Report 5 「あたり前」の先に(4)
「チヂュッ、チヂュッ!」
賢治たちを先導するヴォラクが鳴いた。
魔装した賢治と現世は、出口を探すためにヴォラクを召喚したのだ。
光源は、圭子の唱えた《ウィル・オー・ザ・ウィスプ》である。ヴォラクのガイドと圭子の光源を頼りに、賢治たちは洞窟の中を進んだ。天井は徐々に低くなってきており、各々頭上に気をつけながら歩いた。
「青梅くんは、八重花塾のことをどれだけ聞いているのかしら?」
圭子が賢治に訊いた。
「えーと、山吹家が経営していて麻枝や本多が在籍していた。それで麻枝が本多を暴行して逮捕された、ってくらいです」
「そう。じゃあ私と麻枝の話に入る前に、少しだけ山吹家と麻枝家の話をさせてもらうわね。山吹家は今では西洋魔術の名家として知られているけれど、昔は陰陽道の家だったのよ。それで江戸時代の中期に、土蜘蛛の真祖であった麻枝家の祖先を調伏させたわ。それ以来、麻枝家は山吹家に仕えることになったの」
「ええと……。二つの家は主従の関係にあった、ということですね?」
「そういうこと。でも明治の世になって、山吹家が西洋魔術の研究に着手したの」
「戦前って、魔術は基本的に非合法だったんですよね?」
「その通りよ。でも貴族だった山吹家は、明治政府から直々に委嘱されて西洋魔術を研究することになったの。先の大戦では、軍部の主導する西洋魔術の軍事利用研究機関の運営に携わっていたというわ」
「へえ……、本当にすごい家系なんですね」
「……後ろ暗いこともたくさんやっていたらしいから、あまり褒められたものじゃないわ。戦後になると国際術師界共同体が、妖魔同盟を始めとした戦前に弾圧されていた亜人や魔術師たちが革命を起こして政権を奪取することがないよう、抑止力をつくることを日本政府に求めたの。それで日本は、戦前から魔術の研究を許されていた術師たちにその役目を任せた。そうしてできたのが退魔連合、というのはわかっているわね?」
「……はい。知っています」
「退魔連合は、治安維持や国家防衛のための実戦的な魔術の開発を山吹家に委嘱したわ。けれどもそれは、なかなか思うようにいかなかったの」
「どうしてですか?」
「当時の魔術は、豊富な霊力と高度な知識・技術を持ち合わせなければ使えないものばかりだったの。唯一、抑止力として期待できそうだったのは旧帝国軍が開発した魔道具くらい。でもそれも、終戦直前に設計書もろとも全て廃棄してしまったり、それを使える人間が戦死してしまったり……」
「ああ……。それでは、大規模な警察組織とかを作るのは無理ですね」
「そう。退魔連合の術師たちは、圧倒的多数であるその他の術師や亜人よりもずっと数が少ないから。いくら霊力・知識・技術を持ち合わせた選ばれしエリートでも、集団の力にはかなわないわ。――だから科学や軍事学のような、訓練が画一的かつ容易で、戦力を大量養成することができる技術が必要だったの。そこで私の曽祖父である山吹圭丞が目をつけたのが――リチャードソン学派が提唱した現代実践魔術だった」
ぴくり。
リチャードソンの名前が出て、賢治の片耳がわずかに動いた。
「曽祖父は現代実践魔術を研究し、それを戦闘技術として改良した、『魔導実戦術』を開発したわ」
「何だって……リチャードソンの知恵を、虐げられてきた亜人や魔術師を弾圧するための道具にするなんて!!」
賢治は、思わず大声を上げてしまった。
声が空間にわんわんと響いてこだました。
「馬鹿青梅! 己に聞こえたら、どうするんだ」
桐野が、囁き声で賢治に言った。
賢治はすまなそうに「ご、ごめん。つい……」と言った。
