Report 5 「あたり前」の先に(9)
(――オレたちは屈しない。こんな、自らの過去に囚われて誰かの未来を食い潰そうとする奴になんか。酷薄で欺瞞的な『あたり前』に押しつぶされて屈してしまう奴なんか――そんな、地平線の向こうにある世界を否定する格律が「正しい」なんて、真っ向から反駁してやるッ!)
啖呵を切った賢治のやることは、一つだった。
恐らく麻枝は、さっきの謎の術である髑髏の召喚を行うに違いない。
あれがどういう効果を持っているのかはわからない。
だが、あのタイミングで繰り出してきたということは、霊力を吸収して術師の意識を奪うとか、そういう効果であることは予想される。
そして、その対処法も知っている。バルバトスが、その身を以って教えてくれた。
謎の髑髏の術による霊力場を超えるほどの霊力場の術を行使すれば、相殺することができるということだ。
ゲーティアの召喚精霊ももう召喚できず、超能力を術解する呪文も習得していない賢治ができることは、ただひとつ。
あの髑髏が吸収し切れないほどに巨大な霊力場で、その余剰分が麻枝を倒すほどに強大な《ファイアボール》を詠唱することだ。
つまり、これから行われるのは単純なパワーゲームである。
「う……、ぐおおおおお!!」
麻枝が気合を入れて、力場を再展開する。舌のメダルが、激しく輝きだす。
黒煙のようなものが麻枝の体中から出て、それが巨大な髑髏の形を成していく。
麻枝自ら、この術の説明をする。
「〔霊喰髑髏〕……。『土蜘蛛草紙』に記述された源頼光が目撃した空飛ぶ髑髏とは、これのことだ。霊力を吸収する髑髏の形をした力場を創り上げるという、土蜘蛛の真祖にしか使えない古の技で、血が薄まった現代の土蜘蛛ではできない術だ。だが、このメダルで増幅することによって、行使することが可能となる。術師がこれに触れれば霊力をたちまち吸い取られ、意識を失う。最悪は、死に至る……」
――ゾクッ。
死に至る、という言葉に一瞬怯む賢治。
だが、すぐにかぶりを振って、目の前の巨大な髑髏をにらみつけた。
「来るぞ、賢治!」
オォォォォォ――オオオン。
〔霊喰髑髏〕が、非常に不気味な鳴き声をあげて賢治に迫ってきた。
「《ファイアボール――MAX!》」
だが賢治は臆することなく、霊力の全てをかけた《ファイアボール》を詠唱した。
トネリコの杖先から一メートル大の火の玉が、〔霊喰髑髏〕めがけて飛んで行く。
ぐわんんんんっ。
天を砕いて地に墜とさんばかりの衝撃音が鳴り響き、二つの巨大なエネルギー体が衝突した。
(――さっきのバルバトスのときみたいに、爆発する!)
賢治はそう予期して身構えた。しかし、であった。
「何ッ!?」
麻枝が声をあげた。
目の前で起こっていたのは、奇妙な光景だった。
《ファイアボール》と〔霊喰髑髏〕が、押し合い圧し合いして空中に留まっている。
「互いに互いの霊波動を干渉し合うことで、霊波力学的均衡が保たれているのか。だが――!」
明らかに《ファイアボール》の力場より〔霊喰髑髏〕の力場の方が強大だった。賢治の《ファイアボール》は少しずつ削り取られ、〔霊喰髑髏〕が大きくなっていく。
「くそっ――くっそおおおおッ!!」
賢治の両腕に霊波の圧力がかかる。全ての神経を杖の先に集中させるも、足がガクガクと笑ってしまっており、今にも崩れ落ちそうだった。
(……ダメか! ダメなのか! せっかく、一緒に『あたり前』を乗り越えたい誰かと出逢えたのに――こんな妄執と憎悪に満ちた『あたり前』を押しつける野郎にッ! こんなおぞましい髑髏にオレの、オレたちの景色は閉ざされるのか……ッ!)
