Report 5 「あたり前」の先に(5)
「癸の役立たずめ……。情けで挽回のチャンスをやったのが間違いだった……」
そう言いながら麻枝は、賢治たちの方へ近づいてくる。右手の袖口からは、幾筋もの蜘蛛の糸が伸びていた。
「¡Fo!(チッ!)」
イソマツが右手で、〔バクチク〕の火球を放つ。
するとすぐさま、左手で右手の小指のつけ根から親指の付け根を握るように構え直した。そして――
「¡Hey, hey, hey, hey,――heyheyheyheyheyheyheyheyheyheyhey!」
ピンと伸ばした右手の人差し指から、オートマチックピストルのように続けざまにバクチクの火球が放たれた。
(……)
〔バクチク〕を打つイソマツを見て、賢治の脳裏にある光景が浮かび上がった。
焼け爛れた手。聞くに堪えない悲鳴――
精霊術が人を傷つける業であること、そしてその業を用いた戦闘への恐怖が、賢治を竦ませる。
吐き気が込み上げ、冷や汗が伝う。
「はあっ!!」
麻枝の力場が少し膨れ上がった。すると、彼の袖口からさらに多量の白い糸が飛び出してきた。
「¡Mierda(くそっ!)! 燃やし切れない!!」
その時、イソマツの爆炎のカーテンを潜り抜けた糸が賢治の身体と桐野の杖に絡みついた。
「うわっ!」
「くっ!」
「――《ホワイト・シャーマン》!!」
圭子の上履きのつま先が光り出し、白く光る円陣が足元に描かれる。そこから、道教の道士が着るような白い衣服に身を包んだ二体の人型の召喚精霊が、小刀を携えて飛び出した。
シュバッ!
二体のホワイト・シャーマンは召喚されるやいなや、蜘蛛の糸を切断して桐野と賢治を解放した。
しかし、であった。
「《凶ツ弾――MAX》!!」
麻枝の杖先に巨大な漆黒の霊弾が生成され、即座に発射された。
ボン! ボンッ!
《凶ツ弾》は二体のホワイト・シャーマンをいとも簡単に爆砕し、恐ろしい速度で賢治に迫った。
「《ディフェンシヴ・ドーム:シャドーキネシス》!!」
山吹がとっさに唱えた。
賢治たち五人と一匹の下に円陣ができて、そこから紫光のドームができあがる。
光のドームに《凶ツ弾》が接触する。
激しい電撃波が四方八方に飛んで、《凶ツ弾》は爆発した。岩石の破片を巻き上げ、砂を舞わせる。
(ぐっ、目に砂が――!)
賢治の目に砂が入った。
光のドームが守るのは、《凶ツ弾》本体と、その力場によって飛んだ岩石のみであり、舞い上がった砂の侵入を防ぐことはできなかった。
砂塵の幕の向うに、何か影が見えた。それは、すぐに大きくなって――
「息を止めてッ!!」
圭子が叫んだ。
影は、黒い煙だった。
各々が口元を手を押さえる。
(――あのときの毒霧だ!)