「……すみません。先輩に怒ってもしょうがないですよね……」
「気にしてないわ別に。……話を続けるわね。そうしてできた魔導実戦術は、その後につくられた魔導警察や魔導国防軍の主要な教練法として採用されたの。実戦術はそうして、術師界勃興期の反体制運動を鎮圧させるのに一役買ったわ。その実績を見込んだ連合は、もっと広く門戸を開けて実戦術を教授し、未来の退魔連合を担う人材を育てる機関をつくるよう、山吹家に要請したの」
「それで作られたのが、八重花塾なんですね」
「そういうこと。八重花塾が発足した当初は、7歳から25歳までの若手の術師に実戦術を教える教育施設で、戦前に体制側の術師だった家系の子どもを中心に勧誘したわ。その中にいたのが、麻枝家と本多家だったの」
「先輩も、塾生だったのですか?」
「私は塾長の長女という立場だったから、入塾する前からよく見学に連れられたわ。最初に来たのが四歳のときのことで……そのときに、麻枝鐵亜季と出逢ったの」
「先輩と筒井先生……麻枝って、結構歳離れていますよね?」
「うん。麻枝は私より十歳年上だった。最初は怖そうに見えたけれど……、話してみると、根は優しい、真面目な人だってことがわかったわ。それで私たちは、道場の外でも遊ぶようになって、いつしか『歳が離れた兄』のように慕っていたわ」
やはり賢治の思った通り、圭子と麻枝の二人は親密な間柄だったのだ。
「一方で本多将斗は……、優等生だったけれど、麻枝をはじめとした亜人の塾生に強く当たる、最低なヤツだったわ。だから二人は、しょっちゅう衝突していたの」
「そういうことだったんですね。それで暴行事件を?」
「うん。でも、麻枝が事件を起こした動機はそれだけじゃなく、決定的な切欠があったの」
「決定的な切欠?」
「それは、私と麻枝が仲良くしていた……ある亜人の塾生の女の子をめぐって。名前は、有坂奈津美。サトリという、超能力の名前を同じ種族名を持つ亜人の血を四分の一引いている子で、麻枝や本多と同い年だった」
「サトリ……」
「彼女、汎人界で育ったの。母方の祖父がサトリだったんだけど、祖母はそれを知らずに奈津美の母親を生んだのよ。祖父は彼女の母が生まれる前に行方不明になってしまっていて、母と本人がサトリの血を引いているのがわかったのは術師界へ入る前に検査したからなの。母はサトリの超能力がほとんど出なかったため、そのまま気づかず汎人として暮らし、結婚して奈津美を生んだの。でも父親は人格面に問題がある人間で、奈津美と彼女の母に暴力を振るうようになったらしいわ。母親は自殺しちゃって、彼女だけが生き残って、父親の虐待を堪えていたところを児童相談所に通報され、さらに術師界行政府の未登録術師対策局局員に救出されたの……」
「……!」
その話を聞いて、賢治は数日前に麻枝が因幡邸でした話を思い出した。
……魔導高校まで一緒だった友人が亜人のサヴァイヴァーでね……。小学校まで虐待を受けながら育ってきたんだけど、局員に保護されて里親に出されたんだ……
……だけど、そういうひどい過去を負って途中から術師界に入ってきた子ってのは、大変なんだよ。幼い頃の経験が違い過ぎて周囲に馴染めないし、勉強についていく力もなければ意欲も湧かない。養護施設なんかだと魔導高校までしか面倒みてくれないし、里親に引き取られたってこの不景気じゃ私立の魔導大学まで行くのは難しい。だから、大抵のサヴァイヴァーは学歴もなく、就職もままならなくて、貧困層に陥る。僕の友人の里親はある程度の中流層で、本人も努力したから進学校にいけたけど……、そういうのは稀なケースだ……
(麻枝が言っていた友人のことだ……!)
