Report 11 憎悪を萌すもの(4)
賢治&現世 VS 廣銀蔵人 の試合は、円島特別訓練魔導学校の前の路上で、スタンダードの形式で行われることになった。つまり、どちらかが決まり手を出すまで術を掛け合うのだ。
「首領ーッ!! そんなクソガキども、砂にしちゃってくださーい!」
「首領に勝てるわけがねえ!! 調子こいてんじゃねえぞゴキブリども!!」
「キャーッ!! 蔵人さん頑張ってーッ!!」
醜悪な声援が、賢治たちがアウェイであることを再確認させてくれる。
「青梅……、現世……!」
「¡Olé! サルサソースみたいに潰してやってよ!!」
だがそのおぞましい感性のなかでも、桐野とイソマツの応援ははっきりと賢治の耳に聞き取れた。
「成人、識人……。おめえらの仇はジンガイの糞野郎ともどもぶっ潰してやるぜ……!!」
あらん限りの渋面を浮かべる蔵人。
対する賢治と現世は、やや頭が冷えて冷静に対策を練る。
「よいか賢治……。くどいようだが、腐っても廣銀家出身のA級術師なのだ。油断するなよ」
「ああ、《側算》でも『霊力 A』だったしな。それだけじゃなく、技術もA。廣銀家は魔道具の生成呪文を得意とするから、相当精巧で強力な具現化呪文を使えるってことだ……。魔道具、もしくは風術に強い精霊っているか?」
「魔道具に詳しいのはマールボスだが、戦闘タイプではあらぬ。風術というのがやっかいだな……。バルバトスだと矢の軌道を曲げられてしまうかもしれんし、マルコシアスだと吹き消されたり、あるいはわざと火力を増大して《ベクター・チェンジ》とかやられかねぬ」
「ダンタリオンを出して、出方を窺うしかなさそうだな」
「おいてめえら、いつまで話し合っている!! さっさと始めるぞ!!」
蔵人が怒鳴った。
「初手、ダンタリオン。これは何が何でも通す。それでいいな現世?」
「うむっ! わかったのだ!」
賢治と現世、そして蔵人は8メートルの感覚を空けて向かい合う。
蔵人は右手の人差し指と親指でつくった鉤の上にゲームセンターのメダルを置き、「このコインが地面に落ちた時を試合開始の合図とする」と宣言する。
そして、コインが弾かれた。
ピーン。……
――チンッ
「《文蔵侯爵ダンタリオン――召喚》!」
「出番だ、俺の嫁! 《サイバネティック・シルフィード》!」
試合開始の合図と同時に、両者が詠唱する。
賢治の目の前に、様々な言語で綴られた光の文字が浮かび上がる。光り輝く霊気の文章が凝縮されて、ダンタリオンが形作られた。
【71. 文蔵公爵ダンタリオン Duke of Library, Dantalion】
戦闘力 A(攻撃 A- 体力 C 射程 A 防御 A- 機動 D 警戒 A)
霊力 A- 力場安定性 A 教養 SS 技術 A 崇高 B 美 A- 忠誠心 B 使役難易度 IV
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン」
ダンタリオンはこの前と同じマイペースな真顔で、ふざけたことを言った。
対して蔵人の目の前には、緑と黄色の斑に光る円陣から、光り輝く人型のシルエットの召喚精霊が出現した。円陣の色からして、風術系と電術系の合系呪文であることが窺えた。
やがて光が収まり、シルエットはその全様を見せる。
それは月桂冠を被り、無機質な白い腕を剥き出しにした女性であった。しかし顔つきはおよそ人らしい温かみはなく、能面のようであった。アーモンド形の目は白目がなく、緑の光が明滅した。
誰がどう見てもそれは、ロボットであった。
(サイバネティック……サイボーグの召喚精霊。やはり、魔道具か魔道具の召喚精霊を生成する呪文を主体とするのか)
そして先に動き出したのは――この機械仕掛けの精霊だった。
サイバネティック・シルフィードの手のひらから、風圧の弾丸が放たれる。
「うわっ!?」
賢治はとっさに避けたため直撃は免れた。だが、トリネコの杖が叩き折られて
しまった。
魔導書を開くダンタリオンの目の前に茶色の円陣が現れる。
そこから縦寸法3メートル以上の巨大な木製の盾が出現し、風圧の弾丸から賢治たちを守った。《フローティング・プランクシールド》を短縮詠唱したのだ。
「賢治様、私の後ろへ!」
賢治はダンタリオンの盾の背後へと急いで隠れる。巨大な木の盾にサイバネティック・シルフィードの風圧の弾丸が立て続けに辺り、その度に木片をまき散らしながら轟音を響かせた。
「《ブローアウェイ・ダスター》!」
その隙に蔵人が唱えた。
彼の背中から光が迸る。それはやがて、二つの扇風機に形作られようとしていた。
賢治は初めてこの呪文を見たが、どういう効果なのかは一目でわかった。
あの魔道具は、桐野とイソマツを吹き飛ばした《サイコ・ブローアウェイ》を打てる装置に違いない――と。
「賢治! 《再展開 Rexpand》で杖を再生するのだ!」
現世が言った
三角帽、マント、白手袋、トリネコの杖といった賢治の魔装は、力場を展開するたびに再生される仕組みになっている。そのため、このように破壊されてしまった場合は、再び力場を展開し直す《再展開 Rexpand》を唱えればいい。
賢治は早速、《再展開》しようとした。
しかし、であった。
ぐいっ――
「ダ、ダンタリオン!? 何を!?」
賢治はダンタリオンに腕を引っ張られ、前へ躍り出た。
「とにかく前へ。現世様も一緒に! 《フレイム・ピラー》!」
ダンタリオンは木の盾を進行方向へ突き出しながら、《フレイム・ピラー》を小刻みに唱えて、小さな炎の柱を上げつつ蛇行して進んでいく。
だがどういうわけか炎の柱は、サイバネティック・シルフィードの足許には出現せず、剥がれ落ちた木の盾の破片を燃やすばかりだった。風圧の弾丸を受け続ける木の盾本体はどんどんボロボロになっていき、今にも壊れそうだった。
「お、おい! 危ないのだ!」
「いいえ、離れている方が危ないのです」
不可解なことを言うダンタリオン。
だが賢治はその時、あることを発見した。
(……!? フローティング・プランクシールドが受ける衝撃が、和らいでいる!?)