ドームが消え、圭子の杖先に緑色の円陣ができる。短縮詠唱で、風術系の呪文を発動させたのだ。
毒霧が押し返される。
だが、間に合わなかったようだ。
「ぐうっ、ケホッ」
圭子が咳き込んだ。麻枝の毒霧を吸い込んでしまったようだ。
そして手で口を押さえ、がら空きになった腹部に、何かが飛びこんだ。
地面から、泥で作られた蜘蛛が飛び出してきたのだ。
麻枝の〔土孕ノ仔蜘蛛〕である。
圭子は「がふぅ――」と空気を絞り出すような声をあげて、地面を二、三回転がった。
「先輩ッ!!」
賢治が叫ぶ。
イソマツが「……¡Mierda!(くそったれ!)」と毒づきながら〔バクチク〕で、〔土孕ノ仔蜘蛛〕を爆破する。
砂ぼこりと毒霧の二重の煙幕が晴れる。
麻枝が、数メートル先まで迫っていた。その進行方向に沿って、ボコボコと地面が盛り上がって泥でできた蜘蛛たちが生まれようとしていた。
「麻……麻枝」
圭子はひざまずき、だらりと垂れ下がる右肩をかばいながら弱々しくつぶやく。その目には、慕っていた人間に裏切られたことが決定的になったという、絶望の色が宿っていた。
「あ……う……」
毒が回ってきたのか、その場に力尽きて倒れてしまう圭子。
――ドクン。
賢治は、心臓の鼓動が異常に頭の中に響くのを感じる。
「うぐ――」
再び、吐き気が込み上げてきた。
戦闘への恐怖が再び襲う。
堪えきれなくなって、うずくまりかけたその時――
「やあ。青梅くん」
声をかけられた。
賢治は痙攣するように、驚いて後ろを振り向く。
そこには泰然とした様子で賢治に右手を差し伸べる麻枝がいた。
「麻枝ッ!!」
桐野が叫び、麻枝に杖を向ける。イソマツも同様に、麻枝に指先を向けた。
だが麻枝は全く気にすることなく、賢治だけを見つめていた。
「筒井先生……」
「さあ、僕と一緒に行こうよ」
「……は?」
賢治は、麻枝の言葉を疑った。
かつて家族に等しい付き合いをしていた人間が、目の前で傷つき倒れているというのに、当の麻枝は意にも介していないようだった。
「この馬鹿げた作戦に協力したことは、何とも思っていないよ。だって君の言っていることに嘘はないもの。何が正しいのか分からないんだろ? だったら、僕についておいでよ……」
麻枝のそれは、「自分が間違ったことをしている」という反省が微塵も感じられない、傲慢な純粋さが感じられる声色だった。
「……」
恐怖の悪寒に侵されていた脳内に、フツフツと何かが湧きあがってくるのを、賢治は感じた。
無意識に拳を固く握りしめ、カタカタと震わせていた。
「もちろん現世ちゃんも、小田くんも堺さんも一緒に来ていいよ。どうせみんな、『同盟』の連中に騙されているんだろ?」
「……アンタ。この先輩の姿を見て、何か言うことあるだろ」
賢治は麻枝にそう問い質す。
だが麻枝の返答は、賢治の怒りを全く組みとっていないものだった。
「うん? その『連合』の狗のことかい? 心配しなくていいよ。もちろん、それは始末しておくから」
――プチン。
賢治の中で、何かがキレた。
激昂した賢治は、杖を麻枝に向ける。
「――て、めえッ」
そして――
「てめえてめえ、てめえてめえてめえてめえてめええええッ!!!!」
「!」
先端が赤く光り、大小様々な火の玉が乱射された。
至近距離で《ファイアボール》を撃たれた麻枝は、対応する間もなく爆風に呑み込まれた。
膨大な土煙が舞い上がり、何も見えなくなる。
賢治は図らずも、《ファイアボール》の短縮詠唱を行ったのだ。それも、「連唱」の指示呪文を重ねがけするという高度な芸当をやってのけた。
もはや術や戦闘への恐怖は、完全に彼の中から消え去っていた。
だがそれは、けして望ましい形とは言えなかった。
「てめえこの野郎、この野郎てめえええッ!! たった一人、てめえを心配し続けた先輩をてめえはあああああッ!!!!」
怒りに我を忘れて、さらに《ファイアボール》を打ち込もうとする賢治。
彼は許せなかった。
圭子は心のどこかで、麻枝のことをまだ信じていた。
そうでなければ、諜報員としてのルールを破り、あんな無茶な行動をするはずがない。
それなのに、麻枝はその信頼を無碍にした。
信じてくれたものに報いる「責任」を、麻枝は放棄したのだ。
それが、賢治の逆鱗に触れたのである。
「やめるのだ賢治! 闇雲に呪文を唱えて、どうにかなる相手ではない!」
現世が制止の声をかける。
「うわああああッ!!」
だが賢治の耳には届かず、極大の《ファイアボール》を発射した。
激しい爆発が起こる。
視界は光と砂ぼこりで、完全に閉ざされた。
――ゾワッ。
何かが身体の中を通り過ぎた。
この異様な感覚に、賢治は怖気だった。
そしてこの恐怖は、いきり立った頭を冷やすのに十分だった。
賢治はこの感覚を以前にも体験したことがあり、次に恐ろしいことが起こると瞬間的に感じたからだ。
それは――
「賢治くん!」
イソマツが、賢治の前に飛び出す。
ビュバッ!
