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「ふぅ」
おれは今、風呂場の前の脱衣室みたいな場所で上着を脱いでいた。どうやら風呂はおれが思っていた以上に広かったらしい。
一民家でもでかい家だなぁとは思っていたが、まさか風呂まででかいとな。まるで日本の旅館みたいだ。これは風呂を使って儲けられるんじゃないか? 一回の入浴、大銅貨三枚とかいって。
「しかし、ゴブリン相手とはいえ、疲れたな。数が多いいんだよな、奴らはほんと、頭数だけは一丁前だよな。あの繁殖力には脱帽だよ」
ゴブリンの愚痴を言いつつ、タオルを腰に巻き、念願の風呂へと向かう。あぁ楽しみだ。おれはこれを楽しみにゴブリンをボコボコにしてきたのだ。
ガラガラガラっとスライド式の扉を開けると、そこは人が十人は余裕で入れそうな、大きな石造りの風呂だった。おれの顔面を湯気が撫でる。おぉ、これを貸切で使えるのか! 最高だっ!
気分良くお風呂に入るためには、まずは体を清潔に洗わなきゃな。いきなり風呂に入るのは失礼だ。おれはそこんところは弁えている。
さてさて、体洗いますか……、おぉ、木製の椅子みたいなもんがある。これは便利だな。んじゃこれを使わせてもらって、とおれが体を洗おうとお風呂の湯を桶で組み上げようとした時、
ガラガラガラっ、と扉の開く音。
「ん? 誰か入ってきたか」
まぁ、このお風呂は村の人も入っていいといっていたからな。村人の誰かだろう。まぁ、広いし一人くらい増えても問題ないか。
と、気にせずに、ふんふんふーんっと体を手で洗っていると、
「マ、マナブさん……」
「ん? シルクちゃん?」
おや? 何かな、この眩いスタイルの持ち主は? と思ったらシルクちゃんでした。一応白い布を体に巻いてはいるが、短いのか殆ど意味を成していない。かろうじて胸とお尻を隠していると言う感じだ。
少し前屈みになれば、お尻は完全に見えてしまうだろう。胸に至ってはすでにほぼ半分は見えているようなものだった。あと少しで見えそうなのに残念である。
「マナブさん、お疲れだと思って……お背中を流しにきました」
「そ、そうか。それは助かる」
シルクちゃんは、物凄く恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俯いたまま、太ももを擦り合わせ、もじもじしている。
そういうことをすると、かなり卑猥だからやめてほしい。いや、やめてほしいというのは、嘘でした。もっとやってほしいでした!
シルクちゃんがおずおずとおれに近寄ってくると、白い布切れを取り出した。おぉ? それで体を洗って擦ってくれるのか? 自分じゃなかなか背中とか洗えないからな。本当に助かるよ。
「で、ではっ、参ります」
「いや、シルクちゃん。そんなに緊張しなくても大丈夫だ。まぁとりあえず背中から洗ってもらえるか?」
「は、はいっ、わかりましたっ」
おれの背後へと回るシルクちゃん。なんか歩くたびにぽよんぽよんと胸が揺れるから、目線がそこに固定されてしまう。チラ見ではなくガン見である。
というか、シルクちゃんは別に服を方ままでも良かったんじゃないかと思うけれど、まぁ、眼福ものだし、ありがたいし、全然問題ないし、オールオッケー。
「で、ではっ、お背中を流させてもらいますっ」
「あぁ、よろしく」
おっかなびっくりな手つきで、おれの背中を布で擦り、洗っていく。はぁぁ、気持ちいい。自分では背中はなかなかとどかないからなぁ。
なんでこう、人に背中を洗ってもらうのってこんなに気持ちいいのだろうか。謎である。でもシルクちゃんにやってもらっているってのが一番大きいのかな。
これが、あの村長みたいな大男では、ここまで気持ちよくはならないだろう。美少女にやってもらってこそである。
「シルクちゃんは、背中洗うのがうまいな。よくやっているのか?」
「い、い、いえっ! 男の人の背中を洗うのなんてマナブさんが初めてですっ!」
「そうか」
「はいっ! でもお婆さまのお背中は流しますね。たまに帰ってきた時とかに」
ほーん。エメさんとか。お婆ちゃん孝行してるなぁ、シルクちゃんは。おれなんか日本にいた頃なんて、おばあちゃんには小遣いせびるために肩たたきしたくらいだぞ。
「エメさんとは、よく風呂に入るのか?」
「そうですね、帰ってきたときは、一緒に大浴場に行きますね。あとは布で拭うくらいですが」
世間話をしつつ、シルクちゃんの背中ゴシゴシの感触を楽しむ。布越しの感触もいいけれど、手で直接やってもらいたい気持ちがおれの中で燻ってきた。これは駄目もとでお願いしてみるか。レッツチャレンジ!
