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Report 4 清丸町(3)

「あの膨らんだ丘が星刻丘! かたわらにそびえる高層ビルが(まる)とぴあ! ビル街の間を縫うように走るアーケードが一丁目商店街! でっかいドームが、飛行箒(ホバーブルーム)の免許を取得するための円島飛行箒演習場! 丘の向こうに見える高台の森は、日輪山と月輪山を分かつ隠水(こもりず)の森!

 そしてこの、土日大いに賑わう施設が……、術師界トップクラスのシェアを誇るアイアン・ホールディングス直営のショッピングセンター、アイアンモール円島なのだっ!」

「げ、現世。分かったから座れ! 揺れるっ!」


 現世は、ゴンドラの窓の外に見える景色を賢治に説明する。アイアンモール円島の屋上遊園地にある観覧車からは、清丸町の風景を一望することができた。


(――なんか、円島市より全然栄えているじゃん。これも因幡さんの威光ってやつか? 「清丸町」って名前も、因幡さんの名前から取られたらしいからな)


 清丸町は、一丁目から四丁目の四つの区画から構成されている。

 月輪山の麓に通る汎人界と術師界をつなぐ図角(とがく)トンネルを抜けてすり鉢上の道を左に下ると、そこが一丁目になる。

 一丁目の南側はオフィスビル街であり、清丸町の商業拠点である。産業道路には産官学複合施設である円とぴあを始めとして、大小のオフィスビルが立ち並ぶ。それを縫うように走るのが一丁目商店街であり、清丸町が妖怪や拝み屋の宿場街であった頃からの古い伝統を持つ。北側は住宅街であり、飛行箒演習場やアイアンモール円島がある。

 北東部の二丁目は、やや畑や水田などが目立つまさしく郊外といった風景が広がっている。公共施設や学校、病院などが多い。因幡邸があるのも二丁目である。

 北西部の三丁目は倉庫や工場が立ち並ぶ、工業団地であり流通団地である。月輪山の図角トンネルに対して、日輪山の四辺(よつべ)トンネルは国道134号につながっている県道888号にそのままつながる。このルートは、自治区内の産業における主要な物流経路となっている。

 南西部の四丁目は二丁目と同じく自然豊かな住宅街であるが、九品川や森林が広がり、二丁目以上にのどかな場所となっている。しかし近年では土地開発が進み、移住者を対象としたようなタワーマンションや団地の建設計画が進んでいる。古くから住んでいる住人とは、自然資源や景観、日照権を巡っての対立も深まっているのだという。なお桐野の通う県立清丸魔導高等学校は、この四丁目にある。

 そして清丸町以外については、自治区の西側に金長村(きんちょうむら)という小さな農林地帯がある。清丸町と金長町の間には、日輪山と月輪山の谷間に広がる隠水(こもりず)の森があり、普通はこの森越えをすることはなく、月輪山の峠に引かれた道路を通って通行する。


「初めて見たときはびっくりしたけど……。車に代わる乗り物というにはちょっと少ないな、飛行箒」


 賢治が、空を飛ぶ飛行箒を見て言った。

 現在飛んでいるのは五十機足らずだ。汎人界でこの規模の街であったら、間違いなく常時千台近くの自動車が走っていることだろう。知識を得ると見え方も変わってくるものだ。


「トラックのように大荷物は運べんしな。だが涼ちゃんやいっちゃんの話だと、いわゆるバブル(・・・)のときは高い飛行箒が大学生の憧れの的で、もっと飛んでいたそうだ。けれども不景気の現代では、維持費や税金が大変な割に飛行できる場所が少な過ぎるため、お金持ちや仕事で使う人、あるいは近くに買い物できるところがない所に住んでいる人くらいしか、持たなくなってしまったのだ」

「へえ……。この街だけだと景気良く見えるけどな」

「術師界といっても日本の一部だからな。不況なのは同じことなのだ」


 その時、賢治の脳裏にある光景が浮かんだ。



 ……

 …………

 ………………


 滝のような雨。濁流に流される自分。

 樹の枝にしがみつくが、今にも折れそうだ。

 その時、差し出された右手。

 賢治は手を取り、引き上げられる。

 彼を助けたのは、宙に浮く箒に乗った女性だった。……



「……ウッ!」

「ど、どうしたのだ賢治! 酔ったのか?」

「い、いや。大丈夫だ、何でもない」


 現世の声に賢治は、我に帰る。だが頭はまだ、残像のように鈍い痛みが残っていた。


(……また、あの人だ。久しぶりに見たな……。何なのだろう、この記憶は……)


