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寧ろもっと触って欲しいとか、そんな事を言われたら男として断る理由が見当たらないな。
「シルクちゃん、おれも男だ。そういう事を言われると、もっと撫でたくなる」
「ぜ、全然大丈夫ですっ! マナブさんの気が済むまで撫でてくださいっ!」
なんて可愛い美少女なんだろう。こんな美少女がおれに髪を好きなだけ触ってくださいなんて……好きなだけ触らせていただきますっ!
「それじゃ、馬車に乗っている間触られてもらうね」
「はいっ! 好きなだけどうぞっ!」
馬車に乗っている間だけ、触っても良い許可証が発行されたのでずっと触っていたいと思います。
「ところで、シルクちゃんはマルチ村には行ったことあるんだよね? エメさんと一緒にコーポリ山脈に行った時に?」
「はい、お婆さまに連れられて、何度か行ったことがあります。何でも村に知り合いがいらっしゃるとか何とか」
「それはエメさんの知り合い? それともシルクちゃん?」
「どっちもです。わたしもお婆さまもマルチ村には知り合いが居ますので、わたしは同年代の友達もいます」
へぇ〜シルクちゃんの友達がいるのか。これはお知り合いになっておくべきかな。シルクちゃんの事とか色々聞けるかもしれないし。
だかしかし、もし男の友達だった場合はほぼ百パーセントシルクちゃんを好きになっているだろう。女の友達であってくれ! お願いします!
「友達って男の子? 女の子?」
「どちらもいますよ。仲がいいのは二、三人くらいですね」
何!? 二、三人だと!? 果たして男二人女一人なのか、それとも男一人女二人なのか、どっちなんだ!? 出来れば後者の方がいいと思います。
「へぇ〜シルクちゃんくらい可愛いと村の男の子達も放って置かないだろ? 恋人とか居ないのか?」
すると、シルクちゃんは耳の付け根まで真っ赤にしてアワアワ慌てて、
「こ、こ、恋人なんてっ! 十五年間一度もいた事ないですよ! 本当ですよ!」
「おぉう……」
何か鬼気迫る表情のシルクちゃん。どうしたのだろうか? そんなに慌てて。だが恋人がいないという情報が入った事を喜ぶとしよう。
「それに村にいる子もただのお友達ですから! 勘違いしないでくださいね!」
ふむふむ、おれにもまだチャンスが有りそうだな。よしっ、村でシルクちゃんが男に話しかけられないように、一泊して朝起きたら直ぐに出発しよう。そうしよう。
「あぁ、わかった。勘違いはしないよ」
「本当に勘違いしないでくださいよ? 約束ですよ?」
「あぁ、約束だ」
安心したようにホッと息を吐き、微笑を浮かべるシルクちゃん。何この天使、可愛い。恋人がいないようで安心したよ。
これはおれが立候補するしかないな。だが今のおれにはそんな度胸はない。もう少しいい感じになってからにしよう。
「ところで話は変わりますが、マナブさんはワインは飲まれますか?」
「ワイン? 何だ? 御馳走してくれるのか?」
まぁ、俺ももう二十歳は過ぎている。まぁ異世界だからそんなもんは関係ないが。ちなみにこの世界の成人は十五歳らしい。
「はいっ! マルチ村の名産品がワインなんですよ。水精霊の水辺から流れる水を使っていまして、すごく飲みやすくて美味しいですよ!」
「それは楽しみだな。エメさんを助けた後に、パァーッと飲み明かすか」
「はいっ!」
ニコッと笑うシルクちゃんはとても魅力的に見える。彼女の笑顔には癒しの効果があるのかもしれないな。
シルクちゃんの朗らかな笑顔を見て和んでいると馬車が急に止まった。なんだろうか?
