Report 13 暗雲(2)
「ええと、白銀衆の事務所があったのは四丁目だったな……」
賢治たちは、清丸町四丁目へやって来た。
廣銀識人と茂人の兄弟が襲撃にあったのは、白銀衆の事務所があるマンションの一室だ。
ちなみにマンションの場所は、術師界ウェブのまとめサイトなどから特定された情報を頼りにした。あまり気の進まない方法だったが、徳長や平祐に訊ねるとややこしくなるなるため、こうせざるを得なかった。
「九品川親水公園の近くのタワーマンション……。おお、あれか」
現世が言った。
横断歩道の向かい側の川沿いの大きな公園の隣に、20階建てのマンションがあった。
青信号になって賢治たちが渡る。
すると、反対側の道路から騒がしい声が聴こえてきた。
グレーのスカジャンを腕まくりした体格の良い男性と、中学生から小学校高学年くらいの男子が三人、桐野より少し上くらいの女子が一人。親子というよりは歳の離れた兄弟のようだった。一番背が高くて年長と思しき男性は、男の子の持つバドミントンのラケットでよく見えない。
「にーちゃん、おれとバドミントンするって約束だろ!」
「バッカ秋司、兄ちゃん疲れてんだよ! 今日だって、本当は有給取れないはずだったんだから、公園つれていってもらっただけでもありがたく思えよ」
「冬司にーちゃんばっかずっりーよ!! にーちゃんは先週、魔女球やってもらったくせに!」
「にーちゃん、オレたい焼き食いたい」
「ちょっとアンタたち、正兄困ってるでしょ。少し大人しくなさい」
「――うるっせえ!! いっぺんに言うんじゃねえッ!!」
長兄らしき男性の怒鳴り声で、賢治たちはそれが誰だかわかった。
「……池田、さん?」
賢治は思わず声に出してしまう。
子どもたちをつれている男性は、池田だった。
よく見ると子どもたちも全員目つきが細く、池田によく似ていた。
池田の方も、賢治たちのことを視認する。
「お前ら……。昨日、徳長と一緒にいたガキどもか」
その途端に、たまの休みに家族サービスをする兄から、捜査対象を見る刑事の表情へ変貌した。
(――そうか、すぐ近くに池田さんのおばあさんが経営している駄菓子屋があるんだっけ。そりゃ、非番の日ならいるか……って、これマズくね!?)
「おい麻世。ちょっと陽司たちを頼む」
池田がそう言うなり妹は素早く事態を察して、他の池田の兄弟たちに「こっちへ来なさい」と合図をする。
非番から仕事モードへ切り替わった池田が、大股でこっちへ詰め寄ってくる。
(や、やばい。下手なこと言ったら、間違いなく聴取へ移行される!)
心臓が高鳴り、挙動不審になる賢治。
「ちょ、ちょっと待ってください、話を……」
「黙れ。てめえら、ここへ何しに来た?」
池田は渋面を浮かべて、賢治たちを威圧する。
「散歩しているだけで、職質される謂れないんだけど」
桐野が反発気味にそう言った。
やや冷静さを欠いた、桐野らしくない対応だと賢治は思った。過去からして、警察の恐ろしさなどもよく知っているはずだろうに。
「しらばっくれんじゃねえ。お前らの目線は、揃ってあのマンションに向いていただろうが」
池田が賢治たちのことを認識したのは、横断歩道を渡り終えたからで、そのときは既に池田たちの方へ視線が向いていたはずだ。
つまり池田は、賢治たちの進行方向と昨日白銀衆の事件に関わったことから、それらに基づいて予断をし、カマをかけたというわけだ。
ここで動じてはいけない。
賢治たちは、口を重くする。
「……お兄さん、たしか機動捜査隊だよね」
口火を切ったのは、イソマツだった。
「昨日あんなことがあったのに非番になるほど、魔導警察ってホワイトなんだー。へー」
それは挑発だった。
賢治は、さっき池田の弟が言っていたことを思い出す。
……バッカ秋司、兄ちゃん疲れてんだよ! 今日だって、本当は有給取れないはずだったんだから、公園つれていってもらっただけでもありがたく思えよ……
(……そういえばそうだな。犯罪組織による政治団体の構成員の連続襲撃事件が昨日も起きたというのに――それも体制側の有力な家系の人間が狙われているにも関わらず、非番なんて出されるのか?)
