着信
セールスの電話ではないようだ。
1分をこえて鳴動する携帯電話を前に、
安藤 他吾作は舌打ちをした。
間違い電話だろうか。
いや、そうではない、
確信めいたものが安藤にはあった。
普段ならディスプレイには発信者の番号か、
電話帳に登録されている名前が表示される。
しかし、現在ディスプレイには
『明るい未来社』とあり、
発信番号の表示はなかった。
明るい未来社など登録した覚えはない。
覚えはないが、妙に不安になる名前である。
『簡単』、『誰でも』、『すぐに』、
『高収入』と続いて、
『安全』と書いてあるようなうすら寒さを感じる。
すでに2分以上たっているが、
文句さえ言わずに携帯電話は安藤を呼ぶ。
でなければいい、電話なのだから。
自分がでなければ『つながらない』。
こんな不気味な電話にでる必要などない。
そう思っているのに、
安藤の目は携帯に釘付けであった。
諦めてくれ、そう呟いてはたと、気づく。
諦めるのはどちらだろうか。
電話をかけている相手か、かけられている自分か。
何を馬鹿な、俺がなにを諦めるのだ。
電話など切ってしまえばいい、だができない。
目を覚ませと首を振るが、
いっそう強く思われた。
そう、安藤は、電話に
『でたくてたまらない』。
冷静な自分が警鐘を鳴らし、
常識が腕を引っ張るが、
止まぬ鳴動は安藤の鼓動と一体化していく。
「もしもし」
待つこと4分、悩むにして短すぎる240秒。
安藤は『つながる』ことを選んだ。
「安藤他吾作さま、おめでとうございます」
鷹揚とした話し方の男である。
待たされたことを責めるわけでもなく、
正しい相手に繋がっているかの確認もせず、
心からの祝福があった。
「え、あ、あの、その」
先ほどまでの突き動かされるような
情熱は一切なくなっていた。
しかし、そんな安藤に構わず相手は話続ける。
「私、明るい未来社の綿串と、申します。
今回、ご紹介する商品なのですが、
間違いなく明るい未来につながる、
素晴らしいもので、えぇ、もぅ、
私も誇らしい気持ちでいっぱいです」
自分に話しかけているのだろうか、
そう不安になるくらい綿串と
名乗る男は躊躇いがなく途切れない。
今度は自分だけ台本を渡されずに
舞台に立っているかのような不安があった。
「安藤さま、感動のあまり
お言葉を失っておられるのでしょうか、
それとも感激のあまり
意識を失っておられますか、
あぁ、わかります、えぇ、わかりますとも」
「突然言われても何が何だか…」
「突然でございましたか、それは申し訳ありません。
では安藤さまに、ご安心いただけるよう、
しばらくお待ちしております」
そういうと、綿串はそれ以降一言も発しない。
いよいよ不審な電話である。