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Report 13 暗雲(1)

 走り梅雨そのものといった、灰色の空模様だった。

 動きやすい服装をした桐野とイソマツは、因幡邸の練習場で組手を行っている。


「ハアッ!!」

「¡Ay(アイ)!」


 まず桐野が、右の正拳を突き出す。それを磯松が左手の小手でいなし、一歩前に出て中段蹴り。桐野は下がって、左腕でガード。二人、同時にハイキックを繰り出す。足首が空中で交差する。

 桐野とイソマツの二人は、「門」の保護役の任を請け負ってから毎日、徳長から体術の手ほどきを受けてきたのだ。

 そして今朝のように徳長が家を留守にしているときは、二人で自主練習として組手を行うようにしている。

 イソマツが一歩後退する。

 これを好機と取った桐野は、右足を強く踏み込んで右拳で刻み突きを繰り出す。


「――!?」


 だがイソマツの対応は早かった。

 左に避け、桐野の右腕を捕らえようとする。


(――ヤバッ。固められるッ……!)


 桐野、察して突きを引っ込める。

 そのとき、イソマツが右足を前に強く踏み込んだ。

 イソマツの左拳による逆突きが、桐野の首元に迫る。

 ピタリ。

 イソマツの左突きは、桐野のアゴ三センチ前で寸止めされた。

 そしてフウ、とため息をついて拳を引っ込める。


「¿Eh(), Que pasa(ケ・パサ)(ねえ、どうしたんだい)? 今日は動きがニブいよ」


 イソマツに指摘されると桐野は、気まずそうな顔をする。


「ああ、ごめん……。集中するよ」


 頭から雑念を振り払おうと、構え直す桐野。

 けれどもイソマツは構えることなく、心配そうにこう問うた。


「……灯さんが、マガツの襲撃犯なんじゃないかって疑っているのかい?」


 桐野は、目を見開いた。


(――感づかれていたのか)

「凶器が『川の水』ってのと、左目脇の傷が引っかかってるんでしょ」


 イソマツの言葉に、桐野は弱々しく頷く。


(……コイツ、こういうところは聡いんだよな)

「だったらさ、自分の目で確かめてみようよ」


 イソマツは、柔和な笑みを浮かべて桐野に提案する。


「……確かめる、って?」

「灯さんがマガツじゃない。犯人じゃあないってことをさ」

 



   ★


 青梅邸のキッチンでは、賢治たち四人が向かい合っていた。

 桐野は、賢治と現世に自分の疑念について打ち明ける。

 すると、静寂が起こった。パーコレーターのポコポコという音だけが鳴り響いていた。


「灯どのがマガツ……。そんなはずがあるわけなかろう!」

「根拠が、同じ『川の水』を使う術師であることと、近い場所に怪我をしているだけってのは、ちょっと弱いよなあ……」


 賢治と現世が、コーヒーカップを片手に言った。


「やっぱりそうだよね……。ヘンなこと言ってごめん」

「いや……灯さんが犯人かどうかは別として、実はオレもこの事件のことは気になっていたんだ。そもそもアイツらが、白銀衆の連中を襲撃する理由がわからない」

「彼奴らが打倒したい術師界の権力者だからではないのか?」

「それに灯さんはヒトにパパンを殺されているしね、彼女本人に限ったら動機はあるんじゃない?」


 現世とイソマツがそう言うと、賢治は首を横に振った。


「アイツらの最大の目的は、オレと現世を誘拐して『霊極』の謎を解き明かし、リチャードソンと術師界の権威を失墜させることだろ? それなのに貴重な時間と人材を削ってまで、オレたちと直接関係のない廣銀兄弟やらを襲って、わざわざ自分たちの身を危険にさらしかねないような寄り道をする必要が、よくわからないんだ。もし灯さんがマガツだとしたら、これらの行動は彼女が独断専行で起こした暴走ということになる。組織として行動している以上、それは許されないだろう」

「たしかに青梅の言うとおりだね……。活動する時間も人材も、それと資金も限りがあるだろうに」

「まあ、時として人の感情ってのは不合理な行動を引き起こすよ。これ以上はわかりっこないね。それより資金っていったらさあ――アイツらの金の出所ってそもそもどこなんだい?」


 イソマツが賢治と桐野の会話に入り込む。

 その言葉を聞いて賢治は、以前に星野が言ったことを思い出した。



 ……別に私は正気よ。詳しくは教えられないけれど、あの連中金払いだけは妙に良くてね。アメリカの術師界に、個人でラボを持っているパトロンがいるみたいで、そこで研究者として雇われることになったの。ラボの写真を見せてくれたし、国外脱出の具体的な手段も教えてくれたわ……



