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Conclusion - BLUE FANG -

 地下迷宮での激闘の後のことである。


 あの地下迷宮の場所は、五色高の地下300mの位置だった。

 徳長は麻枝の《ビルディング・プレート》をすぐさま壊し、壁の向こうに麻枝が逃げる前に噴射していた〔蜘蛛毒霧〕を窓から吹き出した。

 それからスマホで即、因幡に事態の異常を知らせた。独断で後を追おうとしたのだが、大きな音が立ったため、すぐに一般生徒や職員といった汎人の衆人環視の状態になってしまった。さらには、圭子と同じように五色高に潜伏していた連合の人間につかまってしまい、一触即発の状態になった。

 同盟および連合の術師による五色高への潜伏は、これまで「暗黙の了解」となっていた。

 圭子が「橙崎」という別の苗字を使っていたように、名前も変えて潜伏しているため、互いに誰が工作員なのかはわからない。相互に連絡を取るようなことはなく、互いに牽制(けんせい)し合うような形で、探り合っていたというわけだ。しかし、今回は完全にその互いの方針が仇となったというわけだ。

 だがそこへ、連合の人間たちに誰かからの連絡が入った。すると連合の人間たちは不承不承、徳長に賢治たちを追わせることを承諾した。因幡が、『門』のことを知っている連合の大物(・・・・・)に根回ししてくれたことを悟った徳長は、全てを後回しにして賢治たちを追ったというわけだった。


 徳長は賢治たち四人を、連合の人間は圭子、麻枝、癸を引き取り、全員を術師界の病院に搬送した。

 検査の結果、賢治と桐野、イソマツは一日入院となった。

 賢治は、右目の上にやや深い擦過傷、後頭部に軽い打撲、左足首に疼痛、それと全身に筋肉痛が残った。

 桐野は、両肩甲骨と第6~10肋骨に軽度の疼痛。〔蜘蛛毒霧〕による中毒症状は寛解し、後遺症はなかった。

 もっとも重傷なのはイソマツであり、額に深さ3ミリ幅4センチの裂傷、右手首の完全骨折、左肩の脱臼、右足の捻挫――完治には二ヶ月近くかかると言われた。

 また圭子は右肩の肩甲骨にひびが入ったのと、精神的なショックもあってしばらく入院となった。


 ここからは、その後のことについてである。


 まず賢治たちの事情聴取であるが、所轄の警察職員では「門」についての聴取ができないため、事実関係として何があったかを説明するに留まった。「門」については、後日改めて指定の司法機関に出頭するよう、連合の幹部が徳長へと言い渡した。

 麻枝と癸はというと、賢治たちとは違う病院に運ばれて治療を浮けた後、魔導警察の留置場に送られたらしい。麻枝は黙秘を続けており、追及には時間がかかる見通しだ。一方で癸は、減刑を狙って何もかもをペラペラと喋りそうになったため、連合が圧力をかけてきた。「門」の秘密の漏洩(ろうえい)を阻止するため、しばらくは取り調べを行わないまま拘留を続ける方針だ。

 今回、唯一まともな聴取ができたのは圭子からだった。圭子は「門」のことを伏せて、麻枝鐵亜季から聞き出した情報を全て話した。このことにより、入院中の本多翔斗と本多将ほんだまさる魔導警察東海道・北陸道局局長が、九年前の有坂奈津美の転落事故について隠蔽工作を行った嫌疑が、魔導警察内と連合全体に広がった。親子および親子と関与した人間の失脚は免れないだろう。


 一方汎人界では、五色高の生徒相談室と被服室について、経年劣化による崩壊事故として学校内外において処理された。幸いにも、麻枝鐵亜季が術を行使するところを見た汎人はおらず、《ビルディング・プレート》の生成物の瓦礫(がれき)は「上階の壁が崩落したもの」として、説明された。また幸いにも、徳長の対処が早かったため、麻枝が逃げる際に残した〔蜘蛛毒霧〕の残留物質で気分が悪くなった者は出なかった。

 なお、麻枝鐵亜季こと筒井夏彦がいなくなったことに対しては、「自主退職」という体で学校内には知らされた。


 ――そうして、事件からあっという間に五日間が過ぎてしまった。




   ★


 賢治は、因幡邸の客間でぼーっとしていた。

 障子は開けられていて、縁側から空の光が差し込んでいる。土曜日の今日は、午前中いっぱいが座学であった。午後は自由時間となっていて、客間でのびのびしているところである。


(……本当にこれで、良かったのかな?)


