Report 6 区立清丸魔導高等学校(4)
金曜日の昼は晴天であった。
この日賢治と現世は、学校とフリースクールの午後の授業を公欠して、徳長とともに清丸魔導高校へ向かっていた。どちらも術師界と関わりの深い組織であるため、公欠が認められることになった(なお事情の知らない職員や生徒には、差し障りのない説明がなされている)。なお、今日の徳長の衣装はこの後の会議のことを考えて、いつものやや野暮ったいベージュのジャケットとパンツではなく、きちんとしたチャコールグレーのスリーピースだった。
因幡邸の前の坂を下って、すり鉢状の道路を時計回りに歩く。九品川が見えたら中正橋を渡り、少し住宅街を歩くと、現代的な大きな建物が見える。それが、清丸魔導高校新校舎である。
(ほへー。……五色高より私立っぽい。というより、大学みたいだ)
新校舎は両方五階建ての北棟と南棟に分かれており、その間は透明なドーム状の屋根でつながれている。校舎に挟まれた階段を上ると、両棟の二階部分にそのまま行けるつくりになっているのだ。二つの後者の左隣には、堂々たるアリーナ棟があった。学校が所有する体育館というよりは、国立の体育施設といっていい立派なたたずまいだった。グラウンドは三つの棟の向うにあって、正門側からだと見えないが、恐らく相当な広さがあることだろう。
徳長は、正門の脇に設えられた警備員室にいた中年女性に挨拶をすると、内線で連絡を取ってもらった。
「来客室へお越しください、とのことです。目の前の階段を上がったら、左手の棟に入ってすぐ左になります」
そう言って警備員の女性は入校証を渡してくれて、正門を開けてくれた。
徳長たちは中央階段を昇り、来客室のある南棟の二階を目指していた。階段を上ると、二つの校舎に挟まれた吹き抜けの遊歩道が見えた。屋根からは差し込む自然光によって、やわらかな雰囲気に包まれている。
「この学校は、指定された教室以外は全て土足で大丈夫ですからね」
徳長が言った。
話には聞いていたが、賢治はこれまで上履きが必要な学校しか通ったことがなかったので、実際に入ってみると少し戸惑った。
来客室は、南棟に入ってすぐ左のところにあった。
部屋の前には、灰色の三角帽に灰色のマントを装着した若い長身の女性が立っていた。
「おはようございます、星野です」
女性がそう挨拶をすると、徳長は「おはようございます」と挨拶を返した。
「この後すぐに授業がありますため、演習用の魔装でご対応させていただくご無礼をお許しください」
どうもこの人が、今日賢治たちの担当をする星野諒子のようである。堂々たる長い黒髪に、鋭い眼光に鼻筋が通った顔立ちといい、凛々しい印象のする女性であった。
「いえいえ。この度は貴重な機会を与えて頂き、誠にありがとうございます。ほら、お二人ともご挨拶してください」
徳長が、賢治と現世に挨拶を促す。
「お、青梅賢治です。本日はよろしくお願いします」
徳長に言われるまま、賢治は挨拶をした。
賢治は、星野の姿にやや困惑ぎみな感想を抱きながら。
(児童文学に出てくるようなゴシック建築の魔法学校、とかだとしっくりくるけど…。、いかにも現代的な建物でこの恰好は、ちょっと違和感があるな……)
「諒子どの!! お久しぶりなのだ!!」
現世は満面の笑みで、そう言った。
すると、徳長が拳骨でごく軽く現世の頭を小突いた。
「コラ。星野先生、でしょう?」
「おお、申し訳ない。あの日以来なものでつい……。――星野先生。おはようございますな……のです」
賢治は驚いた。
現世がはしゃいで礼を失するところなど、見たことがなかったからだ。
(現世の話では、〔鍵〕の候補者と対面した時間は長くて二十分に満たなかったという。それだけの交流しかしていない上に五年も経って会ったら、初対面も同然だろう。それなのに、ここまでゼロ距離な接し方ができるとは……。オレだったら今も昔も、絶対無理だ)
「ふふっ、現世さんはあの日と変わらないわね」
凛と張りつめた星野の表情がほぐれ、柔和な笑みを浮かべる。
