Report 7 地獄の大連戦――賢治&現世 VS 清丸高の生徒333人(4)
一雨の言葉に唐紅が、「お……お前! 何を言いだすんだ!!」と喚いた。
そして、賢治たちもまた困惑した。
《ファイアボール》のゴリ押しは通用しなくなるかもしれない。それは予想していたことではあった。
だがそれを、対戦相手がわざわざ忠告してくるなぞ考えもしなかった。
「……なんで、そんなことを言うんですか」
「つまらない場外戦で有利になっても、誰の得にもならないからだ」
「メタ……?」
賢治が首を捻った。
すると現世が「メタゲーム。ゲームが始まる前に、『相手がこう来るだろう』と予測を立てて、効果的な戦術をあらかじめ用意しておくことなのだ」と耳打ちする。
「もう結構です、唐紅先生。試合開始の合図をお願いします」
一雨は、唐紅に言った。
唐紅は納得いかないといった表情で、不承不承試合開始の合図をする。
「用意!」
賢治はまだ困惑しながら、杖を相手に向けた。
(……どうする!? ハッタリか!? だが実力者っぽいし、そんなつまらないハッタリをするか!? やはり言われた通り、《ファイアボール》は使わないでおくか……!?)
賢治は、現世の方を向いて目を合わせる。
現世は首を縦に振って、右ページに「《スタン・フラッシュ》」と表示していた。
「始め!!」
唐紅の号令と共に賢治は、「《スタン・フラッシュ!!》」と唱えた。
すると一雨は、杖の先に白い光の盾を出現させた。《プロテクティブ・シールド:フォトンキネシス》を短縮詠唱したのだ。
一雨は、《スタン・フラッシュ》の光線を《プロテクティブ・シールド:フォトンキネシス》が防ぐとほぼ同時に、力場を収束して別の呪文を詠唱した。
「《パイロディバウアーズ・ドレイク》!!」
一雨の目の前にマゼンタの円陣が浮かぶ。
その呪文名を聞いて、現世の顔色が変わった。
「あれを通すのはまずい!! 《アブラカダブラ》なのだ!」
そう言って現世は、右ページに《アブラカダブラ》と表示する。
「《アブラカダブラ》!!」
賢治は現世に指示されるまま《アブラカダブラ》を詠唱して対応した。
「《アブラカダブラ》!」
だが、即座に対応されてしまう。
賢治は二発目を詠唱するかどうかを、一瞬だけ躊躇した。
だがすぐさま頭を切り替え、唱えることにした。
先の小林山のときはその躊躇によって、一時は劣勢に陥ったからだ。
「くっ、《アブラ》――」
「よせ! 俺はこの呪文を絶対に通す!! 無駄に勁路を負担させるんじゃない!!」
一雨が制止の声をあげた。
賢治は現世と目を合わせて、彼女の意見を伺った。
「……すまぬ」
現世は両手で「×」を作りながら、そう言った。
賢治は《パイロディバウアーズ・ドレイク》を通すことにした。
《パイロディバウアーズ・ドレイク》のマゼンタの円陣に重なる二つの《アブラカダブラ》の円陣が、唱えられた力場を展開する。《パイロディバウアーズ・ドレイク》の円陣を邪魔するものはいなくなり、発動した。
クエェェェェ――
円陣の中から、小柄な赤いドラゴンがあげながらせり上がってくる。ドラゴンは、1メートル半ほどの細長い体をくねらせながら、威嚇の啼き声をあげた。
「……」
賢治は初めてドラゴンを目の当たりにして、息を呑んだ。
ドレイクはドラゴン種の妖獣のなかで最も小さい部類に当たる。したがって、以前賢治がテレビで見たことがあるドゥムノニア・グリーンドラゴンよりは、大幅に小さなサイズではあった。
それでも目の前にこうして現われると――それも初めて見るものだから余計に――ただただ圧倒されるしかなかった。
「《ファイアボール》は俺に通用しないと言った根拠は、コイツだ。……《ファイアボール》!」
一雨が《ファイアボール》を唱える。
ドレイクがけたたましい声で啼き始める。すると、賢治は驚きの声をあげた。
