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Report 9 茶番の終局(3)

「や、やめろやめろ! それ以上は反則負けにするぞ!!」


 唐紅がそう怒鳴るも、賢治はダンタリオンに指示して成人に《チャージ・ボルテックス》の拷問をかけ続けた。

 その様子を見ていた桐野は、今がチャンスだと考えた。


(意識が青梅たちの方へ向いている……。今のうちに唐紅のスマホを奪って、涼二先生に連絡する!)


 桐野は周囲を見る。

 桐野を体格の良い風紀委員の男子二名が見張っているのだが、彼らは賢治との試合を終えて体力と精神力を消耗していた。試合を見る限りでは自分よりも実力は下だろうと考えられるので、この二人を撒くのはさほど難しくはない。

 懸念するべきは星野である。

 彼女は、日本トップクラスの魔導大学である日本魔導大学を現役合格してストレートに卒業した、極めてレベルの高い術師だ。まともにやり合ったら、まず勝てない相手だ。警戒してかからなければならない。


(……今だ!)


 桐野は走り出した。

 杖は星野に没収されているから、自力で唐紅のスマホを奪うしかない。

 後ろで「堺さん!」という星野の声が聞こえたが完全に無視して、マントに隠れている唐紅の尻ポケットめがけて手を伸ばした。


「おい! 聞いているのか――って、何だお前!」


 桐野はマントの隙間から手を入れ、唐紅のジャージの尻ポケットの携帯を奪い逃走した。


「返せ堺!! 堺!!」


 桐野は一瞬だけ止まり、そして――


「ぶげっ!」


 唐紅の顔面にローリングソバットを見舞う。

 これで邪魔者はいなくなった。タッチパネルで、徳長の電話番号を入力する。




   ★


 徳長は円とぴあ20階の休憩室で窓の外の景色を眺めながら、紙コップのコーヒーを苦々しい顔で啜っていた。

 『門』合同対策会議 臨時会合の前半のプログラムが終わり、休憩を取っているところである。けれども、心は全くといっていいほど休まらなかった。

 会議が余りのクソっぷりで腹立たしいのも去ることながら、賢治たちのことが心配で仕様がなかったのである。

 特にさっきイソマツから届いたショートメールの内容が、気がかりだったのだ。



 ¡Che(チェ)(やあ)! 昨日の深夜、マガツが白銀衆の幹部を襲撃したことを犯行声明に出していたよ。ソースは→ https://xxxxxx



(このタイミングで、マガツによる白銀衆の構成員の襲撃……。何だろう、とても嫌な予感がする)


「隣、いいですか?」


 そう話しかけてきたのは、冥賀だった。


「ええ。どうぞ」と、徳長。


 冥賀は、徳長の隣の席に座る。その白い杖を握る手は、いくつかの指が不自然に短かった。


「こうなるとは分かっていたとはいえ、毎度不毛な議論をされるとしんどいモンですねエ。五星院の旦那には困ったモンですな。朱藤のおやっさんもですけど」


 徳長は苦笑いを浮かべ「はい、本当に」と答えた。


 術師界の立法府である術師界議会は、魔導自由党・魔導主民党・魔導人民党の三つの政党術師結社でほぼ全ての議席が占められている。

 魔導自由党は連合に属する政党術師結社で、規制緩和による自由経済の促進を中心政策に据えた急進右派的な色が強い。現在の術師界政権を担当している与党である。

 魔導主民党は同盟に属する、リベラル寄りの中道右派政党術師結社だ。現議会の最大野党である。術師界の内需拡大とインフラの整備に力を入れた保守本流的な政策をモットーにしており、同盟の幹部が多く所属している。

 主民党内には二つの派閥が存在している。ひとつは、因幡率いる「清丸会(きよまるかい)」であり東日本を拠点としている。対するは朱藤率いる「徒然袋(つれづれぶくろ)」であり、西日本を拠点としている。徒然袋の会長である朱藤利光が酒呑童子の真祖であることから分かるように、歴史の深い西日本の亜人を中心として作られた政治団体が許になっている。そのため、現在は因幡が作った同盟に参入しているにも関わらず、因幡とその一味のことを「新参者」として軽蔑するものが多く、しばしば清丸会と対立を引き起こしている。

