強襲
帰宅してから自室でリリスを呼び出す。
「説明は不要でしょ?」
「事情は把握しているわ」
「破滅フラグはどうすれば回避できるかしら?」
私はストレートに聞いてみた。
「言えないわ」
「禁則事項なのね」
「考えたらわかるでしょ、私にはそう言う制約がかかっているのよ」
おおよそ予想通りの答えだった。
「仕方ないわね」
「エリス、貴女はもう必要な情報を持っているわ、そこから答えを導き出すのは難しい事じゃないはずよ」
「まず診断書を調べようと思うの…医師のジェイクに会う必要がありそうね」
と私が答えた時だった。
ここで選択肢が出た
ー これからの行動 -
1.医師ジェイク・ラムリーに面会する
2.目撃者フィリップ・ デンプシーに面会する
3.キャサリン・パントリーに面会する
医師に会いに行くなら1だ。でも、なんでキャサリンの名前が?
「ここで間違ったら貴女、破滅するわよ慎重にね」
とリリスは警告する。
仮に目撃者が居なくとも、診断書が出されれば負傷したと認定されるだろう。
この場合の優先順位は医師だろうと思っている。
ただ、キャサリンがひっかかった、彼女が何か重要な役割を持っているはずだ。
(じゃあ順番は医師の後?前?…)
私が選べないまま考えこんでいると
「医師のジェイクに会いに行く事を、カーラが知ったらどうすると思う?」
とリリスが言った。
(そう言う事なのね…)
悪役令嬢の考える事ならば、同じ悪役令嬢の私にもわかる。
医師に会いに行く途中、賊に襲わせて痛い目に合わせれば、諦めるだろうと思っているのだ。
「つまり妨害があるって事なのね」
「さぁどうかしら…」
リリスはヒントは出せるが正解は言えない。
今のは精いっぱいの妥協と言った所だろう。
私は迷わず3を選んだ。
学校の近くは貴族の高級住宅街が多い。
立地の良いこの住宅街は、貴族の中でも身分の高い者で占められていたのだ。
私の家もこの高級住宅街にあるので、私の家柄がかなり良い事がわかる。
下級貴族のローラや騎士のキャサリンは、遠く離れた郊外に家があるため、学校に隣接している学生寮に住んでいた。
私は寮まで行ってキャサリンと合流した後、一通りの事情を話した。
「危ない事に巻き込んで御免なさい…でも貴女の力が必要なの」
「水臭いですよマスター、私の剣の力が役に立つのなら、喜んで御同行させて頂きます」
「これから三番街の診療所に向かうわ…その途中で襲われる予定なの」
「マスター、さらりとそんな事を告げられても緊張感が無いのですが」
「敵の戦力は一切不明、武器も人数もわからないわ、いいの?」
「そんな事で逃げ出していては剣士は務まりません」
「わかったわ…」
私はキャサリンの覚悟を受け止め、二人で診療所に向かう。
目的の診療所は、高級住宅街をターゲットに立てられたので意外と近かった。
およそ30分も歩けば到着するだろう。
私達は街の地図を見ながら進む。
「現在地は二番街の…ここかな…」
もう少しで二番街を抜ける所だろうか、人通りのない路地裏を通り抜ける所だった。
「しかけてくるならこんな場所よね…」
キャサリンが私に告げる
「マスター囲まれています、走って!」
「やっぱり?」
フラグを立てて即回収した私は、キャサリン言われて走り出す。
「おっと、逃がすと思うか!」
前方に剣を持った覆面の男が3人立ちふさがった。
キャサリンは剣を構えるが、抜刀はしておらず、鞘に納めたままだった。
抜刀しなくとも無力化できると判断したからだ。
しかし、抜刀していないと言っても剣は鉄の塊なのだ、そんなもので殴られれば無事では済まない。
「随分と舐められたものだなァ」
と先頭の男が殺気を纏いつつ襲いかかってくる
「縮地」
スキルを使うとキャサリンの視界では周りがスローモーションのようになる。
遅くなった時間の中で、キャサリンはタンっと地面を蹴り先頭の男に接近する。
その移動は、一歩の滞空時間が長く、空中で地面と平行移動しているのに近い。
一歩の移動距離が通常時間と違うのだ、故に縮地と言われている。
男は無防備で棒立ちのようになっており、キャサリンのスキルに反応できないでいた。
キャサリンはそのまま男の胴に一撃を入れた。
