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まぁ、実際こんな大男に褒められるより、村長の奥さんのヒスイさんに褒められた方が何倍何十倍何百倍何千倍と嬉しいので、この村長は放っておいてシルクちゃんやロティちゃんもいる村長の家に帰るとするか。
「ゴブリンは粗方、片付いただろう? 後処理は任せた」
「ま、待ってくれ! まだ報酬の話が終わっていない!」
「報酬? いやいや、そんなもんいらんいらん。村人にもゲガをした奴がいるんだろ? そいつにでも使ってやれ。おれはもう報酬は先払いでもらっている」
ヒスイさんの手料理やロティちゃんとの触れ合いなどでおれの心は今、満たされている。
そう考えるとこの大男にも少しだけ、ほんの少しだけ感謝してもいいかもしれない。ロティちゃんをこの世に誕生させてくれた件についてで。
「……いいのか? ゴブリンでもこの数であれば、そこそこな金額になるぞ?」
「あぁ、いいんだよ。じゃ、おれは行くからな」
「おれの家に泊まっているのだろう? おれはこのゴブリンどもを片付けないといけないから今日は家には帰れないだろうが、ゆっくりしていってくれ」
「あぁ、そうさせてもらう」
まだ若干名残惜しそうであったが、おれはそれを捨て置き、村長の家へと帰ることにした。
〜村長side〜
おれの名前はイチ。
マルチ村の村長をやらせてもらっている。
たが、おれは基本的にはワイン農家だ。美味しいワインを作るために日夜、励んでいる。
自分で言うのも何だが、俺たちの村は結構栄えていると思う。飢餓で苦しむ村人はいないし、コーポリ山脈から流れてくる水もとても澄んでいて綺麗だ。
おれはこの村が大好きだ。
だから、この村に襲ってきたゴブリンどもは許せねぇ。絶対に退治してやる。何も奪わせてやるものかっ!
奴ら、ゴブリンが襲ってきたのは夕暮れ過ぎの事だった。村の男たちが畑から帰ってくる時間帯、柵の向こう側。森の方が何やら騒がしかった。
「なんだ? 騒がしいな」
「ちょっとみてくる。トンガ、お前も一緒に来てくれ」
「あぁ」
丁度、会ったので二人で歩いて帰っていたところだった。ブドウ畑の手入れも今日のところは終わり、さて家に帰って飯でも食おうと向かっていたところ。
「……面倒がなければいいが」
「……そうだな」
トンガも何やら不安そうである。確かにこんな夕暮れ時、いやもう殆ど太陽は沈んでしまっている。もうだいぶ暗い。こんな時にモンスターにでも襲われた日にゃ溜まったもんじゃない。
ガザっガザっ!
柵を越え、森に入る手前で、何か小さい小柄な人型の影が複数体、飛び出してきた!
「ゴ、ゴブリンだっ!」
「な、なにっ!」
途端、慌て出すトンガ。だがすぐに農作業で使っている。桑を構える。おれも護身用で常にナイフくらいは携帯している。普段使ったことはないがしっかりと手入れはしているつもりだ。
ゴブリンくらい、一対一なら何も問題ないが複数体いるとなると話は違ってくる。おれの味方はトンガ一人だけ。相手のゴブリンはざっと見たところ、八体はいる。一人当たり四体だ。四倍の数はかなり厳しい。しかもトンガの野郎はヒョロヒョロときてる。
「……これは、かなりまずいな」
「あぁ、イチ。俺たちだけじゃ、倒すのは無理だぞ! どうすんだ! イチ!」
ゴブリンどもと睨み合う。
どうやら奴らも俺たちに驚いているようだった。こちらを睨みつけ、警戒している。
「まぁ、落ち着け」
「これが落ち着いていられるかっ! おれはこんなところで死にたくねぇよ!」
「死にたくねぇなら落ち着け! このボケ!」
「いてぅ!」
トンガの頭を軽く小突く。すると少しは冷静になったのか、理性のある目でおれを見る。
「……悪い、冷静じゃなかった」
「あぁ、気にすんな。それよりトンガ、お前は村の男連中を呼んでこい。」
「呼んでこってっ! イチ! お前はどうすんだ!」
「おれはここでこいつらを足止めする。なぁに、お前が戻ってくるまでくらいは大丈夫さ」
トンガが何やら心配そうな顔をしていたが、ゴブリンくらい下手を打たなきゃ死ぬこたぁねぇ。背後を取られないよう立ち回るだけだ。
「で、でもよぉ……」
「でももくそもねぇ! 早く行きやがれ! あと村の女子供には家の外に出るなと伝えて回れ!」
「わ、わかった! 死ぬなよ! イチ!」
「三十すぎで、死ねるかよ。さっさと行け!」
トンガが村の方へ駆けていく。
さぁて、八体を相手に何十分持つかね。神にでも祈ろう。
それから数十分、防御主体の動きで、おれは何とか村の男連中が来るまで、耐えることができた。危ねぇ、死ぬとこだったぜ。
だが、状況は芳しくない。何故なら、森からまたさらにゴブリンどもが来やがったからだ。ちくしょう! いったいどれだけ現れりゃ気が済むんだ! こんなんはおれが生まれてから初めてだぞ!