「火……、火球が吸い込まれていくだと!?」
杖をまっすぐ向けて唱えた放たれたはずの《ファイアボール》の火球は、ひとりでに曲がってドレイクの口元へと吸い込まれていった。
「パイロディバウアーズ・ドレイクは、相手の火術系の呪文の力場を吸収して自分の霊力に変換することができる召喚精霊だ。これを出せば、君の《ファイアボール》は完全に封じることができる。……だが、そんな偶然の相性の良さで俺が勝っても、君たちも俺も得るものがない。――特に、君」
一雨はそれから現世の方を向いて、指摘をする。
「君の表紙には『GOETIA』と書いてあるが、あの『ゲーティア』なのか?」
「「……!!」」
賢治と現世は、黙り込む。
一雨の声が観客の方まで聞こえたのか、ざわめきが起こった。
「『ゲーティア』……だと!?」
「ありえない! 『ゲーティア』の精霊の召喚は完全に大学の専門科目レベルだぞ!!」
「魔術を覚えて三週間だっていう話だろ……!? どういうことだ!!」
見学ならば表紙を見せなければ済んだことだが、試合になってしまった段階で、いずれは指摘されるだろうとは思っていた。だが、いざ指摘されるとどう答えるべきか、賢治も現世も言葉がすぐに出てこなかった。
沈黙するする二人に対して、一雨が言葉をかける。
「にわかには信じがたいが……、もし『ゲーティア』の召喚精霊を召喚できるならば、迷わず召喚してくれないか。というより、《スタン・フラッシュ》と《ファイアボール》しか攻撃手段がないであろう君たちは、召喚しなければ勝ち目がない。
――俺は、見たいんだ。まだ見せていない、君たちの実力を」
「反則行為だ一雨!! 次、対戦相手に利するようなことを喋って手を止めたり、今から20秒以内に試合に準じた行動をとらなかったら、お前と言えど反則負けに――」
……ギロリ。
堪忍袋の緒が切れて警告する唐紅を、一雨は無言でにらみつけた。
威圧された唐紅は、「う……」と言葉を詰まらせてその場に棒立ちになる。
「……召喚するぞ、賢治」
右手の親指を自分に向ける「召喚」のサインをしてそう言う現世。
賢治は「現世……!?」と途惑いの声をあげる。
「さっきからペラペラと……見くびられたものなのだ。よいであろう。そんなに見たいのならば、見せてやろうではないか!!」
「……わかった! で、何を召喚するんだ!?」
「バルバトスなのだ!! 飛行できる召喚精霊は、大抵射程が広い! 射程が狭い召喚精霊では対応できぬ!」
「OK! 《翠弓公爵バルバトス――召喚!》」
賢治がそう唱えると、再びざわめきが起こった。
賢治の足許を中心として円陣が浮かび上がる。外部には四つの五芒星、内部には四つの六芒星が囲んでいる。
その先にもう一つ、緑色に輝く円陣が浮かび上がる。それは、三角の中に円が描かれた円陣だった。
賢治にとっては見慣れた召喚の円陣であるが、清丸高の生徒にしてみればまず高校生が操れる代物ではないのだろう。そこらかしこから、驚愕の声が響き渡る。
そして、緑の光の中に矢を弦につがえる小柄な影が現われた。
【8. 翠弓公爵バルバトス Duke of Verdure Bowman, Barbatos】
戦闘力 A(攻撃 A 体力 A- 射程 A+ 防御 D 機動 B 警戒 A+)
霊力 C 教養 D 技術 A 崇高 D 美 C 忠誠心 A 使役難易度:III
「驚いた……! 本当に、ゲーティアの召喚精霊を出せるのか……」
一雨は、今までで一番驚いた顔をしてそう言った。
矢を向けられたドレイクは敵意を察し、空を飛んだ。
ゴォォォオオオ――
そして距離を取りながら、炎のブレスを吐き出した。
すると、バルバトスのつがえた矢が青く光り出した。
「「〔逆風の一矢〕!!」
放たれた青い光の矢は、炎のブレスを吹き返しながらドレイクの左翼の付け根に命中した。そう見えた次の瞬間、
――ドスン!