土煙の中から、無数の白い糸が伸びてきた。
糸はイソマツの右足を絡め取る。
同時にイソマツが、糸目がけて火球を発射した。
グギッ。
嫌な音が鳴った。
巻き戻る糸が、イソマツの足首を大きく捻ったのだ。
そして糸が焼切られた反動で、イソマツは勢いよく頭から地面に突っ込んだ。
「《オーバーグロウン・グレイトヴァイン》!!」
桐野が唱えた。
ビュバ、ビュバ、ビュバッ――ギチッ。ビィィィン!!
ビビッドな緑色の円陣から、多数のつるが飛び出して麻枝の糸を絡め取った。
「堺――イソマツが、イソマツが」
イソマツが、倒れたまま動かない。
地面にうずめている額からは、じわじわと血が広がっていく。
「現世。イソマツと、あと先輩を治療できる精霊を――」
「ダメだ、そんなヒマはない。わたしたちを置いて、現世をつれて逃げな」
賢治の言葉を遮るように、桐野が言った。
「お前、何を。このままじゃイソマツが――」
「うるさい! 誰のために、みんなが傷ついたと思っているんだ!!」
「――!」
血だまりに顔をうずめるイソマツ。
毒を食らって、苦しそうに伏せっている圭子。
(オレの――せい?)
その通りであった。
二人とも、賢治をかばってこうなったのだ。
現世の方を向く。
現世は、苦渋に満ちた表情を浮かべていた。それは暗に「桐野の言うとおりだ」と言っているようだった。
「さあ、早く行け!! わたしが糸を搦め取っている間に!!」
「そうはさせないよ」
頭上から野太い声がして、桐野と賢治は宙を仰いだ。
「「――」」
そして、言葉を失った。
落ちてきたのは、顔に八つの目、六本の腕に二本の足、四肢から胴体に至るまで筋肉が異常発達した異形の巨人だ。
――麻枝は今や、完全に蜘蛛人間と化していた。
(か……、怪物……ッ!!)
先ほど賢治が感じたのは、真祖帰りによって急激に増幅した霊力場であったのだ。
《オーバーグロウン・グレイトヴァイン》のつるに敢えて引っ張られることで高く跳躍することに成功した麻枝の巨体がいま、賢治たち目がけて落下する。
ドズゥゥゥン――
麻枝が着地すると、激しい振動が起こり砂煙が舞い上がった。
「うわっ!」
賢治はその衝撃を受けて、麻枝が因幡邸に訪れたときの光景が脳裏に浮かんだ。
麻枝はその足で、ブリキのバケツを踏み潰して変形させてしまったいた。つまりあの時点で、麻枝の体重は常識の範疇を遥かに越えていたということである。そして今、その体重に見合った姿に変貌を遂げたというわけだった。
さっきから漂い続けていた土煙がようやく晴れる。
そして――
「桐野!」
現世が叫んだ。
麻枝は、腋の下から生える第二の右腕と、肩から生える第一の右腕とで、桐野の両肩を握りしめていた。
「に……逃げ……、うぐっ!」
少しづつ絞められ、苦しそうに喘ぐ桐野。
だが麻枝は、そんな少女の悲鳴を全く意に介さず、賢治にこう語りかけた。
「……怖いだろう、青梅くん?」
暗い地下から響くような不気味な声色とは裏腹に、縦に割けて無数の牙が零れだした異形の口から放たれた言葉は、実に落ち着き払っていた。
「これが、『はじまり』なんだ」
麻枝は、あくまでも淡々とした口調で賢治を説得する。
「互いに異なる姿、異なる力、異なる考えを持った存在が出逢ったとき、何故争いが生まれるのか。これは多くの人文系の学者が頭を悩ませてきたけれど、突き詰めると必ずといっていいほど、実に単純なたった一つの答えに辿り着く。
――『恐怖』だよ。未知のものへの『恐怖』」
賢治はもはや、怒ることすら忘れていた。
ただただ、目の前の麻枝に圧倒されていた。