賢治が疑問に思っていると、池田が怒鳴り返した。
「うるせえ! 俺のことはどうでもいい!! いいか、同盟の大人どもが何と言おうとてめえらは素人のガキだ。事件に首突っ込もうとすんなら、俺ァその首根っこ引っ掴んででも止めるぞ!」
「……」
箕借神社での一件で賢治は、真面目だが態度が固い人という印象を池田に対して持っていた(残念ながら池田は憶えていないが)。
だがどうも、そうではないようだ。
彼は、賢治たちのような子どもが事件に巻き込まれること自体を嫌悪し、感情的になる側面があるようだ。
それは先ほど垣間見た、彼のプライベートからも察することができた。
「……だが、まあこの件に関してはいいか」
だがどうしたことか、あれだけ頑なな態度を示していた池田が、諦めるようにそう言った。
それから、さらに不可解なことを皮肉交じりの溜息をつきながら口にした。
「どうせお前らが行ったところで、何もできんだろうしな」
★
公園隣のタワーマンションの目の前まで来ると、異様な雰囲気に包まれていた。
何人もの黒いスーツ姿の人間が出入りして、周囲を警戒していた。
賢治たちはマンションから離れて、道路の反対側にある住宅と住宅の間に広がる園芸用の林道にいた。
「あいつら……。陰陽保安士だな」
賢治が言った。
彼らは昨日、賢治たちから聴取を取った陰陽保安局の職員たちだった。
「なるほどねー。公安に関わる事件だから陰陽保安局が担当することになり、所轄の魔導警察はお払い箱になったってわけかい」
イソマツがそう指摘する。
本来だったら池田は、有給返上で出勤しなければならないところだっただろう。しかし陰陽保安局が出張ってきたことにより、仕事がなくなったというわけだ。
「一応ここなら地下迷宮への入り口があるから、何かあったらすぐ逃げ込めるけど……」
桐野は、茂みの中にあるマンホールを見て言った。
「これじゃあ……。召喚して忍び込ませるなんてこと、できるわけねえな……」
賢治はがっくりと肩を落とす。
しかし、現世は違った。
「何を言うのだ賢治! むしろ望むところなのだ。陰陽保安士と現世たち、どちらがいち早く手がかりをつかめるか、勝負しようではあるまいか」
「やめようよ、いくらなんでも無茶だ」
桐野が制止する。
「いいかい。陰陽保安士になるには、魔導大学で専門的な陰陽道課程を修了するか修了見込みと大学から判定されたあと、極めて倍率の高い行政府職員試験を合格しなければならないんだ。さらに採用決定後は陰陽保安士学校で半年の研修を受けるんだけど、これが汎人界の警察学校と同じくらい厳しくて、ここで辞める人間も多い。そんな狭い門を潜り抜けてきた、日本術師界のトップクラスのエリート術師なんだよ。A級以上の術師も数多くいる」
すると現世が怪訝な顔をして問い返す。
「だから何だというのだ? おぬし、灯どののために一肌脱ぐと決めたのであろう? 怖気づいたのか?」
「そうじゃない! わたしはアンタたち二人の保護役として、これ以上危険な目に遭わせるわけにはいかないって言いたいんだよ」
「だったらなにゆえ、灯どのへの疑念を現世たちに打ち明けたのだ? 今さら何を言うか」
「ちょ、ちょっと落ち着けよ二人とも!」
険悪な雰囲気が流れる桐野と現世の間を、賢治が割って入った。
「誰も彼も……現世みたいに竹を割ったように決断できる人間ばかりじゃないんだよ。迷い悩み、人を振り回すこともあるさ」
「それに、あっちは賢治くんと現世ちゃんがゲーティアの精霊の召喚術師って知っているし、霊紋だって取られたでしょ? 見つかったら、一撃で正体がバレるんじゃ? まあこれも今さらだけどさ」
イソマツが、冷ややかな声でそう指摘する。
「もうよい。賢治、ボティスを召喚なのだ」
「あ、ああ。わかった。――《展開》!」
賢治は余り気が進まないながらも、魔装する。
