Report 4 清丸町(2)
賢治はあの事件以後、外の世界で何が起こっているのかを知らされずにいた。
それは一緒の時間を過ごしたイソマツや桐野も同様だったようで、彼らに訊いても「涼二先生が動いているから、勉強に専念して」の一言だけだったからだ。
そのため、今ようやく入ったマガツの情報に賢治は胸を高鳴らせながら傾聴した。
「マガツの連中、あれから不気味なほど息を潜めるようになりやがった。全然ちょっかい出してきやがらねエ。こっちから探りを入れても、梨のつぶてだ」
その言葉に、賢治は落胆した。
動きがないのは良い事だが、それは状況が変わらないということだ。
「さらに面倒なことに、退魔連合の連中が『〔扉〕と〔鍵〕の力が発現した保有者二人を、妖魔同盟だけが手中に収めておく独行を非難する』と言ってきた」
「あの……、退魔連合とは何ですか?」
賢治がおずおずと訊いた。
すると、徳長が割って入ってきて、「それは私が説明致します」と言った。
「戦後の日本に発足した術師界に住む術師たちは、大きく二つの総合術師結社に属するものに分かれます。ひとつは私たち妖魔同盟、そしてもう一つが『退魔連合 League of Taima L∴T∴』なのです。
賢治くん、あなたがここに最初に来た日、因幡師匠から術師の歴史のお話をされましたね?」
「はい」
「そこで、私たち術師は『術師界』が出来あがる前、現在でいう汎人たちの上に立つ各々の国家の権力者たちが術師を迫害した、という説明を受けたことを憶えていますか?」
「はい、憶えています」
「退魔連合は、その迫害した人間たちが術師界に作った反動組織です」
「なっ……。どういうことですか! 術師界は、そうした迫害から術師を守るために作られたんじゃないんですか! 何でそんな存在を認めているんですか!」
徳長は一回咳払いをしたあと、賢治にこう訊いた。
「賢治くん。術師界を作ったのは、誰ですか?」
そう訊かれて賢治は、あの日因幡に言われた言葉を思い出した。
……まァ、そんな感じで茶色い戦争が終わった後だよ。大戦に勝った大国の連中が、『この大戦の原因の一つとして、科学への盲信の余り「もう一つの科学」と呼べる領域を侵したことにある。だから、この「もう一つの科学」と呼べる領域にも、科学の世界と対等な、国家のような社会共同体が必要だ』って考えてナ。それまで明確じゃなかった二つの世界に線引きをしたのよ。術師たちの世界と、術が使えず術の存在を知らないものが多数派を占める世界とにな。そしてできた前者が『術師界』、後者を『汎人界』って呼ぶ訳だ……
「第二次世界大戦の戦勝国……」
「そうです。術師界は、アメリカ合衆国を中心とする連合国の主導で作られました。それぞれの国の代表は、術師を迫害してきた人間のトップに立つ存在です。術師界とは彼らにとって、都合の良い枠組みに過ぎないのです」
「で、でも! 術師界の創立にはリチャードソンが関わっていたんでしょう!?」
「賢治くん……。あなたならわかるでしょう。いかにリチャードソンが偉大であっても、個人にできることなどたかが知れているのです」
賢治は、黙った。
十六歳にもなれば、いくら世界を変えるような発見をした学者であっても、「政治」には逆らえないのだという分別くらいはつく。
「……複数の術師界の母体となる『国際術師界共同体』、通称『共同体』を設立させた連合国側は、汎人界と術師界の分離政策を戦後の日本で行おうと考えていました。ですが、既に築かれていた『妖魔同盟』という既存の政治的勢力の存在を懸念しました。そのため同盟と対抗し、抑止力となる勢力を作り上げることを日本政府に要請したのです。そうしてできたのが、退魔連合なのです。退魔連合は、術師界の警察機構である魔導警察をはじめ、術師界行政府のいくつかの省庁に強い影響力を持っています。退魔連合の幹部には、『自分たちが術師界そのもの』と思っている者も少なくはありません。そんな彼らからすれば、我々妖魔同盟は反体制側です。我々が『門』の保有者を匿っていることは、反体制組織が核兵器を所持しているような心持ちなのでしょう」
「オレたちは、兵器なんかじゃありません! 生きた人間だ!」
「もちろん、この家にいる全員はそう思っております。だけど、そう思わない人間も多くいるということなのです」
賢治は怒りを覚えるとともに、ある種の戦慄が走った。
あのマガツのように、人間を「政治的な価値」を持つ単なる「モノ」のようにしか思わぬ存在が、術師界にはまだまだいるという事実に対して。
「師匠、割って入って申し訳ありませんでした」
