Report 7 地獄の大連戦――賢治&現世 VS 清丸高の生徒333人(5)
賢治は「後輩……?」と、首をかしげた。
「小林山心愛。お前が第4戦目で、相手した女子生徒だよ。アタシたちは同じ、魔導実戦術部の部員さ」
麻塩が言った。
賢治はそれを言われて、すぐにピンと来た。
彼女は、一雨の次に賢治を追いつめた対戦相手だったからだ。
「ああ、あの人ですか。一年生の中では一番強かったですね」
「一雨に勝っていい気になっているようだけど……その鼻っ柱、アタシがへし折ってやるよ」
唐紅が「オイッ! いつまで喋ってる!! 早く用意をしろ!」と怒鳴った。
ハンデが与えられたような試合であったとはいえ、トップクラスの使い手である一雨が倒されて、どことなく余裕がなくなってきた素振りが伺える。
麻塩が不承不承従いながら、「ぶっ倒してやる……!」とつぶやきながら杖を賢治に向けた。
「気をつけろ賢治。魔導実戦術部の部員ということをわざわざ口にするということは、腕に覚えがあるということなのだ」
現世が賢治に忠告した。
「始め!」
唐紅の号令とともに、賢治は《スタン・フラッシュ》を短縮詠唱した。
しかしその光線は麻塩の横を通り過ぎていった。
「は、外した……!?」
「何をやっておる賢治! おぬしにはまだ、これだけの距離が離れていながら《スタン・フラッシュ》の短縮詠唱を成功させるほどの技術はない!」
《スタン・フラッシュ》の威力と命中精度は、力場の正確なコントロールに依存する。力場のコントロールが未だに課題である賢治において、この初手は悪手と言える。なお《ファイアボール》の場合は、力場のコントロール能力に威力が依存することはなく、命中率をあげるにもそこまでの苦労を強いられることはない。
「《ハムシーン》!!」
麻塩が詠唱する。
灰色と緑色の二色で彩られた円陣が地面に出現し、砂嵐を巻き起こした。
「これは……、風術系と地術系の合系術!」
賢治が「合系術?」と現世に訊く。
「二つ以上の系統の属性を持ち合わせる術のことなのだ。それも風術系と地術系は、相反系統同士なのだ。このような呪文を唱えられる術師はめったにいないなのだ!」
リチャードソンおよび彼の学派の術師たちは、十二の系統分類を考案したが、二つ以上の系統の属性を持ち、どうしてもどちらかの系統に分類することができない術がこの世界には存在することを提唱した。それが、「合系術 Involutive system arts」である。
リチャードソン学派は、術の系統には「相反系統」があることを発見した。例えば、火術系にとって水術系は相反系統であり、水術系からすると火術系が相反系統にあたる。このように、互いに相反する関係にある系統のことを相反系統と呼ぶのだ。相反系統の組み合わせは四種類で、識術(ESP)と気術(PK)、火術と水術、風術と地術、光術と影術である。ちなみに、ある系統から見て相反しない系統のことを、「友好系統」と呼ぶ。
そして相反系統同士の組み合わせの合系術は、とても稀なのである。
その理由であるが、術師は大抵の場合、それぞれ得意な系統というものがあるからだ。超能力者の場合は分かり易く、自分が有している超能力の系統がそれにあたる。魔術師の場合もそれがあり、相反系統同士の術が得意、例えば風術と地術の両方が得意という魔術師はすくない。火・風・電とか水・土・影といったように、得意な術は相反しない組み合わせとなる。これは「友好系統習得の法則」と呼ぶ。
そのため「友好系統習得の法則」に従えば、相反系統同士の合系術を使える術師が殆どいないことは、必然的に導かれる。
――ところがいま賢治たちの目の前には、風術と地術の合系術の使い手が相手として立ちはだかっていた。
「《サンディ・ライトニング》!」
麻塩が唱える。
《ハムシーン》は環境変化呪文であり、力場が収束されない限りその場に永続し続ける。
そして《サンディ・ライトニング》は、砂嵐の細かな砂利同士の摩擦で帯びた微弱な電流を増幅させる呪文である。
「くっ! 《プロテクティブ・シールド:エレクトロキネシス》!」
賢治は反射的に、電術系に対する防御呪文を展開した。
カッ! と稲光のような放電が賢治の目の前で起こった。
衝撃が、黄色く光る盾を通じて賢治に襲いかかる。
「わあっ!」
「賢治!」
賢治は踏ん張り、何とか堪える。もう少し踏ん張るのが遅れていたら、自陣の外に出て場外敗けするところだった。
「アタシの《サンディ・ライトニング》は、地術系と電術系の合系呪文……。その盾だと半分しかダメージは緩和することができねえ!」
麻塩の言葉に現世がと言った。
「いや、この威力はそれだけでは説明がつかぬ! おぬし、『シナジー』を狙ったな!」
「シナジー……? 現世、何だそれは!?」
「おっ、気づいたか本のお嬢さん。――そうさ。《ハムシーン》の砂嵐は、砂同士で摩擦による電気を増幅させて相手を攻撃する《サンディ・ライトニング》の攻撃力を増強させる効果がある! 術同士が互いに相乗し合う状況を『シナジー』って言うんだ。そんなことすら知らない相手にやられた一雨には、本当に同情するね」
現世には少しばかりの敬意を、賢治には一層の軽蔑を込めて麻塩が言った。
(くっ……、オレは術解呪文をまだ覚えていない。だから、この《ハムシーン》が吹き荒れる中であの人に勝たなければならない! また召喚するか? ……ダメだ。まだまだ全校生徒の一割も倒していない!)
