Report 7 地獄の大連戦――賢治&現世 VS 清丸高の生徒333人(1)
清丸町一丁目にある高層ビル群のなかで、一際高くそびえる複合文化施設・円とぴあ。
30階建てで高さは100メートル超。なかは民間・公営問わず様々な団体が事務所を構えたり、ホールや会議室を借りて使用したりしている。そのなかでも20階にある第一会議室は、特に贅を尽くしたつくりになっていて、術師界の行政府の官僚や、立法府である術師界議員など、国政に関わる人間が職務に使うため使用申請を出すことが多い。
そして今日使う団体の名前が、黒服のSPの守る入口の扉に張り付けられていた。
「『門』合同対策会議 臨時会合」
妖魔同盟から五名、退魔連合から五名、リチャードソン協会からスーパーバイザーとして一名派遣されて、この会議は行われていた。
部屋の中には、廊下と同じように扉を守護しているSPが数名。進行役の背広姿の男性がホワイトボードの前に一人、十人の男女が、同盟側と連合側のテーブルに別れて座っている。スーパーバイザーである初老の男性は、真ん中の小テーブルにちょこんと座っていた。
その中には、徳長の姿もあった。もちろん同盟側のテーブルだ。
そして彼は今、連合側の席に座るフォックスメガネの男性と激しく言い合っていた。
「徳長さん、一体何が問題なんですか。先日の事件についての聴取は、陰陽保安局に任せてもらいたいと言っているだけじゃあないですか」
眼鏡の奥の鋭い視線を徳長に向けてそう発言したのは、前髪を横分けにして額を出すように固めたヘアスタイルをした壮年の男性であった。机の上に置いてある名札には、「陰陽大臣 五星院真」と記されている。
「皆さんがご存知の通り、陰陽保安局は普通の魔導警察が扱えない『専門的かつ我が国の術師界の公安に関わる事件』の捜査を行う公務術師結社です。そして、『門』保有者の存在は公安に関わるものであり、それを狙う松元精輝率いるマガツは術師界の公安をおびやかす存在です。この問題を陰陽保安局が司るのは、道理ではありませんか」
ねちっこい口調で五星院は、続けざまにこう言う。
「聞けばマガツの首領は、あの伝説のテロリスト・松元精輝だというじゃないですか」
松元精輝。
その名前が出た瞬間、場の空気が一変した。
「松元……。戦前に帝都を混乱に陥れて、戦後はリチャードソンを暗殺した、あの松元精輝か!?」
「あり得ん! 47年も沈黙していたのだぞ! とっくに死んでいるはずだ!!」
「奴には、個人の強さだけでなく組織をまとめるカリスマ性があり、皇軍と術師たちが手を組んでようやく掃討に成功したと聞いている。恐ろしい……」
「本当に復活して行動を起こしたというのなら、これは立派な有事ですぞ!」
戦慄いた出席者は口々に、松元に対する畏怖と憎悪を述べる。
「にわかには信じられませんが、あの術師界の敵と呼べる存在が本当に現代の日本術師界に舞い戻って来て、『門』を狙っているというのならば、これは術師界創立以来の最大の危機と言えます。陰陽保安局は一刻も早く、マガツの壊滅に打って出ないとならないことは明瞭だ。それに、何の疑義があるというのです」
そう主張する五星院に、徳長はようやく重い口を開いた。
「五星院さんこそ、話を聞いてください。私は、今回の事件に関して陰陽保安局が捜査を担当することに反対しているのではありません。行政警察が『門』保有者への干渉を強めることに、私は反対しているのです」
「そんなのは事実無根です。憶測を述べないでもらいたい」
「でしたら何故、青梅賢治・因幡現世両者の聴取について、リアルタイムの中継やマジックミラーで第三者が監視できるような措置はおろか、録画・録音することまで拒むのです!」
徳長が、声を荒げて言った。
「聴取の不可視性が取りざたされている昨今において――特に慎重な態度が望まれる『門』の案件について、この旧態依然とした判断はあり得ない!」
「術師界の行政警察には、捜査権の独立性が認められている。それを歪めるようなことを、同盟の代表代理という政治的な立場からお言いになるおつもりですか?」
「行政警察が、公安に関わる事件に対して持っているのは『捜査権の独立』だけです。『あらゆる権力からの独立』ではありません。陰陽保安局含む陰陽寮の担当大臣である陰陽大臣のあなたが、そのことを混交しないでいただきたい」
退魔連合の代表である五星院真。
妖魔同盟の事務局長を務め、代表代理である徳長涼二。
同盟と連合という日本の魔導を二分する勢力の、各々の代表による正面対決であった。
(ここで、連合に『門』保有者の管理に対する主導権を握られてはならない……!)
