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Report 8 人狼の医師と飛行箒暴走族(3)

 悲鳴にも近い白拍子の叫びに、罵詈罵詈燦駄集の一同は神妙な顔つきになる。


「……。アンタ、覚えてるだらあ? 二ヶ月ほど前、陸奥自治区で白銀衆の構成員の振る舞いをたしなめた男子中学生の亜人が、逆ギレしたアイツらにぶっ(さら)れた事件を」


 白拍子が言った。


(あー……、あの事件か。)


 聞き耳を立てていたイソマツは、三月に起こった事件を思い出した。


「その少し前。陸奥自治区区役所に赤舌(あかした)のじいさんが生活保護の相談に行ったら、まるで話を聞かないで門前払いにしたあった。それに怒った地元の非営利術師結社が、声をあげたんだら。その街頭演説に、俺ン弟がそれを手伝っていたんだに。そしたら、白銀衆がちょっかい出してきたんでな、俺ン弟が食ってかかった。そんだら、あろうことか風由とその子分どもは弟をぶっ(さぐ)ったんだにぃ!」

「……風由たちは逮捕されたが、証拠不十分で釈放となったズラ」


 金城は、憎悪が滲む口ぶりでそう言った。

 苦渋の表情を浮かべ、白拍子が家庭の内情を語り始める。


「俺たちは四人家族で、元々遠州自治区に住んでいたに。俺が九つで弟が五つのときン、おっ()さとおっ()さが離婚して、おっ母さは故郷の陸奥に帰っただら。そンとき、弟はおっ母さについてって、俺はおっ父さと一緒に遠州ン残った。跡取りが欲しかっただに。ンで離れ離れになって、互いの名字変わってからも、弟とは連絡を取り合っていたに。……弟は身体が小さく、亜人だったこともあって、小学校ンときいじめられていたに。だけん、アイツは、心が強かった。だからこそ、白銀衆の連中は許せなかったんだろうに……」


 白拍子の握る拳が震えている。それは、犯人を憎む気持ちよりも自分を責めているかのようだった。


「だから、おれっちらは決めたズラ。法が裁けんのなら、おれっちらが目にものォ()かしてやるズラ!」


 金城は、拳を振り上げてそう言った。


「……おれっちらは、持っている情報網をフルに活用して調べたズラ。だけんど、風由、というか白銀衆んガードは固かったズラ。おれっちらも途方に暮れかけていたとき……風由が何者かに襲撃を受けて、ここの病院に入院しているという投稿を今日の昼に見つけたズラ」


(どれどれっと……、あーニュースはこれだなあ。投稿ってのはどれだ?)


 イソマツはスマホでニュースを検索した。その結果わかったことは、次のとおりである。

 昨日の深夜のことである。白銀衆の構成員――ネットで名前は出てないが風由のことだろう――が仲間たちと呑み会をしたあと、自転車で清丸町四丁目の自宅まで帰る予定だった。


 だがその途中で、人気のない道で黒いパーカーを着た人物に襲われた。


 黒パーカーの人物は、水の入った小瓶をいくつもぶら下げ、それを風由の前で開けたのだ。すると水が弾丸のように風由めがけて打ち出され、パチンコの玉で撃たれたかのような衝撃を受けた。風由は転倒してしまい、軽い脳震盪を起こした。この病院に搬送されたのは、近くの公園でスケボー遊びをしていた亜人の少年たちが見つけ、魔導救急車に通報してくれたからだ。

 だが当然のことながら、ネットのニュースでは搬送先の病院名までは記載されていない。誰かが流したに違いなかった。


「……それは、これズラ!!」


 そう言って金城が突きつけたスマホの画面には、術師界ウェブのSNSであるWizperの投稿文が表示されていた。

 イソマツは、9.0の超視力で金城のスマホを盗み見た。



E90sb4dE9 @4djuy

 亜人の敵・白銀衆若獅子隊隊員の風由青空に、鉄槌を下した。やつは今、清丸町魔導病院に入院している。亜人に害を与えるもの全てに粛清を。


 マガツ


※ 画像あり


12:48 – 2017.5.19



(¡¿Qué(ケ・) diablos(ディアブロス)?!(何てこったい!!) マガツだって……、面倒くさいことになったなあ)


 驚くべきことに、彼らはマガツの犯行声明によってここへ襲撃しに来たのだ。

 これは徳長に知らせないとダメだなとイソマツは思い、スマホのメッセージ機能を開いた。


「だから……。おれっちらは、風由の野郎をぶっ飛ばすまでは帰れねえズラ」


 維弦は、三本目のハイライトに火をつける。

 煙を盛大に吐き出したと思うと、視線を金城の目に向けた。


「……失望したぜ、クソガキども」


 維弦は、軽蔑の色を込めてそう言い放った。

 少年たちがざわつく。


「もうちょっと骨があると思ったが……。いいか、テロリストだろうか差別主義者だろうが、中学生に逆ギレして手をあげる外道のクズ野郎であっても、ウチの患者であることに変わりねえんだ。治療の邪魔はさせねえ。ましてや、てめーらのようなネットの卑怯者どもの悪意に頼って踊らされるような腑抜(ふぬ)けにはな」


