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Introduction

松元精輝(まつもとせいき)……。ソイツが赤マントを羽織った男の名前だ」


 因幡はいつになく、厳かな口調で賢治たちにそう言った。

 病室の窓から差し込んで来る夕陽が、彼らを血に染めたように赤く照らし出している。


 ここは、円島自治区の魔導病院である清丸町魔導病院の病棟である。

 己こと麻枝鐵亜季との戦いで傷ついた賢治たちは、徳長のカローラでここまで搬送された。イソマツがもっとも重傷で、次いで圭子、桐野、賢治の順番だった。唯一、一切変身を解かなかった現世だけが無傷だった。

 一通り治療が済んだ賢治たちは、圭子を除いてこの部屋で一晩入院することになった。現世は無傷だが、経過観察の必要があることと、能力の性質上、賢治の許から離れない方が良いと判断された。

 なお、彼らの治療を担当した医師は妖魔同盟の人間であり、事情を知っている者である。


 最初に病室に飛び込んできたのは、賢治の大伯父で保護者である青梅賢助だった。


 昨日あれだけ「賢治に危険は及ばないようにする」と徳長に約束させたのに、このような結果になってしまったため、来た当初は怒髪(どはつ)が天を衝く勢いであった。けれども、包み隠さず謝罪する徳長の誠実な態度と、あとからやってきた因幡の説得によってようやくなだめられて、今は病室の外で待ってくれている。


 賢治たちは徳長と因幡に、地下で起こったことを詳らかに説明した。

 そして、麻枝鐵亜季と共鳴した際に脳内へ注ぎ込まれた麻枝の記憶の映像について賢治が話したとき、因幡の表情が一変したのだ。それは麻枝がマガツに勧誘される切欠となった、「Kan」なるものから受け取ったメールに添付されていた、動画ファイルの内容についてである。

 赤い中折れ帽子に赤いインバネスコートという全身赤づくめの彫りの深い男が一言、


「君もまた――境界に立つ者か」


と口にするというものだった。

 賢治たちには、そこまでしか見えなかった。

 一瞬だったのだが、そこに映った男の姿は余りにも異様な雰囲気を湛えていて、賢治の脳内にしっかりと焼き付いていた。

 賢治は、あの男の正体が誰なのかを因幡に訊いたのだ。


 松元精輝。


 その名前が因幡の口から語られた途端、賢治以外の全員が驚愕の表情をした。


「なんということなのだ……」と、現世。

「そうだ……。どこかで見た顔だと思ったら……」と、桐野

「¡Dios mío(ディオス・ミーオ)!(オーマイゴッド!)...... そりゃあ、またとんでもないことだね」と、イソマツ。


 だが賢治は、おずおずと手を上げて因幡に訊いた。


「あの……。松元精輝って、誰ですか」


 ざわめき始めた場に、沈黙が流れる。

 すると桐野が、「信じられない」といった表情で賢治を見た。


「青梅……。アンタ、リチャードソンが好きなのに調べなかったの?」

「え? どういうことだ? リチャードソンと関係のある人間なのか?」


「マイケル・リチャードソンを暗殺したのは、松元精輝だよ。青梅」


 賢治は、桐野が一体何を言っているのかがわからなかった。


「は……? ちょ、ちょっと待って。たしかにリチャードソンは暗殺されたけれど、犯人は分かっていないはずでは……? 日本人だったのか……?」


 賢治の知っているリチャードソン暗殺のあらましはこうであった。

 1970年11月11日午前5時、ニューヨーク市クイーンズの州間高速道路678ヴァン・ウィック・エクスプレスウェイの高架下を流れるフラッシング川にリチャードソンの遺体が浮かんでいるところを、地元の工場員に発見された。

