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三密に壇蜜を足したら四密なるのかと誰かが言っていたのを聞いてふと、顔に笑みが浮かんだ。
「マナブさん、シルク、夕飯の準備が出来ましたよ」
「あぁ、わかった」
シルクちゃんとエメさんについていろいろ聞いていたら、もう夕飯の時間になったみたいだ。お腹すいたからなぁ。ヒスイさんの料理が楽しみだなぁ。どんな料理が出てくるのかな。
「マルチ村の料理ってどんなのがあるんだ?」
「マルチ村ではほとんど、パンとかが主食ですね。あとは近隣で取れる山菜をスープにしたり、家畜の肉とかをたまに食べますね。モンスターの肉とかも食べますよ? 村にたまに襲ってきますのでボア系のモンスターは美味しいですね」
「へぇ、モンスターも食べられるんだな」
「食べることができるモンスターもいるという感じですね」
なるほどね。日本でも猪肉とか食っていたからなあ。でも猪肉って豚肉と違って結構毛とがまるっとはいってんだよな。おれが食った奴の処理が甘かったのかも知れないが。
と、まぁ食事については聞くより、見て実際に食べた方が良いだろう。お腹も空いてきたし、腹ぺこ、空腹、空きっ腹だ。
ロティちゃんに連れられ、リビングのような所に通される。六人くらいがかけられそうなテーブルに椅子が六つ。その上には綺麗な白色のテーブルクロスが敷かれていた。
美味しそうな香りが漂ってくる。香ばしいパンの匂いに、温かなスープの湯気、空腹感を煽るかぐわしい肉の香り。おれ、マジ、ハングリー。
「マナブさん、お待たせしました」
「いえ、ご馳走してもらう立場だからな。それよりいきなり用意するのは大変だったろ? 助かったよ、とても空腹だったんだ」
「たくさん食べてくださいね」
「あぁ、いただくとしよう。ところでロティちゃんのお父さんはまだ帰ってきていないのか?」
「はい、それがまだなんです。いつもならもう帰ってきているのですが……」
ヒスイさんがほおに手を当て、困り顔。何だろうか。何かまずいことでも起きているのだろうか?
「まぁでも、待っていても何ですので、どうぞ先に召し上がってください」
「そうだぞ、マナブさん。早く食べようぜ」
あれ? いたの? カジくん。全然喋らないからいないものかと思ったよ。だけどまぁ、この家に住んでいるのだからいるに決まっているよね。
「あぁ、そうさせてもらう」
ヒスイさんの作ってくれた料理はかなりレベルが高かった。特に肉料理が最高だったな。あの肉汁がたまらん。全ての料理を平らげ、今日はもう寝ようかと思って部屋にシルクちゃんと一緒に戻ろうかと思った次の瞬間、
「ヒスイさんはいるかっ!」
バンバンバンっと扉を叩く音がリビングまで響く。何やらただ事では無さそうだ。
「ヒスイさん?」
「え、えぇ、今出ます」
「おれもついて行こう。何やら嫌な感じがする。シルクちゃん、ロティちゃん、弟くんはここにいてくれ」
そう言い、ヒスイさんと連れたって入口の扉へと向かう。扉を開けるとそこにいたのは一人の中年のおっさんだった。誰だ? このおっさん。
「あぁっ! ヒスイさん! 無事だったか!」
「どうしたのですか? こんな夜更けに」
良かった、どうやら知り合いのようだった。
「あぁ! 実は今、村をゴブリンの群れが襲っているんだっ!」
「な、なんですってっ!?」
「ほう、ゴブリンが」
これってあれか? バジリスクの影響がもう出ちゃってる的な? 流石にこれは困ったな。もう寝ようかと思っていたけど、これじゃ寝ることなんて出来そうにない。就寝につくなんてとんでもないってことだな。
「ゴブリンの数は?」
「んん? お前さんは誰なんだ?」
「彼は娘たちをゴブリンから、助けてくれた冒険者の方です」
「冒険者かっ! そいつは丁度いい! こんな夜遅くですまねぇが、ゴブリンの退治するのを手伝ってくれねぇか? 報酬は弾むからよぉ!」
「マナブさん……」
このおっさんの頼みはどうでもいいが、ヒスイさんがおれに期待の眼差しでじっと見てくる。まぁ、このまま寝るのも夢見が悪いし、退治に協力してやるか。ゴブリンくらい余裕だし。