その表情の変化から賢治は、自分の知らない現世と誰かの関係性を読み取った。
(この人もまた徳長先生や堺、イソマツと同じ、オレの知らない現世を知っている一人……)
徳長は星野ともう少しだけ話した後、会議に出席するため一礼をしてその場を辞去した。
★
賢治と現世は星野に、南棟の最上階である五階へつれていかれた。五階のほぼ全てのフロアはこの呪文学演習室で占められていて、両棟で一番大きな教室となっている。
黒く塗られた分厚い横開きの金属扉の前で、星野が説明をする。
「今から二人には、『呪文学』の授業を見学してもらいます。ここに入る人間は魔装する決まりになっていますので、更衣室で着替えてきてくださいね」
「更衣室を借りるまでもないのだ。――《展開》!!」
現世が唱える。すると、賢治と現世の両者はいつもの魔装された姿になった。
「……!」
星野はそれを見て、目を見開いていた。
「驚きました……。隠し魔装ともまた違いますし……。現世さんのそれは変身術? それにしても、こんなにきれいな共鳴の力場……。あなた方が手に入れたのが『共鳴の術』だということは、本当のことだったのですね」
ひとしきり感想を言い終えた星野は、カードキーを右側の扉に設えられたリーダーにスライドさせる。
「ピッ」という音を立てて、扉が開いていく。
「う……わあ」
扉の中の光景を見て賢治は、思わず声をあげてしまった。
そこは、巨大な空中庭園であった。
西側は様々な植物が植えられており、川まで流れている。東側は弓道場や射撃場のように、呪文を当てる的が設えられていた。的と的を狙う術師の間は、無垢フローリングである幅広の道となっており、的とは反対側のところで緑の魔装をした生徒たちが一列になって立っていた。同じ色をしていることから、恐らく学年色なのだろう。
(あ……。堺)
賢治はその中に、桐野の姿を見て取った。
桐野も賢治と現世の姿に気づき、こっちを一瞬だけ向いた。
現世は声こそかけなかったが、大きく手を振った。桐野はそれに軽く手を振って返した。
その時、星野に代わって生徒たちを監督していた灰色のマントの男性の教員が、こっちへ向かってきた。
星野が一礼をする。
「おはようございます!! 実戦練習担当教員の唐紅英流です!」
唐紅、という名前を聞いて、賢治は一瞬身構えた。
この間、白銀衆の一員であるというウワサが立っていると挙がった名前だったからだ。
……はい。風紀委員および魔導実戦術部の顧問である実戦練習担当教員の唐紅英流と、同委員であり同部に所属する廣銀家の生徒。あとは数名の風紀委員です……
(この人が「白銀衆」とやらの一員なのか……!?)
「あなたたちが青梅くんと因幡さんですね? 本日は一日よろしくお願いします!」
しかし、元気よく挨拶をする男性教員こと唐紅英流は、一見して悪人に見えなかった。
体格の良くハキハキと喋る唐紅は、全体的に爽やかなスポーツマンといった印象だ。
「お、青梅賢治です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「因幡現世です! よろしくお願いします!!」
賢治と現世が挨拶を返す。
「それでは唐紅先生、実戦演習が始まるまで二人をお願いします」
そう言って星野は、五色高の生徒たちの方へ走って行った。
「それじゃ二人は、邪魔にならないようこっちで見ていよう!」
唐紅は賢治と現世を、庭園の隅の方へ誘導した。
そして、授業が始まった。
★
「……精霊術とはいえ、物理法則から完全に自由であるわけではありません。それと、ニュートンが提唱した古典力学の範疇で説明できる現象は山のようにあり、高校の範囲ではその考え方を習得することを目的としています。これは、金曜の魔導物理基礎の繰り返しですが、今日はそうした物理的な観点で、呪文が引き起こす現象を見てみたいと思います」
星野が杖を握りながら、ホワイトボードの前に立って生徒たちを授業する。
彼女の、鷹の眼のように鋭く透徹した精神が宿る純黒の瞳を向けられると、生徒たちは否が応でも講義に集中せざるを得なくなる。