 気づくと、観覧車は地上に降りていた。


「ただいまなのだー!」


 賢治と現世がゴンドラから降りると、イソマツと桐野が待っていた。


「屋上に観覧車とか昭和かよ……。アミューズメント施設がどんどん屋内になってる今日び、こんなとこ珍しいぜ」

「そりゃ~、この町の目玉だからねぇ。ずっと昔、鉄急(てっきゅう)百貨店(ひゃっかてん)って名前だった頃からあるらしいよ」

「社名を英語に変えて、デパートからショッピングセンターに移行か……。やっぱり術師界も、汎人界と同じで世知辛いのな」

「さ、さ! 次いくぞ、次!」


 現世が、賢治の紺色のウインドブレーカーを引っ張る。


「ええ……、まだ何かやるのかよ」


 あれから無人の青梅邸に荷物を置きに帰った賢治と現世はすぐに出発し、着替え終わった桐野とイソマツと因幡邸の前で合流。そうして清丸町へと繰り出した四人が、真っ先に向かったのが、このアイアンモールであったのだ。

 現世やイソマツが主導になって、色んな店を見て回った。そのほとんどは、汎人界のショッピングモールに入っている店と変わらないような感じで賢治は少し拍子抜けしたのだが、現世が「だったらここの名物、屋上遊園地を見せてやろう!」といったため、ここへやってきたのだ。

 水術が仕組まれている水鉄砲で炎の形の的を狙う魔導消防士ゲーム。風術がかけられているサイコ・エアホッケー。汎人界でもおなじみ『ドラムの達人』――だが、収録曲が術師界のポップスで占められているヴァージョン。ワニ叩きならぬワイバーン叩き。火術による熱発電(中央の軸の中でメラメラ燃え盛っているのが、耐熱ガラスを通して見られる)を原動力にしている火車観覧車(ひぐるまかんらんしゃ)。――散々遊び尽くして、今に至るというわけだ。


「二人とも、あれなんかどう? ――¡Ay(アイ)!(うっぷ!)」


 現世と賢治はイソマツの顔面目がけて、入り口に立っているピエロから貰った風船を投げつけた。

 イソマツが指差したのはカラフルなソフトビニールでできた小さな遊具で、明らかに幼児向けのアトラクションだった。


「馬鹿にするな! 現世はもうそんな歳じゃないぞ!」

「背の順四番目が、たった11センチでかいからっていい気になってんじゃねえ!」


 すると桐野が、口を挟んできた。


「ねえ、それよりお腹空かない? もう一時過ぎてるよ」

「いや……。ここに来るの遅れたの、半分以上堺のせいなんだけど……」

「は? 何それ?」


 片方の眉を吊り上げ、桐野は威嚇する。

 賢治は一瞬「ウッ」とたじろいだが、反論を続けた。


「に、二階のファッションフロアに立ち寄ったとき、通る店通る店で堺が現世に試着させたからこんなに遅れたんだろ!?」

「ぐっ……!」


 賢治はこの数日で、桐野が突かれると弱るパターンをつかんでいた。それは、現世に関わる事柄だ。

 桐野は、現世愛しさに時おり暴走を引き起こす。そのことは本人もある程度自覚しており、このことをツッコまれると狼狽するのである。


「そーだそーだ。現世はリカちゃん人形ではないぞ。ぷんぷん」

「げ、現世……」


 頬を膨らませる現世に対し、弱腰になる桐野。

 賢治は、流れが自分に向いていることを感じて追撃をしかける。

 (なるほど、これが『調子に乗る』ということか)、と賢治は心の中で思った。


「サイズ合わなくて余った袖を振り振りしている現世を見て、鼻血を噴き出しベンチで休んでいたのは、どこのだーれだったっけ?」


 唇を噛み、悔しそうな表情をする桐野。

 今回のケースは現世の不興を多少買っていることもあり、桐野の形勢はかなり不利に陥っていた。


(よしいいぞ。冗談も雑談も苦手だったオレが、史上最大にコミュ力を発揮している……!)


