Report 6 区立清丸魔導高等学校(2)
今日は賢治くんと現世さんに、『背景念動共鳴 Background psycho resonance』というテクニックを覚えてもらいます」
賢治は「背景……?」と首をひねる。
「念動共鳴というのは二人の術師が同じ場所にいて、同時に行うものです。しかし背景念動共鳴は、あらかじめ最小限の力で、常に共鳴の準備状態に自分をおいておくことで、それぞれが離れた場所でも共鳴によって得られる霊力を展開することができる、というテクニックなのです。イメージとしては、パソコンのアプリケーションにおける『バックグラウンドで作業中』というのに近いですね」
「そんなことが可能なんですか!?」
「高等技術でありますが可能です。そもそも共鳴自体が、かなり難易度の高い技術なんですよ。けれども、〔扉〕と〔鍵〕の力がそれを可能にしてくれているのです。そんなお二人なら、このテクニックも必ず習得できることでしょう」
「だが、常に共鳴しているというのは、勁路に負担を与えないのかの?」
現世が疑問を口にした。
「その点は心配要りません。これは要するに、電化製品でいうところのスタンバイ状態に近いのです。コンセントのささった電機器具が待機電力というエネルギーをごくわずかに使用しているように、本当にわずかな霊力で共鳴のスタンバイをしておくということなのです。勁路への負担は、ほぼゼロといっていいでしょう。 ――論より証拠といいます。早速、二人でやってみましょう」
徳長は賢治と現世の二人に、いつものように《展開》をするよう指示する。
「「《展開》!」」
賢治と現世はいつもの魔装した姿になった。
「はい。それでは、最小限に霊力を抑えるイメージをしてください」
賢治と現世は徳長の指示に従う。力場はみるみる弱くなり、これ以上ないほどの状態になった。
「そこで、今から私が言う指示呪文を唱えてください。《待機 Stand-by》!」
「「《待機》!」」
すると、不思議なことが起こった。
《収束 Converge》の合図をしていないのに、二人とも魔装が解けたのだった。
「お二人とも、よくできました。これで賢治くんと現世さんは、互いに背景念動共鳴をしている状態になったわけです」
そう言われても、賢治は実感がなかった。本当に、全く力場を展開していない状態と変わらないのだ。
「さて。それでは、これからこの背景念動共鳴の最大の利点となる応用テクニックを、お教えします。この背景念動共鳴をしている限り二人の術師は、どちらか一方だけでも共鳴によって得られる霊力を力場として展開することができるのです」
「どっちかだけでも!? それでは普通の呪文だけなら、オレ一人でも使えるようになるということですか!?」
賢治はここに来て、ようやくこの背景念動共鳴を教わる意義を理解した。
賢治の霊力は、現世と共鳴することによって得られている。そのため現世がいないと賢治は、魔装もできない、何の呪文も唱えられない、という状態になるのだ。
「そういうことです。これで、例え二人が分断されるようなことがあっても、応援が来るまで多少は持ちこたえられるようになるでしょう。そればかりではなく、いちいち現世さんが《展開》しなくてもすむため、何かと便利になるはずです。
この片方だけ展開をするには、この指示呪文を唱えるのです。
《偏開 Onside-Expand》!
――はい賢治くん、唱えてください」
「《偏開》!」
賢治が唱える。
ボンッ!
すると、賢治だけが魔装された状態になった。
(……す、すげー! 本当に、オレだけ展開ができている!)
