Report 6 区立清丸魔導高等学校(1)
「魔導学校の見学ですか? オレと現世が?」
賢治が訊き返した。
麻枝との戦いから一週間経った、月曜の放課後。賢治たちは、すっかりおなじみとなってしまった竹林の裏の練習場に集まっていた。
「そうです。私が所属している超党派の『「門」対策合同会議』から、二人に術師界の魔導公教育がどのようなものであるのかを知ってもらうため、魔導学校の見学の話を持ちかけられまして。それで清丸魔導高校がその役目を引き受けてくれました。予定が空いているのは今週の金曜日の14時からで、日程の変更は難しいようです」
徳長が言った。
「ほう! それはすごいのだ!」
現世が興奮して言った。
賢治もまた、驚いた表情をした。
「清丸高校……! 堺が通っているところですよね? 日本でトップクラスの進学校と聞いていますけれど、そんなレベルの高い所にいきなり行って大丈夫ですか?」
区立清丸魔導高等学校とは、円島自治区にある魔導高校である。術師界が成立した1957年に建てられた歴史のある魔導高校であり、日本でトップクラスの偏差値を誇る進学校だ。桐野はここの特進クラスに入学するために死ぬ気で受験勉強をしたと、賢治は現世から聞いていた。
「あくまでも見学ですし、賢治くんが授業に参加するわけではありません。ですから、その点において心配はないでしょう」
「あと、そもそも『門』を保有していることは、秘密なのではないですか?」
「ええ。ですから二人のことは、事情を知っている一部の職員の方以外には、『数か月前に術師界入りして順応プログラムをもうすぐ終えそうであり、転入先を探している』と説明しております。それに先も申し上げましたように、二人は術を行使することはありませんから、『門』の力がバレることはないでしょう。
それよりも不安に思っていることが別にありまして……」
徳長の口が重くなる。
賢治が「何ですか、先生?」と訊く。
「当日は私がさっき言った会議に出なくてはならず、引率することができないんです」
「それはちょっと不安ですね……。でも、そこまで深刻なことですか?」
「もちろん、このことだけなら私もこんなに暗い顔はしません。もっと問題なのは、退魔連合の幹部の血縁が教職員や生徒に多く在籍しているということです」
「……!」
賢治たちに緊張が走った。
術師界は、精霊術の術師たちの集まり――術師結社を基本単位として社会が成り立っているが、複数の術師結社の上に立つ「総合術師結社」が存在する。日本の場合は、ひとつは妖魔同盟(同盟)、もうひとつは退魔連合(連合)という、大きく二つの総合術師結社が術師界を二分している。
術師界発足以前の日本では、妖怪――亜人は迫害の対象であり、魔術を学ぶことは違法であった。そのような人々の拠り所となり、弾圧に対抗するためにつくられたネットワークが、「妖魔同盟 Y∴A∴ Yo-Ma Alliance」なのである。
第二次世界大戦後。日本に占領軍を置く戦勝国側は、妖魔同盟が反体制勢力と手を組んで革命を起こすことをおそれた。そのため、妖魔同盟に対抗する組織の設立を日本政府に要請した。そして、陰陽師たちを中心として結成されたのが「退魔連合 L∴T∴ League of Taima」である。
この二つの総合魔術結は、現在でこそ休戦協定を結んでいるが、何度となく武力を伴う政治的衝突を引き起こしてきたのだ。そして現在でも、水面下における牽制は続いている。例えば、賢治と現世に宿る「門」を巡る探り合いなどはその最も足るものだ。賢治たちは、同盟のトップである因幡清一郎の保護下に置かれている。それが、退魔連合にとって気に食わないのだ。
そんな連中がいるところへ、賢治と現世は二人で行かなければならないというのか。
「¡Ay......!(うーん……) それは何かしらのちょっかいは出してきそうだね」
「はい……。連合だけならまだいいのですが、反社会的術師結社である『白銀衆 S∴M∴』の人間がいるというウワサがあるのです」
賢治が「反社会……?」と首を捻る。
「反社会的魔術結社。汎人界で言うところの暴力団やヘイト団体、テロ組織、カルト宗教団体といった、反社会的組織の術師結社版といったところです。それで白銀衆は、亜人に対する差別的言辞を伴うデモを行う反亜人主義の術師結社なんですよ」
「……そんなやばい奴らが、学校に紛れ込んでいるんですか……!?」
すると桐野が「汎人界にもいるじゃん」と切り返した。
「休日は街中で外国人への憎悪を叫び散らして、平日はのうのうと学校へ行ったり働いたりしている連中なんて」
「まあ、そうだけどさ……」
イソマツが横から「こんな感じの連中だよ~」と、スマホを見せる。ブラウザで開かれているのは、術師界ウェブの動画サイトだった。
賢治の目にまず映ったのは、「ジンガイは日本から出てけ」というプラカードがいっぱいに映されている映像だった。