「シルクちゃん、ちょっといいか?」
「はい、どこか痒いところがありますか?」
「いや、そうじゃないんだか、おれは余り肌が強い方じゃないんだ。だから布を使うのではなく、素手で直接洗ってくれないか?」
「素手でですかっ!」
息を吐くように嘘をつくおれ。肌が弱いとかどの口が言うのだろうか。……おれの口です、はい。だがしかし、これはちゃんとした理由があるのである。
布で洗うのもいいが、やり過ぎると乾燥して肌を逆に痛めてしまう恐れがあるのだっ! という大義名分でシルクちゃん、直接素手でやってくんねぇかなぁ。やってくんねぇよなぁ。
まぁ、駄目で元々だからな。聞いてみるのはタダ。タダなら聞いたほうがいい。これマジ真理。真実。
「で、でも肌があまり強くないのでしたら……しょうがないですよね」
「あぁ、すまんが頼めるか?」
「は、はい……マナブさんの為なら」
シルクちゃんは、真っ赤だった顔をさらに真っ赤っかに染めている。頭から湯気が出ている。お風呂に湯気より熱そうだ。
背中から布の感触が消え、代わりにぴとっと手のひらの感触。小さくて柔らかい女の子の手のひらだった。
「……う、動かしますね」
そう言うと、シルクちゃんはおれの背中を円を描くようにクルクルと手の内で洗っていく。布越しでは味わえない、なんとも言えない手の感触がこれまた気持ちいい。
おれの邪な気持ちまで洗い流してくれそうな、そんな感触だ。
「気持ちいいな、シルクちゃんの手は」
「そ、そうですか? 自分じゃちょっと分からなくて」
まぁ、自分の手で自分を洗っても特に何の気持ちも出てこないからな。これは人にやってもらって初めて出てくる気持ちだ。特に美少女にやってもらうのはまた格別だな。最高と言ってもいい。
と、シルクちゃんの手の感触に集中していると、ふと手が脇腹を擦る。
「っつ!」
「ひゃ! すみませんっ! どこか変な所触ってしまいましたかっ!?」
「いや、気にするな。少しこそばゆかっただけだ」
「すみません……」
いきなりの脇腹は少し、いやかなり驚いてしまった、つい声が漏れたし、シルクちゃんに変に思われてないだろうか。それだけが心配。
しかしまぁ、彼女は本当に見た目だけでなく、中身も美少女なんだよなぁ。おれのために背中まで流してくれるなんてな。
ふにふにの手のひらは、極上の気持ちよさをおれに与えてくれるし、気持ちよすぎてこのまま寝てしまいそうだ。
まるでマッサージを受けているかのよう。マッサージをやってもらうとついつい寝てしまうんだよなぁ。気持ちよすぎて。
「マナブさん」
「ん? なんだ? シルクちゃん」
「マナブさんがお疲れの時はいつでも言ってくださいね。わたしがいつでもお背中を流しますから。あっ、マナブさんが嫌で無かったらですが……」
「…………」
な、なんて健気な子なんだろうか。一体何を食ったらこんな純情可憐な美少女天使が生まれてくるのだろうか? 神様おれにレクチャープリーズ。
「あぁ、その時はまた頼むことにするよ」
「はいっ! いつでも言ってくださいねっ」
背中越しから、可愛らしい声を弾ませている。なんたが嬉しそうだな。そんなにおれの背中を流せるのが嬉しいのか。