序章
人魚は実在しない。だが洋の東西にあって伝承に遺されている。有名なアンデルセンをはじめ、小川未明やディズニー、アニメゲームにファンタジー小説と、人魚はさまざまな媒体に描かれている。この物語も、そんなファンタジー世界にあって、どこか現実世界的な境界の曖昧な処に存在している。
この物語の主人公はそんな人魚のひとりである。名前はいさなという。世界のどこかに人魚たちの住む集落らしきものがあるらしいが、人類は誰もそれを発見してはいない。いさなは濃い茶色の髪に蒼い瞳、透き通るような色白の肌をしていて、その細身からは想像できない力持ち、北極海から赤道直下の温かい海域、陸上から1万メートルの深海まで、淡水も海水もものともせぬ適応力を持つ。
いさなにはまなという姉がいる。まなは栃栗毛の髪に蒼い瞳、いさなより髪は短い。物語はいさなとまなの姉妹を中心に進めていく。
この地球上にどのくらい人魚が存在するかは定かではない。もちろん架空の存在なので零人という人もいれば、存在を信じる人にとっては、想像する人のぶんだけ存在する。いさなもそうして産まれた人魚のひとりである。姉のまなも同様である。人魚たちは海神ポセイドンやワダツミといった者の庇護を受けて存在しているが、基本的に彼女らは自由に生活している。男性の人魚も稀にではあるが存在する。人魚たちは基本的にクラーケンやリヴァイアサンと共存関係にある。セイレーンなどは近縁種である。人魚たちは海藻も魚介類も食べる。生きていくのに必要だからだ。魚介類も種類によっては意志疎通ができるだけに、複雑な思いで摂取する人魚もいる。