 魔導人民党もまた、同盟に属する政党術師結社だ。魔導主民党に次ぐ議席を保有する、第二野党だ。ヒトと亜人は労働を通じて連帯し、真に共生し合う世界を革命によって打ちたてようとする魔導人民主義の実現を目標とした左翼政党術師結社である。戦後の混乱期には強硬的な手段も辞さない武闘派の側面もあったが、半世紀前の綱紀修正によってそうした活動はすっかりなりを潜めている。ことさら穏健派だった冥賀が三年前に会の要職である書記長に就任してからは、清丸会と徒然袋の仲介に回ることすらある。


「保有者はまだ16歳と10歳。大変でしょう、生意気盛りと遊び盛りの子どもの面倒を同時に見るというのは」


 冥賀が、相手を労わるような笑みを浮かべて言った。

 この飄々としているがどこか温かみのある冥賀の態度は、人に安心感を与える。どことなく、信頼できる先輩のような風格が感じられた。

 ――もっとも、実際は冥賀の方が徳長よりずっと年下で、政治の世界に身を置いてきた年季も徳長の方が長いのだが。


「ええ、そりゃあもう。その上、問題児があと二人もいるものですから」

「ははは。こっちも山城にある、先代党首の邸宅でお厄介になっていたときは、お嬢たちの面倒を見るのが大変でした」

「ああ、星野涼子さんですね」

「ええ、そうです。五年前に若奥様が亡くなったときは、ひどい落ち込みようだったのですが……。そこから立ち直って立派な職業についてくれて、何よりです」


 ブブブ……。

 そのとき、徳長のスマホが振動した。着信である。


 冥賀が「どうぞ」と言ったので、徳長が「失礼します」と返した。


(何だこの番号? 電話帳にはないぞ)


 訝りながら、徳長は「はい、徳長です」と電話に出た。


「桐野です!! わたしのせいでトラブって、青梅と現世が唐紅に清丸高の生徒たちと無理矢理試合をさせられています!!」


 何を言っているのかがわからない。


 授業を見学に来ただけのはずなのに、何故試合に?

 この携帯電話は一体誰の者なのか?


 徳長は頭のなかが、強烈な頭痛とともに疑問でいっぱいになった。

 けれども徳長はまず、湧き出る雑多な疑問をグッと堪えて、まずは教え子たちが置かれた状況の把握を試みることにした。


「……状況を、正確に教えてくれませんか」

「廣銀家の生徒が、実戦練習でわたしに対して反則行為をしたのに唐紅がスルーしたのを、青梅と現世が抗議したんです! そしたら唐紅が居直って、廣銀が青梅と現世に攻撃を仕掛けたんです! それから話がこじれて――」


