Report 5 「あたり前」の先に(2)
昨日の夜9時過ぎのことである。
現世の歓迎パーティも終わり、片づけに入っていたときのことだ。
徳長と、桐野とイソマツの三人が来訪してきたのである。
「夜分遅く申し訳ございません。青梅さんも交えて、ご相談したことがあります」
徳長がそう言うと、賢助は彼らを応接室に招いた。
応接室は広く、かつて貴族だった頃の栄華を感じさせる豪華な調度品で設えられている。
徳長はベージュのジャケットの懐から、耳栓をした耳のミニチュアを取り出して、大理石のテーブルの上に置いた。
「『不聴耳』という、術による盗聴を防ぐ魔道具です。念のために使用することをお許しください」
「それは構いませんが、今夜はどのようなご用件で……」
動揺する賢助。
対して徳長は、平静を保った様子で本題を切り出した。
「先日、現世さんと賢治くんを襲ったマガツの幹部である『己』の正体がわかりました。……青梅さん以外、ここにいる人が全員知っている人物です」
「何だって……! 一体、何者なんですか!?」
賢治が驚いて、目を見開いた。
けれども徳長がこれから口にする名前は、さらに賢治を驚かせるものだった。
「五色高校のスクールカウンセラーである筒井夏彦です」
余りにことに賢治は、数秒のあいだ声が出なかった。
(筒井先生……?? 嘘だろ?? たしかに、体格は似ているが……)
「賢治の通っている高校の……!? そんなところに、テロリストが潜伏しているということですか!?」
沈黙を破ったのは賢助だった。
「その通りです。ですから賢治くんの生活を守るためにも、一刻も早くこの男を捕らえなければならないのです」
「ちょ、ちょっと待ってください! いつから、怪しいと思っていたんですか!? というより、何で怪しいと分かっているのに家に入れたりしたんですか!?」
「賢治くん、ちょっと落ち着いてください。順を追って話しますから」
徳長は、全員に納得してもらうための説明をした。
事の始まりは昨年のことである。魔導教育省より五色高に派遣されている筒井に、徳長が接触を図ったのだ。
「地理的に術師界に近く、かつ多くの人が集まる場所というのは、術師界成立以前から関わりが深く、現代までもその影響が残っているところが多いのです。そういう場所には、カルト宗教や過激派などの反社会的な術師結社が潜伏し、諜報や破壊活動といった工作をすることがあります。そして五色高もそのような場所の一つなのです。新任教師などで、少し疑わしい人間が入ってくる度に、私は害のある存在かどうかを調べることにしているのです」
(なるほど……。それで徳長先生は、術師界の大物の側近というそれなりの地位がある術師であるにも関わらず、汎人界で教師なんかやってんのか……。徳長先生はいわば、防波堤の役割を果たしているというわけか)
「そして――私の手のものに、筒井の経歴について探りを入れさせたところ、不審な点がいくつも見つかりました」
「不審な点ですか?」
「はい。長くなるので結論から言いますけど、本省採用の際に提出された書類が偽造されたものだったんです。経歴も虚偽のものでした。彼はサルベージャーの業務でスクールカウンセラーとして潜伏するに当たって必要な資格など、実際は持っていません」
「……どうやってそんなもの分かったんですか」
賢治は眉間に皺を寄せた。中央省庁の正規職員の個人情報に関わる書類など、厳重に保管されているに決まっているし、情報を漏らす人間などまずいないだろう。
「それについては伏せさせてください。ともかく疑わしいと思った私は思い切って、彼に接近してみました。そうしたらあっちも反応してきたので、しばらく泳がせていたのです」
「でも、公的機関を騙し通して潜伏できるようなやり手なんでしょう? そんな口が堅そうな相手から、どうやって手がかりを引き出したんですか?」
「私は彼に対して、様々な地域の話をしました。その中で、彼が余り深く話したがらない地域について、何か手がかりがないかを調べたのです」
「うわあ……、気が遠くなりそうです。術を使えばいいんじゃないですか?」
「賢治くん、精霊術は万能ではないのですよ。術の力場というのは指紋と同じように、人それぞれにパターンがあってですね、その場に残ってしまうのです。『霊紋』と呼ぶのですけどね。これを隠すには、力場の霊紋を残さないようにしてくれる他の術を併用するしかありません。いずれにしても、相手に気づかれるリスクをゼロにするというのはほぼ不可能です。だから私は、泳がせる対象には術を極力使わず、こうした原始的な方法で探りを入れることにしているのですよ」
「大変ですね……」
「まあ、全国に存在する術師界の特別指定自治区は67箇所だけでありますので、汎人界での捜査に比べればまだラクな方です。ただそれでも、かなりの時間は要しました。しかしこの間、筒井とよく似た体格の己を目の当たりにし、『土蜘蛛の亜人』という情報が手に入ったことで、一気に彼の正体へと近づくことができたのです。あれほどの使い手を輩出する土蜘蛛のの家系は、限られますからね。そこで、先ほど申しました地域の情報と合わせると……ある一人の人物が、引っかかりました」
一呼吸おいてから、徳長は言う。
「麻枝鐡亜季。神奈川県にある相州自治区を拠点する土蜘蛛の一族・麻枝家当主の次男です。10年前に障害事件とを殺人未遂事件を起こして魔導少年院に入れられています。その被害者が、本多将斗と彼の取り巻きだった魔導女子高生二名です」
「本多だって!? 元〔鍵〕候補者でマガツに襲われた!?」
被害者の名前を聞いて、賢治は驚きの声をあげた。
