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60.いつまでも先生の生徒でいさせてください

「坊ちゃん、夏帆お嬢様……本当におめでとうございます」

 ハンドルを握りながら感動に震える秋吉の声。


「本当に世話になった。感謝してもしきれないよ……」

 小さい時から秋吉には何度も救われてきた。

 そして、人生の大きな岐路である今日の日も、俺は彼に支えられている。


「西野様は、あの麦わら帽子を床に投げ捨てたんですよ。旦那様はそれをご覧になって、相当がっかりされましてね」

 フフっと笑いながらまっすぐ前を見ている。


「私は何もしておりません。静江様が……きっとお二人を引き合わせ、守ってくださったのでしょう」


 本当にそうかもしれない。

 駅で拉致された時はもう、絶体絶命かと思った。

 俺も夏帆も変な薬をかがされ気が付けば実家に戻っていたが……

 それもあとから聞けばすべて西野先生の差し金だったらしい。


 目覚めた時に傍にいた父さんが珍しく西野先生に対して怒りに震えていて驚いた。

 俺たちが居なくなって確かに父さんも探していたそうだが、あまりにも乱暴なやり方に完全に婚約はなかったことにしようと決めたそうだ。


 籍を入れても……夏帆の学校の問題とかもあるし、大手を振って喜んでばかりもいられないが……


「坊ちゃんも、夏帆お嬢様も今日はマンションでゆっくりとお休みください。朝陽様のお荷物はすべて使いの者が戻しに行っておりますから。旅館の方には後日荷物は取りに行く旨をお話してあります」

 本当に出来た執事だ。

 何度頭を下げても足りない位だ。


 マンションの前に辿り着いて、秋吉に見守られながら俺たちは懐かしい部屋へと足を運ぶ。

 夏帆とたくさん話したいことがある。

 たくさん抱きしめて、たくさんキスしたい。

 素直に……誰に咎められることなく愛してやりたい。


 晴れて妻となった夏帆の肩をそっと抱いた。

 目を合わせて微笑みあっているところだった。

 エレベーターの扉が静かに開く。


 降りる人の中に見覚えのある顔があった。

「……遠野さん……ですよね?」

 今回、彼のおかげで俺たちは救われたといっても過言ではない。


「樹兄ちゃん……!!」

 夏帆が遠野さんに駆け寄った。


「その様子なら……うまく入籍できたのかな??」

 真っ青な顔で弱々しく微笑む彼を見て……まさかと思ったが……


「幸せになれよ、なっちゃん」

 夏帆の頭にポンと手を置きすぐにその場を去ろうとする。


「樹兄ちゃん!! 西野先生と……本当に結婚するの……??」

 夏帆が震える声で彼を呼び止めた。


「……心配すんな。どうせまた簡単に振られるから。それより、工藤朝陽!! 僕がここまでしてやってんだから、絶対なっちゃんの事泣かすなよ!! もし泣かすようなことがあったら……その時はもう容赦しないからな!!」

 樹兄ちゃんは振り返らずに手を振ってエントランスを出て行く。


「……樹兄ちゃん……」

 夏帆……

 彼女を見て俺は嫉妬とかそんな感情ではなく、遠野さんとは一人の女性を想う同志のような仲間意識が芽生えていた。


「大丈夫だ、アイツが何かあった時は、俺が全力で力を貸してやるから」

 夏帆は目に涙を溜めてうんと頷いた……



 久しぶりに二人でこのマンションの部屋に足を踏み入れた。

 初めて彼女がここに来た日の記憶が今鮮明に蘇る。


「夏帆、ほら初めてここに来た日の事覚えてるか??」

 リビングでお茶を飲みながら、隣で彼女が微笑む。


「うん、覚えてるよ。私あの頃、なんで朝陽さんが私をお嫁さんにしてくれたのか、本当に謎だったもん」

 クスクスと可愛らしく笑う彼女を見て俺も顔が綻んだ。


「俺は、もうあの時から夏帆しか見えなかった。生徒でもあるし、どう接したら嫌われないか、警戒されないか……そればっかり考えてたな。カッコ悪いよな」

 彼女には彼女の人生があって……俺は頑なにそれを尊重しなければいけないって思ってた。


「でも気が付いたら、どんどん朝陽さんの事が好きになってて……、自分で気持ちがコントロールできなくなって……。あぁ、恋してるんだなぁって思った。これが、初恋なんだって」


 初恋……?

 驚いた……


 夏帆の初恋の相手になれたことが、馬鹿みたいに嬉しかった。


「夏帆。大切にするから……」

 柔らかい彼女の髪を首筋から掻き上げる。

 温かい夏帆の体温が手のひらに染み渡り、ほんのりと頬を赤く染め恥じらう彼女の唇をピッタリと塞ぐようにキスをした。


「……夏帆の全部が欲しい」

 彼女はコクリと頷き俺胸の中に顔を埋めた……





 すっかり秋の匂いのする風が心地よく肌を擽り通り過ぎていく。

 私は友香と紘に呼ばれ久しぶりに学校に向かう。

 まだ休学中で完全に退学はしていない。

 吉平さんも戻れるものなら……そう色々考えてはくれているけど、西野先生があの学校にいるうちはかなり難しいかもしれないとのことだった。


 ちゃんと分かってるから……

 今日が最後になるかもしれない校舎を見上げながら私は校門をくぐる。


 朝陽さんは別で学校に呼ばれているらしい。

 最後に想い出の校内を工藤先生と歩きたかったけど、仕方ないか……


「夏帆!! 久しぶり!!」

 大きな声で近づいてきた友香は、私の耳にこっそりと囁いた。

「結婚、おめでとう」

 そう言ってギュッと抱きしめてくれる。


「たくさん心配かけて……本当にごめんね。紘は??」

 いつも一緒に居る紘の姿が見つからなくてキョロキョロと探す。


「紘は工藤先生のところに行ってるよ。うちのクラス、劇の出し物するって言ったでしょ? 是非二人に特別席で見て欲しいの!!」

 うふふと楽しそうに私の手を引く友香。


「特別席?? 大丈夫かな……。先生と一緒に居る所見られちゃうと色々マズいんだけど……」

 せっかく気を遣ってくれてる友香には申し訳ないけど……


「大丈夫!! 人目につかないところだし、席は離れてるから!!」

 どういう事??