「……んッ!?」
賢治は違和感を覚えた。
身体が、二人の誰かに支えられているようだった。
「……堺!?」
賢治の右半身を支えていたのは、桐野だった。
徳長に調達してもらった五色高のブレザーのあちこちが擦り切れていて、ボロボロの状態だった。
「……しっかり立てよ、このバカ!!」
桐野は、賢治をキッとにらんで叱咤した。
「Juego terminado(ゲームオーバー)にはまだ早いよ、賢治くん……!」
「イソマツ、お前……!」
左半身を自分の右肩で支えていたのは、足をガクガクと震わせたイソマツだった。
真っ青な顔色で、無理に微笑んでそう言った。
「二人とも……、大丈夫なのか!?」
「大丈夫なワケねーだろ! 無意味なこと訊くんじゃないよ!」
桐野が言った。
それから目を伏して、はにかむ様に言葉を紡ぐ。
「……ッ。 アンタの戦いぶり、倒れながらずっと見ていた。それで気づいたんだよ」
「え?」
「……いや。その前……最初に見たときから、気づいてたんだ」
「いや、何が言いたいんだ!?」
「現世のパートナーは、アンタしかいないってことだよ。青梅」
「……!」
「わたしが因幡さんの家に引き取られたて、初めて現世と会ったとき……、『なんだこのガキは』って思った。でも、それから少しずつ打ち解けてったんだけど……アンタは、最初っから息ピッタリだった」
「……堺」
「わたしは……認めたくなくなかった。妬んでいただけだったんだ」
露わになる、かたくなな少女の柔らかい部分。それが、賢治の感傷を誘った。
「アンタと現世を支え、共に戦い、その先へ引っ張ってあげること。それがわたしとイソマツの役割。そのことに、最初から気づいていたんだッ……! だから立て、青梅! 立って目の前のド畜生をブ散らすんだよッ!」
続いて、イソマツがいつになく真剣な声音で口を開く
「……僕らが清さんのとこに拾われ、現世ちゃんの面倒を見る役割を得たとき……。僕らは新たな『生』を掴んだ。だけど、ここで賢治くんと現世ちゃんが敵の手に落ちたら、今までの僕らは『死』んでしまう。だから僕たちは、どれほど|詰んだ《Jaque mateな》状況でも活路を開いて、君たちの手を引っ張りあげるんだッ……!」
現世が「桐野……、イソマツ……!」と呼びかける。
「……」
二人の意志を、無言で汲み取る賢治。目頭に熱が帯びていく。
(オレなんかとは比べ物にならない時間を、こいつらは現世と一緒に過ごしている……。この短い間でオレが物珍しそうに見た術師界のいろんな景色を、いろんな物事を、こいつらは現世とずっと一緒に過ごして、何度も触れてきたんだ。
……それなのに、ここまで言ってくれている。オレを現世の相棒として認めてくれている。オレに、現世を託してくれている。……
ここで負けては、そんな二人の信頼を蔑ろにすることになる……!)
今にも、完全に吸収されて消え失せそうな《ファイアボール》を見据え、賢治は一念を込める。
(ここで負けるわけにはいかない。オレは、『あたり前』の向こうへ引っ張ってくれるこいつらと一緒に――『あたり前』という地平を越えた先に見える、見たこともない景色を、こいつらと一緒に見つけ出していきたいんだッ……!)
ド。
ドド。
ドドド。
ドドドドドド。……
ドンッ!!
「「「「――」」」」
その衝撃を、四人とも言葉にできなかった。
賢治と現世の力場が一瞬で倍増したかと思えば、同時に恐ろしい密度で凝縮された。
(……な、何だ!? この底抜けに湧き出てくる力は……!)