 だが昇り調子だった賢治は、桐野の反撃により突き落とされることになる。


「そ、そ、そ……そんなこといったらアンタだって本屋では、はしゃぎまわる狒々(ひひ)山の狒々状態だっただろッ!!」

「あ、あれは……ッ!!」


 モール三階に店舗を構える大手書店「グリモワール・バザール」には、汎人界には流通していない書籍がたくさん売っていた。その中には、賢治の知らないリチャードソンの著書もあった。

 賢治は半ば恍惚の状態で、予算の許す限り著書を購入した。さらに術師界でしか発展していない哲学の分野、魔導哲学(まどうてつがく)に深い関心を示して、この研究者はどういう人物だ、この概念はどういう意味だと、この文章にはどういう意図があると思うかだとか、桐野を質問責めにした。

 だが、いくら術師界でトップクラスの成績を誇る桐野とはいえ、まだ高校一年生だ。専門でもない哲学のことを訊かれても、答えようがない。すると賢治はその度に、「汎人界の哲学ではこういう分野があって、こうこうこういう理論と類似性がある」などと説明し出して食い下がるのだから、桐野からすれば溜まったものではなかった。


「あの一時間でどれだけ、プラトンだアリストテレスだデカルトだカントだヘーゲルだ、聞かされたと思ってんだッ! いい加減にしろッ」

「いや、それはその、必要な説明で」


 賢治はこの反撃にしどろもどろになる。形勢は一気に逆転した。


「ンモー、仲良くなったからってじゃれついちゃって」


 そんな二人に、イソマツが茶化すように言った。

 蹴々(げげ)んっ。


「「ざけんなっ。誰がこんな奴と!!」」


 賢治と桐野は同時にイソマツを蹴っ飛ばし、互いに指差しあいながら怒鳴った。


「……息、ぴったりジャン」


 現世はそのとなりで、きゅるきゅるとお腹を鳴らしている。




   ★


 術師界のサイゼリヤと呼ばれているファミレス「魔女の大窯(ウィッチーズ・ケトル)」で遅い昼食を済ませた後、四人はアイアンモールを出て四丁目の方に向かった。

 先ほどの賑やかさとは打って変わった、閑静な住宅地に入っていく。晴天の下で無人の住宅街を通るというのは、どことなくものさびしさを覚えるものだ。


「¡Ea(エア)!(そら!) あそこさ!」


 イソマツがそういって指差したのは、古びた木造建築の家だった。

 看板には「駄菓子 いけだや」と書かれている。入り口にはペンキのはげたベンチ、日焼けして何が入っているのか分からないガチャポン、金属部分が錆びまくったアーケードゲームの筐体(きょうたい)などが設置されていた。

 中は薄暗く、いたるところに商品が陳列されている。むき出しのおもちゃのいくつかは術がかけられているようで、ひとりでに動いている。


(こういうところ滅多に行かないからなー……、いいっ!?)


 店の奥には、ギョロリと目を剥くおばあさんがちょこんと座っていた。

 ここの店主らしい。眉間には深い皺が刻まれたまま、微動だにしない。


「おばちゃーん、お会計」


 いつの間にか買い物をすませていたイソマツと現世が、商品を店主の前に差し出す。明王像のミニマルヴァージョンのような店主は、ぷるぷると震える指でレジを打つ。

 二人が大量に買ってきたのは、魔法の(キャントリップ)駄菓子(・キャンディ)と呼ばれるものである。中には一見して汎人界でもよく見る懐かしの駄菓子と同じように見えるものもあるが、やはり何らかの術が仕込まれているのであろうか。

 四人はベンチに腰掛けて、駄菓子を開けてみる。


「賢治、ほれ」


 現世がそういって賢治に差し出したのは、何の変哲もない板チョコだった。賢治は差し出されるまま、それを折って食べようとした。

 ガシャン! ガラスが割れる音がした。


「え!? な、な!?」


 賢治はキョロキョロとあたりを見回す。しかし、どこにも割れたガラスなどはなかった。


「ははは。これは『萬音(ばんおん)チョコ』といってな。折られたり砕かれたりするたびに、あらゆる音が鳴り出すのだ。何の音がするかは、折ってからのお楽しみだ」


 バキン、べちょっ、ピ~ヒョロロ、グワシャッ、ブロロロロ、メメタァ。

 現世が食べてみせると、本当に色々なSE(効果音)が鳴り響いた。


(……う、うるせえ)

