「もう遅い」を「もう遅い」してやるからな!!
王都アルメリアでは最近“ある言葉”が流行っている。いや、王都だけではない。様々な都市でまるで伝染病のように爆発的に広がっているのだ。
ここ冒険者ギルドでもそれはもう毎日のように聞く単語である。そんなことを思っていると真昼間から酒を飲んでいる最中、怒鳴り声が聞こえてきた。
「頼む!!俺達【ブラックドラゴンズ】のパーティーに戻ってきてくれ!マホゥ…いや、マホゥ・チィト様!」
「俺が支援魔法と弱体化の魔法を使っていたからお前たちは格上のモンスターでも難なく狩れたんだ!それを自分の実力だと勘違いして追放したのはお前たちだろ!!せいぜい俺抜きで頑張る事だな!今更戻ってくれと言われても“もう遅い”!」
そう言って打ちひしがれるメンバーをゴミでも見るかのように冷めた表情で去って行くチィトとかいう青年……その青年の脇には絶世の美女が3人寄り添っていた。恐らくブラック何ちゃらとは別のパーティーに入って順風満帆なのだろう。
周りの連中も冷めたような視線で一連の出来事を見た後、何事も無かったように無視をした。というか毎日こんな光景が繰り広げられれば嫌でも慣れるし、どうでも良いを通り越して不快に感じる者も居るだろう。そもそも酒飲んでる時に横で怒鳴られたら酒も不味くなるしな。
「ッケ!ツマンネェもん見せつけやがって」
俺はグイっと温いビールを呷る。
俺の名はアクト。没落したククラン家の長男で両親は既に亡くなっている。30歳の男盛りでようやく仲間を集めクランを設立して5年になる。
クランとは冒険者ギルドに所属している冒険者のパーティーが大きくなったものだ。通常の冒険者パーティーは3・4人ほどだが規模がクランになるとそれ以上の人数で、中には100人を超える人数を擁する団体もある。そんなパーティやクランは名声や規模に拘らなければ各地に点在する冒険者ギルドの中に無数に存在する。
もちろんどれも同じという訳では無く各クランにはランクという1級から10級までの等級が定められる。
依頼の達成率、地元住民や国などにどれだけ貢献しているか、クランが行った様々な行動に対する要因をギルド幹部が鑑みて1年に1回各クランのランクを決定する。上がるだけではなく下がることもあるからどこのクランも必死こいて維持するか上を目指すって寸法だ。
特にクランを管理するクラン長にとっては、クランとは商家で言えば自分の会社のようなものである。
自分の為にクランを設立したこの俺は当たり前だがクランの中でも一番偉いクラン長だ。俺自身が富と名声を得る為にも俺のクランを高ランクに保つことが求められる。
「とはいえ……10年以上前からこんな光景はあったとはいえ、最近のこの数の多さというか“風潮”には辟易するな」
高ランクを目指すのであれば、クラン長はクランを正しく維持する義務がある。
ランクを維持するためには使えない人間を追放することだってれっきとした仕事の一つだ。だが最近では“使えないと思っていた人間が実は有能で、追放した瞬間クランの経営が立ち行かなくなる”だの“追放した瞬間からモンスターに勝てなくなってパーティーを解散した”だのとロクな噂を聞かなくなったのだ。
“もう遅い”だの“ざまぁ”だのと呼ばれるものは社会現象になっているようで、各クランやパーティーリーダー、果ては一部の国や貴族をどん底に陥れているらしい。
「だが……そんな“くだらない事”で身を滅ぼすパーティーやクラン等、所詮は三流以下だという事の証明でしかない」
先ほど見せられた出来事を飲み下すようにビールを一口飲みながら、あまりのくだらなさに鼻で笑ってしまう。【追放後になぜ崩壊するのか】という理由が普段から身に染みているハズの冒険者であるのに先ほど追放した奴らには分からないのだ。
凶暴なモンスターと戦う時、人は準備する。
回復薬・防具・武器・野営道具・移動手段の確保――
挙げればキリがないほど普段から冒険者は事に当たる前に気を使いながら準備をするのだ。何故なら準備を怠ったものは死ぬと身に染みているからだ。
