Report 12 ロンリーガール・クロス・ロンリーガール(8)
※ 本作はフィクションです。当エピソードの登場人物の一部の行動は現実社会において、グルーミング(手なづけ行為)に相当する恐れがあります。これらの行為を、賛美・奨励する意図は一切ございません。
【2014年 桐野 13歳】
「む!? 来客かの?」
「¿Qué(おや?)? 涼二先生、その子だれー?」
大時代なイタい喋り方をする黒髪の子どもに、わたしと同い年くらいの赤茶けた髪のチビスケが、わたしと徳長を出迎えた。
ここは今どき珍しいほど典型的な日本家屋で、徳長が師事している術師界の影のトップが住んでいるのだとか。
「今日から、ここで暮らすことになる堺桐野さんです。――ほら、堺さん」
徳長が私に、挨拶をするよう促す。
「……初めまして、堺桐野です。これからお世話になります」
★
あれから私と徳長は、三時間くらいかけて宇都宮に着いた。
平塚から宇都宮まで、直線距離で大体200キロくらいあるから、概算にして65キロ以上スピードが出ていたということになる。
マンションに戻ると永田妻は、今にも血管が切れそうな様子で待っていた。
しかし徳長が割って入ってくれたため、手を上げられることもなく口頭で叱られるだけに留まった。
徳長は永田妻に、「わたしが特別な能力の持ち主であり、同じ能力を持つ人たちの教育を受けるよう法律で義務づけられていること」を簡単に説明した。それから、また改めて永田夫妻と相談をする約束を取り付け、後日話し合いの場が設けられた。
そして、話し合いの日はやってきた。
永田家のリビングではガラスのテーブルを挿んで、徳長と私、永田夫妻が二人一組四人で対面になる形で座っている。
まず徳長が術師界の説明をして、わたしが術師界で教育を受けなければならないことを二人に話した。
「そんなおかしな力を持った存在が、うちにいるというだけでゾッとしない。施設とか寮とか、何とかならないのか」
すると永田夫が、開口一番言い放った。
なんて里親としての甲斐性がない連中なんだ。
まあ、どうでもいいけど。
すると徳長の方から、こんな提案をしてきたのだ。
「できることならば、私が世話になっている因幡清一郎という方の邸宅で、桐野さんを預かりたく思っているのです」
徳長の説明によると因幡清一郎という人間は、術師界のなかでも指折りの有力者であり、社会的信頼に篤い人物らしい。その因幡氏がわたしの話を徳長から聞いて、興味を持ったというのだ。
因幡邸には現在、因幡と徳長、そして私と同い年の少年と七歳の女児が引き取られているという。それと、家に戻ることは少ないが成人の男女の双子も一応居住しているのだという。
その話を訊いて永田夫は、怪訝な表情をした。
「その因幡さんもアンタも、奥さんはいないのか?」
「はい。いません」
「あのね。常識的に考えて、夫婦が一組もいない世帯へ里子を出せるわけがないでしょう」
永田夫がこう言うのは、私のことを心配してのことではない。
あちらでトラブルが起こって、自分にまで累が及ぶのを嫌がっているだけだ。
「わたしには児童福祉司の経験がありますし、管轄の自治区からは児童養護の資格を認められております」
「判断力が未熟な思春期の女子を家に引き入れるってのは、法律や資格だけの問題だけじゃないんだよ。基本家にいるのは、小さな女の子を除いて男ばかりだろう? そのこと自体がインモラルだって言ってんだ」
「おっしゃる通り、いくら私が資格を有していようとも、社会通念上において疑念が生じることは承知しております。また私が資格を持っていようと、自宅という親密圏に置くことで客観的な判断基準が揺らぎかねないと、ご不安になることはお察し致します。そのため月に一度、管轄の魔導児童相談所が養育状況について監査に来るように手続きを行っております。このように、桐野さんの心身の安全は外部の目を光らせることで保障致しますので、何卒ご理解いただきたく思います」
「だからそういう問題じゃ――」
「いいじゃないですか」
徳長と永田の言い合いをせき止めるように、永田妻が横やりを入れてきた。
「あちらが引き取ると言っているのだから、素直に提案を受け入れましょう。その子はウチの養子でもないし、その後で何が起ころうと私たちが関知する問題じゃないでしょう」
そう言う永田妻の顔は、どこかほくそ笑んでいるようだった。
(この顔……。わたしが甘い言葉に騙されてひどい目に遭うことを、期待している顔だ)
永田妻にそう言われると、夫は少し考えたあと「それも……そうだな」と言った。納得したというより、面倒くさくなったという感じの表情だった。
