Report 8 人狼の医師と飛行箒暴走族(4)
(うわあ……。面倒臭いのが出てきちゃった)
「さっきはよくも恥をかかせてくれたなぁ……。このオトシマエ、どうつけてくれるんだ? そのキレーな顔を醜いナマス切りといくか、ああん?」
額に静脈を浮かべて風由は言った。
「風由ッ……! 羽山さんはなあ、お前の治療を邪魔させないために俺たちと戦ったんだに! それなのに刃物向けるたあ、どういう了見だ下衆野郎ッ!!」
白拍子が怒鳴った。
「うっせーんだよジンガイが! お前ぇ、さっき窓の上から聞いてたぞお。あのガキの生き別れた兄貴なんだってな」
「……! おんしゃあ、それ以上口を開いてみるだに。二度と利けねえようにしてやっぞ」
「おおー、こわこわ。さすが珍走団。あのガキにしてこの兄貴ありだなあオイ。やっぱジンガイはクズだな! こんなDQNの兄貴を持ってたんじゃ、弟だって被害者ヅラして特権を貪る寄生虫の仲間になるわな! ひゃっひゃっひゃ!」
悪辣な罵言に、白拍子の瞳孔が開いた。
「――殺すッ……! おんしゃあみてえなド腐れ外道は生きてるだけで、他人を傷つけるにッ!! ここでぶッ殺してやるだらッ!!」
白拍子は、痛みに震える脚を押さえつけて立ち上がる。
ザッ――
だがその前に、維弦が立ちふさがった。
「羽山さん……! そこをどいてくれだに!」
「――お前の手はまだ汚れてねえ。その愛車のように真っ白だ。……ああいう下衆の相手はな、俺みてえな血生臭さが取れねえ、薄汚れたヤツで十分だ」
維弦は、諭すような口調で白拍子に向かって言った。
「ぐだぐだ言ってんじゃねえ! この場にいるモンは皆殺しだっ!」
その光景にしびれを切らした風由が叫んだ。
「仕込み杖……。てめえ、そんなものをどこに隠し持ってやがった。二段腹の中まで調べたハズなんだがな」
「うるせえ、死にやがれ! 《クイーンズ――》」
チュドン!
飛んできた火花が風由の右手に着弾し、爆発した。
「ぎゃあちっ!」
風由のナイフが、あさっての方向に飛んでいく。
「¡Hola! 大丈夫かい、先生?」
イソマツが左手で銃の形を作りながら、笑って言った。
「出て来るんじゃねえイソマツ! 中へ引っ込んでろ!」
それを見た維弦が叱責する。
「こンのクソジンガイどもがあああッ!! 円島から出てけ、術師界から出てけエエエエッ!!」
風由は懐から二本目のナイフを取り出して、イソマツに向かって猛然と駆けだした。
やはり仕込み杖で、今度は毒々しい紫色のガスをまとっていた。
それをイソマツは、軽蔑仕切った目で迎撃態勢に入る。
(あーあー、負けフラグ濃厚な言動を次々と。……お前なんて、湿布張った左腕一つで十分なんだよ)
左手の人差し指の先に、霊力が凝縮されていく。
イソマツは、まだ実戦で使ったことがない〔バクチク〕の応用技を試そうとしていた。
「……喜べよ、お前が最初のお客様だ。熱烈な歓迎をしてやるさ」
「ぶっ殺してやるぅぅぅ!!」
風由のナイフがイソマツに届くまで、三歩。
維弦は「チッ!」と舌打ちをして、白衣の内側から外科用剪刀を取り出してダーツのように投げた。
パキィン!
わずかに開いた剪刀が風由のナイフに直撃して、真っ二つに折った。
「なっ……。そんな馬鹿な!」
「ドイツのゾーリンゲン自治区で作られた特注品だ。そんなチンケななまくらなんぞ豆腐みてーなもんなんだ――よッ!」
そう言って維弦は風由の右手を蹴り、折れたナイフを飛ばした。
そしてすぐさま、風由をヘッドロックした。
(ちぇ……。せっかくのチャンスを逃しちゃったな)
イソマツは不承不承、左手を下げて力場を収束させた。
「お……おごえ……」
風由は戦意喪失をし、いかっていた肩がだらりと下がった。
「……円島から出て行くのはてめーだ。退院したら二度とその面ァ見せんな」
それは龍をも震わせるであろう、厳かな怒りの声だった。
風由は怯えきって、カタカタと震えていた。
……ァンファンファンファンファンファン。
警告めいたアラートが近づいてくる。魔導警察のパトカーのサイレンである。
まずは、白い飛行箒に乗った飛行箒隊が病院の敷地内に入ってきた。続けて、汎人界のそれと寸分変わらぬパトカーが何台も入ってくる。
バタン。
先頭のパトカーのサイドドアが開き、中からワイシャツを腕まくりした目の細い男性の刑事が出てきた。筋骨隆々の長身で、190センチ近くあると思われる。
(あれ? あの人、たしかこの間の……池田、だっけ?)