「この前、星野先生が『金払い』だけはいいって話はしたよな……」

「ああ、あれね。でも、アメリカのラボやらなんやらって話は嘘でしょ、どう考えても」

「星野先生の家って政治家一族だから、まあ金持ちだよね。裕福な家出身の彼女が『金払いがいい』っていうことは、それなりの金を関係性の薄い協力者にホイホイ渡すほどの資金はあるってこと?」

「現世は、諒子どののケースよりも麻枝のケースの方が気になっておる。あの者は、曲がりなりにも術師界行政府の職員だったのだぞ?」


 観点を変える現世の発言を受けて、賢治は考え込む。


「……そうだ。麻枝は魔導臨床心理士の資格と学歴を詐称(さしょう)して、魔導教育省に潜り込んだんだっけ。……そんなこと、ネットの薄いつながりでしかない連中にできる芸当か?」

「元々が優秀な家系で優れた才覚の持ち主とはいえ、前科持ちで高校中退というハンディを背負っており、かつ専門的な諜報活動が未経験の人間を、四年で国家公務員としてスパイ活動ができるほどに、教育を施せる組織ってこと?」


 賢治と桐野の会話にイソマツが、「マガツの正体はCIAかな」と鼻で笑った。


「いや笑い話じゃなくて、国家レベルの規模の組織がバックにないと、ズブの素人だった人間をたった四年でプロのスパイにして中央省庁に潜り込ませることなんてこと……できやしねえよ」

「けれども当の麻枝が黙秘しているから、これ以上は何もわからないのだ」

「そういや、麻枝含めて逮捕されているマガツの構成員も、陰陽保安局で聴取を受けるんだろ? もう受けたのか? 平祐さん辺りが、何かつかんでないのかな」


 賢治が言った。

 徳長曰く、「門」対策会議で取り決められたのは賢治たち四人の聴取に関してだけであり、既に陰陽保安局へ移送されたマガツの構成員への聴取については、何も明かされることがなかった。陰陽寮のトップ・陰陽大臣五星院真(ごじょういんまこと)に追及すると、「捜査の支障になるから、聴取の子細についてここで明かすことはできない。わかったことは、次の会議で報告する」と頑なな態度を示したのだ。


「それはないね。聴取で得た情報は保安局にとって最重要機密だし、今回みたいに監視つきの特例じゃない限り、そうそう漏れやしないさ。ましてや、政治的に対立している同盟になんて」

「それは……そうだな」


 桐野の指摘に賢治は、肩を落とした。

 それから、桐野は続けて疑問を口にした。


「そもそも……、松元は何故今になって再び姿を現したんだ?」

「どういうことだ堺?」

「まず、松元が率いるロマネスクは82年前の一・一九事件のときに壊滅して、構成員も協力者も散り散りになったんでしょ? そして戦争をはさみ、リチャードソンを暗殺するまで完全に行方をくらましていた。その暗殺も47年前だ。そして、ロマネスクがマガツとして再結成された? のが、少なくとも4年以上前……。


暗殺からマガツ再結成までの間、松元とその関係者はどうしていたの?」


 桐野の言葉に、賢治は首を捻る。


「え? 亜人って何百年も生きる人もいるんだろ? ずっと地下工作とか潜伏とか……していたんじゃないか?」

「いや、いくら亜人が長生きだからって、そこまで気は長くないでしょ……。それにさっきの話に戻るけど、資金はどうするんだい?」

「えっと……寄付(カンパ)とか?」


 すると、イソマツが「¡Qué tonto(ケ・トント)(アホくさ)!」と鼻で笑った。


「賢治くん、戦争も革命も『金』だよ。目に見える利益がなくて、人が動くもんかい」


 この言い方に賢治は少しムッとした。


「イソマツ、だったらお前はわかるのかよ。アイツらの真の狙いが何なのか」

「わかるもんかい。僕ぁ、マガツじゃないんだから」


 険悪な雰囲気が漂う二人に、現世が「落ち着くのだ二人とも!」と諌める。


「情報が足りなさ過ぎて、容疑者の方を見ても何もわからないね……。だったら翻って、被害者に目を向けてみるのはどうだい?」


 硬直する場を何とかしようと、桐野が提案する。


「被害者だと……?」

「おお、そうだな桐野! 白銀衆の構成員ということばかりに気を取られてしまっておるが、他にも何か見落としがあるかもしれぬ!」

「ミステリでいうところのミッシングリンクって奴か? しかし何があるっていうんだ?」

「それは今から調べるのだ! そのために、これは文明の利器はあるのだろう?」


 現世は、子ども用スマホを取り出して言った。


「ネットか……。でも、ネットの口コミなんて信用できないぞ?」

「マガツもネットでつながったというではないか! 試してみる価値はあるのだ!」

「ちょっと待て。スマホじゃ小さいから、タブレットを持ってくる」


 賢治は不承不承、二階の自室に戻って自分のタブレットを取り出して立ち上げた。 キッチンに戻ってブラウザを開くと、汎人界最大の検索エンジン「グーゴル googol」のトップページが表示された。そこに、モールス符号で「-・-- ・・-・・・・ ・・-(ま ど う)」と入力して検索する。