こうして最終的に永田夫妻は、徳長の提案を受け入れることになった。
最後の最後まで人間の醜い側面をわたしに見せつけた永田家だったが、わたしにとってはどうでも良かった。
新しい世界へ踏み入れる高揚で満ち満ちているわたしには、彼らが表明する懸念や嘲笑など全く響かなかった。
徳長に術師界の話をされて、飛行箒に乗せてもらって以来、ずっと不安よりも喜びの方が勝っていた。
これまでの、誰もわたしの努力も苦しみも認めてくれない日々とは違う、充実した日々が始まるのだと。そんな希望が、現実味を帯びて感ぜられていたのだった。
――だが、いざ因幡邸につれてこられると、不安の方が大きくなる事態が待ち構えていた。
うるさい現世と、もっとうるさいイソマツという、二人の先客の存在だ。
徳長によると、彼らは二人とも孤児で、わたしのようにそれぞれ事情があって因幡家に引き取られたのだという。
わたしは、同世代や自分より小さな子どもと一つ屋根の下で生活を共にすること自体に、戸惑いがあった。それで何度も嫌な思いをしてきたために。
そしてその不安は――的中した。
★
「おい小田! てめーマジメにやれよ!! お前んとこだけ、全然草むしれてねーじゃねーか!」
わたしがそう怒鳴ると、汗が玉になっていくつも零れ落ちた。
因幡邸で世話になり始めてから三週間経ったある日。わたしとイソマツと現世の三人は、竹林の向こうにある精霊術の練習場の草むしりをしていた。
ところが、アイツらが任せられた範囲が全然進まないのだ。
「¡Hola! タマムシタマムシ!」
「おお、キレイだのう!」
(こいつら、全然わたしの話を聞いてねえ……!)
イソマツは、わたしが口うるさく言っても意図的にシカトしやがる。
現世は一応わたしの言うことは聞くのだが、注意がすぐ他の方へ行ってしまう。
(……これって、体のいい保護観察処分じゃね?)
そんな風にわたしが心の中で毒づいていると、竹林の向こうから徳長がやってきた。
「皆さん、スイカが切れましたよ」
イソマツや現世は、「スイカ」と聞くなり大はしゃぎで走りだした。
おいお前ら。まだ自分の持ち場終わってないだろ。
「おっと、その前に手を洗ってきてください」
私たちは練習場に備えられた水道で手をよく洗ったあと、竹林の向こうの塀のさらに向こうにある、母屋へ戻った。
母屋は典型的な日本家屋の造りをしていて、マンションやアパートが多かった里親暮らしのわたしでも、懐かしいと思わせる何かがあった。
こういうのって、日本人的なアレなんだろうか。
クーラーの効いた客間を開放し、縁側に腰をかけながら私たちは、皿の上に置かれたスイカを手に取った。
「イソマツ! どっちが遠くまで種を飛ばせるか、勝負するのだ!!」
そう言って現世は、顔全てが口になる勢いでスイカにがぶりついた。
そして庭の塀を目がけて、種を六つ続けてプププッと吐き出した。種は太陽の光にきらめきながら、塀の向こうへと消えていった。
「¡Qué bien(いいね!)! 面白そうだ!」
イソマツは、現世の真似をして口をすぼめて種を吐き出す。
だが上手くいかず、ヘロヘロとした放物線を描いてすぐそばに落ちた。
「違う違う、こうやるのだよ」
現世が手本を見せるように、また種を連続して吐き出した。
(こいつら汚ねえ……)
「桐野もやってみるのだよ!」
「やらねーよ」
「さて。皆さん、食べ終わったようですね。草むしりを再開しますよ」
徳長が言った。
私たちは少し休憩してから、草むしりを再開した。
後半は徳長も加わったことで、前半よりもずっと短い時間で済んだ。
「イソマツくんほら、今そっちの方へアリの行列が向かってますよ」
「¡Ay! 巣があるかな? 見てみよう!」
イソマツは徳長に上手い事誘導されていることで、前半よりは草むしりに集中してくれた。それを見て私は、心の中で(ガキかよ……)と嘲った。
「ふむ……。このくらいでいいでしょう。皆さんお疲れ様でした」
徳長がわたしたちに礼を述べた。
「それでは桐野さん。綺麗になったところで、力場安定の練習を始めましょうか」
その言葉を聞いて私は、心が重たくなるのを感じた。
わたしは術師界に入ったとき、術師界順応プログラムが適応されることになった。
その一環である「中途入界者魔導教育・社会生活理解度共通テスト」で一定の水準を到達していたために、九月から魔導中学の一年時に編入することが決まっていた。
そして夏休み中は入学準備として、本来なら指定の施設で研修を受けるところを、徳長の計らいによりホームスクーリングの形で、術師界の概論や精霊術の基礎について教わることになった。
ところが、ここでつまずいてしまった。
わたしは精霊術の基礎の基礎である霊力場が、まるで安定しなかったのだ。