「応。で、だな。このままお前ら二人を匿い続ける、ってのは難しくなってきたワケだ。だが、お前らを外に出したら、またいつマガツが襲いかかってくるかわからねえ。――だから、そこでだ。こっちから敢えて『攻め』の一手に出ることにした」
「『攻め』の一手……?」
「そうだ。賢治、お前は自分の家に帰れ。そンで、今まで通り学校に通うんだ」
「えっ!?」
「お前たちを外に出すことで、マガツの連中を誘うんだヨ。いわば『釣り』だ。安心しろ、当然厳重に警護はつける」
賢治は、(たしかに、このままここに引き籠っていても埒が明かない。ここは言う通りにしよう)と自分を納得させた。
「そういうことですか。はい、わかりました」
「そンで、現世。お前も明日から、青梅さんのところでお世話になるンだ。青梅さんには話してある」
「え、現世もですか? というか、おじさんに……!?」
賢治は、因幡の根回しの早さに驚いた。
「ああ、そうだ。パートナー同士なんだから、一緒にいた方がいいに決まっている」
「おう! マガツの奴らを捕えるまで、一時的にここを離れるのだな!」
現世は元気よく返事をする。
だが因幡はそれと相反するように、重たげな口調でこう告げた。
「いいや……。この件が片付いてからも、ずっとだ」
その因幡の言葉に、現世は真顔になる。
「いっちゃん……?」
「現世。おめえはこの家から出るンだ」
「……何を、言っておるのだ?」
「さっきから言っている通りだ。おめえはこれから賢治と一緒に暮らすンだ」
すると現世が、いつになく慌てた様子で因幡に食いさがった。
「そんなこと、いきなり言われても困るのだ!!」
「話すのが遅れたのは悪かった。だがこのことも既に、青梅さんの承諾は得ている」
「そういうことではない!! 現世がこの家にいなくなったら、みんな困るであろう! 悲しむであろう! なあ、イソマツ! 桐野!」
現世はイソマツと桐野に同意を呼びかけた。
だが二人は、うつむくか目をそらし、答えなかった。
二人とも、覚悟は既に決まっていた、というような表情をしていた。
「イソマツ……。桐野……」
「二人には前々から、『〔鍵〕の保有者が見つかった場合は現世をこの家から巣立たせ、できる限り保有者と同じ時間を過ごさせる』という方針を言い伝えてある。
――現世、おめえにも前々から言ってたじゃあねエか。〔鍵〕の保有者が見つかったら、今までと同じ生活はできなくなると」
「たしかに……、そうで……あったが」
現世は、涙目になっていた。
賢治は居たたまれなくなり、因幡に意見する。
「あの……。これまでのように、因幡邸から通うという形ではダメなのですか?」
「ダメだ。できる限り二人の仲が親密になれる環境があった方が良い」
「どういうことですか?」
「ここには俺も徳長もいるし、何かあるとすぐに頼ってしまう。それと、ものごころついた頃から一緒にいるイソマツと桐野とは、互いに甘え過ぎてしまう可能性も高え。『これからは二人で生きていく』というような、パートナーシップをお前さんたち二人に作って欲しいンだよ。二人で一つ、というおめえらが持つ能力の特殊性を鑑みても、これが最良の判断と思っている」
因幡の話を聞いていると、たしかにそれは一理あるのかもしれない、とは賢治も思った。けれども一方で、「今まで育った家を離れるというのは、理屈の問題ではない」とも思った。
実際、現世はまだ「納得しかねる」と言わんばかりの表情をしている。
「師匠、ちょっといいですか」
徳長が言った。因幡は「おう」とだけ返した。
現世の前に立つ徳長。諭すような優しい口調で、現世にこう言う。
「現世さん。青梅さんのところで暮らすことになっても、私たちとの縁が切れるという訳ではありません。私はもちろん、イソマツくんと桐野さんも、今後ともあなたたちを全力で支えるつもりです。どうか、ご理解いただけませんか」
説得を試み続ける徳長。
「……」
現世はようやくのことで、コクリと頷いた。
しばらく無言でうつむいてから、顔をキッと勢いよくあげた。
「今まで……、お世話になったの……なりました。本当に、ありがとうなの……ありがとうございました!」
はっきりとそう言った現世の顔には、もはや迷いはなかった。
「……現世!!」
今までずっと我慢していた桐野が、堪え切れなくなって現世に抱き着いた。
「現世ちゃん……。No seasmos un extraño(僕らはずっと一緒)、だよ」
イソマツが、目を潤ませながら言った。
その光景を傍から見ていた賢治は、察するに余りあるものがあった。
(ものごころついた頃からって……家族も同然だろ。それを引き離されるなんて、つらいに決まっている。……オレは現世にとって、アイツらと同じような大切な存在に果たしてなれるだろうか?)