「今日覚えてもらうのは二つの指示呪文、《発射 Shoot》と《降下 Fall》です。この二つの呪文は唱えると、先行呪文によって具現化された生成物に、とある運動を与える効果を持っています。わかる人、手を上げてください」
桐野が、サッと手を上げた。
「《発射》は『等加速度運動』、《降下》は『自由落下』を引き起こす効果を持っています」
「正解です、堺さん。今から皆さんに、この二つの呪文を実際に唱えてみてもらおうと思います。ただし、最初はこちらで用意した灰色の杖で練習してもらいます。一人ずつ名前を呼びますから、取りに来てください」
星野がアタッシェケースをあけると、折りたためない指揮棒くらいのサイズをした杖が何十本と収納されていた。一人ひとり、星野に名前を呼ばれた生徒が杖を取りにいく。この杖は訓練用の特殊な杖で、《リッパー・ストーン》しか唱えられないようになっている。全員に行き渡ると、星野は的場の方へ生徒たちを誘導する。そして所定の位置に整列すると、星野の指示に従い、サイドウェイ・ポジションの姿勢を取る。
「《リッパー・ストーン》!」
『《リッパー・ストーン》』
星野のあとに続いて一斉に唱える生徒たち。杖の先から石のつぶてが生成される。
「《用意! Hold!》」
『《Hold!》』
錬成物の運動を静止させ、そのまま空中に維持する。
「《発射》!」
『《Shoot》!』
ヒュン――ガコンッ。
石のつぶてが動き出し、加速して、的に当たって砕けた。
全員が、的のど真ん中に見事命中させている。
「す、すごい……。新しく習った内容を即座に完璧にこなして……、しかも軍隊のように揃って……」
賢治は感想が、思わず口に出ていた。
「自慢になるみたいで恥ずかしいが、この学校のA組というのはみんな国立魔導大・難関私立魔導大を目指す優秀な生徒ばかりだからね! この程度の練習は朝飯前さ!」
唐紅教諭が言った。
彼の言った通り、この調子で彼らは「《降下 fall》」の練習も、誰一人失敗することなく成功させた。
一通りの練習が終わると、また生徒たちはホワイトボードの前に集められた。
「……次に皆さんには、今おぼえた《発射 shoot》と《降下 fall》を用いて、実戦練習をやってもらいます。」
星野がそういうと、唐紅が前に出る。
「おっと、僕の出番だ! それじゃあ二人とも、ここで大人しく見ているんだよ!」
呪文学の授業において、実戦練習は欠かせないカリキュラムのひとつだ。指導要領によって決められたルールに則った試合形式で行い、どちらかが決まり手を出すまで互いに呪文を掛け合うのである。
実際に呪文を行使するため、様々な危険が伴う。そのため魔導教育における指導要領により実戦演習の際には、専門的な知識と技術を持った教員を一人つけることが決められている。この学校には各学年に一人ずつおり、唐紅英流は一年を担当している。
星野が組み合わせを発表する。呼ばれたものは指示に従って、西側の庭園の方へ向かう。
庭園はよく見ると、長方形のラインで区切られていたスペースがある。この中で実戦練習を行うのだ。
「廣銀識人、堺桐野! 前へ!」
唐紅が指示する。
桐野はどうやら、トップバッターのようだ。
相手は、茶色に染めたM字バングをしたややチャラい雰囲気のする髪型をした男子生徒だった。
(廣銀……。堺が名前を挙げていたヤツか。アイツも「白銀衆」の構成員なのか……?)
二人は8メートルほどの距離をおいて向かい合う。位置に突くと、唐紅の「礼!!」という号令に合わせて礼をする。
「これから二分間、両者は僕が『止め』というまで互いに呪文を詠唱し合ってもらう! そして、先に決まり手となった呪文を唱えた方を勝ちとする! 決まり手が出なかった場合は、相手に効果的な術を多く唱えた方を勝者とする!
――用意!」
試合の説明をする唐紅。試合進行と審判は、実戦練習担当教員である唐紅が行う。
「始めっ!」
賢治は、魔導高校生同士の戦いを初めて目の当たりにすることになった。




