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朝食をいただいたおれたちは、こーぽり山脈へ向けて旅立つことにした。ゴブリンとかで色々と時間を食ってしまったからな、ちょっと急がないとな。
「それじゃ、いってくるよ」
「ロティ、色々お世話になったわね」
「気をつけて行ってらっしゃいませ、マナブさん。シルクも怪我とかしないようにね」
ロティちゃんに見送られ、おれたちはマルチ村を出る。一晩だけだったけど、なかなか濃い時間だったな。
「マルチ村、良いところだったな。また機会があれば寄ってみたいな」
「そうですね、まだマルチ村の特産品のワインを味わっていませんので、次に来た時は一緒に飲みましょうね?」
「あぁ、そうだな。ところでシルクちゃんはお酒は飲める方なのか?」
「えと、わたしはあまり強い方ではないですね。ワインもコップに三杯くらいでもう呂律が回らなくなってしまいます」
コップ三杯でもそこそこ飲める方じゃないのか? おれも酒はそんなに飲めないからなぁ。なんかこう苦いんだよな、酒って。あれが良いっていう人もいるけどさ、おれにはよくわからないな。
「そういえば、普段の食事ではあまり酒とかは見なかったけど、あまり頻繁に飲む方ではないのか? シルクちゃんは」
「お酒は普段飲まないですね。たまに少しだけ飲みたくなる程度でしょうか」
「まぁ、おれもそんな感じだな。毎日飲みたいってほどじゃない。たまにでいいよな、たまにで」
鬱蒼と生茂る木々をかき分けつつ、進んでいく。チュンチュンと鳥たちの鳴き声と、木漏れ日が気持ちいい。なんかいいなこの感じ、モンスターの脅威なんて全然感じないな。本当にいるのか? バジリスクは?
辺りにモンスターの気配が全くない為、おれが少し油断していると、
「きゃっ」
シルクちゃんが、木の根に躓き転けそうになる。慌てて、手を掴む。
「っと! 大丈夫か?」
「は、はいっ」
「森の中は歩きにくいからな、何だったら手でも繋いでいくか?」
と、提案してみる。美少女の柔らかな手を握りしめながら歩いた方がおれのテンションもかなりウキウキ上昇だ。モンスターと戦うモチベーションも上がる。
「……うぅ、で、でもご迷惑じゃないですか?」
「そんな迷惑なわけないだろ? おれからいってることだし、むしろこっちは大歓迎だよ」
「そ、それなら……」
おれの手をギュッと握り返してくれたシルクちゃん。ふにふにとした感触を噛みしめ、おれたちはまた森の中を進んでいく。
シルクちゃんに先導されながら、おれは彼女の後ろ姿を見つめる。いやぁ、本当に綺麗なスタイルしているよなぁ。
今日のシルクちゃんの服装は旅装束。ぴっちりとしたズボンを履いているので、体のラインがくっきりと見える。
歩くたびに揺れるお尻についつい目がいってしまうが、ここは森の中、モンスター達の世界。あまり油断はせずにいくとするか。本当に残念。だがチラ見するくらいは許してくれっ、と誰にでもないが謝罪をする。
「というか、よく水精霊の水辺の道順覚えているな」
「お婆さまに同行して色々な場所へ行く時は、色んな雑談を交えながら旅をするのですよ。例えば今向かっている水精霊の水辺ですが、川の上流に位置していますので川を辿っていけばある程度は迷いません」
「へぇ、なるほどな」
「はい、あと森の中の木々は一見、同じように見えますがよく見ると葉の形が違っていたり、薬草の群生地があったり、お婆さまが前につけた木の切り傷などを目印にして向かっているんですよ」
シルクちゃんは色々と物知りだな。よくそんなに物が覚えられるものだ。おれは単純シンプルに物事を考えたいから複雑なことは出来ないな。
「因みにあとどのくらいで着きそうなんだ?」
「あと、そんなにはかからないと思いますけど……」
「そうか、じゃもうそろそろって感じかな。さてさてバジリスクをサッサと退治して祝勝会の準備だな」
「はいっ! お婆さまを早く助けたいですっ」
歩くこと数分。
前方が何やら騒がしくなってきた。砂埃が舞い視界が悪い為、あまり見渡せない。だが、砂埃の先にうっすらとでかい影が見えてくる。