 賢治は、この間の事件のことをもやもやと考えていた。


(たしかに、麻枝のやったことは許せないことばかりで、罰は受けるべきだ。しかし、麻枝が過激派になってしまった背景には、亜人への差別や術師界の社会構造の腐敗が根っこにある。麻枝一人を捕まえても、何も解決にならないことばかりだ……。しかし、だからといって、あのときのオレたちに何ができるワケでもないよな? あの場では、最善の行動をとったよな?)


 賢治は未だに悩んでいたのだ。この間の麻枝との戦いで、自分が執った行動が正しかったのかどうかを。

 ガラリ。ふすまが音を立てて開けられる。

 イソマツだった。

 右腕を三角巾でぶら下げながら、部屋に入るなり彼は開口一番こう言った。


「術師結社をつくろう!」


 ……

 …………

 ………………「は?」


 賢治はイソマツの言ったことが了解できず、首をひねった。


「術師結社なら……、オレたちもう妖魔同盟に入っているだろう?」

「いや、そうじゃなくてさ。ほら、これ」


 イソマツが、そうやって広げる両手には青いバッチが八つあった。それはこの間、桐野が駄菓子屋のクジで当てた秘密術師結社バッチだった。


「これを団員証にして、僕たちだけの術師結社をつくろう! 秘密基地ごっこみたいに!」


 ごつん。

 賢治はイソマツの頭を引き寄せ、額と額を合わせる。


「……何?」

「いや……、熱でも出たかなって思って」

「35度9分! 指先はホットでも頭はクールなのが、僕のウリさ!」

「二十四時間、頭もポカポカ(ホット)だろお前わッ!」

「僕らこれから長い付き合いになると思うし、マガツとの戦いもまだ続きそうじゃん? そういうときに、僕らがまとまっているために、仲間同士で支え合う秘密のつながり的なのがあったら、色々便利じゃんって思って」

「……お前、いくつよ」

「十五!」

「満面の笑顔で答えてんじゃねーよっ!」


(常識的に考えてみましょうか小田イソマツくん。 ――高校生は、秘密基地ごっこしますか?)


「ねえ、キリちゃんも入ってよ」


 桐野は「一人でやってろ」と、すげなく答えた。


「おお、面白そうなのだっ!」


 だが後ろで聞いていた現世がそう言うなり、耳を大きくしてこっちに振り向いた。


 イソマツが「でしょ、現世ちゃん?」と賛意を求める。


「なあ! 桐野! 一緒に入ろうぞ!」

「げ……、現世がそう言うなら」

「ところで、秘密術師結社の名前は何とするのかの?」

「えーっとね、こんなの考えているんだけど、どうかな? その机の上のバッチを見てごらん」


 机の上には、「B」「L」「U」「E」「F」「A」「N」「G」の順でバッチが並べられていた。


「『BLUE FANG』……青い牙(ブルー・ファング)か! いいのう、格好良いぞ!」

「でしょ、現世ちゃん! それをさ、リチャードソン以前の魔術結社風に『青い牙 B∴G∴』なんてどうかな?」

「……」


 チリン。風鈴が鳴った。

 開放された縁側からは、初夏の風が入り込んでくる。


(……何だろう。この温かくて、こそばゆいような感じ)


 はしゃぐイソマツと現世。現世を愛でる桐野。入り込む午後の日差しを浴びる彼らの、そんな光景を傍から見ていると賢治は、何だか不思議な気持ちが込み上げてきた。


(そういや圭子先輩も、この間あんなこと言ってたな。……)




 ……

 …………

 ………………


「――青梅くん。ヘンなこと訊いていい?」


 病衣(びょうい)姿の圭子が、ベッドに横たわりながら言った。


 ここは、術師界にある清丸町魔導病院の個室病棟である。一日入院した賢治は、退院する前に圭子の病室に挨拶しにきたというワケだ。

 白いカーテンがかかった窓からは、午前中の涼しげな光が注ぎ込まれてくる。

 あの事件のあと、圭子は連合の規則を破ったとして、特別諜報員の任を降ろされた。けれども、あのような事件のあとに転校すると目立ってしまうため、卒業まで「橙崎圭子」の名前で在籍してよいという、温情的な措置が連合本部から下された。


「何ですか先輩?」

「いきなりこんなことに巻き込まれちゃって、術師界のことが嫌になってない?」


 山吹は真剣な顔で問いかける。


「え……と。まあこの間のことは大変だったし、色々考えさせられることもあったけど……」


 賢治はどう答えて良いのかわからず、しどろもどろとなる。


「この間の件は、汎人界と同じか、それよりひどい世界だと感じてもいいくらいだと、私だったら思うんだけど……」


 圭子が付け加えるように言った。

 そう言われて賢治は、少し悩んだ素振りをする。


「う~ん……。たしかに、はっきり言って麻枝の過去にあったことは余りにも理不尽だと思います。差別とか、政治の汚さとか、すごく嫌な気分になりました。でも〔鍵〕という力を持ってしまった以上、どのみちオレは術師界に居続けなきゃいけないんですよね」

