行していた。

 火村は昨日、魔導警察に補導されたものの夕方には解放された。逮捕者が多すぎるため、微罪である火村は比較的簡単な聴取を取られるだけで済んだのだろう。

 昨日の熱狂した様子はどこへやら、火村は悄然とした様子で歩いていた。

 それを見ている灯は、むかむかした気持ちになった。


(補導されたのがショックだったのか? お前に、被害者面する資格はない。お前なんかより、トクマの生徒の方がずっと傷ついた。この報いは、血を以って払わせてやる)


 今すぐにでも襲撃してやりたい。

 そんな風に思っていると、火村は人気のない住宅街へ出た。


(……よし。やるなら、今か)


 灯が、懐から川の水が入った小瓶を取り出す。

 だが灯は、そこである違和感に気づいた。


(ん? 待てよ、この先はたしか……。じゃあ、コイツが向かっているのはまさか――)


 灯は、火村が行こうとしているところがどこだかわかった。

 そしてスマホを取り出し、干にメッセージを送ることにした。




   ★

 

「ああ、あなたたち! 昨日はありがとうねー」


 快活な笑顔を見せて、島嵜は言った。


 賢治たちはまず、特別訓練魔道学校の正門脇に警備室にいた守衛に声をかけた。

 すると生徒会室に内線を入れてくれて、島嵜が対応してくれたのだ。


「いえ、そちらこそ本当に大変だったと思います。今日は徳長先生に頼まれて、お見舞いに参りました」


 そう(うそぶ)いて賢治は、ラスクの詰め合わせを差し出した。さっきの、半分シャッター商店街で運良く開いていたパン屋で買ったものだ。

 賢治たちは話し合った結果、相手の警戒を解くためにまず「見舞い」という形で訪問することにしたのである。


「あらー、こったら親切にしてもらって申し訳ないねー。お茶ぐらいしか出せないけど、どうぞおあがりくださいな」


 島嵜が申し出に対し、賢治たちは心の中でグッドサインを出した。

 賢治たちは島嵜の案内で、校舎内に入ることになる。

 円島特別訓練魔導学校は三つの学科棟と一つの職員棟の、三つの棟から成る。賢治たちは三つの学科棟のうち、高等部の棟を案内された。

 賢治が、廊下の窓の風景を眺めながら言った。

 グラウンドでは、杖から放出される霊波動によってハンドボールのようなボールを操作し、奪い合うスポーツに興じていた。


(昨日はまさに『亜人』って感じの生徒が多かったけれど、今日はヒトと同じ姿をしたような生徒ばかりだな……)


「……みんなヒトの姿だなあ、って顔しとるね」


 ドキッ。

 心のなかのつぶやきを島嵜に言い当てられて、動揺する賢治。


「す、すみません。術師界に来たばかりで、まだわからないことばかりで……」

「ええよ、別に。〔人身変化〕って知っている?」

「はい。亜人がヒトの姿に化ける『制御能力(コントロール・サイ)』ですよね?」

「そうだよー。学校では、できる限り人間の姿に慣れるよう、教えられとるからねー。ヒトの姿で社会生活をしていくうちに、そっちの姿の方がラクになってしまった人もいるんよ。昨日はああいう事態だったから、みんな〔変化〕が解けちゃった人も多くおったけど」

「でも……。それって元々の自分たちの姿でいられる時間が少なくなるってことですよね? 種族のアイデンティティを否定することにはならないんですか?」

「そうね……。たしかに適応できない人もいるわ。だけど生き物というのは、年月を経て環境が変わっていけば、変化していくものでしょう?」

「だからって、亜人が無理矢理ヒトになる必要は――」


 そう言いかけて、賢治は止めた。

 そんなことは、当事者である島嵜たちが何度も考えてきたことで、これ以上口にするのは彼らの努力を否定することにつながりかねないからだと、思ったからだ。


「すみません、過ぎた口でした……」

「いいよー別に。ここが生徒会室ですよー」


 そう言って島嵜は、生徒会室の扉のドアノブを回して賢治たちを招いた。

 中は四畳半程度の、狭い部屋だった。パソコンデスク一台に、会議用にはやや小さ過ぎるテーブルが一つ。背もたれのない丸椅子が六つ。サイドボードの上には、ポットと食器が乗った水切りが置かれていた。隅には小さな一ドア冷蔵庫が置いてある。奥の窓は南東に向いていて、正門が見える。