「ギャァーーーオォゥーーーッ!!!」
バジリスクの咆哮。
「……あれは?」
「マナブさんっ……」
シルクちゃんが不安そうに握っている手に力が籠る。おれは安心させるように少し強めにギュッと握り返す。
「大丈夫だ、シルクちゃん。心配するな。今、バジリスクが暴れているってことはエメさんはまだ戦っているということだ。まだエメさんは生きている」
「は、はいっ!」
「おれは今からエメさんを助けに行ってくる。シルクちゃんは何処かに隠れておいてくれ。あとおれのカバンを預かっておいてくれ」
「わかりました。マナブさん、どうかお気をつけて、怪我のなきよう」
「あぁ、おれは心配すんな、おれに傷をつけられるような奴がいたら逆にみてみたいもんだ」
おれは自信満々にそう言い切ると、シルクちゃんに背を向け、走り出す。バジリスクは相当暴れているようだ。
さっきから砂煙が治る気配がない。それに砂埃に混じって何やら紫色の気体のようなものも漂い始めた。あれはもしかして毒か? ちょ、毒はまずいな。おれには効かないがエメさんはどうなのかはわからない。これは早いところ助けた方がいいだろう。
「これはまずいな……」
おれは足をさらに早め、バジリスクがいる砂埃の中へと突っ込む。砂埃のせいで視界が悪いがバジリスクのでかい図体だ。
見失うことはない。最初の挨拶はじめだ、右手の拳を握りしめるとバジリスクに向かって対モンスター恒例となったボディーブローをかますことにしよう。
「おらぁぁぁ!」
「ガァァアアア!?」
バジリスクは突如腹を殴られたのにかなりの驚きがあったようだ。いままで散々暴れていたのに殴られた場所が痛いのか縮こまっている。すると砂埃も晴れてきた。これでやっと視界が晴れるぜ。目を入ったら痛いんだよな。地味に。
さてさて、エメさんは何処にいるんだ? と当たりを見渡すと、砂埃の中からシルクちゃんと似通ったキラキラと輝く黄金の髪の毛を持った碧眼の美幼女がおれの目に留まった。
「…………」
「…………」
おれたちは互いに見つめ合う。彼女はどうやら困惑しているようだった。体は微かに震えているし、表情も何処か青ざめている。これはまさかバジリスクの毒にやられたのか?
しかし、ここにはバジリスクとこの美幼女ちゃんしかいない。エメさんは一体何処にいるんだ? だが、いないのであれば一旦バジリスクを倒してから考えよう。あいつがいてはゆっくり考えることもできないからな。
さて、この美幼女もここにいると危険だから、さっさとバジリスクを倒して安全な場所へ連れて行かないとな。おれは美幼女にできるだけ優しく声をかけた。
「君、危険だからそこから動かないでな」
「……わ、わかったのじゃ」
「…………?」
あれ? この子の喋り方なんだか可愛いな。のじゃってまたこんな美幼女が言うとこれまた可愛い。まじおれの好みだ。結婚したい。しかもよくよく見ると、顔立ちがなんかシルクちゃんにとても似ている。シルクちゃんが十歳くらいの頃はこんな感じだったのかなぁ的な?
でもやっぱり顔色がよろしくない。よしっ! さっさと倒してしまおう! おれはバジリスクへと向き直り、そして駆け出す。右の拳を握りしてるとバジリスクの腹に向かって、先ほど殴った場所へもう一度打ち込む。
「ボディーブロー!」
「グァガァァァーーー!!!」
「……えっ?」
断末魔を上げ、ズシンッと地面震わせながら倒れ込むバジリスク。……なんだこれ? もしかして終わり? 早くない? 弱くない? 美幼女ちゃんも何やら驚いているし。
「…………」
空しい。これじゃゴブリンとの戦闘と何も変わらないじゃないかっ! 毒の攻撃とかがくるかと思って若干身構えていたのにっ! 《頑丈》チートがあるから効かないけども実際に食らってみないと分からないじゃないか!
まぁ、いいか。シルクちゃんをあまり一人にするわけにはいかないし、それに美幼女ちゃんもいる。彼女は顔色が悪いからな。早めに医者に見てもらわないとな。あ、でもシルクちゃんもポーションとか作っているしまずはシルクちゃんに聞いてみるか。