「だから我慢すると?」

「我慢……といえばそうですけど。――何と言えば、いいんですかね。それだけじゃ、ないんですよ」

「それだけじゃないというのは?」


「オレ……初めてなんです。目新しいものに触れて、こんなにワクワクするのは。その新しいことに一緒に取り組める仲間がいるっていうのは」


 賢治は、少し気恥ずかしそうに答える。


「術師界が、ワクワクする……?」

「はい。だからその……。術師界はひどい世界なのかもしれないけれど、そこで生きている人や精霊術っていうものは、オレにとってすごく心を動かされるんです」

「……」

「だから……、今後もこんなひどいことに巻き込まれるかもしれないですけど、オレは術師界でもうちょっと頑張りたいと思うんです。現世たちと一緒に」


 賢治の言葉を受けて圭子は、「はあ」とため息をついた。


「私は最初から術師界にいた身だけど……。八重花塾でテツ(にい)やなっちゃんと過ごした日々は、今のあなたみたいな気持ちだったわ……」


 ざあっ。

 病室の白いカーテンが、薫風に揺れた。

 それは山吹圭子という一人の少女が、そのままの形で表された「魂」の言葉だったのかもしれない。


「先輩……。それではオレ、そろそろ行きます。みんな待ってるので」


 賢治は、ペコリと会釈をする。


「うん。それじゃあ、また学校でね」


 圭子が軽く微笑んで、右手を軽く横に振った。

 去り際に賢治は、胸がキュッとしめつけられたように錯覚した。その笑顔の裏に一体どれだけの涙が隠されているのかを想像したら。……


 ………………

 …………

 ……



「……それでだなー。役職はどーするかなのだがなー。イソマツは何か、案があるか?」

「いやー。そりゃまー、現世ちゃんが首領でしょ! 団員ナンバーは当然『1』ね!」

「おお首領! カッコいいのだ!! では賢治が副首領なのだ! ナンバーは『2』だな!」

「で、キリちゃんがナンバー『3』で会計ね! 僕は書記担当で『4』番!」


 賢治は、はしゃぐ三人を温かい目で見ている。


(……サッちゃん。オレ、いま「楽しい」んだ。


 こいつらと一緒に何かをやること。こいつらと一緒に何かをやる場所があること。

 それが今のオレにとって、「楽しく」てしかたないんだ。

 だからこの先も、もっと大変なことやつらいことに巻き込まれるだろうと思うけど、こいつらと一緒に培った「楽しさ」があれば――きっとまた、乗り越えられるさ)


「ちょっと、何勝手に決めてんのさ」

「いーじゃん。キリちゃんは兼役で首領の世話役もつけてあげるからさ。結局買ったんでしょ? こないだアイアンモールで見ていたフリフリの服。にやけながら裾上げしているの見たよ~」

「なっ! ……コロス。ブッコロス」

「Ouch! 内紛だ内紛うぎゃあああ!」

「なぬっ! 結社早々分裂の危機かッ」


 ――賢治は楽しそうな様子の現世をじっと見て、この間見たサッちゃんの幻覚について思い返していた。


(だけど、何か引っかかるんだよな。あのとき幻覚から覚めたとき、こいつをオレは無意識に握っていた。現世とサッちゃん、何か関係あるのだろうか?

 ……そうだ。こいつらにだったら、サッちゃんのことを話していい。一緒に、これからもっと「楽しい」時間を過ごすであろうこいつらとなら、一緒に地平線の向こうの景色を見てみたいと思ったこいつらになら、オレを導いてくれた魔術師のことを話してもいいと思う。

 ああ、嬉しいものなんだな。自分の大切な思い出を共有したいと思える人が、そばにいるというのは。……)




   ★


「おや……?」


 徳長が冷たい麦茶を持ってふすまを開くと、四人は気持ち良さそうに寝ていた。

 意味不明な文章や図形などを書き散らしたルーズリーフや厚紙なんかが、机の周りに散乱している。いかにも、遊び疲れて寝てしまったという感じだ。この怒涛の数週間の疲れが、ここにきてどっと出たのであろう。


「ふむ……。この短い間に、ずいぶんと打ちとけたようですね」


 徳長は、慈しみを湛えた微笑を浮かべた。


「――まあ、しばらくは見守らせて頂きますよ」


 縁側の向こうでは、初夏の日輪山が今日も青々と染まっていた。


(魔術師誕生篇 完 ……魔導学校見学篇へ続く)

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