「しかしここで勘違いされがちなんだけれど、この恐怖というのは『武力』じゃあないんだ。もちろんそれもあるけれど、それは飽くまでも現象でしかない。もっと本質的な問題は――未知のものに触れて、自分の『何か』が変わってしまうことなんだ。
人間というのはね、基本的に『変化』というのを嫌がるんだ。それまであたり前だった幸福が、あたり前じゃなくなっちゃうかもしれない。その変化の恐怖に耐えられないんだよ」
「あたり……前……」
その言葉は、賢治をずっと苦しめてきたものだった。
「あたり前」のことが「あたり前」にできず、ずっと独りぼっちだった賢治。
「『変化』を拒むものと、『変化』を望むもの。その衝突が『戦争』なんだ。『変化』を望むものが敗北すれば、何も変わらないままだ。『変化』が定着するには、『変化』を望むものが勝利しなければならない。――もう言いたいことは分かっているだろうけれども、『変化』を拒むものが妖魔同盟や退魔連合など日本の術師界で、『変化』を望むものがマガツなんだ」
そこで、麻枝は一呼吸を置いた。
そして次に出された言葉は、賢治の胸の奥深くに突き刺さった。
「青梅くん。この前、体育会系の連中に絡まれていたときの様子を見るに、君はずっと『変化』を拒むものに苦しめられてきたんじゃないかな?」
「……!」
「彼らが求める『あたり前』をこなすことができずに、ずっと塞ぎこんで、日陰で生きてきたんじゃあないかな?」
ふと麻枝は、ずっと握りしめていた桐野の方へ視線をやる。
さっきまで抵抗していた桐野は黙り込み、指先だけがかすかにピクピクと痙攣するだけだった。
「さて……。静かになったね。着地した時に吐きかけた、〔蜘蛛毒霧〕が効いてきた頃かな」
そう言うと麻枝は、桐野の身体を賢治たちのかたわらに置いた。
桐野の顔は真っ青になり、呼吸は荒かった。手足が震えていることから、毒霧で末梢神経が冒されたようだ。
それから、うつぶせに倒れるイソマツの顔を覗き込んだ。
「うん。二人とも後遺症はないはずだから、少し休ませてあげてね」
「おぬし、どういうつもりなのだ!」
現世は、麻枝に食ってかかる。
「僕はね、飽くまでも君たちの意志で来てほしいんだ。だから、これ以上君たちの仲間に危害を加えて脅しをかけるようなマネはしたくないんだ」
「そんなこと、よくもぬけぬけと……」
「僕はね、魔導警察に入りたかったんだ」
現世の言葉を遮るように、麻枝は唐突に話題を変えた。
「術師界は発足以後、法的に亜人はヒトの術師と平等に扱われるし、亜人に対する差別を規制する法律は年々強化され、あたかも改善に向かっているかのように術師界政府は謳ってきた。ところが学校や職場のような閉鎖された環境だと、『教育』の大義名分で亜人が暴力や暴言を受けるようなことが、未だに横行しているんだ……。八重花塾も、そうだった。聞いたんだろう? その女から僕の過去を。
僕はこの状況を何とかしたいと思って、術師界の行政のなかで働くことを志望したんだ。青臭いだろう? ところが、そんな淡い夢はどす黒く塗りつぶされることになった。奈津美が本多とその取り巻きに殺されたことによってね」
「殺された……、奈津美さんは自殺したのでは?」
「殺されたも同然だッ!!!!!」
思わずつぶやいた賢治の一言に、麻枝は突然声を荒げた。
賢治は怯み、一歩後ずさる。
「……ん、申し訳ない。奈津美が自分に悪意を向ける人間から、心の考えを読み取れる術が、彼女の意志とは関係なく働いてしまう、ということは圭子から聞いたね?」
賢治は黙って、首を縦に振った。
「奈津美の術の傾向を知っていた本多たちは、それを逆手に取ったんだ。奈津美に考えを読み取られるタイミングに合わせて、強烈な悪意を彼女に向ける。そして、自分の心を読ませたんだ。『麻枝鐵亜季は亜人至上主義へ密かに傾倒していて、近いうちに塾長を殺害する計画を立てている』という、でっち上げの考えを頭に思い浮かべてね」