「グゥアアアア!!」
激しい咆哮をあげながらドレイクは墜落した。
バルバトスは一矢目を二つに割る形で、全く同じところへ即座に二矢目を打ち込んだ。
バルバトスの得意技、〔勇者の継矢〕である。
「くっ! 《Replay》!!」
一雨は、もう一体の《パイロディバウアーズ・ドレイク》を召喚した。
赤い円陣からせり上がる影めがけて、バルバトスは矢を射る。
だが、地面から立ちのぼる《ビルディング・プレート》が矢を防いだ。一雨が短縮詠唱をしたのだ。
「バルバトス! 〔下矢の驟雨〕だ!!」
賢治が命令する。
するとバルバトスは「あいよ!」と応答して、緑色に光る矢を空中に放った。
「《ブレイキング・エンチャントメント》!!」
一雨が唱える。超能力の力場を解体して無効化する術解呪文で、一雨の合計勁路負担率は50。
薄青の円陣が、緑光の矢を切断した。〔下矢の驟雨〕は不発に終わった。
「グアアアア!」
「ゴアアアア!」
二体のドレイクが矢を放った隙を突く形でバルバトスに、鋭い牙を立てて襲いかかった。
「危ないのだ! バルバトス!!」
「《ビルディング・プレート》ッ!!」
「!? よせ賢治! おぬしはそれはまだ――」
バルバトスの目の前に灰色に光る円陣が出現する。そこから勢いよく、土の壁が生成された――のであったが、
「うぐふっ!」
バルバトスの方へ斜めにせり上がり、守るはずの彼の胴体をしたたかに打った。
賢治の方へ吹っ飛ばされたバルバトスは、転がった。
戦場には3メートルはあろう、斜めに反り立つ《ビルディング・プレート》が残された。
……
…………
………………ぽかーん。
観衆は唖然としてしまった。
その中には、「あちゃ~」という顔をして呆れかえる桐野がいた。
「……こほ、かはっ。ご主人、こりゃあねえぜ……」
みぞおちを抑えて寝転がるバルバトスに賢治は、「ご、ごごごごめんバルバトス!!」と、平謝った。
かたわらで現世が「……だから賢治よ、あれほど具現化呪文の練習をしろと……」と頭に手を当てて言った。
「ぎゃーははは!! なんだアイツ!! こんな簡単な具現化呪文の生成も満足にできねーのかよ!!」
「底辺高以下じゃねーか!!」
「ゲーティアの持ち腐れだぜ!! やっちゃえ、一雨!!」
賢治の失態を嘲笑う、清丸高の生徒たち。
具現化呪文とは、桐野の《オーバーグロウン・グレイトヴァイン》や《ビルディング・プレート》といった、自然にあるものを別のものに作り変える呪文の総称である。賢治は《ファイアボール》のような抽象的な現象を引き起こす呪文の力場はコントロールできるようになったが、具現化呪文はまだまだコントロールできていないのだ。その証拠に、いま生成した《ビルディング・プレート》は角度もさることながら、桐野のような綺麗な直方体ではなく、どこか歪んでいてボコボコとしていた。
不器用な賢治は元々工作や美術が苦手で、小学校のときはいつも居残りをさせられるか、未完成で評定は「2」以下だった。それは精霊術でも同じだったのだ。
「――ちょうどいいジャンプ台だ。使わせてもらう!」
一雨が言った。
賢治が前を見ると、二体のドレイクが《ビルディング・プレート》の上からダッシュジャンプをして、こちらへ飛びかかってきていた。
「青梅!!」
桐野が悲鳴をあげた。
バルバトスが寝転がったまま、二本の矢を弦につがえて仰向けになる。そして――
タタンッ!!