「まずは一人」
吹き飛ぶモーション中の男の横を走り抜け、後ろの2人に向かって走り出す。
キャサリンが視線を後ろの2人の男に移すと、挙動を注意深く見た。
相手が自分を見ているか、あるいは反撃の予備動作があるかでどちらを先に攻撃するか判断する。
右の男と視線が合った。その結果、右の男に向かって踏み込む。
右の男に横薙ぎの一撃を入れ、すぐに左の男に向かって反転し地面を蹴る。
左の男の傍を高速で通り過ぎる時に下から上に向かって切り上げる。
ほぼ三人が同時に吹き飛ばされ、男達の足が地面を離れている、全員が宙に浮いている状態だった。
ゆっくりと地面向かって落下して行く。
ふと時間の流れが正常に戻った。
地面に3人が倒れてうめき声が聞こえる、不殺といえども相当のダメージを受けていた。
うち一人は呼吸が荒い、呼吸困難の症状だ。
体格の良い男達が浮き上がる程の衝撃を受けたのた、おそらく数日は立ち上がる事はできないだろう。
3人の覆面の男はキャサリンの前では為す術もなかった。
私が見た光景はキャサリンの姿がブレて、そして気が付いた時には3人が地面に転がっている姿だった。
「マスター包囲網を突破しました、こちらへ!」
「わかったわ」
私は走り出す。
私達は2人しかいない、多人数で囲まれたら終わりだ、つまり足を止めたらそれまでである。
私達は全力で駆け抜ける。
私は剣士みたいに鍛えていないので、すぐに息が上がってしまい、走れなくなってしまった。
「ぜーぜー、ふ…普段運動しない反動が…」
全力で走れたのは数分間ぐらいだろう。
「マスターしっかりしてください」
キャサリンに手を引かれるが、足がもつれて早歩きぐらいの速度になってる。
「足が前に進まないのよ…今はこれが限界、明日から本気出すから」
「それ絶対本気出さないパターンですよね」
そう言って、キャサリンが私の手を引こうとした瞬間、突然押し倒された。
同時にヒュンと風切り音がして、矢が地面に刺さった。
私が地面に仰向けになり、キャサリンが私の上に覆いかぶさっている。
もう少し近づけばキスできそうなくらい、メチャメチャ顔の距離が近い。
キャサリンの良い香りがする。
「そんなこんな所で…」
私が顔を赤らめる
「ちがいます!マスター」
と言って地面に刺さった矢を指で指す。
「どうやら追いつかれたみたいですね」
キャサリンは素早く立ち上がると私の手を引き、起こしてくれた。
「ごめんなさいね、私が走れないせいで…」
「マスター気にしないでください、振り切った所で目的地を知られているのですから先回りされたでしょう、いずれ殲滅するつもりでした」
遠く前方に男の姿が見える。
「おっと近づくなよ、剣を持った嬢ちゃんは間合いを詰めるスキル持ちだろう」
敵が武器を弓矢に変えたのは、剣での近接戦闘を避けるためだ。
弓矢の間合いはさすがにキャサリンでもどうにもならないのである。
「悪いがこの距離で仕留めさせてもらうぜ」
男が合図をすると前後左右から一斉に矢が射られ、ヒュンと音を立てて複数の矢が上空より襲ってきたのだ。
(マズイ逃げ場が無い)
私がそう思って硬直していると、矢は当たる事無くそのまま一斉に地面に刺さった。
直撃した矢は1本も無い、私が不思議に思っていると
「スキルを使いました」
とキャサリンが言った。
キャサリンが全ての矢を撃ち落としたのである。
私が地面に刺さった矢を見てみると、確かに折れたり切断されたりした矢がある。
キャサリンは縮地によって矢の動きを止め、全て撃ち落としていたのだ。
そして直後に第二波の攻撃が来た。
再び前後左右から矢が飛来して来たが、それらの攻撃も私が認識する前に地面に叩き落されていた。
「マスターこのままではジリ貧です、魔力残量ももう残り少ないですし」
時間を操作する魔法は最上級クラスのカテゴリで魔力消費量も膨大なのだ、そう何度も連発できるものではない。
その時突然、前方で指示を出していた覆面の男が地面に倒れこんだ。
不思議に思って様子をうかがうと、どうやら完全に意識を失っているようだった。
その男が立っていた場所に人影が見える。
「槍マン参上!」
「だから言い方!」




