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アスクル  作者: カガワ
6/7

今日

それからの安藤は自分でも驚くほど行動が早かった。


阿呆のように口をあけて、

テレビを眺めるのをやめて、

すぐに顔を洗い、歯をみがき、

服を着替え家を出た。

車に乗り込む直前で、

今日はゲリラ雷雨があることを『思いだし』、

一度家に戻り、傘を持ち車に乗り込んだ。


遠足のためか中学校前に大型バスが停まり

渋滞していることを『しっている』ので、

いつもの道は避けて会社に向かう。


会社着き、出社時間に安心し、自分の席に座る。


そういえば総務課の女性が休みであった。

来客用のコーヒーを沸かしておこうと席をたち、

ついでに倉庫に立ち寄り、

トイレットペーパーの在庫をとりだしておく。

数分後にトイレに紙がないと内線が鳴り、

前回の『今日』はトイレットペーパーの

在庫場所がわからず、

いつまでも補充しないと営業課長に怒られたが、

『今日』はそんなことにはならない。


恐ろしいほどスムーズに雑務をこなしながら、

安藤は震えている。

これは確かに昨日の今日であり、今日は昨日である。

安藤の行動が違っていても、

今のところ大きな流れに変更はない。

人に誉められたり、文句を言われたり、

そのぐらいの変化である。


同僚たちはもちろん今日に疑問などない様子である。


変化があるとすれば安藤である。

たった1日だというのに安藤はひどく疲れていた。


前の今日と同じように、しかし、

前の今日よりはうまくやれるはずなのだ。

そういった気負いのせいか、

はたまた、ただ作業にもにた今日に

疲れただけなのかわからないが、

安藤は何度目かにわからぬ、ため息をついた。


電話がなる。

「はい、こちら…」

答えながら親しげな電話主の声に聞き覚えがある。

「申し訳ありませんが、

 セールスの電話を社長に繋ぐことはできません」

そう言い、受話器を置いた。

社長にも怒られずにすんだ。

あぁ、でも、それだけだ。

どう考えてみても『やりなおす』ほどの今日ではない。


アスクルを持っていなければ、

繰り返しの今日に気づくことはなかったのだろう。

アスクルを持つ以前に繰り返した

今日はあったのだろうか。

そんなことは調べようがないのだけれど。


自分と同じように前より今日を

うまくやっている人間はいないかと

探してみたが安藤には見つけられなかった。


アスクルの持ち主は世界で100名だという。

少なくとも安藤の手の届く範囲に

その人はいないようだ。


安藤はまた、ため息をついた。

まわりにはたくさんの人がいて、

手をのばせばすぐに届くのに、

安藤は孤独であった、今までよりもずっと。

今日よりずっと。


自宅で迷子になる、

といえばわかってもらえるだろうか。

広いおうちなのね、と一笑されるとつらい。

では、自室で迷子になるではどうだろう。

寝ぼけているのか、と嘲笑されると泣きそうだ。

どうか、どうか誰かにわかってほしい。


はやく、はやく、今日が終わればいいのに。

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