「成功です! それでは、あの的に向かって《ファイアボール》を唱えてください」
徳長が指差した的に、賢治は心の照準を合わせる。
「《ファイアボール!》」
いつもの爆発音が響く。火球は、見事に的に命中した。
「うーむ、力場の強さもさることながら、コントロールもずいぶんできるようになったのだ」
現世が感心そうに言った。
「よくできました! 閉じるときは、《偏閉 Onside-Converge》です。唱えてください」
「《偏閉》!」
賢治、唱える。するといつものように、魔装が煙のように溶けていった。
「この背景共鳴を解除するには、《解待 Stand-down》と唱えれば大丈夫です。とはいえ、このままでも日常生活に支障はないでしょう。しばらくは慣らすためにも、お二人ともこのままでいてください。
――次は現世さん。同じようにやってみてください。まずは、《偏開》からです」
「わかったのだ! 《偏開》!」
現世が元気よく唱えると、見事にゲーティアの姿になった。
「うっほっほー!! 本当に、現世だけ魔装ができているのだ!」
現世は青空の許、びゅんびゅんと飛び回った。
賢治が「危ねえ! 角の角が頭に当たったら死ぬぞ!」と怒った。
「おお、それはすまぬすまぬ。――む? 何か降りてくるのだ!」
現世は、空を仰いでそう言った。
賢治も現世につられて、頭上に目をやる。
たしかに、豆粒みたいなのが空に浮かんでいる。
よく見ると、それは飛行箒にまたがった人であった。賢治と同じく三角帽にマントという、標準的な魔装をしている。
飛行箒の尾部はラッパのような形のマフラーになっていて、そこからは虹色に光る霊力の光が箒のブラシのような形を描きながら噴き出している。これは、飛行箒の原動力である霊動機の排出霊気だ。霊動機の燃焼による霊力場で本体に仕組まれた反重力の影術が発動することによって、飛行箒は飛ぶのである。
箒に乗った魔術師は速度を落として、ゆっくりと練習場に着陸した。
術師は箒から降りると、三角帽を脱いだ。その下につけている防護用ヘルメットも外し、帽子と同様にして脇に抱える。
術師は、素顔を露わにして挨拶をする。
「――どうもどうも、徳長さん。空から失礼致します」
それはどことなく特徴が捉えづらい、童顔の青年だった。
「ありゃ、練習中でしたか? これは本当にお邪魔したかな」
誰にというわけもなく、正体不明の青年はそう言った。
懐がやけに膨らんでいて、もぞもぞと動いていた。
「いえいえ大丈夫ですよ、緒澤さん」
徳長は、青年――緒澤に挨拶を返す。
突然の来客に、賢治は戸惑いの様子を見せる。
(……飛行箒に乗っている人と対面するのは初めてだな。「同盟」関係の人か?)
因幡邸に来訪し、因幡の側近であり賢治たちの先生である徳長が親しそうに挨拶を交わしているということは、緒澤も同盟側の人間に違いない、そう賢治は考えていた。
「あー、賢治くんは会うの初めてだっけ。こちら四丁目にある喫茶パキラのマスター、緒澤平祐さん」
イソマツが、賢治に緒澤平祐の紹介をする。
すると、賢治の存在に気付いた平祐が会釈した。
「初めまして。緒澤平祐です」
「ど、どうも。青梅賢治です」
ピョコン!
平祐の懐から、黒い塊が飛び出した。
賢治は「わっ!」と飛び退いてしまう。
それは、ハーネスで平祐の胴体にくくりつけられた黒猫だった。
「こっちは黒猫のザイン。よろしくね」
平祐がそう言うと、ザインは「にゃーん」と鳴いた。
(マスターってことは店主……。ずいぶん若そうに見えるけど、いったいおいくつなんだろう)
「――君は今、おれがいくつなのか考えているね」
ドキン! 賢治は自分の考えを当てられて、一瞬ギョッとした。
(な、なんだ? 何か術でも使ったのか?)
「術なんて使ってないよ。フフフ、このくらい君の目の動きを見ればわかることさ」
しかし、桐野が「いつも言われるから、癖になっているだけでしょ」と、横槍をいれた。
「あっ! バラしちゃイヤ! さて、俺はいったいいくつでしょう?」
「え。……え、と23くらい……、ですか」
「おしい! 『0』が一つ足りない」
「冗談でしょう!?」
「ウン」
賢治は、思わずその場でずっこけそうになった。
「平ちゃん、よしておくのだ。賢治はまだ術師界に慣れていないのだ」
「あはは。おれは普通の『ヒト』だから、まだ29歳さ」
(……何なんだこの人。でも、本当に思っていたより歳いってた)
「君は俺のことを知らないけれど、俺は君のことをよっく知っているよ。えーとね……、
