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Report 5 「あたり前」の先に(7)

「なっ……、どういうことだ!?」

「論より証拠なのだ! ほれっ!」


 現世は、ゲーティアの悪魔の一覧を右側の頁に表示した。

 それを見た賢治は、目を見開いた。


(本当だ……。たしかに、増えてやがる)


 さっきまで、「召喚可能」である赤字で書かれている悪魔は、「7. アモン」「34. フルフル」「35. マルコシアス」「48. ハーゲンティ」「50. フルカス」「57. オセ」「62. ヴォラク」「69. デカラビア」の計八体だけであった。


 だが今は、赤字で書かれている悪魔が明らかに増えていた。


 新しく赤字になっている悪魔は「5. マールボス」「8. バルバトス」「16. ゼパル」「17. ボティス」「21. モラクス」「27. ロノウェ」「31. フォラス」「54. ムルムル」「59. オリアス」「61. ザガン」「71. ダンタリオン」の計十一体である。


(さっきの虹色の光柱が、この変化のサイン……。その前兆として、テレパシーによる意思疎通。原因が言うまでもなく、〔鍵〕と〔扉〕の強い共鳴。これまでになく大きな念動力場。――まさか)


 賢治はそこで、一つの仮説に辿り着いた。


「そういう――ことか」


 さっき、賢治と現世はそれまでに経験したことのない激しい共鳴状態にあった。切欠は言うまでもなく、仲間を傷つけられたことと、麻枝の信念と行動の矛盾が引き起こす理不尽に対する怒りによるものだ。


 つまり賢治と現世が、同一の対象に対して同じ激しい感情を抱いたとき、互いの意志をテレパスできるほどに霊的共鳴を果たす。その共鳴の強さによって、召喚できる精霊が増える仕組みになっているのだ。


 そう賢治は、この状況から推論した。


「ぐ……ぐぐ。無駄な抵抗をッ……」


 麻枝はそう言って、勢いよく胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

 スウゥゥゥゥゥ――


「あれは……、まずい! 麻枝がまた毒霧を吐くぞ!!」


 賢治が言った。

 麻枝の今の行動が、〔蜘蛛毒霧〕の事前に行う動作であることを察したのだ。


「召喚だ! 賢治!!」


 現世がそう言って右側のページに表示したのは、弓矢を携えた少年の召喚精霊だった。


 【8. 翠弓公爵(すいきゅうこうしゃく)バルバトス Duke of Verdure Bowman, Barbatos】

  戦闘力 A(攻撃 A 体力 A- 射程 A+ 防御 D 機動 B 警戒 A+)

  魔力 C 教養 D 技術 A 崇高 B 美 B 忠誠心 A 使役難易度 III


 麻枝は、今にも〔蜘蛛毒霧〕を吐こうとしていた。

 説明を聞いている暇はなかった。

 現世を信じ、賢治はバルバトスを召喚する呪文を詠唱する。


「《翠弓公爵バルバトス――召喚!》」

 

 賢治の目の前に、緑色に輝く円陣が浮かび上がる。

 迸る激しい光の中に、小柄な影が現われた。

 その影――バルバトスは一本の矢を弓の弦につがえ、既に麻枝に向かって構えていた。

 矢が発射される。

 すると、矢は激しく光り出して麻枝の毒霧を全て吹き返した。

 

「むぐっ!」


 麻枝は、毒霧を吐くのを止めて一つ目の左手で矢をつかんだ。

 ドスッ!

 だがバルバトスはすかさず、矢を掴んだ手を撃ち抜いた。

 麻枝が「ぐおっ!」といううめき声をあげて怯み、またも後ろへさがった。


(す……すごい。こっちがまだ何も言っていないのに、即座に状況を把握して行動に出るなんて!)


 賢治が感心していると、バルバトスは振り向いて、初めて賢治にその相貌(そうぼう)を見せた。

 それは、賢治と同じくらいの背丈の少年だった。

 袖のない緑色のチュニックに、大きな羽根をつけた奇妙なデザインの帽子を装着していて、背中には矢筒を背負っている。その手には、長弓を携えていた。


「召喚してくれてありがとよ、ご主人! さ、何なりと命令してくれい!」


 バルバトスは健康そうな歯列をむき出しにして、快活に笑いながらそう言った。

 

「アイツを倒せ! ただし、殺すんじゃないぞ!」

「合点了解!」


 バルバトスが麻枝に向かって、矢を弓の弦につがえて構える。


「賢治! 今のうちに二人を安全な場所へ運ぶぞ!」

「わかった! ぐっ……、ふぐっ!」


 賢治はイソマツの身体を引っ張るが、やけに重く感じた。意識のない人間の身体を運んだのは、賢治にとって初めてのことで、ひどく手こずった。

 一方現世は、桐野の頭を本に挟んで引っ張った。


「仔蜘蛛よ!!」


 麻枝がそう言うなり、〔土孕ノ仔蜘蛛〕が次から次へと地面から飛び出して、バルバトスへ迫ってきた。

 バルバトスは緑色に光る矢を空中へ射る。


「バカめ、どこを狙って――」


 麻枝はそういいかけて、言葉を止めた。

 矢は空中で激しく発光して爆散する。

 すると、光の中から無数の霊力の矢が大量に降り注いだのだ。

 泥の蜘蛛たちが次々と射られ、崩れていく。

 土孕ノ仔蜘蛛の生成が降り注ぐ矢の猛攻に追いつかず、あっという間に一掃されてしまった。


「〔下矢の驟雨(アロー・スコール)〕――次は、テメエの番だ!」


 バルバトスが麻枝に向かって、攻撃の予告をした。


「ごぼあ――ごふぁああああああああ」


 麻枝が〔蜘蛛毒霧〕を今までと最大の勢いで吐き出した。


「〔逆風の(ヘッドウィング・)一矢(ストライク)〕!!」


 バルバトスが青く光る矢を放つ。

 さっき、麻枝の毒霧を跳ね返したのと同じ術である。

 ドスッ!