 島嵜はテーブルの上に散らばった書類をササーッと片付けながら、賢治たちにこう言う。


「むさ苦しくて、ごめんなさいねー。今ポットのお湯沸いてないから、アイスティーでもいい?」

「いいえ、お構いなく。ありがとうございます」

「あ、今きたスマホのメッセージに返信してもいい?」

「もちろん。どうぞ」


 島嵜は手慣れた様子で素早く返信を終えると、簡易冷蔵庫を開けて中から1.5リットルのアイスティーを取り出す。プラスチックのコップを四つ取り出して、その中に注ぎ、賢治たちの前に差し出す。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 賢治たちはまず、当たり障りのないことから話し始めた。学校ではどんな風な一日を過ごすのか、授業はどんな感じなのか、部活はどんなものがあるのか、などといった質問をして。


(さて。どういう流れで、灯さんの話を訊くべきか……)


 会話をしながら、訊くタイミングを伺う賢治。けれども、なかなか話を切り出せずにいた。


「その……、灯のことなんですけど」


 すると桐野の方から、先に口を開いた。


「昨日は、あまり学校の話をしてもらえなくて……。灯、学校ではどんな感じなんですか?」

「河辺さん? そうだねえ、私もそれほど親しいわけじゃないんだけど……。真面目な子だと思うよ」

「島嵜さんは知っていたみたいでしたけど、生徒会絡みで?」

「ううん。去年の新入生歓迎会のときにね、終わった後の片付けを手伝ってくれたの。それ以来、顔を合わせたら挨拶してくれるようになってね。図書委員で、いつも黙々と仕事をしているところを見かけるわー」


 しかし、桐野もなかなか昨日のアリバイのことを訊き出せなかった。

 それもそうで、桐野とて灯と会うのは昨日で二回目に過ぎない。そんな薄い関係性で、わざわざ具体的な行動を訊くための適切な質問など、そうそう思いつかない。

 だが――


「ねー。昨日の事件があったとき、灯さんどうしてたのー?」


イソマツが単刀直入に切り込んでしまった。


「イソマツ、お前……!」


 賢治が小声で掣肘を加えようとすると、ひそひそ声でこう返された。


「こういうのは悩みながら探り探り訊くより、サラッと訊いた方が怪しまれない。難しく考えすぎだよ」

「事件とき? 見ていなあけど、普通に他の子たちと一緒に教室にいたんじゃないかなー?」


 この返答は、賢治たちにとって手詰まりであることを意味した。

 賢治たちのことを疎ましく思っている島嵜以外の生徒に、灯のことを訊くことなどできない。


 プルルルル。

 サイドボードの上に設えられている小型の電話機が鳴った。


「はい、島嵜です」


 島嵜は、受話器を取る。


「……来客ですか? どんな方……、高校生? 用件は……?」


 慣れた素振りで、島嵜は応答を続ける。

 賢治たちは、窓の外を見た。

 ここからは正門がハッキリと見える。守衛の部屋の前に人が立っている。間違いなく、件の来客だろう。

 客は、遠めでも目立つワインレッドに染め上げた頭髪をしていた。

 白銀衆の火村であった。


「あの者は昨日の……! 一体、何をしに来たのだ!?」


 現世が眉間にしわを寄せて言った。

 要件がどうであれ、島嵜は帰ってもらう言うだろう。賢治たちはそう考えた。

 だが、島嵜の返答は予想外のものだった。

 

「……はい、わかりました。ここまで通してあげてください。お願いします」


 火村の来訪を受け入れたのである。

 彼女の対応に、賢治たちはやや困惑の表情を浮かべる。


(――ええ、いいのか? 入れちゃって? 昨日、あんなことをしでかした連中の一人だぞ?)


 それから一分もしないうちに、火村は生徒会室へやってきた。

 守衛さんに連れられ、島嵜が「ありがとうございます。あとはお任せください」と一礼したあと、室内に招き入れられた。

 火村はやや猫背気味で、島嵜の対面に立つ。

 火村の顔からは昨日のような高揚は完全に見受けられず、悄然(しょうぜん)とした様子だった。目の下には隈ができており、一重のまぶたは腫れぼったかった。

 脇に並び、警戒する賢治たち。


(こいつ……何を企んでいる?)


 その時、火村が肩をピクリと動かした。


「――!」


 賢治たちは、思わず身構える。

 それから火村は両腕を脇にくっつけ、背筋をピンと伸ばした。そして、四十五度の角度で腰を曲げた。


「昨日は、すみませんでした」


 それが、火村の第一声だった。


(……え?)

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