「ジン……ガイ?」
「ああ、『ジンガイ』ってのは亜人の人を差別していう言葉ね」
カメラが退いていく。無数の人間が道路を練り歩きながら、スピーカーでがなったり、攻撃的な主張が書かれたプラカードを掲げたりしている。
『ジンガイは日本の術師界から出てけーっ!!』
『ジンガイの特権を許さないぞーっ!!』
『くたばれジンガイーッ!! ウジ虫ーッ!! ヒトモドキーッ!!』
その映像は、紛れもなく差別煽動示威行動であった。
賢治は強烈な嫌悪感に襲われ、胃の奥から据えた匂いが込み上げてくるのを感じた。
「……これ、差別煽動表現か」
徳長が補足をする。
「術師界だと『アンシーライズ Unseelize』と言います。イギリスでは、人間に利益を与える良い妖精のことを『シーリーコート Seelie Court』、逆に危害を加える悪い妖精のことを『アンシーリーコート Unseelie Court』と呼ぶ習慣があります。このことに由来して、マジョリティであるヒトの純血の術師たちがマイノリティである亜人の術師を、あたかも悪い妖精のように見なす言動のことを、『-ize』という動詞化の接尾辞を足して『アンシーライズ』と呼ぶ造語が、英語圏の術師界で生まれたのです」
この動画に映っているような連中が、のうのうと学校に通っていたり、教鞭を執っていたりする。
そんなふうに考えると賢治は、余りにもゾッとしない気持ちになった。
「桐野さん。心当たりのある人間はいますか?」
徳長が桐野に聴く。
「はい。風紀委員および魔導実戦術部の顧問である実戦練習担当教員の唐紅英流と、同委員であり同部に所属する廣銀家の生徒。あとは数名の風紀委員です」
「唐紅家……。それも生徒までもですか……」
二人の会話を聞いて、賢治が口を挿む。
「先生。魔導実戦術って、橙崎……圭子先輩のひいおじいさんが提唱した、現代実践魔術を戦闘技術に改良したっていうアレですか?」
すると徳長は「はい、その通りですよ」と答えた。
「……そんな反動的な流派が、何で学校の部活動として認められているんですか?」
五色高の生徒会副会長・橙崎圭子――本名、山吹圭子は、連合の諜報員として汎人界の高校に潜伏し、諜報活動に当たっていた。今年の四月にはマガツのテロリストの幹部である土蜘蛛の亜人・麻枝鐵亜季がスクールカウンセラーとして潜入してきたため、以降はもっぱら彼の監視を行っていた。
二人は、連合の若手術師を育成する魔術師の私塾・八重花塾に通っていた。麻枝がテロリズムに傾倒したのは、同じ塾生であり亜人に強い差別意識を持つ本多将斗とその取り巻きによって、麻枝と圭子の共通の友人であるサトリの亜人・有坂奈津美を死に追い込まれ、亜人至上主義に基づいて塾長の殺害の計画しているという濡れ衣を着せられて、社会的に抹殺されたためであった。
八重花塾では、圭子の曽祖父にあたる山吹圭丞がリチャードソン学派の提唱する現代実践魔術を戦闘技術として改良した「魔導実戦術」を教えている。この流派はそもそも、ヒトに反感を持つ亜人や反体制思想を抱く術師の政治運動を鎮圧するために作られた側面があり、魔導警察や魔導国防軍の主要な教練法として採用された。
つまり、魔導実戦術はその成立経緯からして、大衆による民主的な政治活動を強権で押さえつける技術であり武器であるという、強権的かつ反動的といっていい性質を持っている。それが何故、学校の部活動として認められているのか。賢治には疑問でならなかった。
「賢治くんもこの間の事件を通じて身を以って知ったように、魔導実戦術の設立経緯および界隈の空気は、強権的かつ反動的な色が強いといえます。けれども、術師界の隅々までに普及してしまった現在では、立場を超えて取り組まれる一種の競技としても扱われているのです」
「汎人界における、逮捕術や銃剣道のようなものってことですか」
「まあ、そういうことですね」
「それで、その魔導実戦術の使い手である唐紅家と廣銀家というのは、やっぱり保守的というか、反動的な家柄なんでしょうか?」
「その認識であっていると思います。両方とも山吹家と同じで、退魔連合の幹部を輩出している伝統的な家系です。ただこの数年の両家の動向は、単に連合だから保守的、という範疇に留まらない、極右的な傾向を見せ始めています」
「極右的な傾向、とは何ですか?」
「70年代における妖魔同盟との和平宣言以来、退魔連合は露骨に反動的な発言をすることを抑制する傾向にあります。近年は特に、山吹家など連合の主流派が主導して、亜人に対する差別意識の払拭を働きかけるなど、内部浄化を試みているのです。八重花塾の亜人の生徒の受け入れなどは、この宥和政策の一種ですね。ただ実際は賢治くんも知っての通り、自分たちの都合のいいように亜人の取り込みたいだけで、上手くいっていませんが……。