徳長は警戒していた。現世発見時より退魔連合は、自らのコントロール下に「門」の保有者を置くことを望んでいた。彼は平祐を始めとしたネットワークを駆使し、五星院をはじめとした連合の幹部は、今回の事件を切欠にして連合による干渉を強め、ゆくゆくは保護を名目に自分たちから賢治と現世を取り上げて、完全に連合の管理下に置こうとしているという情報をつかんでいる。それだけはあってはならないと、徳長は必死に五星院に対して抗弁する。
「それとついこの前、話し合いましたよね? 今回の麻枝鐵亜季の件は、同盟と連合が互いに情報を隠して探り合っていたことからこじれたのであり、これからは互いに情報共有をしていきましょう、と。その矢先に、連合の代表であるあなたが捜査権を濫用して、密室での情報のやり取りを行うというのはいかがなものですか」
「連合と陰陽保安局は無関係です。繰り返すが、陰陽保安局は政治的権力から独立して公正中立に捜査を行う権利がある公務術師結社だ。したがって、同盟、連合、その他いかなる政治勢力が監視を行うことは、捜査権の独立に不当な介入をすることになる。それとも『高度に政治的な事柄』だから、捜査権の独立の例外とおっしゃる気ですか? そんなことをしたら、民主主義の危機ですよ。強権に弾圧されてきた同盟の代表が言うこととは思えませんな」
「前半は一理ありますが、後半は的外れです。私が今回の件に可視性を求めるのは、高度に政治的な事柄であるからではなく、『門』という非常に専門的な概念が――」
ドン!
徳長の隣に座っていた赤ら顔の男が、岩のような拳でテーブルを叩き、話に割って入る。
「自分ら、えー加減にせえよ! 話が進まのうてしゃあないわ!」
徳長は(面倒くさい人が割り込んできた)と、心の中で舌打ちをした。
「おんどれら警察っちゅうのは、いっつもそうやって亜人や自分らに都合の悪いもんをいてこましよる。どついたるぞ!」
(話がずれている上に暴言。これでは援護射撃どころか、敵に塩を送るようなものだ)
徳長は頭痛が強まるのを感じた。
五星院は嘲るように、わざとらしく大きなため息をついた。
「朱藤利光さん、今のは脅迫です。この場から退場を願いますよ」
朱藤は顔を真っ赤にして「なんやてェ」と席を立つ。
「やれるもんならやってみんかい! 六代目酒呑童子の名にかけて、おんどれを八つ裂きにしィ大江山の肥やしにしたるわッ!!」
「まぁまぁ朱藤さん。少し落ち着いてください」
朱藤の隣に座っている、ごま塩の上品そうな初老の男性が、穏やかな声で朱藤を制止した。その両目は白濁している。失明しているのだ。
「徳長さん、五星院さん。このままでは、議論は何も進みませんよ。ここは他の皆さんの意見を伺ってはいかがですか」
初老の男性にそう言われて徳長は「そうですね、冥賀さんの言うとおりです。今の私と五星院さんの答弁に対し、皆さんの意見をお伺いしたく思います」と発言する。
すると、シニョンを結った初老の女性が手をあげて発言した。名札には「魔導国防大臣・緒澤祐子」と書いてある。
「そもそもお二人とも、『門』の問題は日本国内の公安に留まらない、国際問題であるという認識がいささか欠けているように思えます」
(連合側も連合側で論点ずらし……)
徳長の頭痛は深まった。
徳長が言いたいのは、「門」の保有者に関わる事件を捜査するにあたっては専門知が必要であり、それを阻む陰陽保安局の捜査方針に異議を唱えたい、ということだ。国際問題がどうのという話ではない。
「『門』の力は国内外の軍事的均衡を乱す危険性があります。それを封じるためにも、陰陽保安局が独立して捜査を進めるべきです」
厚顔無恥にそうのたまう緒澤に対し、連合側である五星院さえも苦虫を噛み潰したような顔をした。
たまらず徳長は、こう反論する。
「あなた、警察機関の公正性ではなく、パワー・ポリティクスを根拠に『捜査権の独立』を訴えるおつもりですか? それ、五星院さんの言っていることを台無しにしていますよ」
「いや、私も緒澤さんの意見に賛成ですな」
ロイドメガネの奥でじろっと周囲を睨みつける、陰険そうな中年男性が言った。名札には、「民間企業団体連合会術師界支部長 竜胆芳邦」と書いてあった。
脂ぎった額をてらてらと照らしながら、傲然とした態度で竜胆は言った。
