所感
つまりは騙されたのであろう。
投票しようと、しまいと、
かの機械は51~99までの数字を翌日
ランダムに表示するだけなのだ。
結局のところ明日は居続けるし、来続ける。
自己啓発本と同じではないか。
『私』が変わっても世界は変わらない。
『私の感じる世界』が変わるだけだ。
頭を下げ、
神経をすり減らし得た給料を捨てたのだ。
3ヶ月分も。
そう思いながらも安藤は投票を続けた。
アスクルが来てから投票しなかった日はない。
騙された、意味などない、
しかし投票する際にある種の緊張があった。
風呂に入り、寝る支度をし、
布団に座りアスクルを手にもつ。
そして1日を思い返す。
思い出したくないほど辛い日も、
思い出すだけで笑みが浮かぶ日もあった。
しかし、どんな日であったとしても、
『明日は来るべきか』
その問題に安藤は投票して答えた。
その事は確かに安藤に明るい未来を思わせた。
ただ受けとるだけの明日ではなく、
アスクルを得たあと自分で選択し得た明日では、
確かに何かが違っていた。
明日に望むということは、それは間違いなく
明るい未来に向いているのだ。
たとえ、騙されているのだとしても、
アスクルにより安藤は明るい未来を得たのだ。
気休めでも、負け惜しみでも、
阿呆だろうと、楽天家だろうと、
アスクルは安藤にとって価値のある嘘、否、
明日を望む自分自身に気がつかせてくれた。
それでいいじゃないか。
いやいやいやいや、そんなわけないだろう!!!
3ヶ月分だぞ!給料3ヶ月分だぞ!
10月から12月まで働いてやっと取り戻せる金額だぞ!
確かに俺の給料は同年代の奴に比べれば低めかも知れないが、給料3ヶ月(手取り)は俺にとって決して少なくない金額だ。
安藤は必死に探した、返品方法を。
郵送に使われた段ボールをひっくりかえしても、
アスクルの外観を舐めるように探しても、
返品方法はおろか、どこから来たのかさえわからない。
段ボールに貼られた伝票には配送業者の名前はなく、
『明るい未来社』と名前があるだけで
住所の記載はない。
どうやって届いたのかと思うが、
届いたという事実だけがある。
そもそも、安藤は自分の住所すら伝えていない。
なぜ受け取ったのかと思うが、
受け取ってしまったという事実だけがある。
今も耳に残る綿串の声がある。
『安藤さまに世界のカラクリをひとつ教えましょう』
世界のからくりとはバカは騙されるということか。
それを知るためには、
あまりにも高すぎる授業料だった。