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9.大好きって、辛い

 ゆらゆらとバスの揺れに身を任せながら窓の外の灯りををぼーっと眺める。

 隣には……朝陽さんがいるけど、乗り込んでからまだ一度も会話を交わしていない。



「……あの……大丈夫かな……、先生私と一緒に居て……」

 やっぱり誰かに目撃されるのが心配で、周りの目を気にしている自分がいる。


「この時間なら大丈夫だよ。もう生徒たちは誰もこのバスには乗ってないさ」

 安心させるように私を見るけど、どうも落ち着かない。


「バレても私は大丈夫だけど、先生は大変なことになるでしょ?」

 もう、『朝陽さん』なんてとても呼べない。

 何処で誰に聞かれてるか分からないし……


「まぁ……、大変な事にはなるだろうな。でも、そん時はそん時だ」

 クスリと笑って私を見る。


「そん時って……先生仕事失くしちゃうかもしれないんだよ?」

 大変じゃない、そんなことになったら……!

 私なんかじゃ、何の力にもなれないよ、きっと。


「なんかさ、もう俺教師じゃなかったらいいのにって……最近思うんだ」

 遠くを見つめる朝陽さんの目は悲しそうだった。


「どうして? 先生、みんなに人気だし、私にはピッタリの仕事に見えるけど……」

 そんな悲しい顔しないで……


「なぁ、夏帆ちゃん。年上の俺と一緒に居るの……嫌じゃない?」

 視線を合わせず、遠くを見たまま朝陽さんは私に突然質問を投げかけた。


「そんな嫌なんて……一度も思った事ないよ!」


 本当だよ?

 一緒に居れて、私、嬉しいって思った事しかない。

 いつの間にか……、先生の事好きになっちゃうくらい……


「そっか……! よかった!」

 ホッとした表情はふにゃっと柔らかくて……可愛らしくて……

 キュンと心が鳴いちゃうくらい、愛しくて……


 好きなんだよ?

 先生の事……


 本当は、素直に言いたいんだ。

 大好きだって。




 いつの間にか終点の私達が下りる停留所にバスが停まった。

 下りた瞬間、ふわっと柔らかい風が私たちを包み込む。


「なんだか夏の予感がするな」

 ふと口に出した先生の言葉に、私はなんだか可笑しくてプッと吹き出した。


「何笑ってんだよ!」

 顔を真っ赤にして自分の言った言葉に照れる朝陽さんが凄く可愛くて……


「意外とポエマー気質なんですね?」

 笑いを堪えながら、ついからかっちゃう。


「そうか??」

 そんな他愛のない会話をしながら我が家を見上げてみる。


 ねぇ、先生。

 今だけでも、奥さん気分でいていいですか??


 なんだか……凄く幸せなんです……



 エレベーターに乗り込んで25階を目指す。

 いつも一人だったこの箱の中に、今日は朝陽さんが一緒に居てくれる。


 たったこれだけの事なのに、エレベーターが楽しく思える。

 自分の生活の場、そんな殺伐とした印象だった私たちの部屋が、二人で共に生活する『我が家』に見えてくるのが不思議なものだ。



 玄関に入り、いつも通りすぐに夕飯の支度をする。

 今日はお風呂掃除は朝陽さんがやってくれた。


 食卓に出来上がった料理を並べ、向かい側に座っているのは、今日学校で間違いなく授業をしていた担任の先生だ……そんな不思議な気持ちで、彼の顔をじっと見る。


「食べよう、朝陽さん!」

 本当に不思議だなぁ。

 担任なんだよな、朝陽さん。

 なんだかニヤニヤしちゃう。



 そんな不気味にニヤついている私を気にしながら、美味しそうに、あっという間に平らげた朝陽さんは満足そうに、まだ食べている私の顔をじっと見ていた。


「朝陽さん?」

 余りにも私を真っすぐ見つめるものだから、緊張してご飯が喉を通らなくなっちゃう。


「……何でもないよ」

 ふいと視線を逸らして、恥ずかしそう?


 なんか、今なら聞けるかもしれない、そう思った。


「あの……、どうして、私と……入籍はしてないけど……、結婚しようって思ってくれたの??」

 今日なら、何かいい答えが聞けそうな気がしたんだ。

 だって、私達、ここに帰ってくるまでに絶対距離が縮まったよね?


「……ん、父さんに夏帆ちゃんとの結婚進められてOKしたのは……」

 少し考えるようにゆっくりと口を開く。


「俺は、どの道、父さんい言われた通りの人生を歩まなければいけない運命なんだ……。跡取りだからな。最初に夏帆ちゃんの話を聞いて……事情も知って、どうせ結婚するなら、少しでも誰かのためになることの方が自分も幸せになれるって思ったんだ……」


 どうして、こっちを見てくれないの?

 まるで、機械が話をするかのように……


「……そ、そうなんだ……」

 急に笑い方を忘れてしまった。

 さっきまで、あんなに自然に笑顔でいられたのに……


「夏帆ちゃんが……もし誰かと幸せになろうとする日が来たんなら……」

 スッと立ち上がり、自分の書斎に戻る朝陽さん。

 一枚の紙を紙を手にして、すぐにテーブルに戻ってきた。


「これ……、夏帆ちゃん持ってて。これから先、もし、本当に出してもいいって思える日がきたら出してくれればいいから。父さんには……こうして夏帆ちゃんと一緒に暮らしてるんだから……何とか誤魔化せるだろ」

 目の前に差し出されたのは、4月の初め、私の誕生日と同時に一緒に書いた婚姻届けだった。


「……そんな……! 朝陽さんが持っててよ……。私朝陽さんの事縛りたくない。今こうやって生活させてもらってるだけでも十分満足だから……。これから現れる私の相手の事なんて……考えないで!!」

 ボロボロと涙が零れた。

 そりゃそうよ……仕方ないよ。

 朝陽さんが、私の事最初から好きで結婚しようと思ったなんて事、あるわけないもの……


 分かってたじゃない……

 こういう答えが返ってくることくらい……


「夏帆ちゃん……?! ごめん、なんか悪い事でもいっちゃったかな……?」

 慌てふためく朝陽さんは、私の涙の本当の意味に気づくことはない。


 どうしよう……

 私ばっかり、こんなに好きになっちゃってたなんて……



 誰かを好きになることが、こんなにも辛い事だなんて……

 知らなかったんだ……



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