「そんなこと……できるんですか?」
「マインドコントロールだよ。本多は、超能力者をも手玉に取るほどの狡猾さな知性を持った男だったんだ。それで奈津美を、僕と圭子に気づかれないように呼び出し、わざわざ偽の証拠をでっち上げることまでやった。本多はつねづね、僕のことが気に食わなかったようだ。だからこうして、僕を少しづつ孤立させて追い込んでいくつもりだったんだよ。でも奈津美は、最後まで僕を信じて、潔白を訴え続けた。それが、本多の取り巻きの逆鱗に触れた。
ある日、廃ビルに呼び出された奈津美は、取り巻きたちにきつく詰られた。調子に乗った取り巻きは、圭子があげた合格祈願のお守りを奈津美から奪って、窓の縁に置いたんだ。それを追った奈津美は――ビルの外へ転落した」
「……!」
「皮肉なものさ……。僕は彼女を守っているつもりで、守られていたのは僕の方だったのさ」
麻枝の壮絶な過去に、賢治は言葉を失っていた。彼の語る経験は、賢治の想像力をはるかに超えて凄惨だったからだ。
麻枝は、独白を続けた。
「本多の父は魔導警察東海道・北陸道局の局長で、相州自治区の魔導警察は頭があがらない。この程度の事件を揉み消すことくらいは造作もない。そうして僕は、亜人至上主義に傾倒して世話になった山吹家に刃を向けるという、恩を仇で返した人非人という濡れ衣を着せられ、全ての社会的関係から切り捨てられた……というわけだ」
「……」
「僕はこの事件を通じて、連合と魔導警察がいかにズブズブかを身を以って知った。差別を生み出しているのは、退魔連合のなかにいる悪いやつなんかじゃなく、連合そのものなんだよ。そんな連中の仲間に、僕はなろうとしていたんだ。目をキラキラ輝かせてね。青臭いを通り越して愚かしいよ」
それまで淡々と語り続けた麻枝だったが、このときばかりは吐き捨てるような口調で言った。
「これが君の知りたかった、術師界における亜人の実情さ。どれだけ頑張っても、術師界は純血であるヒトのものだ。彼らに隷属する形でしか、存在を認められないんだよ」
「でも……。亜人でも、徳長先生みたいな人だって……」
「妖魔同盟はもはや、ヒトの側だ。亜人の味方じゃない」
麻枝は、はっきりとそう言った。
「アイツらは、自分たちの側につく亜人は保護するが、そうでない亜人に対してはひどく冷たい」
「そんなこと……」
「たった半月の付き合いで何がわかる? 大体、真っ先に君たちを同盟の首領のプライベートゾーンに置くという行動は、保護という名の囲い込みじゃないのか? 君のことを、本当に一人の人間として見ていたってどうして言えるんだい? 政治的な『道具』としてしか見てないとどうして言えるんだい?」
「……」
賢治は、もはや何を信じていいのかわからなくなっていた。
自分がいま立っている地面でさえ、自分を欺いているかのように感ぜられた。
「君に宿った力が何なのかを知るには、あんな『変化を拒むもの』の中にいちゃいけない。君は今までいた世界でも、『変化を拒むもの』たちの『あたり前』を押し付けられて、散々悩まされたじゃないか。知るというのは、自分自身が『変化すること』なんだから、そんなところにいちゃいけないんだよ。だからね、『変化を望むもの』である僕らと一緒に行くべきなんだよ。……」
麻枝はそう言って、第一の右手を賢治に差し出した。
「……」
賢治は虚ろな表情をした顔を、ゆっくりと上げる。
そして、麻枝の手を取ろうとした。
しかし、であった。
「それは違うぞ! 賢治!」
現世が、賢治と麻枝の間に割って入った。