「近年における東アジア情勢を鑑みるに、国家公安のためには多少の犠牲は辞さない方がよろしいと考えられます。現にホラ、海の向こうのあの国などは『門』を自分たちの手にと、躍起になって情報開示を求めてきているじゃありませんか。そいつらが我が国の亜人の不穏分子らと――」
「竜胆さん。その話は、今の話と関係ありません。謹んでくれませんか」
五星院が竜胆に掣肘を加えるように言った。
その声音は、徳長に反論していたときよりも一層剣呑で、不機嫌なものであった。
「うっ……」
気圧された竜胆は発言を差し止める。
「魔導宰相は、いかがですか」
五星院は、隣に座るどんぐり眼の初老の男に話を促した。
魔導宰相。
それは、日本の術師界における最高権力者である。
各省庁を統括する複数人の魔導大臣から構成される術師界行政府の最高機関たる魔導内閣、それをさらに統括するのが魔導宰相であり、名実ともに術師界のトップである。日本汎人界でいうところの総理大臣に等しい役職だ。
だが、その魔導宰相である四十山公孝の風貌と態度は、その地位に見合わない貫録のなさであった。
「ええ、はい。私としましては、そのう、あのう、陰陽保安局の聴取につきましては、他の警察機関と同様に、前例に倣ってですね、そのう……、今まで可視化ということはされてきませんでしたから、やはり、今回のケースに当たっても、そのようにするべきだと思います」
四十山は、空中に浮かんでいる透明のガラス板のようなものをチラチラと見ながら、たどたどしくそう言った。このガラス板はプロンプターのようなもので、四十山にのみ視認することができる特殊な文章を表示する。いわば、「カンニングペーパー」である。
五星院は、片方の眉をぴくぴくと動かしながら「そのようにするべきとは、私の意見にご賛同いただけるということですか? 宰相」と問い質す。
「ええ、はい。しかし、今回は、そのう、専門性を鑑みて……」
四十山宰相は、五星院に気圧されたと思ったら、今度は徳長に目くばせをした。
そうやって他人の顔色を窺いながら、2、3秒沈黙したあと、自分のすぐ後ろに立っている若い女性の秘書官に、助けを求めるように視線を向けた。
すると秘書官が、宰相に耳打ちをした。
「……徳長さんの意見も、やぶさかにするべきではないと、思いますので……、ご判断を、スーパーバイザーであるですね、リチャードソン協会の積雲亀吉さんに、仰ぎたいと、思います。はい」
突然指名を受けた本会議のスーパーバイザーである積雲亀吉は、動揺した。
しばらく目をパチパチさせたあと、このような政治の場に慣れていないたどたどしい口調で積雲は言う。
「……ええと。まず皆さまもご承知の通り、私の専門は魔導理論物理学であり、法律や警察行政については門外漢であります……。そのことを前提として、私の意見をご傾聴いただきたく思います。
――結論から申し上げますと、私は徳長さんのご意見に、どちらかというと賛成です」
会議の参加者の視線が、一斉に積雲に集まる。
「理由ですが、『門』の保有者の供述内容には、能力の現象に関するものが含まれるからです。魔導理論物理学の知識がないと、現象について正確に認識することができません。また、『門』についての現象は未知の部分が多く、より専門的な知識が要されます。事件の全容解明のためにも、聴取の可視化は必要だと私は思います」
この積雲の発言によって、紛糾した議場は収束していった。
そして、以下のことが取り決められた。
陰陽保安局内において聴取が行われる際は、録画・録音が設置されること。聴取はマジックミラーのある部屋で行われ、『門』について専門的な知識があるアドバイザーや被聴取者(賢治たちのこと)と関わりが深い第三者(この場合は、積雲亀吉と徳長涼二の二名)が監視することが許可された。ただし監視者は聴取中、室内の聴取者(陰陽保安局の職員のこと)および被聴取者と連絡を取ることはできない。
以上の条件で、青梅賢治・因幡現世・堺桐野・小田イソマツの四者に対する聴取が、翌週金曜日の午後1時に行われることになった。
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呪文学演習室は、澱んだざわめきに満ちていた。
今、この部屋には全校生徒334人が集まっている。