「うぐっ!」


 麻枝の、一つ目の右腕の付け根が〔逆風の一矢〕に射抜かれた。

 だらりと下がる、一つ目の右腕。


「はあ、はあ……。よし、一気に畳み掛けるぞバルバトス!」


 桐野とイソマツを運び終えた賢治が言った。

 バルバトスが「合点了解!」と言うなり、立て続けに矢を放った。


「おう、うぐ! ぐおっ、ぐうっ――ぐほっ!!」


 二つ目と三つ目の右腕、一つ目、二つ目の左腕、そして三つ目の左腕の、それぞれの腱に、次々とバルバトスは矢を命中させた。

 麻枝の全ての腕ががくん、と下がった――その時だった。

 ゾクッ……。

 賢治は、感じた。


(〔蜘蛛毒霧〕? ――違う。何か、もっとヤバい何かが来る気がする! 何なんだ、この悪寒は!?)


 それは、さっき麻枝が真祖返りしたときに近い感覚だった。

 だが、単に力場が霊力が上昇しているというだけではなかった。

 もっと異質な、おぞましい何かが、麻枝から放たれようとしていた。

 賢治のみならずバルバトスさえも気圧されて、矢をつがえたまま目を見開き固まっていた。


「射るのだバルバトス! 麻枝が何かをする前に!!」


 現世が叫んだ。

 その声に背中を押されるようにしてバルバトスは弦を手放した。

 身体を「く」の字に折り曲げて震える麻枝の左肩に命中した。


「――おげええええぇぇぇぇぇ」


 だが麻枝は微動だにせず、赤く光る何か(・・・・・・)を吐き出した。

 すると同時に、黒煙が麻枝から噴き出した。

 それは〔蜘蛛毒霧〕ではなかった。

 煙は立ち昇るや否や、信じがたいものに変化した。


 巨大な髑髏である。


 麻枝を包み込むほど大きな煙の髑髏が、賢治たちめがけて飛んできた。


(……)


 完全に圧倒されてしまった賢治は、動くことができなかった。

 一秒が倍に、さらに倍に。

 時間は、ひどく遅く流れた。

 とん、と何かに押される。

 バルバトスだった。

 弓矢を捨てたバルバトスが、賢治の身体を押したのだ。


「――」


 青白く光り出すバルバトス。

 バルバトスの身体を両断するように、召喚陣が浮かぶ。

 微笑みながら何か言った。

 だが、上手く聞き取れない。

 青白い閃光が広がり、視界を遮る。

 賢治は、何が起きたのか理解できなかった。

 どさんっ――ごろごろごろ。

 理解できたときには既に、受け身も取れずに地面を転がっていた。

 髑髏と謎の青い光がぶつかって生じた強烈な霊力場に吹き飛ばされ、宙を舞ったのである。


「あ……う……」


 瞼の裏に、星が再び乱舞する。

 賢治はうつろな意識に鞭を打つように、状況を確認しようとした。

 横たわったままのイソマツと桐野。

 地面に転がる現世の本。

 バルバトスの姿はない。帰還したのだろう。

 そして麻枝が、こちらへ一歩一歩と近づいてくる。

 ゲーティアの精霊は、今日三体召喚してしまったため、もう召喚術は使えない。

 万事休すであった。

 賢治は、もはや立ち上がる気力もなかった


(……オレ、負けたのか)


 額の傷からは血がどくどくと耳の後ろへ流れ、気が遠くなっていく。

 見上げる天井は、高過ぎて暗闇に包まれていた。


(またやってしまった……。キレ散らかした挙句、何もできなかった……。それどころか、みんなにひどい迷惑をかけてしまった)


 諦念が、賢治の意識を侵していく。


(半月前まで体育会系に絡まれたらビビって何もできなかった奴が、ちょっと魔術を覚えたからって、凄腕の術師と渡り合えるわけがない。そんなの「あたり前(・・・・)」のことじゃないか。……)


 ふと、視界が塞がれた。

 人影だ。

 それも、自分と同じくらいの背丈を持った、少年のような影だった。


(……ああ。夢の中で出てきた「影」か)


 赤く光る目を持った影が、賢治の顔を覗き込んでいる。

 それは幻覚の中で、幼い賢治が見た赤い眼の影だった。


(……お前何なんだ? 死神か? オレを迎えに来たのか。まあ、それもいいか。オレみたいな弱虫は、ここで負けて終わって「あたり前」なんだ……)


 賢治は影に触れようと、左手を伸ばす――


「見苦しいよ、賢治。そんなくだらない『あたり前』にしがみつくから、『あたり前』に何もできないんじゃないか」


 懐かしい声。にじむ視界。

 のぞき込んでいるのは人影は、赤い目を宿していなかった。

 代わりに、見覚えのある衣装を着た女性がのぞきこんでいた。

 三角帽。ネイビーブルーのマント。背中に背負っているのは、持ち手の部分が湾曲した木の杖。


(サッちゃん……!?)

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