「――扨。俺の方からは、これで終わりだ。徳長、後はお前に任せる」
そう言って、因幡はその場から去って行った。
「先生、これからどうするんですか?」
賢治が訊いた。
「そうですね……。カリキュラムはこれで終わりですし、特にこれと言って……」
「ハイ、ハーイ! 提案、ていあーん! みんなで、清丸町に行こう!」
イソマツが元気よく手を挙げた。
「ああ。先週の土曜日の夜に、そんなこと言っていたな……」
「早速こっちから出向いて、反応を見るんだ! Quien no se arriesga no pasa el río.(虎穴に入らずんば虎児を得ず)、さ!」
桐野が「いやお前、遊びたいだけだろ」とイソマツにツッコむ。
「たしかにイソマツくんの言うとおり、やってみる価値はあるかもしれませんね……」
「¡Guay!(ヒュー!) そう来なくっちゃ!」
「ただ私が一緒にいると、あちらも警戒して手を出して来ないかもしれません。なので私は不参加ということで」
「え? 徳長先生は来ないんですか? 不安だな……」
賢治が、不安げな声で言った。
「もちろん、私の手のものにあなたたちを警護させます。ただ何かあったら、私にもすぐに連絡をお願いしますね」
徳長はそう言って、イソマツの提案を了承した。
それから、ベンチに置いてあった荷物を手に取って賢治に渡した。
「そうそう、賢治くんにこれを渡そうと思っていたのです」
それは、癸が襲撃したときに壊れてしまったカバンと、その中に入っていたもののうち壊れてしまったもの。そして、補修された五色高の制服だった。
「あ、ありがとうございます!」
「ねェねェ、賢治くん! 早く荷物置いてきて、町に行こうよ!」
「わっ、なんだよイソマツ。腕引っ張るな」
それまで黙っていたイソマツが賢治に話しかけてきた。じゃれつく子犬のような、年に不相応な幼い態度を見せる。
「¡Vamos! ¡Vamos, de prisa!(行こう! 行こう、早く!)」
引っ張られる賢治の右腕につけられたG-LOCKには[-2017- st 5-6 10:10]と表示されていた。
「青梅!」
唐突に呼びかけられた。
険しい表情をした桐野が、面と向かって立っていた。
「先生に合格をもらったからって、いい気になるんじゃないよ。現世の相棒として相応しい器であり続けられるかどうか、わたしが目を光らせているからね」
「……ってことは……、少なくとも今は現世の相棒であることを認めてくれたってことだな!?」
「……!」
桐野は、「しまった」とでも言いたげな顔をする。
対して賢治は、桐野の言葉の意味を良い風に解釈して顔が綻んでいた。
「ありがとう! これからも頑張り続けるから、よろしくな!」
賢治は、満面の笑みで桐野の言葉に答えた。
すると桐野はどういうわけか、見る見る眉間に皺を溜めて大声で怒鳴った。
「……だから、そーいう無防備でガキっぽい笑顔、簡単に見せるんじゃねーよ! ナメられるぞッ!」
それから現世の手をとって、「行くよ、現世」とスタスタ歩き始めた。
その顔は、どことなく赤くなっているようにも見える。
「……オレ、何か気に障ること言った?」
賢治は「納得いかねえ」という顔つきで、その場にボーッと立っていた。
隣でイソマツがニヤニヤしながら「まったく、素直にならなきゃいけないよねえ」と意味ありげにつぶやく。
徳長はそんな様子を、笑みを湛えながら眺めていた。
空は雲ひとつない晴天。絶好のお出かけ日和であった。