現世もまた、ゲーティアに変身した。
「《残映総裁ボティス――召喚!》」
賢治の目の前に円陣が現れ、精霊が召喚される。
円陣の光の中から、三つ目の大蛇がのそのそと這い出てきた。
【17.残映総裁ボティス President of post metavideo, Botis】
戦闘力:D(攻撃:C 体力:D 射程:B 防御:D 機動:C 警戒:A-)
霊力:A- 霊力安定度:A 教養:C 技術:A- 崇高:D 美:D 忠誠心:A 使役難易度:V
ボティスは「シューシュー」と喉を鳴らす。
どうやら人語を発する器官は備わってないようだ。
「思ったんだけどさ、そもそもマンションのなかに忍び込ませる必要はないだろ?」
賢治が指摘する。
「なぬ?」
「マンションの各入口の周囲をボティスに回らせてみて、過去の光景を観ればいいんじゃないかな? それなら陰陽保安士たちに気づかれずに、探れないか?」
賢治がそう言うと、現世は「なるほど!」と本の中で手を打った。
「ボティス、あのマンションの柵の裏にある生垣に隠れるんだ。そこについたら、超能力を発動してくれ。わかるな?」
ボティスに命令をくだす賢治。
するとボティスはコクリと頷き、マンションの方へと這っていった。
……ザ、ザ、ザザザ、ザザザザザ。
「¡Ah! 瞼の裏に暗視カメラの映像のようなものが浮かんできたよ!」
ボティスが自分の能力、〔残映送信〕を発動した。
ある特定の場所で起こった48時間前までの出来事について、監視カメラで撮ったかのような映像を術師および術師が指定した人間の脳内に直接送り込む力だ。残念ながら色はモノクロである。
「ボティス! 犯行時刻である昨日の12時より1時間前、今から24時間前に起こった事件について映し出せないか!?」
賢治がそう指示を出すと、瞼の裏の画像にザザザと揺れた。
そして、静止画像が映し出された。全く同じ画像に見えるが、これは紛れもなく昨日の光景である。
「よしボティス。ここから再生だ!」
〔残映送信〕の映像が動き出した。
「う……ん……。かなり不鮮明だね」
桐野が、眉を八の字にして言った。
〔残映送信〕による映像は、時間が経つほど解像度が荒くなる。今回の場合、事件から丸一日が経過しているため、相当低質な映像が賢治たちに送られた。古いフィルムを上映するときに発生するような線が頻繁に入るばかりか、度々静止する。
「! マンションに入っていく、怪しい奴がいる!!」
映像に黒いパーカーを着た人物が現れ、マンションの敷地内に入っていった。
「ボティス!! 3秒前に巻き戻すのだ!」
現世が指示を出す。
映像が3秒前に戻り、パーカーの人物の正面が映った。
マスクにサングラス、そしてニット帽。
平祐が言った通りの服装だった。けれども完全に顔を隠していて、到底誰だか特定できそうにない。
「どうだ、堺。灯さんかどうか、分かるか?」
「いや、わからないよ……。背丈と体格は似ているけど」
「そうか……。じゃあ、次は出てくるところだ。――ボティス、3倍速で再生だ!!」
賢治がそう命令すると、ボティスは指示通りの速度で映像を再生し始める。
「¡Ayyy......! 結構目が回るね~」
「我慢しろ。……あっ、出て来たぞ!」
「停止なのだ! そして、この人物の顔が見える角度を映し出すのだ!」
映像が撮影角度を変える。
現世はそのまま「拡大するのだ!」と言った。
映像がニット帽の人物目がけてズームアップする。
「……やっぱり、これじゃわかんないな」
賢治が言うと、全員が無言の同意をした。
――ブブンッ。
そのとき突如、映像が過去から現在のボティスの視点に切り替わった。
サングラスをかけた体格の良い陰陽保安士が、生垣に向かって指をさしていた。
「……まずい。昨日のジローなんとかっていう保安士だ!」