 検屍の結果、死因は出血性ショックだということがわかった。左胸に二発の弾痕があり、一つは心臓に到達していた。享年61歳であった。

 だが犯人は、警察の必死の捜索にもついぞわからず、迷宮入りとなった。


「汎人界じゃそんな風に伝えられているんだ。だけど術師界だと、犯人は松元精輝って断定されている。証拠や目撃情報もいくつもあるしね」


 頭がパニックを起こしかけている賢治の横で、徳長と因幡が会話をする。


「あれ、涼二。魔導史の授業はやんなかったんだっけ?」

「申し訳ありません師匠(せんせい)。時間が押してしまい、リチャードソンの暗殺まで授業が進まなかったのです」

「なるほどね……。おい桐野、ここからは俺が話す」


 動揺する賢治に戸惑う桐野を見かね、因幡がバトンタッチする。


「賢治、ちょっと昔話をするぜ。第二次世界大戦以前・帝国時代の日本において、のちに亜人と呼ばれる妖怪は、四民平等の恩恵を受けられぬ被差別種族だった。あるものは奴隷として働かされたり、見世物として扱われたり、里を追われ迫害されたりと、様々な弾圧を受けた。また、神道国教化政策において排斥された仏僧や民間の巫術師(ふじゅつし)も、妖怪と同様追われる立場にあった。……ここまでは、まあこの間も話したことだからわかるな?」


 賢治は、首を縦に振る。


「俺ァ自慢じゃねえが、幕末の頃にゃあ日本全国津々浦々に俺と俺の仲間からなる集まりのシマを持っていてなあ。明治に入ったとき、この地盤を使って追われてきた術師たちを囲って、『妖魔同盟』を立ち上げたのヨ。……そンで松元は、その創立当初からいた亜人だった」


 賢治は衝撃が受けた。

 その因幡の言葉が本当なら、因幡と松元は元同志ということだ。


「え……? じゃあ、ちょっと、待ってください。もし松元が、マガツに関わっているのだとしたら、今のこれはつまり……。内部紛争ということですか?」


 狼狽する賢治。

 (ビシ)ッ。


「――それは順を追って話すから、もちっと辛抱してくれや」


 因幡は扇子を突きつけて、慌てふためく賢治を制止させる。


「松元はなァ、超能力をひた隠しにしていたからどんな亜人だったのかは誰にもわからねえ。だが、ずっと昔から生きていることはたしかだった。そして、その氷のような冷たい目つきと、蝋細工みてエな血の気のない顔やら、他人を圧倒する長身といった姿かたちは、時代を通じて全く変わんなかった。まさに、『魔人』って感じの奴だった」


 その特徴は、たしかに賢治たちが見た映像の男と一致していた。


「明治以後、松元はヒトの政府を打ち倒して革命を起こし、術師至上主義の国家を作ろうとする過激な思想へ傾倒し始めた。その方向性の違いから大正の時代に入ると松元は、同盟を離脱して自分の術師結社『ロマネスク R∴M∴』を立ち上げたんだ。奴のトレードマークとなる、赤い中折れ帽子とインバネスコートを着始めたのは、その頃だ」

「ロマネスク……」

「武装路線を取ったロマネスクは、大日本帝国政府に対し何度となくテロを仕掛けた。過激化を辿る一方で、帝国政府ににらまれまくるわ、同じ術師たちからも白い眼で見られるわで、どんどん孤立していった。そんで昭和に入って、軍靴の音がそこらかしこに響き渡るようになると、帝国に与しない術師や亜人は、ますます迫害されていくようになった。そんなとき松元は、新興宗教団体と組んで『一・一九事件』という、どえらい同時多発テロを引き起こしやがったんだ」

「それで、松元はどうなったんですか?」

「テロは軍や警察に鎮圧され、ロマネスクは案の定壊滅しちまった。だが、松元精輝だけは逃げ延び、(よう)としてその行方は知れなかった。一時は、都市伝説妖怪『赤マント』の元ネタにもなったほど、松元の野郎は日本を騒がせたモンだが……大戦の喧騒がすっかりその名前を掻き消しちまった」


 赤マント。

 昭和10年頃、トイレで女児をさらう赤いマントを羽織った不審者が現れるという都市伝説が流行した。恐怖は子どもたちだけでなく保護者にも伝播してゆき、東京の小学校では集団下校を行ったところもあったほどだったという。


「戦後に術師界が成立して、もう松元の名前なんて誰も口にしなくなった頃……俺の耳にリチャードソン暗殺の一報がやってきたンだ」

「ちょ、ちょっと待ってください。一・一九事件が昭和の初期として、リチャードソンが殺されたのは1970年……40年以上も間隔が空いているじゃないですか。そんなに長い間、逃亡生活をしていたのですか」