 そう維弦が言うと、少年たちは一気に色めきだった。


「フ、ふざけんなぁ! ぶっ(さぐ)るぞ、おんしゃあ!!」

「自分ン家族がやられてみるだに!!」


 非難轟々。怒声に包まれる駐車場。今にも維弦に殴りかからんという雰囲気だった。


「――やめろ!」


 白拍子が制止の言葉を叫んだ。


「……羽山さんの言う通りだに。俺ァ動機がどうあれ、『(さら)された個人情報を頼りにしてシメにいく』ってんいう、人として最低の行動をしていることは違ぇねえ」


 レザージャケットの少年が「……し、白拍子さん」と言った。


「だけんど、羽山さん。俺ァ弟に顔向けできねえ最低の卑怯者かもしれねえが、こいつらは違え。俺のためにやってくれたことだに。軽蔑するなら、俺だけにしてくれ」

「――タカちゃん。水臭えこと言うねえ」


 白拍子は目を見開いて振り向いた。

 金城だった。


「だ、大典……」

「おれっちらは一蓮托生。タカちゃんが汚れるなら、おれっちも汚れてやるズラ」

「そ、そうっすよ! ここまでつき合わせておいて、そりゃねえスよ!」

「おれら、兄貴のためならどんな汚れ仕事でもやりますって!」

「仲間じゃねえですか! オレら!」


 金城を先駆けとして、他の不良少年たちも口々に白拍子への信頼を表明していく。

 金城、維弦をキッと睨み付けてこう宣言する。


「羽山さん……。アンタが医者としてのスジを通すってのなら……、こっちはツッパリとしてのスジを通させてもらうだに! おれっちと一対一(タイマン)で勝負ズラ!」


 維弦は、ハイライトの火を携帯灰皿でもみ潰す。


「あくまで最後までやるってか……。そのケンカ、買ってやってもいいが条件がある」

「条件?」

「あたり前だろ。お前が勝ったら俺がいうこときかなきゃならねえのに、俺が勝ってもお前らが引き下がるだけじゃ、吊り合わねえ」

「……何を要求するつもりズラ?」


「俺が勝ったら、二度と暴走行為をしないと誓え」


 そう維弦が言うと周囲が再びざわついた。


「それは……。罵詈罵詈燦駄集を解散しろってことと同じだら?」

「それ以外に何があるってんだ。おめーらはカタギの領域(なわばり)で迷惑かけたんだ。そんくらいの覚悟、あってのことだろ?」


 金城、ゴクリと唾を飲み込む。

 維弦の要求は、金城にとって過酷なものであった。金城にとって族の仲間は、家族に等しいのだろう。彼らを結びつけている最大のつながりがなくなってしまうというのは、金城にとって耐え難いものだ。


「そればかりは、みんなに訊いてみねえと……」


 少しまごついた様子で、金城は仲間のほうを振り向く。


「総長! 俺たちは、総長ン判断にお任せします!」

「解散しても、オレらはずっと仲間です!」


 不良少年たちは、金城の背中を押すような言葉を次々と投げかけてくれた。


「……!」


 金城は維弦の方を向き直して、堂々と宣言する。


「お前らの気持ちは、受け取ったズラ……。――羽山維弦! 罵詈罵詈燦駄集の総長の名にかけて、おれっちはアンタに勝つズラ!!」

「……術式(オペ)を開始する。三分で完遂させるぞ」




   ★


 維弦と金城、二人の視線が真正面からぶつかる。


「――真祖返り(リバージョン)!」


 金城の身体が、黄金に輝き始めた。

 維弦は警戒して距離を取る。

 金城の全身から、金色の毛が生え始める。激しい電流が迸り、彼の身体を包み込んでいく。


 目が眩むような光が止んだとき――そこには、全身が金色の毛皮に覆われた獣人が立っていた。


 真祖返りが成功したのである。

 獣人と化した金城が右腕をあげ、右手の人差し指と中指を羽山の方へ向ける。


「〔電心(ボルティー・)(エモーション)!〕」


 無軌道に飛び散っていた電流を、自身の周囲に収斂(しゅうれん)させる金城。


「なるほど……雷獣(らいじゅう)か」


 雷獣。遠州地方に古くから伝わる、雷とともに現れる妖怪である。その勁路は、帯電・放電ができる種族特有のものになっており、自らの意志で電流を操ることができるのだ。

 いま少年は、自分の先祖である雷獣の姿に戻ったのだ。


「くらえっ〔電心擲剣(ボルティー・エッジ)〕! ズラあっ!」


 バシンッ! 指先から、弧状の雷弾が発射された。維弦はそれを難なくかわす。

 金城は左手でも同じ構えを取る。


「ズララアッ!」


 ババズンッ!