「ギャギャ!!」
「くそったれ!」
男連中とゴブリンとの戦闘は長引いている。数が数だ。こっちの数は十人弱。対して、ゴブリンは今、ざっと三十体くらい。三倍だ。やはり厳しい。
「このままでは……」
そう絶望しそうになった時、一人の青年がゴブリンどもの中央に現れた。本当に一瞬のうちに現れたんだ。
目を疑ったが、その青年が現れた瞬間、ゴブリンどもが男連中から目線をはずし、全てのゴブリンが青年に向かって怒りの視線を向けていた。
そして、一体のゴブリンが青年に突撃し、棍棒を振り上げる。
「くっ、あの数は一人でどうにか何ものではないっ! 助けなければっ!」
そう、足を踏み出そうとした瞬間。
「よっと」
目を疑った。
青年はゴブリンの攻撃を鮮やかに避けた。何!? あんなに簡単に避けられるものなのか! おれでは十回中九回は当たる自信がある。一回避けられるだけでもいい方だ。
それから青年は、凄まじい強さでゴブリンどもを全て倒していった。村の男連中も呆然としている。
おれだってこの光景は信じられない。たった一人で、本当にたった一人で、あれだけおれたちが苦戦していたゴブリンを倒してしまった。
自分の目で見ていなきゃ、信じられなかっただろう。きっと名高い冒険者の方なのだろう。あの若さで凄まじい強さだった。おれなんて足元にも及ばない。
青年は、一通り辺りを見渡す。どうやらゴブリンの残党がいないか警戒しているようだ。と、そこへ向かう奴がいた、あれは……トンガか? もしやあいつがこの冒険者を連れてきてくれたのか? そいつは助かった。
トンガは青年に話しかけて、一人驚いている。何だ? あいつ、あの青年の強さを知らずに連れてきたのか。まぁ、それはしょうがないか。
青年に話しかけてみたが、どうやら彼はたまたまこの村に訪れた冒険者らしい。しかもおれの娘を助けてくれたそうだ。さらに感謝の念が絶えない。
報酬の話をしようとしたが、彼は怪我をした奴に使って欲しいと、自分はいらないと言った。なんと気高い冒険者なのだろうか。こんな冒険者はおれは他に知らない。
彼とは今回のゴブリン騒動が収まり次第、ゆっくりと話したいものだ。
〜
「ふぅ〜、ゴブリンも数がいると面倒だったなぁ」
ゴブリン騒動に一つ決着がつき、おれはロティちゃんの家へと帰宅した。コンコン。と扉を軽く叩く。
ガチャ!
「マナブさん!」
「おぅとっ」
扉がいきなり開き、シルクちゃんが飛び出してきた。それを受け止める。柔らかな感触と少女特有の匂いがした。
「心配しましたっ!」
「あぁ、だがゴブリンくらいおれなら余裕だ。知っているだろう?」
「で、でも心配はするものなのです……駄目ですか?」
うるうると目を潤ませ、上目遣いでおれを見上げるシルクちゃん。マジ天使。可愛い。ラブリー。
「いや、駄目ではないな。心配は嬉しいよ。シルクちゃんの方こそ、何もなかったか?」
「はいっ! マナブさんがゴブリンを退治してくれたので私たちは全然問題なかったですっ!」
「そうか、それはよかったよ」
綺麗な金髪を撫でる。すると、気持ちよさそうに顔を緩ませる美少女がいた。シルクちゃんだった。いつまでも撫でていたくなる、そんな美しい髪だ。
「あっ、マナブさんっ! ご無事で良かったですっ!」
シルクちゃんの後ろの方から、ロティちゃんがトットットッと駆けてくる。彼女もまた、おれを気遣うような視線を向けている。ゴブリンでここまで心配してもらえるとは、戦ってきて良かったぁ!
「あぁ、ロティちゃんも無事で良かったよ」
「はいっ、私たちだけでなく、村の人たちまで救っていただき本当に感謝致します!」
綺麗にお辞儀するロティちゃん。
「いや、困っている人がいれば助けるのは当然のことだ。気にするな」
「実際に行動できるマナブさんだからこそです! 大抵の人は言うだけで行動したりしませんから」
まぁ、確かに、言うのは簡単だからな。毎日何かをしようと思って、宣言しても三日坊主じゃ何の意味もないからな。継続して行動することに意味があるってな。
「ま、おれの行動で村が救われたのなら、それはよかったよ。今日はもう疲れたからな。風呂は沸いているんだろ? 入らせてもらってもいいか?」
「はい、カジがもう用意したそうなので、今日はゆっくり疲れを癒してください」
「あぁ、助かる」
風呂は本当に楽しみだ。プレの街では大浴場があるにはあったが、シルクちゃんの家から遠かったからな。湯冷めするし、面倒だったので濡らした布で体を拭くくらいだったからな。
やっぱり大量のお湯でさっと流したいな。湯船をゆっくりと浸かりたい。じゃないと、なんか体の疲れが取れないんだよな。まあ、気分の問題かもしれんが。
おれは、ロティちゃんの案内で、風呂へと向かう。今日はもう風呂入って寝るとしますか。