Report 6 区立清丸魔導高等学校(3)
麻枝の襲撃があった週の土曜日。賢治は現世たちに、サッちゃんのことを思い切って打ち上げた。
すると桐野が「それほどの腕の魔術師なら、因幡様や先生が知っているんじゃないか」と言い出し、賢治はその流れで因幡と徳長に話すことになったのだ。
だが、返ってきた答えは賢治の期待に答えるものではなかった。
――沙智子、ねェ。知らねェな、そんな術師。
――残念ながら、師匠と同じく。
因幡と徳長によると、サッちゃんが使う術は「おそらくかなり伝統的なもの」であるということだ。
飛行箒じゃない箒での飛行は、「魔女宗」というヨーロッパの伝統魔術にあたる術である。徳長が注目したのは、サッちゃんが行った飛行術の力量だった。
――高度な結界を張りながら、1000メートル超の垂直上昇。そのまま、完全な停止状態を数分間も維持。光学的なものか、霊波力学的なものかは分かりませんが、汎人に全く気づかれないように。もし本当なら世界記録並ですよ。間違いなくその人は、凄腕の魔術師です。
あの徳長がそう評するレベルなのだ。
ならば情報屋なら、知っているのではないか。
そう賢治は一縷の期待を込めて、平祐に訊いてみることにしたのだ。
だが思いもよらない返答が、平祐から開口一番返ってきた。
「……まず思い出に水を差すようで悪いけれど、その人がもし術師界の存在を知っているなら、犯罪者だからね? その場合、君も共犯者になるからね? あんまり他人に言わない方がいいよ?」
この平祐の指摘に、賢治はドキリとした。
「それは……。自分ももう術師ですから、術師界の技術を汎人界で使った場合、それが法に触れるであろうことはわかります」
「正しくは、『汎人界精霊術取締法第三条』に違反する行為だね。精霊術に類する魔術および超能力を、術師界の存在を知りながら汎人の前で行使した罪。3年以下の懲役、又は最高100万円以下の罰金に問われる。時効は5年だから、今年の8月にならないと失効しないよ。気をつけなね」
賢治は、首を縦に振った。
「さて、それで本題に入るけれど……。因幡さんも徳長さんも知らないとなると、こいつは難問だ……」
「何か、心当たりありますか?」
すると平祐は少し目を細めて、こう言った。
「……もし俺が知ってて教えてあげたら、いくらくれる?」
それは、さっきまでの捉えどころのないが朗らかとした喋り方とは明らかに違う、冷たい口調だった。
賢治は、困惑する。
「お、お金取るのですか……」
「当たり前だよ。俺が情報屋だってことは、さっきキリちゃんたちから聴いていたじゃないか」
賢治はヒヤリとしたものを覚えた。あれだけ離れていたのに、なんという耳の良さだろう。
「情報屋にとっては、どんな情報でも商品なんだ。プロにその専門のことを頼むのなら、『対価』が必要なのは小学生だって知っていることだ。はっきりいって今の君の発言は、CDデビューしているミュージシャンに対して『ちょっと弾いてみてよ』と言ったのと同じことになる。これは軽率な言動だと思うかい?」
「軽率……です。申し訳ありません」
賢治は恥じた。
自分の浅慮を、相手の都合を鑑みない身勝手さを。
ポン。
頭に、やわらかく手が置かれる。
「――初回サービスだ。特別にその質問に答えよう」
平祐は、「わかればいいんだよ」と諭すようにそう言った。
賢治の顔に、喜びの色が戻っていく。
「あ、ありがとうございます!」
「残念ながら、俺は沙智子なるその術師については有力となる情報を何も持ち合わせていない」
平祐の言葉は、予想していた通りだった。
ややしょんぼりした顔をする賢治。
「だけど、何か新しい情報が入ったら君に伝えてあげよう」
しかし平祐の申し出に、賢治の顔はパァと明るくなる。
「はい! そのときには、ちゃんとお代を用意しておきます!」
「はは。そういえば賢治くんって、術師界に来てから『飛行箒』に乗ったことってあるかい?」
「いえ、ありません」
「じゃあ、操縦してみるかい?」
「乗る」を通り越して「操縦」と提案されて、賢治は大いに戸惑った。
全く操縦してみたくない、ということはない。だが不安の方が大きい。
「い、いいんですか……?」
「免許なくても、私有地の上空150メートルまでなら大丈夫だから。俺も一緒に乗るし、指示通りに飛んでくれればいいから。ね、いいですよね? 徳長さん」
「うーん……。わかりました、これも経験です。乗せてもらいなさい、賢治くん」
徳長は少し迷った後で、許可を出した。
「よし! じゃあ、やってみよう!」
そう言って平祐は、飛行箒を起動させて宙に浮かべた。
それからザインを括りつけているハーネスを外して、「現世ちゃん、ちょっと預かっていてもらっていいかな?」と現世に渡す。
「うむ! わかったのだ!」