不思議なことに、風圧の弾丸の威力が明らかに衰えていたのだ。
「そういう――ことか」
「どういうことなのだ!?」
「この風圧の弾丸はロケットのように、少しづつ加速してあの威力と鋭さが生まれるんだ! だからダンタリオンはあえて近づいているんだ!」
賢治の説明にダンタリオンは、「それだけじゃありませんよ」と言った。
「! これは……!!」
現世は気づいたようだ。
そして、賢治もまた気づいた。
ダンタリオンと現世と賢治、サイバネティック・シルフィードと蔵人の斜線がいま、一つに重なっている。
ダンタリオンはこれを狙っていたのだ。これでは蔵人の《ブローアウェイ・ダスター》は、サイバネティック・シルフィードごと吹き飛ばしてしまう。
「チッ、小賢しいことをしやがって」
その狙いに気づいた蔵人は舌打ちをして、即座に斜めへ動いた。
「賢治様! 《再展開》後すぐ、現世様を挟む形で左手を私の胴に回してください! もう片方の手で杖を伸ばして《プロテクティブ・シールド:パイロキネシス――MAX》を!」
現世は「何だその指示は!?」と驚いたが、賢治はダンタリオンの言うことをそのまま聞き入れて「《|再展開》!」と唱える。
賢治のトリネコの杖が再生した。
バキャンッ!!
フローティング・プランクシールドが耐えきれなくなって粉々に粉砕するとほぼ同時に、ダンタリオン、蔵人、賢治が行動を起こした。
「《プロテクティブ・シールド:パイロキネシス――MAX》!」
「グップフフ!! これでもくらいやがれ!」
「《フレイム・ピラー――MAX》」
賢治は現世をその胸に抱きしめつつ、《プロテクティブ・シールド:パイロキネシス》を、ダンタリオンの前に杖を突きだして展開した。
次に、ダンタリオンから見て2時の方角から蔵人が《ブローアウェイ・ダスター》を発動させた。二つの扇風機から、桐野とイソマツを吹き飛ばした緑光をまとう旋風がこっちに向かって来る。
それから、サイバネティック・シルフィードの足許に真赤な円陣が出現した。
ゴォォォオオオ――
「うぉああああ!?」
蔵人が悲鳴をあげた。
サイバネティック・シルフィードの足許から、炎の嵐が引き起こったのだ。嵐はシルフィードと木片を巻き込み、蔵人の巨体を吹っ飛ばした。
「……!」
賢治は息を呑む。
賢治の前からの炎は《プロテクティブ・シールド:パイロキネシス》によって防げたが、背後はすぐそばを炎の渦が通り過ぎた。
「炎の柱」どころか、「炎の竜巻」と言ったほうが適切な壮絶さだった。
「これは……、火災旋風か!?」
ダンタリオンはいつもの間の抜けたマイペースな声音で「そのとーり」と応えた。
「火災旋風は熱対流現象の一つで、火災によって空気を消費した場所の外から酸素を取り込もうとすることによって引き起こる上昇気流……。周囲には、私がまき散らしては燃やした木片が複数設置されていて、しかも風圧の弾丸の余波で空気を取り込み続けるから勢いよく燃えていました。そこへ、木の盾本体という燃料と《ブローアウェイ・ダスター》による大量の酸素供給が重なった状態で、最大威力の《フレイム・ピラー》を唱えればどうなるか……中学生でもわかるレベルです。
高い霊力に傲り、相手を舐めすぎた結果とはいえ――あなた、お粗末過ぎます」
拉ッ。
そうダンタリオンは蔵人に人差し指を突きつけながら、これ以上ないほどのキメ顔でそう言った。