賢治は悩む。この状況の最善の一手は何なのかを。
(この人には悪いけど、一雨さんほどの強さはない。この程度の相手も下せないのなら、全勝なんて夢のまた夢だ!
考えろ……。ゲーティアの召喚精霊も使わず、《アブラカダブラ》も唱えず、勝利できる方法を……! 彼女に有利なこの状況を、どうにか出来る方法は……!)
そこまで考えて賢治は、あるアイデアが閃いた。
(……いや、違う。この状況を何とかするんじゃない。――オレも利用すればいいんだ!)
「さあ、トドメだ! ぶっとびやがれ!! ――《Replay!! and double!!》」
英語の倍数詞は、「倍増」の指示呪文である。
つまりさっきの二倍の威力の《サンディ・ライトニング》が賢治を襲うということだ。
「《ファイアボール――for five times》!!」
賢治の杖の先に、半径三十センチ以上ある《ファイアボール》が五発連続で発射される。
「……!」
麻塩は息を呑んだ。
砂嵐の酸素と粉じんが燃料となって、五つの《ファイアボール》は異常な速度で膨張しながら麻塩に向かって来る。
(思った通りだ……! オレの《ファイアボール》の熱量なら、焚き火が風に煽られて吹き飛ぶどころか激しく燃え上がるように、砂嵐の酸素と巻き上げられる不純物を燃料にして、威力もスピードも増強されるのではないかと……。その狙いは的中した! このスピードなら《サンディ・ライトニング》の放電がオレに届く前に、相手に着弾する!)
麻塩からすれば、自分の術を利用された形になる。このように、自分の術が相手の術に利することになる現象を「リバースシナジー」と呼ぶのだが、賢治はそれを知らずにやってのけた。
しかし、であった。
(あれ……、これ威力強すぎない!? やりすぎちゃうんじゃない!!?)
《ファイアボール》は、賢治の予想を超えたサイズに大きくなってしまった。五つの火の玉は、もはや半径二メートルを超えようとしていた
「逃げるのだ、麻塩どの――ッ!!!!!」
「《STOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOP》ッ!!」
賢治は《中断 Stop》の指示呪文を唱えて、慌てて力場を収束しようとした。
だが、それは不可能だ。
《ファイアボール》のような単純攻撃呪文は放たれた瞬間から、術師によるコントロールを失う。
これは呪文理論の基礎であり、このような基礎を失念するほど賢治は焦っていた。
火の玉は地面に触れて破裂した。五つの巨大な火の玉の爆炎が麻塩を呑み込む――
「《レディ・タブラ・ラーサ Redi, "Tabula rasa"》!!」
唐紅が慌てて唱えた。
すると《サンディ・ライトニング》の放電も、《ファイアボール》の巨大な火の玉も、《ハムシーン》の砂嵐も、全てが一瞬にして消え失せた。
射程内の力場を全て収束させる呪文である。勁路負担率は50。意味はラテン語で「白紙に戻せ」。英語の命名が基本である現代呪文において、ラテン語が採用された珍しい呪文である。
プルプルと震える手で、杖を賢治に向けた。
「やりすぎだ馬鹿野郎!! 失格だ!! 反則負けだ――ッ!!!」
その唐紅の怒声を受けて、賢治はバケツの氷水が胃の中へぶちまけられたように血の気が引いてしまった。
「反則……負け……」
やってしまった。
後悔と絶望が、賢治を襲う。
「……いいえ、先生。アタシの負けです」
(……!?)
だが、麻塩が唐紅の決定に異議を申し立てた。
「はぁ!? お前、審判に逆らうのか!!」
「互いに術を掛け合う実戦試合に危険はつきもの……。反則負けになるのは、選手に明確な害意があったと判断されるときのみ。あの二人にとってこの結果は想定外だったようです。その証拠にあの二人は、『逃げろ』と言ったり、『中断』の指示呪文を唱えようとしました。それに、決まり手の《ファイアボール》の威力が彼らの想定外になったのは、私の呪文が原因です……」
「そんなものは何とでも言える!! 害意がなかったということには――」
麻塩は三角帽の下から、その鋭い三白眼を唐紅に向けて睨み付けた。
唐紅は「ヒッ」という怯えた声をあげて、口を閉ざす。
それから麻塩は、ドスの効いた低い声で言う。
「審判が判断を下すのは慎重でなければならない。……そして、選手のプレーを身体を張って止めるのも審判の務め。……そうでしょう、唐紅先生?」
気圧された唐紅は、震え声で審判の訂正をした。
「し……勝者。青梅賢治と因幡現世ペア……」
賢治たちは互いに礼を交わす。
それからすぐ、踵を返そうとした麻塩に賢治は声をかけようとする。
「待ってください、麻塩さん!!」
麻塩の足がぴたりと止まる。
「……さっきは、申し訳ありませんでした。それと、ありがとうございました」
麻塩が異議を唱えなければ、賢治たちは負けていた。
そのことに賢治は謝意を述べた。
すると、麻塩は険しい顔で賢治をたしなめる。
「勝者は敗者に対して、必要以上に声をかけるんじゃないよ。追い打ちをかけているのと同じだから、それ」
それから、後ろを向いてその場を去っていた。
だが、去り際に何かを言うのが賢治たちには見えた。
「む? いま何か言わなかったか?」
「いや、オレも聞こえなかった。だけど多分……」
賢治は唇の動きや、麻塩が戦った動機からその言葉を簡単に類推することができた。
そして、何とも言えない複雑な気持ちになった。
――ごめん、小林山。勝てなかった。