変化は、目に見えるレベルでも起こった。
《ファイアボール》の火球の温度が上がり、緑を帯びた青白に変色する。そればかりか、まだ半径15センチはあった火球は、野球ボール大のサイズへと急激に収縮された。さっきまでひしゃげてぶるぶると震えていたのが、鉄球のように固まって静かに浮かんでいた。
こんなに安定した霊力場を、賢治は見たことがなかった。
「な、何だお前ら、その変化はッ!?」
麻枝も、慄いた口ぶりで叫んだ。
青と緑の光……。そして、溢れてくる自分にもわからない力……。ん? 青緑の光と、自分以外の力――
「これって……!」
賢治は、そこで何かに気づいた。
「――よもや」
「こ、こんなことって……」
「......¡Increíble!(アメイジング!)」
現世、桐野、イソマツも驚きの声をあげる。賢治と同じことに気づいたようだ。
賢治は、自らが発している力場に意識を働かせる。
現世の他に、二人の霊力場が自分の霊力場と重なり合って、共鳴していることがわかった。
つまり、賢治、現世、桐野、イソマツ、四人の霊力場が共鳴しているということだ。
「四人の霊力場共鳴……!? 馬鹿な! 多人数の安定した共鳴を、専用の呪文でもなく、事前の準備もなしに、できた前例などない! ありえるものかッ!」
麻枝が悲鳴をあげるように喚き立てる。
「こ、これも〔鍵〕と〔扉〕の力なのか……!? なあ、現世!」
現世に訊く賢治。
「わからぬ! だが四人の力が共鳴し、一つにまとまっていることは紛れもない事実! このまま押し切るぞ! イソマツ! 桐野! 頼んだぞ!」
桐野は、不敵に笑って応える。
「わたしが、現世の願いを聞き入れなかったことが今まであったかい……!?」
イソマツが、心の底から嬉しそうに応える。
「……あは! あははは! 嬉しい! 嬉しいよ! 〔バクチク〕以外に、僕に協力できることがあるなんて!」
四人の尊い意志が一つに重なった《ファイアボール》は、麻枝の憎悪の顕現であるような〔霊喰髑髏〕を、突き刺すように押し返し始めた。
このまま貫くか――と賢治が思った、そのときのことだった。
「ぬぐぐ……ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
地面を震わせ、砂を散らす咆哮。麻枝の力場が拡大する。
ぐうん――ギュンギュンギュンギュンギュンギュン!!
すると火球と髑髏、二つの力場が再び均衡を取り始める。
(――くそっ。ここまできて、あと一歩のところなのに! 協調の上で統御された四人の意志よりも、たった一人の荒れ狂う憎悪の方が勝るというのかッ……!)
「《……ホワイト……シャー、マン!》」
背後から、絞り出すような声がした。
賢治たちの背後に、仰向けに寝たままの状態で左手に杖を携えた山吹の姿があった。
杖の先には白い円陣が展開しており、そこから短刀を携えた二体の白装束の召喚精霊が飛び出した。
「圭子ッ……!!」
麻枝が唸った。
二体のホワイト・シャーマンは〔霊喰髑髏〕の髑髏を目がけて飛んでいく。霊喰髑髏は反射的に、二体の〔ホワイト・シャーマン〕を食らってしまう。
それが、致命傷となった。
ビシィ!!
霊喰髑髏に、光の亀裂が走る。
「吸収できる霊力の限界なのだッ!! 全員、集中!!」
現世が叫んだ。
《ファイアボール》が、少しずつ髑髏の鼻先にめり込んでいく。
「く、くそっ……!! いいのか、青梅賢治! お前は同盟にいたって利用されるだけだ! 何故それがわからん!!」
麻枝が悪あがきのように、賢治に語りかけた。
「ああ、わからないよ! わかっていることは――『こいつらと一緒にいて、楽しかった』ってことさ! この経験はオレに『変化』をもたらした! それは誰にも変えられない事実であり、かけがえのないオレだけの経験だ! だからオレは、こいつらのために戦えるんだ!!」
「ぐっ……。この半径五センチの世界でしかモノを考えられないクソガキがアアアアアアッ!!」
麻枝が怒鳴り散らした。
そこにはついさっきまであった聡明さや鷹揚な態度は完全に消え失せ、自分のいうことに従わない人間に対して威勢を振る舞う、傲慢な態度ばかりが露出していた。
賢治は「ギリッ」と歯噛みをして、怒鳴り返した。
「ぶち抜けエエエエエエ――ッ!!」
賢治が、喉が切れんばかりに叫び返す。
パキンッ。
麻枝の舌に乗っていたメダルが割れる。
その中から黒ずんだ赤い石が飛び出し、塵となって消えた。
麻枝の力場が、急激に縮小していく。
緑がかった青白の火の玉が、霊喰髑髏を粉砕し、麻枝目がけて飛んでいく。
「くっ……。な、奈津美! 奈津美イイイイイィィィィィィ――ッ!!」
強烈な閃光が、巨大な空間を埋め尽くした。
そして――