青梅賢治。16歳。現世ちゃんの〔扉〕と一対である〔鍵〕の力を持って術師になってから、約三週間。誕生日はソクラテスが処刑された記念日である哲学の日の翌日である、4月28日。おうし座。血液型はO型。身長145センチ。体重33キロ。BMIは15.6でやせすぎ。視力は両目とも0.3。五色学園高校一年一組(特進コース)在籍。小学生の頃にプラグマティズムの哲学者であるリチャードソンの本にめぐり合えたことを切欠に、哲学に興味を持ち始める。一番尊敬する哲学者は、当然マイケル・リチャードソン。次にカント、デカルトなど、人間精神の自由を称揚するようなタイプの哲学者を好む。反面、理数的志向の強い哲学、ヴィトゲンシュタインやマッハなどの系譜を組むウィーン学団、ゲーデル、ポパーなど科学哲学や論理実証主義は苦手としている。特技は英語を筆記体で書くことができること。ただし、知り合いでないと判読不可能なほどの悪筆だから、意味がない。趣味は、古本屋と図書館めぐり。苦手なことは、スポーツ全般。特にサッカーなどの団体球技は、見るのもイヤなくらいトラウマがアリ。好きな食べ物はトマト、スイカ、金山時みそ、ホイコーロー、コーヒー、炒め物全般。基本的に甘党。好きな異性のタイプは、長身で巨乳の――」
「ちょ、ちょ、ちょちょっと待ってください! どこでそんなこと知ったんです!」
調べても分かりようのない自分の情報をペラペラとそらんじられて、ドン引きする賢治。慌てて、平祐の言葉を塞き止める。
「それは企業秘密さ!」
(企業て……)
「知ってるのは、君のことだけじゃないよ! 時に、桐野ちゃん。フリフリの手作り服姿は一体いつ見られるのかな」
桐野の目つきが、三角に変わった。
可愛さ0%怖さ100%の上目遣いで、平祐を威嚇している。
「……なんのことですか?」
「ええ? 一ヶ月ほど前にヨザワヤでフリルを買いこんでたじゃな~い。あ。それともあれ、現世ちゃんに何かつくってあげるために買ったのかなあ?」
「緒澤さん。それ以上言ったら飲食店レビューサイトの喫茶パキラのページに酷評レビューを載せて、『星一つ』をつけますからね」
「わかった。じゃあこっちは清丸高に『おたくの生徒が根も葉もないデマをネットに流して名誉毀損した』って電凸するね!」
(陰湿過ぎだろ二人とも……)
「緒澤さん。ところで例のネタは」
いつまでも終わりそうにないやり取りを断ち切るかのように、徳長が平祐に声をかける。
「ああ、すみません。例の会議のためのネタは、しっかり持ってきましたよ」
平祐がそう言うと、徳長の目の色がわずかに変わった。
「ご苦労様です。中で、お茶でも飲みながらお伺いしましょう」
「ネタ? 魚の配達もやってるんですか?」
賢治がベタな勘違いを口にすると、イソマツがツッコんだ。
「そうじゃなくて、情報のこと。――平祐さんのもう一つの顔は、情報屋さ」
「……情報屋だと? サスペンス映画とか刑事もので出てくる、あの?」
いまひとつ実感が沸かない賢治に、桐野が耳打ちするように小声で話しかける。
「……ああ見えて元国防魔導軍・空部軍団の将校で、諜報部だったらしい。そこでノウハウを培ったらしいんだよ……」
国防魔導軍、という耳慣れない言葉を聞いて、賢治ははてなと首をかしげた。
「ええと……、汎人界にある国防軍の術師界版みたいなものか?」
「そう。終戦から七年後、進駐軍が撤退した後の日本に戦勝国の命令によって国防陸軍・国防海軍・国防空軍がつくられたのと同じように、戦勝国が主導する国際術師界共同体によって国防魔導軍がつくられたんだ。先進国ならどこの国の術師界も、汎人界の陸海空軍と独立した軍隊として魔導軍を保有しているんだよ」
「え……。ちょっと待てよ。それじゃあ、魔導軍って連合側じゃないのか?」
賢治は以前、因幡から退魔連合の歴史について説明を受けた。
退魔連合は、戦勝国の要請に応えた日本の汎人界政府によって作られた。ならば、同じく戦勝国の主導でつくられた国防魔導軍も当然汎人界側であり、連合の色が強いということにはならないのだろうか。
「その通りだよ青梅。魔導警察と同様、国防魔導軍も連合寄りで、緒澤さんの母親は連合の重鎮である緒澤祐子・魔導大臣さ」
桐野から返ってきた答えは、賢治の予想通りだった。
「本人は……、違うのか?」
「軍を辞めてからは就職斡旋も断って、実家から離れ、フリーライターやったりジャーナリスト紛いのことやったりとフラフラしていたところで、同盟とつながりを深くもつようになったみたい。今では連合や実家とは縁を切っていると言っているし、ああして徳長先生も懇意にしているけど……。わたしは正直、胡散臭いと思っている。気をつけたほうがいいよ」
桐野はそういうが、微笑を浮かべる平祐は人畜無害な青年のようにしか見えない。
ただ、桐野の情報でさっきの平祐の言動には説明がついた。
「情報」こそ彼の生業の資本であるからこそ、呼吸をするようにどんな些細な事実でも蒐集し、詳らかにアウトプットできるのだ。
平祐はさっきみたいに、自分たちの知らないところで自分たちの情報を、一体どれほど掴んでいるというのか――そんな風に考えると賢治は、薄気味悪い気持ちになった。
だが一方で、ある期待をもたらした。
(待てよ。情報屋っていうのなら、もしかしたら、あの人のことも知っているかも……)
賢治は、たどたどしく平祐に話しかける。
「あ、あの……緒澤……さん」
平祐は「ん?」と、 振り向く。
「探している人がいるんです……。沙智子という魔術師なんですが……」




