Report 9 茶番の終局(1)
「《マテリアライズド・シャドー》!!」
賢治の対面に立つ、《ディフェンシブ・ドーム:パイロキネシス》の淡いマゼンタをした光のドームで守られた青いマントのボーイッシュな長身の少女が詠唱した。
すると不自然に伸びた少女の影が、賢治の方へと素早く這っていった。
自分の影を実体化させる影術系の呪文であるが、影が伸びたのは《エクステンド・シャドー》という別の呪文の効果である。
また彼女は足許の影も実体化させて地面に喰い込ませ、自分が衝撃を受けたときに転ばないようにしていた。
「行けーっ、イモっち!!」
「芋田先輩、頑張ってーっ」
黄色い声援が、賢治の対戦相手の少女こと芋田未来にかけられる。
芋田は、この影の触手で賢治の足を引っ張って転ばせるつもりなのだろう。
(《ウィル・オー・ザ・ウィスプ――MAX》!!)
賢治は、《ウィル・オー・ザ・ウィスプ》を短縮詠唱した。
激しく光る光球が杖から放たれ、影の触手に向かって飛んでいく。影の触手は《ウィル・オー・ザ・ウィスプ》の光にかき消された。
だが次の瞬間、《ウィル・オー・ザ・ウィスプ》が突如出現した白く光る円陣によって掻き消された。DとLの髯文字を中心とした◎の円陣。この円陣を、賢治は知っていた。
これは術解呪文の円陣である。
芋田が短縮詠唱したのだ。推定経路負担率は25×2=50。
「取り囲まれておるぞ! 一つの《ウィル・オー・ザ・ウィスプ》では消しきれん!」
現世がいつになく慌てた素振りで言った。
影の触手は《ウィル・オー・ザ・ウィスプ》の光球を回避しつつ枝分かれし、賢治を渦を巻く集中線のように取り囲みつつあった。地面だけでなく空中にも、影の触手が賢治を取り巻くように張り巡らせつつあった。
「フッ。光あるところには影がある……私の影は、いかなる光によっても消し去ることはできない!! さあ、覚悟しろ!!」
芋田がそう宣言すると、無数の影の触手の先端が、賢治めがけて一斉に伸びる。
勝敗は決したかのように思えた。
だが、この瞬間に生まれるスキを賢治は待っていた。
「《スタン・フラッシュ――MAX》!!」
賢治が唱える。
杖の先から延びた光線が、芋田目がけて伸びる。
芋田は《ディフェンシブ・ドーム:パイロキネシス》を解いて、《プロテクティヴ・シールド:フォトンキネシス》を唱えようとした。
「ああうッ!!」
だが間に合わなかった。
芋田のみぞおちに、《スタン・フラッシュ》の光線が命中した。
芋田は下半身を影の触手に支えられたまま、ビクンビクンッと二、三回痙攣をした後、その場で失神した。
ピタッ。
無数に伸びた影の触手が、賢治を捕らえたまま動かなくなった。そしてすぐに、霧散した。術師が気を失ったため、力場が収束されたのだ。
「……芋田未来、試合続行不能!! 勝者! 青梅賢治と因幡現世ペア!!」
唐紅が、苦々しく宣言した。
「相手が最も油断するとき、それは『自分の勝利を確信したとき』……。涼ちゃんが授業で言ったことをよく覚えておるな、賢治」
現世が、笑いながら言った。
さっきの慌てた振る舞いは芋田に、自分たちがあたかも窮地に陥っているように装い、芋田のスキを狙っていることを隠すために行ったことだった。
「ああ。最大のピンチは最大のチャンス、ってな……」
「今のが25試合目で、二人目の副委員長との試合であった。風紀委員は26人。残る役職持ちおよび風紀委員は、ただ一人」
「風紀委員長……。恐らくは、唐紅がもっとも懇意にしている生徒だ」
「おう! 気合を入れていくぞ、賢治!」