勉強が始まった当初は、「最初のうちはこんなものだろう」とタカをくくっていた。
だが、いくらやっても改善の兆しは見えなかった。
勉強でもゲームでも、ここまで成果が見えないのは初めてのことだった。
そうして私は、気持ちもどんどん投げやりになりつつあった。
わたしは重い足取りで母屋へ戻って手を洗った後、マントと三角帽を装着し、ケースに入った練習用の白い杖を持ち出した。
(暑い……。マントは夏用だし、下はフレンチスリーブとはいえ、この日照りには応える……)
そして練習場に戻り、練習は始まった。
私と徳長が対面になるような形で向かい合う。
「力場展開!」
徳長が言った。
わたしは精神を集中させて、バトルマンガのようにオーラを放つイメージを思い浮かべる。
すると私の周囲で砂ぼこりが舞い上がってしまった。しかも、右足の方だけ。
徳長の説明によると、もうこの時点で失敗しているようだ。
本当に熟達した術師は、砂利の一つも動かさない安定した力場を展開するという。
「そのまま力場を、私の方へ向けるイメージを持ってください」
徳長に従って、私は彼の方へ力場の方向を向けようとする。
ようやくのことで、砂を巻き上げる風は正面の方へ吹き始めた。
「肩の力を抜いて――唱えて!」
白い杖を徳長に向けて「《PKシュート》!」と唱えた。
すると、ピンポン玉と同じくらいの大きさの赤いエネルギー球が杖の先に生成される。それは杖先から離れ、先生目がけてまっすぐ飛んでゆく――はずだった。
ギュウウウウンッ――ボン!!
エネルギー球は明後日の方向へ大きくカーブを描き、地面へ落ちて破裂した。
「桐野さん気にしないで! 次、お願いします!」
徳長の激励に呼応するように、わたしは《PKシュート》を唱え続けた。
だが結果は、全てが大暴投に終わる。
(焦ったら余計にできなくなるってわかっているのに……!! ちくしょう!!)
先生から優しい言葉をかけられるたびに、わたしはみじめな気持ちになった。
焦りと悔しさは日に日に募っていき、どんどん力場は安定しなくなっていく。そんな悪循環に、わたしは完全に陥ってしまったのだ。
「5分だけ休憩しましょう。その間、ご自分の力場展開の際にどういうイメージをしていて、それがどういう結果として具現化されているか、もう一度考えてみてください」
「はい……」
わたしはベンチに座り、暑さから帽子とマントを外した。そして手の平を見つめながら、うなだれていた。
時刻は午後5時を過ぎた辺りだが、まだまだ日は高かった。
(学校が始まるまで、あと二週間……。もう時間はそんなに残されていない。どうしたら……!)
「きーりーのー」
現世がとてとてと、わたしのほうへ歩いてきた。
「……ああ?」
わたしは思わず、すごんでしまった。
だが現世は、全く臆することなくこう言った。
「これあげるのだー」
広げていたわたしの手の平に、何かが落とされた。
ガサガサガサガサ。
それは生きているタマムシだった。
「……ッ!!」
わたしは声にならない悲鳴をあげて、タマムシを払った。
ブチッ。
ただでさえナーバスになっているわたしはブチギレてしまい、間髪入れずに現世のカットソーの襟をつかんだ。
「――てめえッ、馬鹿にしてんのか!!」
激昂するわたしに、現世はそのまん丸の目を見開いて驚いた。
夏の光も吸収してしまいそうな黒目は、どんどん潤んでいく。
「やめなさい!」
徳長がすっ飛んできて、わたしと現世の間に割って入った。
「涼ちゃん……。現世が、現世の宝物をあげようとしたら……」
現世が今にも泣き出しそうな顔で、徳長に言った。
周囲を飛ぶタマムシを見て徳長は全てを察したようで、わたしの方へ向かってこう言った。
「謝りなさい、桐野さん」
「……何で。いきなり虫を手の平に乗せられりゃあ、誰だって腹立つだろ」
「現世さんの考えが至らなかったことは事実ですが、だからといって暴力に訴えていい道理はありません。今のあなたの行為は八つ当たりといっていい」
徳長の言っていることは正論だった。
けれども、この時のわたしは自分のことばかりが頭にあって、どうしてもそれを受け入れることができなかった。
それと徳長にかばってもらっている現世を見ると、堪えようもない苛立ちを覚えたこともあった。
「……もういい、出て行く。魔術もこの家も、うんざりだ」
わたしは踵を返して、竹林の方へ戻った。
「どこへ行くんです! 戻って来なさい桐野さん! 桐野さん!!」
徳長の声を背に、わたしは塀の非常口を通って母屋に戻り、二階の与えられた部屋へと戻った。
そしてスラッシャーのリュックを引ったくり、そのまま出て行ってしまった。