「あぁ、任せてくれ」
「それは助かるぜ! ダンナ!」
「ありがとうございますっ! マナブさん!」
「いや、気にするな。美味しい料理を頂いたからな。さて、ではおれはすぐにゴブリン退治へと向かおう。おいあんた、案内してくれ。それとヒスイさん、シルクちゃんたちには説明しておいてくれ」
「はい、しっかりと伝えておきます」
「それと、この家からは絶対に出ないこと、扉や窓はしっかりと封鎖しておいてくれ」
「はいっ」
まぁ、ゴブリン程度であれば、家から出なければ何とかなるだろう。それに一体くらいなら大人の女性でも何とか倒せるだろうし。
「お気をつけて」
ふわりと、ヒスイさんの両手で手を軽く包み込まれ、真剣な表情で、
「あぁ、行ってくる」
おれはそれだけ述べて、おっさんと二人で駆け出した。さっさと倒して、明日に備えますか。
〜
「あんた、名前は?」
おれはおっさんの跡をついて走っていた。おっさんと二人きりってのがテンションが下がる。
かわいい女の子と二人が良かった。だがゴブリン退治に女の子を連れて行くのは忍びない。ここは我慢することにしよう。耐え忍ぶ。
「おれはマナブだ、おっさんは?」
「トンゴだ、よろしくな」
「あぁ、よろしく。んでゴブリンは何処に出たんだ?」
「ゴブリンは、あそこに見えるコーポリ山脈の方から来やがったんだ。いつもは村になんか近づかないゴブリンが今日に限って、しかもかなりの数だ。こんなのおれが生まれて初めてだよ」
ほーん。これはどう考えてもバジリスクの影響だろう。まぁ、バジリスクは今のところは置いておこう。今は大量に出没したゴブリンが先だ。
「マナブ、あんた強いのか?」
「そうだな、ゴブリンが何体いようが、おれにかすり傷すらつける事は出来ないとでも言っておこう」
「……それは良かった。今、この村に冒険者は一人もいなかったんだ。ゴブリンとは言え、数は力だ。村の男どもだけでは倒すことはできても被害がとんでもないことになりそうだからな」
「まぁ、そう緊張するな。おれがいればゴブリンくらい余裕だよ。緊張しているとゴブリンなんかに足を救われるぞ」
「わかった」
おっさんが、何やら緊張していたので、落ち着かせる。ゴブリンくらいでそこまで慌てるとはな。まぁ、でも数が数だからかも知れないな。しょーがない。
走ること数分。
何やらザワザワと喧騒が耳に入ってくる。ゴブリンの不快な叫び声。男たちの怒号。どうやら目的地に着いたようだ。さて、サクッと終わらせますかな。村の男たちが村をぐるっと囲っている柵の前で槍やら剣やらでゴブリンと戦っていた。
「ここか」
「あぁ、今は村の男どもだけが何とか抑えている状態だ。頼む! 何とかしてくれ!」
「ヒスイさんに頼まれたからな(目でだけど)あんな奴ら数分もあれば殲滅できる」
「そ、そんな短時間でか!? で、出来るのか!?」
「まぁ、見てな」
と言うと、おれはゴブリンと村の男ども達との戦いの場に向かって飛び出す。村の男どもがギョッとしていたが無視。ゴブリンが複数いる場所へ着地し、
《挑発》のスキルを発動。
おれの周りにいるゴブリンどもが、怒りの目をおれに向ける。そんな目で見られても何も怖くない。雑魚がいくらいようが、雑魚は雑魚。早くかかってこい。
「ギャジャ!!」
「よっと」
ゴブリンが棍棒を振り回し、殴ってきた。それを目で見て余裕でかわす。
「ギャギャギャ!!!」
「ギャギャギャギャギャ!!!」
二体のゴブリンが、おれを挟むように立ち回る。そして一体は正面、もう一体は背後に回り込んだようだ。相変わらず汚い顔をしているなゴブリンは、あと匂いもマジで不快。不快指数が天元突破している。
「はぁ、殲滅が終わったら、風呂に入ろうかな」
そういえば、ロティちゃんの家の風呂をまだ楽しんでなかったな。忘れてたよ。さてさて、シルクちゃんに背中でも流してもらおうかな。なーんてな。それは厳しいだろうなぁ。
と、少しほんの少しエロいことを考えていたのが悪かったのか。
ガツンっ!