「すごくいい子で、熱心に訓練にはげむ姿には師範である父にも大いに気に入られていたわ。成績も優秀で、日本術師界の最高学府である日本魔導大学への進学を希望していたわ。 でも周囲の人間は、亜人に対する差別意識に加え、その超能力で『心を読まれるんじゃないか』って気味悪がった。〔サトリ〕は数ある超能力の中でもコントロールが難しい部類なの。奈津美もそうで、結局力場のコントロールは完全にはできないままだった。〔サトリ〕は個人差があるのだけれど、奈津美は『自分に対して悪意を向ける人間』に対してその能力が自動的に発動する傾向があった。だから、悪意を向けると奈津美が無意識に反応するものだから、それを面白かった本多とその取り巻きが少しづつ、ちょっかいを出してくるようになって……」
「麻枝はどうしたんですか?」
「もちろん止めたわよ。私も一緒になって。それで、あっちも手を引いたような素振りを見せていたんだけれど……、水面下でもっと事態は深刻なことになっていたみたい。
……奈津美が十八歳のとき、彼女は自殺したの」
「……!!」
「廃ビルから飛び降りて……。即死だったみたい。その手には、私がフェルトで作った合格祈願のお守りを握りしめて……」
明朗だった圭子の声が、かすかに震えた。
「本多は証拠がなかったから、何も責任を問われることはなかった。でも、麻枝の方は違った。奈津美のことで本多を問い詰めて、殴ってしまった。それに加えて、ある思想の偏向が伺えるものが見つかったの」
「ある思想……?」
「亜人至上主義よ」
「!」
……僕は、自分が今まで何も知らなかったことを教えられた。サヴァイヴァーの子たちは、口にするのもはばかられるような仕打ちにあってきたケースも多い。そんな人権侵害が人知れずに起きている……、こんな間違った現実は正さなきゃならない。一人ひとりの力は弱いけれど、みんなで考えればきっと理不尽は打ち崩せる! そうした変革の機械の歯車に、僕はなりたいんだ。
――ああ、申し訳ありません。つい、力が入ってしまって青臭いことを……
賢治は再び、麻枝の言葉を思い出す。
あの興奮した喋り方は、凄惨な過去に裏打ちされたものだったのか。
「まさか麻枝はその頃からマガツに……!?」
「わからない。けれども麻枝のロッカーからは、過激な思想への傾倒が伺える書籍が見つかったり、その手のホームページへのアクセス記録が発見されたそうよ。決定的だったのは、私と私の父を含めた山吹家の人間の殺害計画が文書の形で見つかったことだったの」
「そんなもの、本多のでっち上げでは……」
「わたしもそう思っている。けれども麻枝家は山吹家に平謝りで、鐵亜季の言い分を全く聞かずに勘当したの。父も最初は鐵亜季を信じたかったようだけれど、証拠もあがっているし、鐵亜季を破門にしたわ。このことを知るのは、山吹・麻枝・本多の三家とごく一部の関係者だけよ。そうして全ての関係を断たれた麻枝は、暴行の罪で魔導少年院に入った。そして出所後、姿を消した……」
「……」
「私も十三になると、連合の諜報員としての訓練を受けさせられて……、忙しさで彼の記憶は、いつしか薄れていったわ。――いや、忘れようとしていたのかもしれない」
「先輩……」
「十六歳になると正式に諜報員として、五色高校へ派遣されたの」
「……そして昨年の四月に、麻枝と再開した。と、いうことですか」
「――氷の手で心臓をわしづかみにされた気分になったわ。名前は違っていて、あっちが気づかないフリしても、私には一目でわかった。私は連合本部に連絡して、麻枝が姿を消してから何をしていたのか、足跡を辿ったの」
「それで筒井夏彦が麻枝鐵亜季だと突き止めて、今日行動に至ったわけですね」
「そう。……でも実は、私の役目はあくまで監視であり、実力行使は越権行為なのよ」
「! それじゃあやっぱり、先輩はまだ麻枝のことを……」
「……そこは、ご想像にお任せするわ」
その時、ヴォラクが立ち止まって飛び跳ねた。
「チヂュ! チヂュヂューッ!!」
《ウィル・オー・ザ・ウィスプ》の光球を前に持っていくと、どうやら広い空間につながっていることがわかった。
「出口が近づいているのかもしれぬ。行くのだ!」
現世が言うと、一行は胸を高鳴らせながら前に出た。
「わあ……、何だこれ」
賢治が思わずつぶやいた。
だだっ広い空間の中央に、ものすごく太い石の柱が高い天井と地面をつないでいる。
周囲を少し散策すると、賢治たちが出てきた出口を含め、四つの通路があった。
「何か……、自然に出来たって感じがあんまりしないな……」
「明らかに人の手が加えられているよねえ。しっかし、ここどこらへんなんだろ。僕らも来たことないからわかんないや」
「五色高から、そんなに離れていないと思う……。汎人界の地下なんじゃないかな」
賢治、イソマツ、桐野がそれぞれに感想を口に出した――その時、だった。
ドンッ。
賢治が、山吹にタックルされた。
「え!? 先輩、なにを――」
そう賢治は言いかけて、そして止めた。
賢治のすぐ頭上を、白い糸が通過したのだ。
「ヂヂュ――ウゴッ」
――ゴキリ。
賢治を通り過ぎた糸はヴォラクを捕らえ、首をねじ曲げた。
「ヴォラク!!」
現世が悲鳴をあげるも、遅かった。
ヴォラクの身体を両断するように召喚陣が浮かんで、光の粒子と化して消えた。
ダメージが許容量を超えて、集合的幻想域へと強制帰還されたのだ。
「己だ!!」
桐野が声を上げる。
賢治たちから20メートル先に、己もとい麻枝の姿があった。