 両手同時に、同じ雷弾を発射する。地面に着弾すると激しい電流が流れて破片が飛び、周囲に焼けたアスファルト独特の臭いを漂わせた。

 スーッ、と深く酸素を取り込む金城。そして――


「ズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラズラ!!」


 〔電心擲剣〕の連射である。

 舞い飛ぶ無数の雷弾。砂とアスファルト片が爆散し、鼻につく臭いとホコリを周囲に充満させた。

 ザンッ――土煙の中から、維弦が姿を現す。

 この雷電と砂嵐を、一直線に走り抜けてきたのだ。


「うらあっ!」


 左回し蹴りを繰り出す維弦。

 だが金城、後ろに跳んでそれを避ける。

 この距離なら避け切れない――普通ならそう判断する射程に、金城はいた。

 しかし、である。

 ギュウウンッ!

 金城の身体が左後方にあった円島自治区の区章旗(くじょうき)のポールに引き寄せられ、スレスレのところで回し蹴りを回避した。磁力が、金城の身体を吸い寄せたのだ。


「〔電磁力演武(フレミング・ダンス)〕! 電磁力の効果を応用し、自由自在に飛び回る技だ! 総長はあれで、武州ナイトメア夜道会の奴らを全員ぶちのめしちまったんだ! これで勝てる!」


 緑色の皮膚をした少年が歓声を上げて、そう言った。

 金城はポールに足を張り付けたまま、グッと膝を屈伸する。

 バシュン!

 今度は磁力の流れを逆流させて反発し、維弦に飛び掛っていった。空中で一回転し、右脚を維弦の顔面へ。

 グワッシャ!

 直撃。維弦の右頬に金城のとび蹴りが突き刺さった。

 着地する金城。――驚愕の表情を浮かべる。


「な、なに……?」


 維弦は顔色ひとつ変えず、その場に突っ立ったままだった。金城の全力の攻撃に、全く動じていない様子だった。


(――う、嘘だらあ!? おれっちの〔電磁力演武〕による〔電速蹴撃(ファースト・アクセル)〕を食らったら、十二時間は眠り続けるハズなのに!)


「……あ? 今お前、狼狽(うろた)えた? 狼狽えただろ、なあ?」


 その維弦の言葉に、金城は全身の血管に氷水を流入されたような恐怖を覚えた。こんな錯覚は、生まれて初めてだった。


「ケンカってのはなァ……、最後に(・・・)狼狽えたヤツが負けなんだよ!!」


 維弦がそう言った――その瞬間に、それ(・・)は来た。


「――」


 金城の視界が突如、青空いっぱいになった。

 顔が上がったまま下がらない。宙に浮いた違和感を覚えて金城は、コンマ三秒前のことを思い出す。唐突な、顎に鉄球がぶつかったような衝撃――

 下方を見やると、右の拳を振り上げる維弦の姿があった。


「……!」


 そこで、ようやく自分が置かれた状況を把握した。

 金城は、維弦のアッパーカットをモロに食らって吹っ飛んだのだ。

 二人の距離は、五歩分はあった。それを維弦は一瞬で詰めて、金城の目の前に到達したのだ。


「〔冥狼闘技法・奥義――闇翔(あんしょう)冥狼拳(めいろうけん)〕」


 ぼすっ。

 金城の身体は、駆けつけた仲間たちに受け止められる。

 金色の体毛が、煙のように消え失せていく。真祖返りが解けたのだ。


(……負けた、ズラか。オレっち)


 金城は何の言葉も出せずに、呆然と空を見上げたままだった。

 次元が違う。全く知覚できない維弦の攻撃をまともに受けた金城は、そう思った。


(……。なんだろ。負けて、チームも失うってのに……。すごくすがすがしい気分ズラ)


 けれども金城の胸に、負けたことへの悔恨や憎悪の念は全くなかった。


(ああ忘れていたズラ、こんな感情。全力でぶつかって砕け散ったときの、邪念が一切なくなって自分を省みる感覚……。こんな気持ちンなるの、中一ン時、タカちゃんにボロ負けして以来じゃないかなあ)


「ぐへへへ~、見てた見てたぞぉ。それ、人狼の超能力だよなあ? お前もジンガイだったとはなあ~」


 悪意に満ちた粘着質な声が金城たちの耳に届いた。

 その場にいるものの視線が、病院の入口前に集まる。


「お、……おんしゃあ!」


 白拍子が、憎悪を顕わにして声をあげた。

 自動ドアの前には風由青空が立っていた。「AGLA」と掘られたサバイバルナイフを右手に握り締め、舌をベロベロとさせながら。

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