それはこの間イソマツたちを尾行した刑事、池田だった。
だが池田はイソマツを無視して、維弦の方へまっすぐ向かっていった。
あのとき尾行していた理由は、癸と己(麻枝)が桐野、イソマツ、現世と交戦しているという目撃情報から、彼らがマガツと何らかのつながりがあるのではないかと疑ったからだ。しかし、尾行先にはマガツの協力者である鳥海璃亜がおり、彼女と取っ組み合いになる。それを勘違いした賢治たちは、池田を捕らえてしまい、賢治は鳥海の人質となってしまった。だがイソマツが鳥海に手傷を負わせ、池田が彼女を捕らえた。しかし因幡清一郎によって、鳥海もろとも記憶を消されてしまったのだった。
したがって、イソマツは池田のことを覚えているが、相手はこっちのことを憶えていないのである。
「羽山ァ、てンめ~」
「よう池田。駄菓子屋のバアちゃんは元気が?」
「よう、じゃねーよ馬鹿! 四辺トンネルの検問をぶっちぎった暴走飛行箒の集団がいるって交通課から連絡があって、足跡を追ってみたら何なんだこれは!」
飛行箒が術師界の自治区に入る場合、歩行者や車両と同じように検問を通らないといけないのである。
「てめえは何度、被疑者を病院送りにして俺たちの仕事を増やせば気が済むんだ? 先週は任侠系術師結社の下部構成員を七人全員複雑骨折。先々週は通り魔の犯人が乱入したのをふんじばって両腕脱臼! いい加減にしろ!」
「両腕じゃねえ。両足もだ」
「うるせえ! 今日という今日は、留置所にブチ込んでやるっ!」
「刑事さあああん! このジンガイどもを逮捕してくれえ! 暴行の現行犯だあ!」
維弦の腕を握りしめながら、風由が叫んだ。
暴走族の少年たちは「てめえ、ぬけぬけとよくも!」とブーイングが飛ばした。
池田は、風由の方へツカツカと歩み寄る。そして、縦開きタイプの警察手帳を開示する。
「あー、風由青空だな? 魔導警察の池田正司だ」
そう自己紹介をして、右手に持っていた書類を風由の前で提示した。
それは、逮捕状だった。
「陸奥署から連絡があった。お前には傷害の容疑で逮捕状が出ている。ご同行願おうか」
警察の登場にほころんでいた顔が一転、再び生気を失う風由。
「な、な、な、あれは証拠不十分で」
「三日前。お前の仲間の満潮が、任意同行を求められたときゲロったんだよ。そん中には他にも訊きたいことが色々あったぞ~」
ガチャリ。
池田の後輩らしき青年が、呆然としている風由の右腕に手錠をかける。
「風由青空、逮捕。午後十五時二十六分」
そう若い刑事が宣言すると、罵詈罵詈燦駄集の少年たちが歓声をあげた。
「やった! やりましたよ白拍子さん! 弟さんに報告してやってください!」
白拍子は、気の抜けた表情で「これで……、少しは潤平も安心できるかな……」とつぶやいた。
そう言う彼の瞳は、相手を威嚇するやさぐれた雰囲気が取れ、年相応である少年のそれに戻っていた。
『ザー。こちら駿州署、こちら駿州署。信州第二署より連絡。飛行箒暴走族が8機、円島自治区へ向かったという連絡が入った。繰り返す……』
池田の警察無線が、突如入った。
「何だと……。こちら円島署。こちら円島署。了解した。至急、交通課に連絡する。繰り返す――」
その会話が耳に入った金城が「信州け……?」とつぶやいた。
「信州言ったら……、信州スリーパーズしかおらんズラ」
「¡Guau!(やあ) その話、もう少し詳しく聞かせてくれない?」
イソマツが金城に話しかける。
「ワッ、何ズラお前」
「その信州スリーパーズって連中、何者なの?」
馴れ馴れしく話しかけるイソマツに、取り巻きの不良少年たちが一瞬色めきだったが、金城が制止させた。
「……急に勢力を拡大してきた連中ズラ。それまでは政治とかと無縁だったのに、急に亜人解放どうたらとか言い出したズラ」
「いつ頃から?」
「たしか……一ヶ月半くれー前からズラ?」
(一ヶ月半前……。たしかマガツが本多を襲って、犯行声明を出した時期と被るね……)
この妙な符合に、イソマツは胸騒ぎがした。