「きゃっ!」
「大丈夫か?」
シルクちゃんが倒れそうだったので肩を支える。何この保護欲をかき立たせる撫で肩は! 守りたい! この撫で肩。
「は、はい……大丈夫です。ですが急にどうしたのでしょうか?」
「そうだな、確かに気になる。休憩まではまだ時間がある。ちょっとニックさんに聞いてくるからシルクちゃんはここにいて」
「はいっ、待っています」
シルクちゃんを安心させるため、撫で肩を軽く両手でポンポンする。さて、ニックさんがいる御者席へと向かうか。何もなければいいが……。
荷台から飛び降り、御者席にいるニックさんに話しかける。
「ニックさん、突然止まりましたが何かありましたか?」
「あぁ!? マナブさん! ちょうど良いところに!」
「どうしました?」
何やら問題発生の予感である。おれが簡単に解決できる事なら良いが……。
「あそこの森の中、見えますかね? どうやら誰かモンスターに襲われているらしいのです」
「モンスターと? あぁ確かに襲われているな。あれはゴブリンか?」
「はい、そのようです。見たところマルチ村の村人だと思うのですが、あまり自信がありません」
確かに、村人っぽい服装をしているな。あれは男と女の二人組か? 今おれが確認できたのはその二人だけだ。
「数が多いな。ゴブリンがざっと数えた程度だが十数体はいるぞ」
「そうなのです。あの数はかなり脅威です。あの二人が殺されれば次に来るのはこちらでしょう」
「それは良くないな」
まぁゴブリンくらい何体いようが、おれならワンパンで瞬殺でいるし、攻撃されても《頑丈》チートがあるから無傷で済む。
あの二人は今から行く、マルチ村の村人らしいからなぁ。なんか見捨てるのは後味が悪い。しょうがない、ここは助けてやりますか。
「ニックさん、すみませんが少しお時間を頂きたいのですが?」
「……まさか助けに?」
「そのまさかです。これからいくマルチ村の村人を見捨ててはわたしが気持ちよく村に行けないので」
「そうですか。マナブさんはお優しいのですね」
ニックさんがなんか良い人を見る視線を向けてくる。おれそんな良い人じゃないよ? おれの能力なら助けられるから助けるのであって無理なら無理って言うし。
「では、少しの間何処か森の中にでも隠れておいてください」
「はい、分かりました。幸運を祈ります」
「えぇ、あのくらい余裕で助けてきますよ」
ニックさんに、グッと握り拳を上げ、ゴブリンに襲われている男女二組に向かって疾走する。相変わらずこの体は軽いなぁ。
大地を蹴る力も凄いことになっている。地面とか足の形に凹んでいるし、あまり全力でははしらないほうがいいな。これは。
ものの数秒で目的地のゴブリン集団までたどり着いた。はやぇや。百メートル五秒フラットくらいじゃないか? 軽く走って。
「先ずは一体っ」
すれ違いざまに一体仕留める。お得意のボディーブローである。そしてぶっ飛ばしたゴブリンをまた別のゴブリンに当て、もう一体。
おれが戦闘開始してから刹那の時間で二体のゴブリンが天へと召された。アーメン。
「!? 姉さん! 誰か助けに来たよ!」
「ほ、本当に!?」
「あぁ、本当だ」
おれは気付かれぬように瞬時に、あの二人に《頑丈》を掛ける。これで二人は安心だ。二人を背で庇いつつ、ゴブリンを睥睨する。
ゴブリン達は仲間が瞬きをする間にやられた事でかなり警戒しているようだ。
「お前たち、怪我はないか?」
「ね、姉さんがっ!おれを庇って、腕に怪我を……」
「そうか、ならこれを使え」
おれはバックから下級治癒ポーションを取り出し、少年の方へと投げる。その間も警戒は怠らない。
「あ、ありがとうございますっ!」
「気にするな。これはただおれがやりたくてやっただけのことだ。あんたが気にすることじゃない」
背中越しに話しかけてくる声に、振り向かず答える。まだゴブリンは見たところ十三体。取り敢えずゆっくり話ができる状況じゃないな。
ここはほんの少し本気を出して瞬殺しておくか。早く事情も聞きたいしな。
「さて、残りは十三体。お前ら、全員腹パンの刑だ」
大地を蹴り込み、一体のゴブリンへと肉薄する。そして腹に一撃。ボディーブロー! ゴブリンの体が飛散しない程度に手加減をする。
流石に本気で殴ると木っ端微塵になってしまうからな。一度、ソロでプレの森に潜った時、ゴブリンの血が服に付いてめちゃくちゃ臭かったことを覚えている。あの経験は二度としたくない。
「あと十二体!」
殴る殴るとにかく殴る。殴ってはゴブリンが吹き飛び、仲間の巻き添えにしながら吹っ飛んでいく。おもしれぇ。