 どうも懸念していた事態が的中してしまったようだ。

 いや、想定よりも遥か斜め下の事態が起きている。

 唐紅英流と廣銀家の生徒が、想像以上にろくでもない人格と浅慮の持ち主であり、かつ清丸高自体も腐りきっていたということだ。


「法螺械も破壊されてしまって連絡が――あぐっ!」


 突然のノイズが徳長の耳を障った。

 そしてその後すぐに、「何、話してやがるおい!」という野太い怒鳴り声がかすかに聞こえた。


「桐野さん! 何があったんですが、桐野さん!!」

「ツー、ツー……」


 通話は切られていた。

 考えなくてもわかる。

 桐野はこの電話の持ち主に、電話を実力で取り返されたのだ。

 そしてその持ち主とは、あの野太い声の持ち主。恐らくは、唐紅英流だろう。

 通話の様子を横から見ていた冥賀は目を丸くして、徳長にかける言葉を迷っているようだった。


「日麿……」


 徳長が呼ぶと、女性のSPに扮した日麿が跳んできて「ハッ」と返事をした。


「私はしばらく中座します。他の同盟の方々に、ご連絡いただけますか」


 日麿は「承知しました」と言って、敬礼をした。


「ちょ、ちょっと徳長さん。どこへ行かれるんですか。というより、何があったんです?」


 動揺する冥賀に、徳長は毅然とした態度でこう答えた。


「――教え子たちの一大事です」




   ★


「賢治! 見ろあれを!」 


 現世が指さした。

 そこには、唐紅と揉みあっている桐野の姿があった。


「堺!? 何しているんだ!?」


 賢治は、ダンタリオンに力場を閉じさせる。《チャージ・ボルテックス》の拷問から解放される成人。目が白目を剥いた状態のまま崩れ落ちて、ビクビクと痙攣している。


「退学にしてやろうかこのクソガキ!! ああ!?」


 唐紅は、桐野の襟首をつかみながら罵声を浴びせた。もう一つの手には、何故かスマホが握られていた。

 桐野は右頬が赤くなっている。

 ペッ、と桐野は外に血の混じったツバを吐き出した。

 賢治は、桐野が唐紅に殴られたことを察した。


「やってみろよ……。こんな学校、もうこっちから願い下げだ」


 桐野は精一杯の強がりを表す。

 それが唐紅の癪に障ったようで、桐野の頬に杖を突き付けた。


「このガキ……!!」


 スマホをポケットにしまい、杖を懐から取り出す唐紅。


「てめえ、離しやがれッ!!」


 頭に血が昇った賢治は、杖を唐紅に向けた。

 その時、予想外の乱入者が現れた。


 バシンッ!!

 唐紅の杖が、乱入者の杖によって(・・・・・)|弾かれたのだ。それはあたかも、フェンシングのパレードのように。


「諒子どの……!?」


 唐紅の杖を弾いたのは、星野諒子だった。


「フンッ!」


 星野は伸縮式の杖で、驚く唐紅の顔面を思いっ切り薙ぎ払った。


「ぶげえっ!!」


 唐紅は鼻血を噴き出しながら転倒した。

 どうやら星野の杖は、特殊警棒のような武器にもなるらしい。


「ごめんなさい。私が間違っていたわ、堺さん」

「諒子どの! ありがとうなのだ!」


 その様子を見た現世が破顔した。


「あなたたちも、本当にごめんなさい。我が身可愛さに、こんな馬鹿げた試合に付き合ってしまって。私が実力を以ってしてでも、止めるべきだったわ」


 星野が言った。

 その様子は、本当に自分がしたことを悔やんでいるようだった。

 しかし、その時であった。


「何だ!? あの飛行箒の集団は!!」


 突然、生徒たちが上を見上げて騒ぎ出した。

 賢治もつられて天井を仰ぐ。

 すると、飛行箒が何機もこっちに迫っているのが見えた。

 顔はガスマスクをしていてわからない。全員、その手に何か包みのようなものを持っていた。


「結界をすり抜けたぞ!! 何か持っている!」


 賢治が叫んだ。

 驚くべきことに、飛行箒は霊的結界が張られているはずの天井をすり抜けたのだ。

 すり抜ける瞬間、彼らの身体に光る文字が出現したため、何らかの術を使っていることは間違いない。

 彼らは結界をすり抜けるや否や、手に持った包みを下に向けて放り投げ、すぐさま結界の外に出た。

 包みが開かれる。

 中味は、粉末のようだった。


「と、扉が開かないぞ! どのボタンも無反応だ!」


 扉まで駆けていった生徒が叫んだ。

 その一声が、他の生徒たちのパニックを招いた。

 

「うわああああ!! 《サイクロン・ダスター》!」

「こっち来るな! 《ルーテイシャス・ドーム》!」

「ひいい! 《バーステッド・ウィンドウ》!」


 各々の生徒が、粉末を跳ね返そうと呪文を唱えまくった。中には制止して、息を止めて匍匐(ほふく)前進を促す冷静な生徒もいたが、もはや手遅れだった。

 ゴオオオオオ――

 生徒たちの力場が互いに干渉して、演習室に壮絶な力場の嵐が起こった。粉末は一瞬にして、演習室の隅々に渡って充満した。

 結界は物理的な役割も果たしている。その中で充満する粉末が結界の外に出ることはあり得ない。


「ぬおおおお――!!」

「現世ッ! ゴホゴホッ!」


 霊力場の乱れによって起こった風で飛ばされそうになる現世を、すんでのところで掴み取る桐野。


「ゲホガホッ! 現、世……、堺……!」


 粉末に咳き込む賢治。

 何故か粉末を吸い込んだ途端に、賢治は猛烈な睡魔に襲われた。


(な、何だ……、急に眠く……)


 視界が急速に暗転していくのを賢治は感じた。


(そういえ、ば……。星……野、……先、……生、……は……?) 


 意識を失う直前、賢治は違和感に気づいた。

 さっきまでそばにいたはずの星野が見当たらなかったのだ。

 立っていられなくなり、崩れ落ちる。

 すると、何者かが自分の身体を抱え込んだ。

 そして意識は、完全な暗闇に閉ざされた――

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