あれから一雨以外は大体横並びの実力といえたが、どれも知識と経験に裏打ちされた強さを持った術師たちだった。戦術は、確実に賢治と現世よりも上だった。
風紀委員長は、恐らくその頂点に立つ実力の持ち主であると考えられる。
賢治と現世は、今一度気を引き締めた。
「第26試合! 三年A組、廣銀成人!! 前へ!!」
唐紅が呼んだ名前に、賢治と現世は耳を疑った。
「ひろがね……廣銀だと!? 第1試合で戦った!?」
「兄弟か……?」
前に出てきたのは、いかにもガリ勉といった容姿をした男子生徒だった。
やせ形で身長が低く、髪はだらしなく伸び切って眉毛はボーボー。眼鏡は手あかだらけの牛乳瓶。容姿には気を使っていそうだった識人とは対照的であり、共通点は他人に対する軽蔑心が感じ取られる目つきくらいしか取り上げることができなかった。
「フン。識人を退けたのは、お前らか……。はぁ~、どいつもこいつもこんなド底辺のクズにやられやがって、本当に使えねえゴミどもだな」
ビキッ。
他者に対する敬意の欠片もない悪意の第一声に、賢治と現世は青筋を立てた。
「んだと、てめえ……」
賢治は思わず口にしてしまう。
これまで賢治たちは、はっきりと「白銀衆」の団員か、あるいはその思想に同調していると考えられる生徒を特定することはできなかった。せいぜい候補としてあげられるのは、この試合のきっかけとなった廣銀識人ぐらいである。
それも当然で、3分に満たない試合なんかでわかるはずがないのだ。出来の悪いフィクションなどでは、トントン拍子で敵の正体が判明することもあるが、現実でそんなことはまずないのである。
ところが、いま目の前で対峙しているこの少年に対して賢治たちは、こうした思慮を全て投げ捨てた。
――こいつが、「白銀衆」の団員だ。
そう予断させるほどの隠し切れない陰険さと他者に対する思慮のなさが、廣銀成人という少年からはにじみ出ていたのだ。
「は? 俺、先輩だよ? 口の利き方もなってねえとか、やっぱ底辺だな。キレれば他人が何とかしてくれると思ってんだろ。社会はそんなに甘くねーんだよ」
その言葉が、賢治をキレさせた。
「て゛め゛え゛――」
「よせ賢治! 挑発に乗るな!」
現世が腕をはさむようにして、賢治を制止させた。
この現世の制止で少し頭が冷えた賢治は、毅然と成人に反論する。
「元はと言えば、てめえの弟のせいだろうが!! てめえの弟が堺にイカサマをやって、それを唐紅のクソ野郎がスルーして、この学校の連中が誰一人としておかしいって言わねーから、オレたちは怒ってんだよ!!! それなのに『社会』どうのとか、話がずれているだろ!!!」
「フン。識人はこんな奴に負けたのか。廣銀家の恥だな。これだから軽薄なウェイは……」
「おい!! 人の話を聞け!!!!」
「うっせえよド底辺!!」
成人が怒鳴った。
「この世界にはなあ!! 分相応ってのがあんだよ!! 生まれながらの不平等なんて、あって当たり前なんだよ!! てめえらド底辺は、この術師界を背負っている俺たちに感謝してしかるべきなんだッ。それをちょっとばかり実力があるからって、『自分が正しい』なんて思うのはおこがましいんだよ! 弁えろこのクズがッ!!!!!」
この日本の術師界で最も地位のあるとされるヒトの術師の名家で育った人間の言葉とは思えない、どうしようもなく浅慮で無責任な言葉が演習室に響いた。
賢治は、二つの拳を血が出るのではないかというくらい固く握りしめて震わせた。
「……そうか。それが、最初から恵まれた環境で甘やかされて育ったてめえの『格律』か……」
賢治は、腹の底からこみあげる怒気を口から吐き出した。
「だったら、その腐った格律!! 一から十まで反駁してやるッ!!!!」