話を戻しますが、主流派がこのような取り組みをしているのに反感を抱くものが現れたのです。それが、唐紅家および廣銀家なのです。彼らは主流派の決定とは反比例して、反亜人主義の傾向をこの数年で露骨に表明してきました。そのため両家は白銀衆と癒着しているばかりか、両家の人間のなかで白銀衆の幹部が出ている状況です」
「そんな連中が学校内にいるなんて……。本当に何かされたりしませんか?」
「まあ、仮に白銀衆が紛れ込んでいたとしても、公立学校で何かことを起こすようなことはしないでしょう。彼らはマガツのように、全てを捨ててテロリズムへ傾注しているのではなく、生業のかたわらでやっている、という感じです。おおっぴらに賢治くんを連れ去ろうとしたり、危害を加えようとしたりしたら、生活に影響が出かねません」
「しかし……」
「もちろん、『私の手の者』に警護はつけさせます。――日麿! 月麿!」
「「ハッ!!」」
ガサガサッ――
竹藪の中から二つの影が飛び出して、賢治の前を横切った。
「わあっ!?」
賢治は驚きの声をあげた。
二つの影は、徳長の前に跪いた。
それは、パーカーのフードを目深に被った男女だった。
マスクも鼻まで覆っていて、容姿はほとんど確認できない。
声でようやく、男女の違いがわかるといった程度だった。
「さっきまでの話は聞いていましたね? 今週の金曜日に、あなたたちに任せたいことがあります」
「「ハッ!! 何なりと!!」」
「日麿。あなたはSPに紛れ込んで、私の警護をお願いします」
女性の方が「ハッ!! 承知致しました!!」と返答した。
「月麿。あなたは学校外から清丸高を見張っていてください。何か怪しげな動きがあったら、すぐに私に知らせるように。わかりましたね?」
男性の方が「ハッ!! 承知致しました!!」と返答した。
「それでは、さがってよろしい」
『御意!!』
日麿と月麿は、出てきたときと全く同じ動きで竹藪の中へと戻っていった。
「せ、先生……。今のは……?」
立ち尽くしていた賢治は、徳長に訊く。
「ああ。今の二人が、『私の手の者』です。普段は皆さんの見えないところから、私たちをサポートしてくれます。女性の方が日麿、男性の方が月麿。覚えておいてくださいね」
徳長はコホン、と咳払いをして話を続ける。
「賢治くんに安心して頂けるため、もう一つお伝えします。実は桐野さん以外にも同盟の人間が、清丸高のなかにいまして、学校についてからの引率はその人に頼んであります」
「え? どんな方ですか?」
「まず、桐野さんのクラスの副担任である星野諒子先生です。彼女は因幡派ではありませんが、同盟幹部の家族であると同時に、あなたたちが『門』の保有者であることも知っています」
『門』の保有者であることを知っている、という言葉を聞いて賢治はドキリとした。
「え? 何でですか?」
「それは彼女が、〔鍵〕保有候補者だったからです」
それを聞いて賢治は納得した。
だが同時に、新しい不安も増えた。
「なるほど……。でもそれって、大丈夫なのですか?」
「大丈夫、というのはどういうことです?」
「その人にとって、〔鍵〕を保有したオレの存在は面白くないんじゃないですか?」
五年前。清丸町の中心である星刻丘で拾われて、因幡清一郎が引き取ることになった現世には、リチャードソンの予言した「霊極」につながる「門」を保有していることが判明した。
だが現世の「門」は、〔扉〕と〔鍵〕の二つに分かれていて、両方が合わさって初めて機能するものだった。そして現世は、〔扉〕の方しか保有していない。したがって、〔鍵〕の保有者となる術師を探さなくてはならなかったのだ。
そこで因幡はリチャードソン協会に連絡を取り、リチャードソン協会が主導の許で世界中から術師を現世に引き合わせて、〔鍵〕の保有者と成り得るかどうかをテストした。だが、結局誰とも反応は起こらず、保有者となったのは偶然出会った汎人である賢治だったのである。
元保有者は皆、本多のように人格的な問題は別として、術師としての腕は十分な者ばかりだったと因幡から聞いている。それなのに、ズブの素人である賢治があっさりと〔鍵〕を保有してしまった。これは候補から外れた術師にとって、面目丸つぶれではなかろうか。それを賢治は、不安に思ったのだ。
「賢治くんが現世さんの相棒になり得たファクターが、術師としての力量ではなく『現世さんと共に戦いたい』という精神的な条件だったことは、誰が見ても明らかなことです。納得のいかない元候補者もいるでしょうが、星野諒子さんは思慮深い女性です。その点は大丈夫でしょう
「それならいいのですが……」
「もちろん、何かあったらすぐに私へ連絡を入れてくださいね。当日の持ち物などは、段取りを詳しく決め次第ご連絡したく思います。では学校見学の話については、このくらいにしておいて、授業に入りたいと思います」
長い話が終わり、授業が始まった。