二体のドレイクは、同時に首を射抜かれた。
急所を突かれてダメージが許容量を超えた二匹には身体を両断するように召喚陣が浮かぶ。そして、すぐさま光の粒子となって分解する。
「〔双つの甲矢〕――わざわざ狙いやすいよう近づいてくれてありがとう、な」
驚くべきことにバルバトスは、二本の矢を同時につがえて放ったのだ。それも地面を背にして仰向けのままでという、極度に難しい姿勢で。
「今なのだ!! 《ビルディング・プレート》を《ファイアボール》で破壊して、即座に《シールド》を短縮詠唱!」
これはチャンスだ、と言わんばかりの表情で現世が指示を出す。
「え? プレートを《ファイアボール》で破壊? ……!」
賢治は一瞬戸惑ったが、彼女の意図をすぐに読み取って決断した。
「そういう――ことか!! 《ファイアボール》!!」
杖先にマゼンタの円陣が出現する。
そこから半径一メートルの火球が飛び出した。
賢治は、「馬鹿か! 一雨先輩が《ファイアボール》は効かないって言っただろ!」という野次を背にして、《プロテクティブ・シールド:パイロキネシス》を短縮詠唱し、淡いマゼンタの円陣を杖先に展開する。
火の玉が賢治の作った《ビルディング・プレート》に命中し、爆発した。
「……! 《プロテクティブ・シールド:ゲオキネシス》!!」
それと同時に一雨が唱えた。
ゴゴゴゴゴゴ――ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン!!
爆風が、粉々になった《ビルディング・プレート》を一雨に吹っかける。
だがその石のシャワーは、《プロテクティブ・シールド:ゲオキネシス》の円陣によって防がれた。
舞い上がる土煙が晴れると――一雨の目の前には、矢をつがえたバルバトスが立っていた。
「!!」
「チェックメイトだぜ、旦那」
バルバトスが言った。
一雨は向けられる矢を見据え、静かに口を開く。
「俺の……負けだ」
唐紅が「勝者! 青梅賢治と因幡現世ペア!!」と宣言する。
ザワザワッ――どよめく観衆のなか、賢治は礼をしながら、現世の判断力と応用力のすごさに感心していた。
(そう……。オレの作った《ビルディング・プレート》は形も歪なら中身もスカスカ。一回の《ファイアボール》の爆発で簡単に粉々になってしまうほどだ。この脆さを逆に利用して、爆発の威力をあげる破片として使うなんて奇策を即座に考える現世は本当にすごいぜ。……ちょっとフクザツな気分だけど)
顔をあげる賢治。そして、
「――青梅賢治、因幡現世!!」
一雨の明瞭なバリトンが突如響いた。
賢治は驚いて、目を見開く。
「いい試合だった……、ありがとう」
険の取れた穏やかな笑顔で一雨は、相手を讃える言葉を口にした。
「負けた俺が言うのも僭越だが、君たちなら全勝――いや、そんなレベルじゃない次元の戦いでも、きっとやっていけるだろう。頑張ってくれ」
「……! ありがとうございました!!」
賢治は、胸の中に不思議な熱が宿るのを感じながら、心から敬意を払って深々と頭を下げた。
かたわらでは現世も同じように、左ページの中で礼を述べていた。
「おい! 早くその召喚精霊を帰還させろ! 召喚精霊は次の試合に持ち越すことはできないぞ!」
唐紅が八つ当たりのように、賢治に対して怒鳴った。
(チッ……。333試合だぜ? そのくらいのハンデがあったっていいだろうに……)
賢治と現世は不承不承バルバトスを帰還させた。
「第12戦目! 二年B組、麻塩美羽!! 前へ!!」
唐紅がそう言うと、風紀委員の集団の中から背の高いポニーテールの女子生徒が出てきた。
麻塩は所定の位置につくと、賢治と現世の方を三白眼の目でにらみつけた。
「――よくも後輩を可愛がってくれたね。このお礼は、たっぷりと返させてもらうよ」