見学者の保護者と何のアポイントメントもなく、全ての生徒の授業を中断して他校の見学者と対校試合させるという、唐紅英流の余りにも非常識で自分勝手な思いつきを、清丸高の校長と教頭は信じがたいことに許可したのである。
組織内のヒエラルキーなど関係がなくなるほどに、「唐紅」の家名が恐ろしいのか。公教育の意義が完全に崩壊しているといっていい状況であった。
今、唐紅が生徒に説明をして、賢治および現世と対戦する順番を決めている。
そんな最中、桐野は動揺の渦中にいた。
自分が原因で、賢治と現世を窮地に陥れることになってしまったからだ。
桐野は、「門」保有者の守り人としての役目を徳長から任されている。
それなのに保護対象であるはずの賢治と現世が、自分のために怒り、戦ってくれている。主客転倒である。
さらには、有事の際は魔道具「法螺械」を使って連絡を取るよう徳長に言われていたのだが、それも壊れてしまっていた。
上のジャージのポケットに入れていたのだが、さっき廣銀が試合終了の合図後に打った氷柱が、運悪く命中してしまったのである。スマートフォンは朝のホームルームで回収されているから、唯一の通信手段が断たれてしまったわけだ。
学校の外で月麿が監視しているはずなのだが、この部屋は遮蔽性が強い構造をしている。天井の霊的結界は擦りガラスのようになっており、そこからも内部の様子を窺うことは困難だ。全校生徒がこの教室に集まることで、何かあったことを察してくれるのを待つしかない。
自分たちは、外部と完全に切り離されてしまったというわけだ。
そして桐野は、この状況を自分が招いたことに責任を感じて、申し訳ない気持ちになっていた。
――特に賢治には、忸怩たる思いが込み上げていた。
「青梅……」
桐野は賢治に近づいて、声をかける。
賢治は、桐野の存在に気づいて振り向いた。
「ん? どうした、堺」
その声はやや硬かったが、さっきのような怒りは感じなかった。
少しばかり、頭が冷えつつあるようだ。
「ごめん……、わたしのせいで……」
いつになく弱々しい声で、桐野が言った。
すると賢治は訝って、こう返した。
「え? 何でお前のせいなんだよ? 悪いのは100パーセント、廣銀と唐紅とこの学校の連中だろ」
「あんな程度のやつに適切な対処ができず、アンタたちに気を使わせてしまったことが、わたしの落ち度なんだよ」
現世が「桐野……」とつぶやく。
「因幡さんの家では、あんなに意地悪して突き放した態度を取ったのに、助けてもらうなんて……。図々しいというか、見せる顔がないよ……」
「……あのさ、堺。」
それから、少しの間を溜めて賢治は言う。
「目の前で困っている人に対して、好き嫌いや損得で助けたり助けなかったりするのが、正しいことか?」
「――!」
桐野はそう言われて、顔をあげた。
そこには、桐野を見つめる賢治の真剣な眼差しがあった。
「オレはさ、もう逃げたくないんだ。自分自身の怒りから。その怒りを貫くことが、目の前で困っている人の助けになるならば余計に」
賢治は、はっきりとそう言った。
まっすぐな気持ちの表明を受けた桐野の心は、ただただ震えていた。
(こんなまっすぐな言葉を聞いたのは、いつぶりだろうか)
「そうだぞ桐野。仲間を助けるため身体が勝手に動くのは、当然のことなのだ」
「現世……」
「桐野も賢治も、術師結社『青い牙』の仲間なのだ。そこに気兼ねは必要ないのだ」
賢治は現世に「あれ、まだ続いていたのか?」とツッコむ。
「あれぇ~? 私語を許可した覚えはないんだけどなぁ?」
桐野たちの背後から、爽やかなスポーツマンの風体とはかけ離れた粘着質な声が響いた。
(唐紅……!)
唐紅英流が、桐野たちのすぐ後ろに立っていた。
「対戦順が決まったよ。さあ、青梅くんと因幡さんはこっちに来てね」
唐紅が、桐野と賢治および現世の間を割って入りながらそう言った。
「二人とも……!」
桐野が思わず手をのばすと、唐紅は「おっと」と桐野を制止した。
「堺さんは、僕の隣で試合を見ているんだ。……言っておくけれど、外部と連絡を取ろうとしたりちょっとでも変な動きをしたら退学処分にするからね?」
唐紅は脅しの言葉をかける。
「桐野! 大丈夫なのだ! 現世たちは必ず勝ってみせる!!」
快活に笑って言う現世。
二人は、唐紅が指定する場所に向かっていった。




