使用と仕様
それからきっちり一週間後、安藤の自宅に明るい未来社から小包が届いた。なんの変哲もない段ボールの中に適切に梱包された「アスクル」があった。
豆腐一丁と同じくらいのサイズの正方形のそれはプラスチックでできており、デジタル時計によく似たパネルと、上部に丸い赤いボタンが1つ、ついている。
100均のおもちゃの方がよっぽどできがいい。
「お好きな色を教えてくださいませ」
という、綿串の質問にふわふわとしたまま青と答えたためかアスクルはペンキに落としたかのようなつやつやとした青に塗られていた。
取り扱い説明書を探して段ボールを見ると、底に1枚の紙切れがあった。
上半分に説明があり、下半分は振込用紙になっていた。
「振込手数料は私どもで負担いたします、
なので、安藤さまはアスクルの代金、
『給料3ヶ月分』だけで結構でございます」
へぇだか、はぃだか、
やはりふわふわとした返事だけした気がする。
振込用紙にはぴったり安藤の手取りの
給料3ヶ月分が記載されていた。
何故も、どうしても尽き果てた。
安藤は振込の金額だけ手帳にメモする。
そして、ようやく説明に目をおとした。
『アスクル』
初期登録
アスクルを手のひらにのせ、自分の名前を言う。
使用方法
赤いボタンを押す→明日が来ることに賛成
押さなければ反対。
賛成票が50をこえると明日が来る。
注意1 投票は23:59までに済ませること
注意2 投票は1日1回 変更はできない
モニターに表示される数字は前日の賛成票の数。
注意3 投票結果は翌日(体感)が来ないとわからない
米 厳重注意 米
投票者にふさわしくないと判断した場合、
ただちにアスクルを回収する。
それだけであった。
故障かと思ったら?、
用語の索引のページ、
健康上の注意、
カスタマーセンターの電話番号、
親切なものは一切ない。
つまり、安藤は『客』ではないのだろう。
部屋の中で恐ろしく浮いている
青色が唯一の安藤への思いやりだ。
手のひらにアスクルをのせる。
「安藤 他吾作」
「あんどう たごさく を登録 しました」
単語単位で話すわりには流暢な日本語で
アスクルは返事をし、モニター画面に光がともる。
モニターに表示された数字は76だった。
箱の上にある赤いボタン、半球体のそれを押し込む。
「明日 を 投票 しました」
静かであった。
明日を望むことを誉められるわけでもなく、
祝福されるでもなく、
アスクルはそれだけを告げ、無機質にそこにある。
ボタンは箱の部分にめり込んだようになり、押すことも元に戻すこともできそうにない。
翌日安藤が見たのは75という数字であった。
ボタンはまた押せるように初期位置にもどっている。
安藤はアスクルを枕元におくことにした。
そして、毎日寝る前に投票することにする。
そうして異常を日常にすることにした。
次の日は65だった。安藤はもちろん投票した。
次の日は79だった。安藤はもちろん投票した。
次の日は64だった。安藤はもちろん投票した。
投票は賛成、明日を望むこと。
無投票は反対、明日を望まないこと。
カレンダーに投票数をメモすることにした。
59、78、70、58、72、82、
段々と続けていくうちに
法則というほどでもないが
傾向があることに気がついた。
金曜日は投票が多くなる、
翌日休みの人間が多いせいだろうか。
逆に日曜日は投票の少ない日が多かった。
意外だったのは月曜日だ。
月曜日といえば休み明けで忙しいことが
多いだろうに投票は金曜日についで多いくらいだった。
明日が来てほしくないというのはどういうときだろう。
毎日の習慣といってもいいくらいの
日数が過ぎた頃から安藤は考えるようになった。
とても楽しくて嬉しかった日、安藤は投票した。
この楽しかった日を
なかったことにするにはもったいなくて。
とても苦しく、辛かった日、安藤は投票した。
やっと乗り越えたこの日が
また来るなんてことは恐ろしくて。
どれ程の思いがあれば、明日を望まなくてすむのか。
どれ程の想いがあれば、明日を望めないのだろうか。
そもそも明日が来ないということは
どういうことだろう。
考えることは多いが、安藤は毎日投票を続けた。
幸か不幸か、
安藤の望みは叶え続けられ、
なにも変わらない日常が続くだけであった。