 すると、術師ナンバーとパスワードを入力するページが開かれた。


 賢治は登録された術師ナンバーと、以前に作成したパスワードを入力する。

 そして、グーゴルの術師界版である「グーゴルウィズ」のトップページに飛んだ。術師界ウェブへアクセスできたということだ。


(あのグーゴル社も、汎人界と術師界の両方を経営拠点にする境界企業だったとは……。何度アクセスしても、信じられないな……)


 キッチンでは四人が自分のスマホやタブレットで検索をするという、異様な光景が広がった。いや、現代や若者や子どもではありふれた光景といえるのかもしれない。だが彼らは、現代にもかかわらず生身のコミニュケーションを取ることが多いため、こういう風景は珍しかった。

 賢治たちはグーゴルウィズの検索欄に、「白銀衆」「若獅子隊」「廣銀家」「唐紅家」など次々と今回の連続襲撃事件に関するワードを入力しては検索していき、ニュースサイトやSNSを巡回する。


「あ、面白い画像みっけー」


 イソマツがそう言って、スマホを賢治たちに提示する。

 それは男二人が、仲良さそうに方を組んでいる写真だった。

 右側のシルバーに染め上げたドレッドヘアーをした巨漢は、賢治たちが良く知る顔だった。


「これ、廣銀蔵人じゃないか。左のツーブロックは誰だ」


 賢治が眉間に皺を溜めて言った。


「書いてあるよ、ホラ」


 そう言ってイソマツは画面をスクロールして、キャプションを表示する。


「なになに、廣銀蔵人と山吹光影(やまぶき こうえい)……、『山吹』だと!?」


 賢治は驚いて声を上げる。


「アンシーライズには、山吹家も関わっていたのか!」

「このニュース記事によると山吹光影ってのは、山吹家の中でも落ちこぼれのドラ息子みたいで、白銀衆を始めとしたヒト術師原理主義系の極右術師結社と数々関わりがあるみたいだねえ……」

「イソマツ、この記事もっとヤバいことも書いてあるよ。光影は八重花塾出身者だ」

「八重花塾だと!? 圭子先輩と麻枝、有阪さん、それと本多がいた!?」


 イソマツと桐野の言葉に、賢治はさらに目を見開いて驚いた。


 八重花塾とは、相模自治区にある未来を担う若手の術師に「魔導(マーシャル)実戦術(・マジカルアーツ)」を教えるための私設教育施設である。

 戦後発足された退魔連合は、治安維持や国家防衛のための実戦的な魔術の開発を山吹家に委嘱した。当時の山吹家当主だった山吹圭丞(やまぶきけいすけ)は、リチャードソン学派が提唱する現代実践魔術を戦闘技術として改良した「魔導実戦術」を発明したのである。魔導実戦術は魔導警察や魔導国防軍の主要な教練法として採用され、その実績を見込んだ連合は、もっと広く門戸を開けて実戦術を教授し、未来の退魔連合を担う人材を育てる機関をつくるように、山吹家に要請した。そうしてできたのが、八重花塾なのだ。

 八重花塾は、退魔連合を担う術師家系の子どもが多く在籍した。その中に、圭子と麻枝、有坂、そして有坂を死に追いやるいじめを行った本多翔斗がいたのである。


(八重花塾……。くそっ、嫌なことを思い出しちまったぜ)


 賢治は、〔鍵〕と〔扉〕の力で垣間見た麻枝の記憶のことを想起し、苦々しい表情をする。

 桐野は、話を続ける。


「そう、その八重花塾。光影は魔導中学の頃から地元では札ツキだったみたいで、十五歳のときに破門されているみたい。圭子先輩たちとどれくらい接点があったかは、よくわからないな」

「絶対つながっているぜ、それ。そういうヤツじゃなきゃ、廣銀蔵人と仲良くするかよ」

「憶測で物事を言っても始まらないよ、青梅」


 桐野がたしなめる。

 それ以降、四人は黙ってひたすらスマホやタブレットをスワイプした。

 けれども、目ぼしい情報は大して出てこなかった。


「ふー……。どれもこれも、とっくに知っていることばかりだな」


 賢治が溜息をつきながら言った。


「それでは捜査の基本、現場に行ってみるのだ!」


 現世が提案する。

 だが賢治は、眉をしかめてこう返した。


「行ってどうするんだ? 魔導警察が捜査済みで、遺留品なんて残ってないだろう?」


 すると現世はチッチッチッと指を振って、たしなめるような動作をした。


「賢治、現世たちはあれ(・・)を召喚できるであろう? そいつで過去を見るのだ!」


 その思わせぶりな言葉に、賢治は少し考える。

 そして、ピーン! ときた。


「そうか! アイツ(・・・)か!」

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