「賢治くん、ふーッ」

「ひゃッ! 冷てえ!?」


 賢治は耳元に、冷気を吹きかけられた。


 「ひみつさくせんゴーグル」と書かれたタグのついた暗色ゴーグルをつけながらイソマツが「あはは。これさ」と、笑って言った。


「『雪女の吐息』……?」


 イソマツが右手に持っているのは、チューブに入った水色のアイスだった。


「そう。食べると一定時間だけ〔凍息(とうそく)〕の能力が使えるようになるんだ。すごく弱いけどね。――キリちゃんにも、ふー」

「やったら、その舌もぎ取る」


 アーケードの格闘ゲームに興じる桐野が、画面を目にしたまま言った。筐体(きょうたい)のスピーカーから「Excellent! Ranked 1st!」という音声が流れる。


「本当にゲーム上手いんだな……」


 賢治が横から、感心そうに言った。

 賢治のつぶやきに気づいたらしく、桐野がこちらに視線を投げかけてこう答える。


「いっとくけど、涼二先生はこんなもんじゃないからね」

「徳長先生もゲームやるのか!?」


 爺むさいカラーリングの服装がよく似合う普段の徳長からは、結びつきにくい趣味だった。


「……引き取られる前のことさ。家出して立ち寄ったゲーセンで、涼二先生に見つかってね。『ゲームに負けたら帰ってもらう』って言ってきやがったから、やれるものならやってみろって受けて立ったんだけど……手も足も出なかった」


 「KRN」とネームエントリーを終えた桐野は身体を九十度曲げて、錆びついた丸椅子から立ちあがった。


「それから、さらに一悶着あってわたしが術師だってことがバレてね。術師として教育を受けるために徳長先生のところでお世話になることを、当時の養父母が許可したんだ」

「そうなのか……ん?」


 ふと横に目をやると、現世が物欲しそうな目で何かを見ていた。

 それは、水干(すいかん)と呼ばれる平安時代の貴族が着ている服に身を包んだ男のフィギュアだった。


「なんだこれ? あばれんぼう……おんみょうがしら?」

「これは『暴れん坊陰陽頭(おんようのかみ)』と読むのだ。『陰陽頭』とは平安時代の日本にあった官僚職で、陰陽師のリーダーのようなものだ。三十年前から関東魔導テレビで放送されている人気時代劇でな。平安京に起こる不思議な事件を、安倍清明(あべのせいめい)の次男である陰陽頭・安倍吉昌(あべのよしまさ)式神(式神)の力を借りて解決するというのが、毎度のパターンなのだ」


 現世は右手で刀印を結んで、「きゅーきゅーにょりつりょー! ほあーっ!」と決めセリフらしいことを叫んで、決めポーズをとった。


「はあ……。で、これいくらするんだ?」

「これは、商品じゃなくて『舐めクジ』の景品なのだ」

「なめくじ?」

「あそこに、メモ帳みたいなのがさがっておるだろう?」


 現世が指差したさきには、小さな短冊が束になってぶら下がっていた。


「あれは白紙ではなく、舐めると文字が浮かび上がってくる仕組みになっておる。スクラッチのようなものだな。一回十円で、あれが一枚めくれるのだ」

「なるほど……。で、他にはどんな景品があるんだっと……」


 賢治は、くじの横に立てかけられたホワイトボードの当選表を見た。

 

 一等 PS4 (1枚)

 二等 Newニンテンドー3DS (1枚)

 三等 Ipad (1枚)

 四等 DVD&ブルーレイ再生機 (1枚)

 五等 暴れん坊陰陽頭フィギュア (1枚)


 六等 秘密術師結社バッジ (8000枚)


 ………………


(……こんなあからさますぎる在庫処分を、オレは初めて目の当たりにしたッ!!)


