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銀河太平記   作者: 大橋むつお
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序:04『JQ』

銀河太平記


序・4『JQ』    




 やられた……ホログラムはホールの客たちの方だ。


 このカルチェタランのホールでリアルなのは、このテーブルで向かい合っているグランマと俺と、グランマの斜め後ろでつつましく立ってる湖姫の踊り子だけだ。


「客席がイリュージョンだったとは、完全に負けてしまったな」


「明日にでも戦争が始まると言うのに、のんびりショーを楽しもうなんて人は……」


「ここに居るぞ」


「今日はね、ムッシュにだけ見てもらいたかったからクローズにしてるのよ。でも、こいうところのショーは、ほどよくお客が居なきゃ雰囲気が出ないでしょ」


「それは光栄なことだ。でも、プリマドンナを立たせたままにしておく光栄は身に余る」


「そうね、座ってJQジェーキュー


「ハイ、グランマ」


「こちら、マンチュリー駐留軍司令の児玉少将」


「初メマシテ、カルチェタラン専属ダンサーノJQデス。今日ハ拙イダンスヲ見テイタダイテアリガトウゴザイマス」


 ちょっと違和感。


「えと……ダンスも立ち居振る舞いも素晴らしいのに、声は古典的な人工音声なんだね。声帯に障害でも?」


「あら、JQはロボットよ。ねえ」


 伏目がちに頷くJQ。


「言われなきゃ分からん」


「ふふ、ロボット軍司令のムッシュを騙せたとは光栄ね」


「いや、しかし……」


「JQにはPIの能力があるの」


「ピーアイ……アルファベットのPIのことか?」


「ええ、日本語では……霊格移送? 英語じゃ……ファントムインストールだっけ?」


「両方だ、完全に魂を移し替えることで、パーフェクトインストールとも呼ばれる」


「そう、その能力のために、歌うこと以外はあえて無個性にしてある……て、使用説明書には書いてある」


「いったい、どこのラボで生まれたんだい?」


 ここまで見事なロボットなら既存メーカーではないだろう、PIの真偽はともかく、この水準ならば特別なラボだろう。


「敷島先生会心のお作」


「技研の敷島所長?」


「元所長、いくらわたしの崇拝者だっていっても、現役の技研トップには頼めないわ」


 敷島教授は、陸軍総合技術研究所の所長をやっていた人物で、軍用ロボットの世界的な権威だ。昨年、三年延ばした定年を、もう一年延ばそうと言う官邸筋の意向を丁寧に断って退官したと聞き及んでいる。


 その敷島教授の作品だ、俺のような現場一辺倒の軍人には見破れないだろうが、シャクだ!


「瞳孔が開きまくってるわよ。なんだか、初恋したばかりの男子高校生」


「グランマの前だからな(^^;)」


「JQはね、わたしのスキルとパターンを完全にマスターしてるの」


「ああ……そう言えば、横須賀で出会った頃のグランマの雰囲気かも……」


「わたしも歳でしょ、若いころのスキルを残そうと思って……そうお願いしたら、この子ができちゃった。で、いざって時はJQにPIすればいいって」


「ふぅーん…………」


「フフ、まあ、敷島先生もお茶目な人だから、夢を持たせてくれたのかも……」


「ああ……でも、コスとメイクを変えたら、昔のグランマに……そうだよ、あのころの惟任美音からトゲとキバを抜いたら、こうなるかぁ……」


「失礼ね」


「まあ、あのころのグランマは尖がっていて、そこがまた魅力だから隊長も班長も『美音には近づくな』って眉をひそめていた」


「そうよ、陸さんは純情な人が多かったから……いい勉強になったわ」


 あ、ごまかした……と思ったが、咎めずにグランマの結論を引き出しにかかった。


「で……なにか無茶な頼みがあるんだろ? 敷島教授ほどではないが、俺もグランマには借りがあるからな」


「ありがとうムッシュ……実は、JQを預かって欲しいの」


「俺が?」


「明日、マンチュリーを離れる。最後の便に乗ってね。乗れるのは人間だけでしょ」


 紛争地域からのロボットの移動は禁止されている。ロボットは、どんな情報を持っているか知れないし、後方かく乱やテロに使われる恐れがあるので、国際的に禁止されているのだ。


 そこに驚くことは無いのだが、グランマはマンチュリーに残ると思っていたのだ。戦端が開かれれば、このカルチェタランも無事では済まないだろうからだ。ただ、マンチュリーは広い。贅沢を言わなければ身を寄せるところはいくらでもある。一般人ならともかく、政府や軍の上層部どころかロシアや北京にも顔の効くグランマなら、そうするだろうと思った。


「ステージ4のキャンサーなのよ」


「キャンサー!?」


 キャンサーとは癌の事である。並の癌ならば、いくらでも治療法がある。大昔のように外科手術をやることもなく、ナノリペアーの入ったカプセルを飲めば一週間余りで完治する。


 二十四世紀で言うキャンサーとはパルスキャンサーのことだ。


 二十四世紀の動力やエネルギーの元になっているのがパルスだ。このパルスの影響で、数百万人に一人の割で罹患するのがPCパルスキャンサーだ。


 ナノマシーンを使うことも出来ず、例外的に患部の手術に寄るしか治療の道は無い。


 それも、ステージ4……マンチュリーの医療水準では治療は難しいだろう。


「なぜ、そこまで放っておいたんだ」


 グランマの手に自分の手を重ねた。


「気が付いたら遅かった。だから、敷島先生に頼んだのよ。わたしの崇拝者のためにわたしのスキルを持ったロボットをって……」


「それでPIか……」


 敷島博士と面識はないが、相当のロマンチスト……野心家……いいや、好きだったんだろう。JQは、叶わぬ恋の発露なのかもな。


 しかし、PIとはな。


 量子コンピューターや有機コンピューターが一般化した今日、ロボットに人間のスキルやパターンをインストールすることは当たり前にできる。軍隊のロボット兵士なら、過去の優れた兵士のそれをインストして、世界一のスキルを持たせることができる。


 しかし、人間の本質である狭義の人格(ソウル、ゴースト、ファントム、魂、とかいうもの)はインストールできない。


 もし、そういうインストールができたとしたら、インストールさせた人間は確実に死んでしまう。また、インストールされたロボットは、PCもOSも機能しなくなり、人間で言うところの死に至ってしまう。霊とか魂とか、そういうものは複製も移し替えることも不可だ。時間旅行と同じように、24世紀の今日でもSFの領域だ。


「まだね、生きていたいのよ。生きて、自分の歌と踊りを磨きたいの。惟任美音の最後の賭けをやりたいの」


「なら、機能を停止させて、安全なところに保管すればいい。脳を保管すれば、治療法が確立した時に……ひょっとして転移してるのか!?」


 脳に転移したキャンサーだけはどうしようもない。


 それには答えずに、重ねた手の下から自分の手を滑らせ、三人のグラスに酒を注いだ。


「ここに来る途中に孫大人に会ったでしょ」


「ああ、食えない奴で、口では日本の肩を持っているがね」


「あいつ、JQを狙ってるのよ。他にもいる。JQはレアなパーツを使ってるし、敷島先生の新機軸的なハードやソフトやらが惜しげもなく使われてる。バラして処分してもジャンクとは思えない値が付く。パーフェクトなら北京でもモスクワでも言い値で買ってくれるわ……お願い、昔のよしみで……」


 自然な流れで乾杯した。


 俺は、JQを預かることになってしまった。 


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