「別に珍しい話じゃねえ。戦前、日本人でアメリカまで逃げ延びたってのはなかなか例がねエが、中南米じゃ終戦時に密入国していたナチスの党員が戦後から現在に至るまで散発的に捕まっているしナ。まアとにかく、奴はアメリカまで逃げ延びて潜伏していやがったンだナ」

「し、しかし……。それではリチャードソンと何の接点があるか、全然わからないですよね……」

「ああ。だが、想像はつく。松元は『ヒトの術師』への憎悪を募らせていたんだろうよ。奴と同胞にとっては、『術師界』という存在そのものが『かつて自分たちを迫害した悪の巣窟』そのものだ。そして、その理論的支柱であるリチャードソンは、『悪の巣窟の象徴』なんだよ」

「それは間違っている!」


 頭に血が昇った賢治は思わず立ち上がってしまう。


「リ、リ、リチャードソンは、一つのイデオロギーなんかに信奉していないッ! 生涯を通じて、自分と考えが違ったり、出自が異なる人間との対話を重ね、理不尽な差別や迫害には反対し続けたんだ! プラグマティズムの研究もその一環だった! そ、そ、それを……」

「あー、わかったからとりあえず座れや」


 興奮した口調の賢治に、因幡が諌めるように言った。

 賢治は「す、すみません……」と大人しく従う。


「まあそんなわけで、もしマガツのトップが松元だとしたら、リチャードソンの未解決問題である『霊極』へとつながる『門』の力を持つお前らを狙うのも頷けるというわけだ。術師界の社会は、リチャードソンの論理の上に成り立っている。その論理の未解決問題を、当のリチャードソンを殺害した自分たちが解明することで、物理の世界だけじゃなく理性の世界でもリチャードソンを殺すことになるとでも思ってンだろうナ」


 敵の正体が見えてきた。

 相手はかつて妖魔同盟から分離し、壊滅した術師結社「ロマネスク」の首領。

 それが今になって、術師界に反旗を翻してきたというわけだ。


「あの、一つよろしいですか?」


 不意に、徳長が口を挿んできた。


「その、麻枝とネットで交流していたという『Kan』という人物なんですが……。もしかしたら、『十干』の『干』ではないでしょうか」

「十干って……。ああ、そういえばマガツの構成員のコードネームは、(つちのと)(みずのと)とか、十干を使っていましたね」


 賢治が言った。

 十干とは、古代の中国で使われていた「(コウ)(オツ)(ヘイ)(テイ)()()(コウ)(シン)(ジン)」の順列のことである。現代でも、「甲種・乙種」などの分類に使われる。時代が下ると陰陽五行説に対応されて、それぞれ(きのえ)(きのと)(ひのえ)(ひのと)(つちのえ)(つちのと)(かのえ)(かのと)(みずのえ)(みずのと)というように呼ばれるようになった


「そうです。『癸』まで使われている、ということは、構成員は十人いるということではないでしょうか」


 その徳長の言葉に戦慄が走った。


「つまり、残りは八人……。麻枝だけでも大変だったのに……」


 賢治は狼狽した。

 徳長を出し抜くほどの腕があった、己こと麻枝鐵亜季級の術師があと八人いて、それらが賢治と現世を奪おうと襲い掛かってくる可能性があるということだ。

 ――だが、賢治たちは次に出た発言によって、さらなる戦慄に陥ることになる。


「先生。十干ってたしか、『兄』と『弟』の区別がありますよね?」


 桐野が言った。


「ええ、その通りです。『~え』とつくのが『兄』で、『~のと』とつくのが『弟』であり、それぞれ対応する五行の属性ごとに五個ずつだから、あわせて十個で十干です。それが何か?」

「そうだとしたら、私たちが戦った癸と己――麻枝は『弟分』ということになりませんか? ……これは何の根拠もない憶測なんですけど、もし『マガツ』が戦闘力の高さで、『兄弟』を区別しているのだとしたら……。


麻枝よりも強い(・・・・・)術師が、まだ五人も控えているということになりませんか?」


 絶句。

 もはや誰も、二の句を継げることができなかった。

 バッ。

 因幡が扇子を勢いよく開いた。


「まあいずれにしても、だ。マガツとは、長い戦いになるぞってことだナ。――あんま気張りすぎて、いざってときに身体が動かねエってことにならねエよう、今は身体を休めとけ」


 戦慄く術師たち。

 窓の外ではカア、カアと、不気味な声をあげてカラスが夕闇に消えて行った。

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