これが考え付くのであれば、もう答えは分かるだろう。
今さっきマホゥとかいうヤツを追放したパーティーに準備できていない足りないものがあったのだ。その名を“実力”という。たった一人抜けたくらいで崩壊するような馬鹿どもなんてのは準備云々どころか論外である。その辺のゴブリンでも狩って実力を付けてから出直せというのだ。
実力があればどんなに強いヤツが一人抜けたとしても他の人間も同じように強ければ即座に困る、という事はないのである。
だから俺はこのクランを設立する前に血のにじむような研鑽を重ね、このオレ単独で最強種と名高いドラゴンを屠るまでに強くなった。その為、20歳でクランを設立しようと思っていたが強くなるのが急務だと思いクラン設立が10年も遅れてしまったのである。
それでも人は“あまりにも早く最強になった天才”だと噂をするが、10年もの血のにじむような苦しみから解放された事の方が嬉しかったし、クラン長として気兼ねなく“雑魚”を追放できるようになったことも嬉しかった。
クランを立ち上げるスタートは遅くなったが、事前準備として実力を手に入れた。
今のオレが誰かを追放したところで「仲間の一人が居なくなってモンスターに勝てなくなった“ざまぁ”“もう遅い”現象」を「オレはもう既に強いからお前なんぞいなくても困らない。“もう遅い”を言うのは“もう遅い”さっさと出ていけ」と言ってやれるようになったのだ。
その時はこれですべての問題が解決したよう見えた。だがもちろん他にも問題はあったのである。
つまりどういうことかと言うと――――ガシャン!
突然、陶器が割れるような音が辺りに響く。音の方に視線を向けると30人くらいの男共が土下座をしている一人の男に対して怒鳴り始めた。
「今更そんな態度するんじゃねぇよ!セェイ・キシィ……いや、クラン長のアンタは最強クラスの“聖騎士”かもしれねぇが、俺たちはただの“戦士”や“剣士”だ!確かにアンタからすりゃあ“雑魚”なんだろうがなぁ!俺達全員が辞めたら、最強の“聖騎士”さんが今受けてる50件もの依頼を1日でこなしてくれるんだろぉ?」
「待ってくれお前たち!オレが、オレが悪かった!!お前たちの給料を70%以上搾取していたのも、休みをほとんど取らせなかったことも謝る!謝るから戻ってきてくれェ!!」
「このクソ野郎が!!何が謝るだ!!俺たち全員はもう別のクランに入ることが決定してんだ!!しかもこの前の“騒動”でお前のクランが所属している人間を使い潰すとんでもないクランだって悪評が広がってやがる!!まったく“ざまぁ”ねぇな!それで誰も取り合ってくれないからって、俺たちに頭を下げて戻って来て貰おうなんて甘い事考えてんじゃねぇよ!!いまさら待遇改善されたとしても“もう遅い”!!」
そう言って打ちひしがれる“聖騎士”のクラン長をゴミでも見るかのように冷めた表情のまま30名あまりの男達が冒険者ギルドから出ていった。
「フン、お粗末極まりないな」
一度ならず二度までも不快な現場を目撃した俺はグイっと温いビールを……中身が無くて呷れなかったので新しいビールを店員に頼んだ。
未だに惨めに這いつくばって泣いているムサイ男が耳障りかつ見た目でも邪魔なのだが“聖騎士”というのはとても珍しい職業だ。一部の選ばれた人間のみ就くことが出来ると言われており、その強さは一騎当千だと言われている。
しかしどんなに強くとも“一人で出来る事は限られる”のである。パーティーで細々とやっていくなら別にそれでも問題は無いだろう。しかし複数のパーティーを統括し上を目指すクランの運営として考えればそこには問題しかない。
クランの査定評価を上げる為、100の村から護衛契約を受けるとする。その護衛期間中に100の村全て同時にモンスターに襲われた場合、当然、防衛やモンスターの殲滅を試みるだろうが一人の人間が出来る事は限られている。
一人が一つの村を救えても99の村が滅ぼされては意味がない。意味が無いどころか、1つの成功達成と引き換えに99の失敗の実例を作ってしまうのだ。