それは昨日、賢治たちの取り調べを担当した二等陰陽保安士のエルワン・和久・ジロー=カバントゥ・五星院であった。
エルワンが懐から黄色い札を取り出して、呪文を唱え始めた。
「戻すのだ賢治!」
「リ、《帰還 Return》!!」
ボティスの足許に円陣が出現する。
そして、テレビの電源を切ったように映像が暗転した。
「――! 賢治くん、力場が展開された!!」
「早く地下へ!!」
危機を察したイソマツと桐野の二人が素早く反応する。
しかし、であった。
――ぅぅぅるるるぐるるるるる
唸り声をあげながら、何かが近づいてきた。
獅子のような巻き髪の鬣を携えた、二匹の中型犬だった。
「こ、狛犬!?」
賢治は驚き、思わず口に出した。
桐野が「チッ」と舌打ちをする。
「くそっ! あの陰陽師、召喚精霊出しやがった!! いわゆる『式神』って奴だ!!」
「ワウワウ!! ワウッ!!」
吠えたける一対の狛犬。
賢治は、慌てて杖を向けようとした。
「うげっ!?」
「反撃したら公務執行妨害で面倒なことになるよ! 逃げる逃げる!」
イソマツが賢治の首根っこをつかみ、桐野が開けたマンホールのなかへと――飛び降りた。
「うあああああああああ~ッ!!」
イソマツが腕を組みかえて、賢治を横抱きにする。
ドスンッ!!
そして、着地した。
現世が追いかけるように飛び込んでくる。
そして素早く桐野が中へ入ると、マンホールの蓋を閉じた。
直後、ガタガタと音がする。狛犬が上で暴れているらしい。
「大丈夫、賢治くん?」
「い、いやお前こそ大丈夫なのかよ! 右足治ったばかりだろ!!」
「ああ。このくらい平気さ――亜人だからね」
やや、何か言い含んだようにイソマツは応えた。
「早く中へ! 陰陽保安士たちが来る前に!!」
桐野が言った。
マンホールの奥は、使われていない下水道になっていた。
四人は向こうが見えない通路に向かって、再び走り出した。
★
賢治たちがついさっきまでいた林道に、エルワンたちが駆けつける。
「このマンホールから逃げたようですね。あとを追いますか?」
そばかすが目立つ、赤茶けた髪の青年がエルワンに言った。
「いや……。いいだろう」
だがエルワンは、追跡を止める旨を口に出した。
すると明日葉が、小さな三つ編みを揺らしながら「えっ」と驚いて異を唱える。
「でもあの召喚精霊、ゲーティアのですよね? 昨日の今日ですよ? 青梅賢治くんと因幡現世さんの可能性が濃厚じゃないですか!」
すると隣で、エルワンと同じくらい筋肉質で顎がしゃくれているやや小柄の男が「同盟の差し金か? 一体何を考えてやがる」と毒づいた。
「鑑識に霊紋の鑑定をさせてみますか?」
顎がしゃくれている男のそばにいる、ゆるいM字バングをした黒髪の陰気な青年がエルワンに問う。
「鑑定するまでもない。明日葉の言うとおり、青梅賢治と因幡現世しかいないだろう」
「だったらどうして追わないんですか!?」
「泳がせてみたい。アイツらはアイツらなりの目的があって、マガツを追っているのだろう。同盟の大人たちがどれほど噛んでいるかは知らんがな。――アイツらが動くことで、マガツもまた動くかもしれん。だから、その時まで多少のことは見過ごすことにしよう」
それからエルワンは補足するように「それにヤツらは、この島の地下に精通しているようだ。音も霊波動も反響する地下道では、たちまち気づかれてしまう。警戒されて、行動を自制してしまうようなことはされたくない」と言った。
始終真顔で淡々と意見を述べるエルワンだが、実は少しばかり胸が踊るものを覚えていた。
(子どもというのは『秘密の遊び場所』というものが、大抵ある。円島の複雑に入り組んだ地下道はまさにそれだ。このような場所では、時として大人の想像力を超える行動や発想をする。……フフ、イル=ド=フランス第一自治区の原っぱで遊んでいた頃が懐かしいな)