「そうです。麻枝と本多は、相州自治区にある八重花塾という現代実践魔術の私塾に通っていた同期でした。二人の詳しい関係や動機についてはまだ調査中ですが、もし麻枝と己が同一人物だとすれば――本多を拷問して『門』の情報を吐かせたのは十中八九、麻枝でしょう」
「なんていうことだ……、被害者と加害者の間には既に接点があったということですか」
「そういうことです。麻枝は6年前に魔導少年院から出た後、日雇い派遣などで食いつないでいたようですが、消息不明になっています。存命していたら今年で28になりますね」
「28……。筒井先生もそのくらいですね」
「五色高に提出された履歴書には30と書いてありましたが、おそらく虚偽でしょう」
(なんということだ……。筒井先生が……)
「筒井――麻枝もとい己は、近いうちに間違いなく行動を起こすでしょう」
その時、賢助が不安の声をあげて徳長に訊く。
「そんな……。何とかならないんですか、徳長さん」
「賢治くんの身は、我々が全力を挙げてお守り致します。そのためには、ここで確実にテロリストを潰しておく必要があります。そのため私どもは既に、策を用意しております」
「策、ですと?」
「はい。それには、賢治くんの協力が必要です」
賢治は目を丸くした。
「え、オレに、ですか?」
「賢治くんは明日、昼休みに麻枝と接触を図ってください。陽動をしかけます」
「それは……、ボクに釣り針になれということですか?」
「早い話が、そういうことです」
「そんなことは認められない!!」
賢治が徳長の案に耳を傾け始めたとき、賢助が立ち上がって抗議の声をあげた。
「危険すぎる! 賢治の身に何かあったら、どうする!」
「青梅さん、お怒りはごもっともです。大切なご子息を危険な目に遭わせたくないというのは当然のことですし、私どもも賢治くんの身の安全は全力で守ります。ですから、もう少しだけ話をお聞きください」
徳長にそう説得されて、賢助は不承不承黙り込み、椅子に座り直した。
「まず賢治くんは、麻枝が活動拠点としている相談室の扉を叩いてください。それから麻枝に対し、こう相談を持ちかけるのです。『術師界や精霊術が怖くなった』と」
「精霊術が……ですか?」
「はい。反社会的集団の勧誘というのは、自分の置かれた状況に何かしらの不安を抱いていたり、新しい環境にまだ慣れていなかったりするような人間に対して、行われるものなのです。大学の新入生をカルト宗教の勧誘員や過激派のオルガナイザーが狙っているというケースは、この典型例ですね。だから、賢治くんの側からそういった話を持ちかければ、麻枝はあなたを『マガツ』に誘ってくることでしょう」
徳長の言わんとしていることは理解できた。
「師匠から聞きましたが、賢治くんは昨日、神社で鳥海璃亜に捕まったことと、またイソマツくんが彼女に対して取った行動に対し、ショックを受けたそうですね」
「……!」
賢治は、ぐっと胃からこみあげてくるような感覚を覚えて口元を手で押さえてしまう。
あの、鳥海の焼き爛れた手がフラッシュバックしてしまったのだ。
「嫌なことを思い出させてしまって、申し訳ありません。しかし、この経験は麻枝を騙すのに、効果的な材料となります。実際に賢治くんはいま、術に対して恐怖を抱いています。このことはウソではありませんから、信憑性は増すでしょう」
「はあ……。それで、オレが相談を持ちかけるふりをして、その後はどうするんでしょうか」
「この魔導具を使って、合図をしてください」
そういって徳長は賢治に、バッジほどのサイズしかない法螺貝の魔導具を渡した。そして同じ魔導具をもう一つ、徳長は別の手で掲げた。
「『法螺械』という魔導具です。横にある、小さな赤いスイッチを押してみてください」
賢治は言われるままに、法螺械のスイッチを押す。
すると徳長の持っているもう一つの法螺械からボォ~、という汽笛のような音が鳴り響いた。
「麻枝が正体を明かして勧誘を持ちかけてきたら、すぐにこのスイッチを押して相談室から飛び出してください。桐野さん、イソマツくん、現世さんの三人は、相談室の近くで見張っていて、賢治くんが出てきたらすぐに保護してくださいね」
徳長に名指しされた三人は、各々が返事をした。
「賢治くんが部屋から出たら、真下の被服室で待機している私が風の刃で床を切り取り、麻枝だけを落として捕らえます」
徳長の提案は、先ほどの説得力を打ち消すほどの大胆なものだった。
賢助が大口を開け、「信じられない」といった目を徳長に向けた。
「床を切り取るだと……。そんなことをして、万が一その風の刃とやらが賢治に当たったらどうするんですか」
「私は天井の上にいる人間の霊力を感知することができますし、この術のコントロールはミリ単位でできます。ですから決して、賢治くんが傷つくことはありません。相談室に突入して戦うには狭すぎますし、また賢治くんを人質に取られる危険性がありますから、これが最も安全かつ確実に麻枝を捕らえられる作戦なのです」
「……本当に、賢治には危険が及ぶことはないのですね」
「賢治くんの身の安全は、私たちが全力でお守り致します。――青梅さん。何卒、お聞き入れ頂きたく存じます」
賢助は苦渋の満ちた顔を浮かべつつも、徳長の提案を受け入れた。
徳長たちは礼を述べ、その場を辞去した。
――そして時間は翌日、月曜日の昼へ戻るのである。
★
賢治の方へにじり寄る、筒井。
(……今だ!)
カチッ。
賢治は「法螺械」のスイッチを押して、扉の方へ駆け出そうとした。
(――!)
その時、扉が突然開いた。
突入の手筈はなかったはず。開けたのは、桐野かイソマツか。
だが、そのどちらでもなかった。
「離しなさい!! この『同盟』の狗がッ!!」
扉の向こうにいたのは、何故か桐野とイソマツに引っ張られて足を引きずっている橙崎だった。