と頭を殴られる。
い、いたっ……くない? というか何か頭に当たったかな? くらいの感触しかない。何も感じない。全然痛くない。無傷。
柵の向こうのほうで、何やら騒いでいたが、聞き流す。無視無視。だけど、攻撃されても痛くないし、無傷って分かっているから、ついつい攻撃に無頓着になっちゃうよな。これは反省点だな。
「よっ」
先ほど殴ってきたであろうゴブリンの頭を掴み、別のゴブリンへと投げ捨てる。べキャっと嫌な音を鳴らし、ピクリとも動かなくなった。
さてさて、あんまし時間はかけられないな。あのおっさんにもすぐに終わらせるって言ったしな。
おれは《挑発》スキルを常時発動させ、駆け回る。ゴブリンどもの意識を全ておれに向けさせる。一体何体いるんだ? 一、二、……十……二十、三十、あ、うん、数えるのが面倒、多分五十以上はいる。知らんけど。
スキルの効果でおれに集まってくるゴブリンども。さてさてそろそろ殲滅のお時間です。
よってくるゴブリンから次々に腹パン! 腹パン! 腹パン! を鮮やかに決めていく。ここは力加減を気をつけないと、腹を貫通させています。
それではダメだ。ちゃんとぶっ飛ばさないといけない。ぶっ飛ばすことにより、別のゴブリンへと当たり、手数が少なく済むのだ。
「おらおらおらっ!」
「「「ギャギャギャ!?」」」
息つく暇もなく、ただおれはゴブリン腹パンマシーンとか化していた。イマオレタダハラナグルダケ。
するとどうだろう、あれだけ騒がしかった周りのゴブリンどもの声が聞こえなくなった。ふぅ、どうやら殲滅が完了したようだな。呆気ない。雑魚が。
辺りを見渡すと、無数のゴブリンの死体が見える。食事をしたあとだったので、あまり見たくない光景だ。
これ、後片付けとかしたくないんだけどいいよね? と、おれが悩みに頭を抱えていると、
「お、おい、あんたっ!」
「ん? なんだ、おっさんか」
おっさんことトンゴから声がかかる。何やら驚愕の眼差しでおれを見てくる。おっさんからの眼差しはあまりおれの好みではない。やめてほしい。
「あんたすげぇな! あれだけいたゴブリンどもを一瞬で片付けちまった!」
「あぁ、だから言ったろ? 数分で終わるって」
「確かに言ってたが、まさか本当にやっちまうとはな……」
「有言実行がおれの常、おれは出来ないことは言わないさ」
さてさて、終わったことだし、おれはシルクちゃんとお風呂にでもはいるかね(嘘)。
「ちょっといいかな?」
「ん?」
とおれに声をかけてきたのは、ダンディな髭を生やした筋骨隆々の男だった。すごい筋肉をしている。静脈とかやばい。
「まずは村の防衛に協力してくれたことに感謝する」
と言っても、深々と頭を下げる筋肉達磨の男。こんな大男が頭を下げるなんてなんか意外だな。見た目プライドが高そうなのに。
「あぁ、気にするな。おれはヒスイさんに頼まれたから来ただけだ」
「ヒスイに……?」
筋肉隆々の男が何やら訝しげな表情を浮かべる。あぁ、もしかしてこの大男が村長で、ロティちゃんの父親か?
「もしかして、ヒスイさんの旦那か?」
「そうだ、イチという。村長をやっている」
「そうか、おれはマナブだ。ヒスイさんとはあんたの娘のロティちゃんを助けた時に知り合った」
「ロティを助けてくれたのか? それはまた重ねてお礼申し上げる」
またさらに深々と下がる頭。別にそこまでのことはしていないのに。ただおれはゴブリン殲滅マシーンと化していただけなのに。
「いや、頭を上げてくれ。おれはたまたまこの村にいたから対処しただけだ」
「それでも、ただ村にいただけでモンスターを退治してくれる冒険者などはそういるようなものではない。マナブさん、あなたのような人格者に会ったのは初めてだ」
なんかとてもヨイショされてる。そんなにおだてても何も出ないぞ!