 くだんの秘密術師結社バッジは、くじの隣にブドウの房のように吊り下がっていた。青いプラスチック盤の後ろに、小さな安全ピンがついた安っぽい代物だ。流星の上にアルファベットが刻印されているだけの商品である。


「現世……あれは、やめよう」


 苦笑しながら賢治が現世に言う。

 だが、現世は首をふるふると振った。


「賢治はわかっておらん……。くじとは、景品を買うのではない。夢を買うのだ」

「手に入るのは夢じゃなくて、ただの売れ残りだろうが!」


 ――ギロリ。

 店主がこちらを睨み付けるように、視線を向けた。

 賢治はおののきながらも、現世の説得を小声で続ける。


「なあ、お前ならわかるだろ。あれは釣りだ。余りにもひどい釣り餌だ。売れる見込みのない商品を押し付けたいだけだ。展示もされていない五等より上の商品は、そもそも本当にあるかどうかすらわかったもんじゃない。あんなのやるのは冗談半分か、よほどのアホだけだ」


「現世。わたしに任せて」


(よほどのアホがいた!!)


 桐野がおばちゃんに、500円玉を渡している。50回引く気だ。


「血迷ったか堺!」

「止めないで青梅。わたしは、現世のためなら何だってやれる……!」

「言ってることのカッコよさとやってることのアホらしさが、日本海溝くらいの落差あるんだけど!?」


 桐野に、50枚の舐めクジが渡される。

 ずしっ。


(うわあ……)


 それはさながら、トランプの山札のような重厚感(ボリューム)を湛えていた。

 イソマツが「ずっとキリちゃんのターン! ドロー!」と茶化す。


「うるひゃい、だまっへろ」


 ペロリ……ペロリ……ペロリ……。

 桐野はクジを、めくっては一枚一枚丹念に舐める。

 そして――


「……どうだ、現世。人の金で夢を買ってもらった気分は?」

「罪悪感で、悪夢を見そうなのだ……」


 八個の秘密術師結社バッジが、ベンチの上に乗せられていた。


 種類はバラバラで、「A」「B」「E」「F」「G」「L」「N」「U」の八文字のアルファベットがかたどられている。

 42枚のスカに8枚の六等ね……。このクジ、まだまだなくなりそうにないな。オレたち以外に誰もやらないだろうけど。


「何しておるのだ? イソマツ」


 イソマツが、八個のバッジを並べ替えていた。


「いや……こうしたら『BLUE FANG 青い牙(ブルー・ファング)』って、読めない?」


 ベンチの上には、「B」「L」「U」「E」「F」「A」「N」「G」の順でバッジが並べられていた。


「たしかに読めるけど……、それがどうしたんだよ」

「いや、特に意味はないんだけどさ。現世ちゃん、このバッジちょっと預かってもいい?」

「いいけど、どうするつもりなのだ?」

「せっかくの記念だしね。何かに使えないかなと思って」


 イソマツが、興味津々な様子でバッジを見つめながら言った。


「……良かったな堺。お前が苦労して勝ち取ったものを、どうにか使ってやろうってヤツがここにいたぞ」


 半ば呆れ顔で言う賢治。

 だが、返事が返ってこなかった。

 見ると、桐野は口を手で押さえてうつむいていた。


「ん、堺?」


 桐野、現世に小声でコショコショと耳打ちをする。


「……舌がヒリヒリして、喋れないらしいのだ」

(バカだ……)


 その時、であった。

 ――トン。

 イソマツが、いつになく深刻な顔をして賢治たちの肩に手を当てたのだ。

 そして、目線と顔の動きだけで「Ea(エア)(見て)」と伝えた。

 賢治は、イソマツに言われるまま彼の目線の先を見た。


「……!」


 そこには、電柱の陰からこちらを伺っている五分刈りの大男がいた。

 目つきは鋭く、瞳が見えないほどに細めている。


「あの体格、『己』に似てない?」


 イソマツが言った。

 己とはあの日、現世を襲撃したマガツの刺客の一人である。

 フルフェイスを被っていたから顔は分からなかったが、防護服の上からでも分かる筋骨のたくましさは、いま賢治たちをにらみつけているその男の特徴と一致していた。

 

「ど、どうする?」


 賢治は小声で言う。

 だが思わぬことで、事態が動いた。


 突然、男が慌てた様子で電柱から姿を引っ込めたのだ。


(何だ? オレたちに勘付かれたと思ったのか?)


 だが、その予想は外れた。

 後ろを向くと、店主がそちらの方をギロリとにらみつけていたのだ。


「よく分からないけど……、これはチャンスなのだ。今のうちに、あの男を引き離すのだ!」


 現世がそう合図すると、賢治たちはいけだやを立ち去った。

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