クランとしては村を守れなかったという悪評が付いて回りギルドの査定でも解散、下手をすれば達成できない依頼を受注して金品をだまし取ったと罪に問われる可能性やそれ以上の罪として問われる可能性だってゼロじゃない。
かと言って1人がこなせる分だけの少数の依頼を受けるだけだとしたら、高ランクなんて維持は出来ない。だからこそ上を目指しているクランは“個”ではなく“群”で対応する必要があるのだ。群をないがしろにする者は個の限界を越えられない。
そうならない為にも“準備”が必要なのである。つまりクランに所属している者達の待遇改善である。
待遇が良ければ(可能性は0に出来ないが)所属している全員が一斉に辞めるなんてことは稀だろう。勿論、この俺がすべての人間の気持ちを分かるなんてことは言えないが、少なくとも「待遇が良いから辞めます」なんていうヤツにはオレが生きてきた今までの人生の中でついぞ目にしたことは無い。
俺は所属しているクランの連中には他のクランのおよそ1.5倍以上の給料を与えている。冒険者は時に何日も掛けて遠征で朝から晩まで仕事に付かなければいけない変形労働だから、365日ある1年の中で年休は遠征などの頻度にもよるが最低140日以上与えている。
クランによっては1日16時間以上拘束される遠征ばかり行っているのにも関わらず、年間の休みが40日程度しかもらえないところもあるという。
さらに有給や育休、年3回のボーナス制度、危険手当や四肢欠損時の補償、命を失った時の遺族の生活の保障や冠婚葬祭時における慶弔金の支出、専門の医師や精神科医を雇った治療制度の制定や退職金制度など、他にも数えきれないほどの特典を与えている。
そのお陰かは知らないが俺のクランでの脱退率は他のクランよりもとても低いらしい。中には結婚して荒事から引退するために辞めるという人間や、そもそも命のやりとりに付いていけない問題外の者や楽して儲けたいと考える半端者の追放などということが稀にあるが、おおむね全員が俺のクランを見限るような事態には陥っていない。
だから「待遇が悪いから全員抜けてやる!依頼をこなせなくて“ざまぁ”今更戻ってこいなんて“もう遅い”現象」を「待遇が良いから半端者のお前ひとりくらいしかクランを抜けないから困らない。“もう遅い”どころかそもそもお前なんぞ要らん、無駄口叩かずにさっさと出ていけ」と言ってやれるのだ。
ふん、勝ち確とは気持ちの良いものだな……と、その時はそう思っていたのだ。だが――
「鍛冶師を蔑ろにしたお前たちなんて知らん!戻ってこいとは笑止!今更そんなこと言われても“もう遅い”!」
「仕事をしてなかった訳では無い!俺は事前に全て終わらせていたのだ!雑用が必要だから今更戻れと言われても“もう遅い”!」
「私はもう昔の私じゃない!自信を持って自分の力を他人の為に適正価格で振るうわ!タダでやってもらおうなんて都合が良すぎる!関係修復なんてしない!何を言われようが今更“もう遅い”のよ!」
―――――――――――
「……とまぁ、色々と他のクランは現在進行形で問題が起きているようだが、俺のクランは全て対応ずみなのだ」
「あ!クラン長!ここに居たんですね!早く来てください!もう時間ですよ!」
俺が気持ちよく悦に浸っていると、クランの仲間が無粋にも声を掛けてきた。
「なんだ?もうそんな時間か…」
俺は渋々とビールを呷りジョッキを空にして立ち上がる。
今日は王都で俺の叙爵があるのだ。
王都で最も労働条件がホワイトなクランであり王都で最も地域や国に貢献したクランとして名声を得た今、国への貢献もあってとうとう念願のククラン家の再興を果たすことが出来るのだ。
「ククククク……」
まったくもって笑いが止まらない。
未だに喧噪に包まれる冒険者ギルドを優越感に満ちた笑みを浮かべて一瞥したオレはそのまま振り返らずにギルドを後にする。
“もう遅い”を“もう遅い”してやったアクト・ククランの栄光はこれから始まるのだ!
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