一瞬の内に勝負はついた。ゴブリンは合計十四体。全ておれが責任を持ってあの世へ送ってやった。
「さて、これでゆっくり話せるな」
ゴブリンの血で若干汚れた拳を布で拭きつつ、おれは二人組へと向かう。ゴブリンの血くせぇ! 直接拳で殴るのはやめた方がいいかもしれない。武器とか買おうかな。金が貯まったら。
そんなことを考えながら、二人組に近づいて行くと、二人から声がかかる。
「あ、あのっ! 危ないところを助けていただきありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
少女の方がペコリとお辞儀をすると、釣られて少年もお辞儀をする。なんかこの二人似ているな〜姉弟かな。多分。
「いや、先ほども言ったが気にするな。おれが助けたかったから助けたんだ」
「それでも助けていただいたことに変わりありませんっ! さらに治癒ポーションまで頂いてしまいっ! すごく洗練されたポーションだと思いました」
「あのポーション、下級の奴だったがちゃんと効果あったろ? やっぱり造った人がいいんだな」
やっぱりシルクちゃんが造るポーションは俺にとって世界一だな。まだ使ったことないけど。愛情って奴がきっと詰まっている。シルクちゃんの愛を一重に受け止めたい。
「私なんかのためにすみません。大切なポーションを使わせてしまい……」
「いや、あのポーションは怪我をしている女の子を使うべきだったんだよ。あれが一番いい使い方だな。おれにとって」
怪我をしている女の子を放っておけるほどおれは落ちぶれちゃいない。見かけたら必ず救いの手を差し伸べてやる。逆にこっちから掴みに行こうかと思います。
「おれからも礼を言わせてくれ! 本当にありがとう。アンタのお陰で姉さんの腕に傷がつかなくて済むよ」
確か少年を庇って傷を負ったんだったな。男が女に守られるってのは、この少年にとってはあまり良いことではないようだな。
まぁ世間一般的にはそんなもんか。少年は姉を守れなくて自分の無力感に打ちのめされているのだな。
「それは良かった。女性の体に一生残る傷が出来るのは見てられないからな。ところで君たちは何でこんなところでモンスターに襲われていたんだ?」
「はい、実はポーションの材料となる薬草を採集していたんです」
「そうなんだよ! いつもここに取りに来るんだけど、今日に限ってゴブリンがあんなに沢山いたんだ!」
ふむふむ、ポーションの材料をね。なるほどいつもはこんなに多数のゴブリンは出てこないと……原因は何だろうか?
「いつもはどの位の数のゴブリンが出てくるんだ?」
参考までに聞いておきたい。
「いつもは多くて二、三体くらいだよな! 姉さん!」
「えぇ、そうね。その位であれば私たちでも何とかできますし」
「そうか……」
マルチ村の村人はなかなか屈強な様だ。こんな少年少女がゴブリンを相手どれるくらい。村では何か戦闘訓練でもあるのか?
「あっ、わたし少し気になる事がありまして……」
「ん? どうした?」
「はい、最初、ゴブリンと遭遇した時いつもと様子が違っていて……」
「どんな違いだ? 教えてくれ、何か分かるかもしれない」
「……えと、何かから逃げてきた様な感じがしました。あまり自信はないですけど、そんな感じがしたんです」
何かから逃げてきた? それはまさか?
「ゴブリンが逃げてきた方向は分かるか?」
「方向ですか? 多分、コーポリ山脈があるところからだと思います」
これはあれか。バジリスクから逃げてきたってことか? あのモンスターは確かBランク相当のモンスター。
ゴブリン程度じゃ相手にならないだろう。というかあのバジリスク、こんな所にまで被害が出ているとは早めに退治しておかないとな。
「なるほどな、多分だが原因は分かったぞ」
「本当か? ゴブリンが沢山出たのはどういう事なんだ?」
「何かから逃げてきたってお前の姉は言っていたろ? 方向的にあのゴブリン達はとある強力なモンスターから逃げてきたんだよ」
「とある強力なモンスターですか?」
「どんなモンスターなんだ?」
「バジリスクだ」
「「バジリスク?」」
ポカンと小首を傾げる少女。少年もどうやら知らない様だ。おっと知っている前提で話すのは良くないな。
「バジリスクとはな。Bランク相当に値するモンスターで身体中から強力な毒を分泌できるらしいかなり面倒な相手だ」
「Bランクっ! そんなモンスターがコーポリ山脈にいるのか!」
「そ、そんな! すぐにギルドへ知らせないと!」
5秒時間をください。
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