現世がザインを受け取ると、少し寂しそうに「にゃーん」と鳴いた。
「賢治くん、俺の前に乗って」
賢治は「はい」と答え、言われるまま平祐の前にまたがった。
「いいかい? まず、君から見て一番手前のシステム・パネルを見るんだ。細かい表示がいっぱいあるけれど、一番に見なきゃいけないところは『アンチ・グラヴィテーション・システム』というところだよ。飛行箒の肝である、反重力術を司る機能だ。これが『ON』になっているかどうかを確認して」
賢治は確認した。確かに液晶画面に『ON』と表示されている。
「はい。『ON』になってます」
「次はその上の『エアー・ディフューザー』。これは気温や気圧を調整する霊的結界を張ってくれる機能さ。これが『AUTO』になっているかどうか、確認して」
「はい、なってます」
「それじゃあ、この飛行箒に君の霊力場の霊紋を登録するよ。これはパスワードが必要だから、ちょっとごめんね」
平祐は賢治越しに、システム・パネルの小さなタッチパネルを触れ、『パイロット登録 Resister the Pilot』という表示をタップする。数字キー部分をタップしてして、パスワードを入力した。
「そして、メインパイロットを賢治くんにして、と……」
すると――
「……!」
賢治は違和感を覚えた。
この箒が、まるで身体の一部になったかのような感覚が身体中に走った。
「どうだい、賢治くん? 何か感じるかい?」
「は……はい! この箒がまるで自分の手足になったかのような、不思議な感覚です!」
「ははは。これで、賢治くんの霊力場は、この飛行箒と霊力場同期することに成功した。あとは操縦するだけだ」
操縦。
その言葉を聞いて、胸が高鳴った。
「飛行箒にはグリップと、先端のスティックがあって、それで操作する。賢治くんは右利きだよね? じゃあ、システム・パネルの先のグリップを左手で握って。その先の先端部のスティックは、右手で握ってね」
「はい、握りました」
「いま君が左手で握っているのは、『シンク・コレクティブ・グリップ』といって、左へ回すほど君と箒の同期率を上げる仕組みになっている。これによって出力を調整して、高度と速度を変化するんだ。覚えたかい?」
「はい……覚えました」
「次に右手で握っているのが『ヨーク』で、つまりは操縦桿さ。倒した方向に進むようになっている。後ろに引っ張れば上昇、前に落とせば下降。左へ倒せば左へ曲がる。右へ倒せば右へ曲がる。まっすぐだと前進する。わかったかな?」
賢治は慣れない機械の操作方法を説明され、頭がパンク寸前になっていた。
「え、えーと……。左がシンク・コレクティブ・グリップで、右が……」
「ははは。まあ、とりあえず飛んでみようか。賢治くん、右のヨークを後ろに引っ張りながら、左のグリップを左へ強く握ってみるんだ」
「は、……はい!」
「離陸!」
賢治の言われた通りに、操縦桿を後ろに引っ張る。そして、グリップを左へ握ってみた。
すると――
「うっぎゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
飛行箒は、ほぼ何の前触れもなく急上昇した。
徳長が何か叫んだ気がしたが、一瞬で遠ざかって聞こえなくなった。
見る見る高度が上昇し、メーターはあっという間に「100メートル」を超えた。
「ぎええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
「ほえー。霊力がとんでもないってのは、本当だったんだなー。同期率67パーセントでこれかー」
悲鳴をあげる賢治と、のんきに感想を言う平祐。
因幡邸は一瞬でミニチュアのようになり、清丸町を一望できるほどの高さに上昇した。
「賢治くーん。それじゃ次は、左へ曲がってみよう」
「ひ、ひ、ひ、ひひ、ひいいいいいだあああありいいいいぃぃぃぃぃ!!!???」
「あ、傾け過ぎ……」
賢治がヨークを勢いよく、左へ傾けた。
「おえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
飛行箒は、超速度で反時計回りに旋回した。
「あー、こりゃそろそろ緊急停止装置が作動するねえ。下降するのは危ないから、装置が作動するのを待とうか」
ビービービービー。
アラームが鳴ると飛行箒は、少しづつ速度を落としていった。
賢治の無茶な操縦により、飛行箒に搭載された緊急停止装置が作動したのだ。
賢治と平祐の二人は、ゆっくりと旋回しながら下降していく。
「君は免許が取れる年齢だけど、人の十倍は講習所に通わないと取れそうにないなあ」
(……い、生きてるのか……? 生きているんだよな? オレ……)
こうして、操縦開始から一分足らずで賢治は、飛行箒のパイロットになる夢を諦めたのであった。