 友香の言ってることがイマイチ理解できなかったけど、とりあえず席が別なら大丈夫だと思ってホッとした。



「ちょっと、ここ?」

 舞台袖にちょこんと置かれたパイプ椅子に座らされて友香を見上げる。

「友香、もう衣装に着替えなくていいの?? そろそろ始まるんでしょ?」

 いつまでも制服を着ている友香が心配になる。


「いいのいいの!! 私、ヒロイン役だからしっかり見ててね! ちなみに相手役は紘だよ」

 ムフフと嬉しそうに笑って居る。


「どうせなら正面からちゃんと見たかったんだけどなぁ……」

(まぁ、ここなら目につかないしゆっくり見れるか……)

 そんなふうに呑気に思っていた矢先だった。


『これは実際にあって、現在進行中のお話です。さて、皆さんはどう思われるでしょうか?』

 そんな謎のアナウンスと共に緞帳が上がる。


 舞台の上では紘がスーツを着て張りぼての黒板に板書をしている様だ。

 袖元にわざとらしく大きなボタンが一つぶら下がっている。

 そのボタンをブチっと引きちぎり、制服をきた友香の机の上に置いた。


(……これ……?!)

 どこかで見たシーンは、間違いなく私と朝陽さんの今までが事細かく再現されている。

 私のお父さんが早くに亡くなって、先生と結婚することになった流れや、そこから徐々に恋心が芽生えてお互いが近づいていくところ……

 ヤキモチを妬いたり、引き離されたり……

 ここ数か月に起こった出来事が生き生きと蘇ってくる。

 主人公やヒロインの名前すら違うものの……あれは間違いなく、私と朝陽さんだった。


 最近やけに電話で紘と友香が交互に私達の事を聞いてきた理由が今ようやくわかった気がする。


 朝陽さんと出逢ってからの数か月、あまりの展開の速さに心が付いて行けず、私はもしかしたら一生分の涙を流したかもしれない。

 そして、今舞台を見ていて、また泣いている自分がいる。


 最後に出てきた西野先生役の子は、妖怪さながらの演技を見せる。

(西野先生そのものだな……)

 客席からは黄色い声や悲鳴や……怒りや悲しみ、様々な感情の声が上がっている。

 西野先生のお父さん役が止めをさし、舞台は終焉へと向かう。


 婚姻届けを出すシーンで突然友香が舞台袖にはけてきた。


「夏帆!! 早く!!早く出て!! 本当に出した時みたいにするだけでいいんだから!!」

 そう言ってドンと舞台に私を押し出した。


「えっ?? ちょっと!?」

 たくさんの生徒の前に放り出された私はどうしたらいいか分からなくてキョロキョロと挙動不審……

 反対側の舞台袖からも私と同じように先生も紘に押し出されていた。


 目が合って……

 もうどうなってもいいやってそんな気持ちになった。

 先生と一緒だったら……

 どんな厳しい視線も、どんな批判も痛くなんかない。

 これが私たちのすべてで……

 決して恥じることじゃない!!


 ゆっくりと先生の元に歩み寄る。

 先生も私に向かって歩き出した。


 会場からはとてつもない大きな歓声が上がっている。

 それが批判が込められたものなのか……

 受け入れてもらえているものなのか……

 それは分からないけど、愛し合っている気持ちに嘘はない。


 市役所の職員役の生徒に婚姻届けを渡す。

「おめでとうございます」

 その表情は間違いなく私たちを祝福してくれているものだった。


 あの日、婚姻届けを出した日。

 私達は手を繋いで外に出た。

 夕日が真っ赤に染まる中、夫婦になって初めて抱きしめ合った。


「やっと、俺のものになった」

 そう言って私のおでこにキスをした。


 耳元で、

「続きは……家に帰ってからな?」

 そう恥ずかしそうに微笑んだ。


 大勢の生徒たちに見守られながら、あの時と同じように私の耳元に囁いた。

 私はそんな先生の目をしっかりと見つめて大きく頷いた……




 大歓声の中緞帳が下り再びアナウンスが流れる。

『皆様、好評だったら拍手を頂けますか?』

 大歓声とともに割れんばかりの拍手が起こる。


『工藤先生はもう別のお仕事をされますが、青木夏帆さんは是非この学園に残ってもらいたいとクラス一同思っています。皆さんの同意を……是非頂きたい。ご賛同いただける方は、大きな拍手をお願いします!』

 一瞬静まり返った体育館の中でパチパチと少しずつ拍手が上がる。

 次第に黄色い声とともに私の名前を呼ぶ声があちこちから聞こえた。


「ほら、夏帆も先生も、みんな認めてくれるってよ!」

 友香が私の背中をポンと叩く。


「先生、みんなの歓声にもう一度応えてあげてください!」

 紘は力強く頷いた。


 もう一度緞帳が上がり、クラスメイトみんなが舞台の上で私たちに拍手を送る。

 会場の心が一つになったところで、紘がマイクを手に取る。


「ここで西野先生から何かお知らせがあるようです」

 突然振られた西野先生は引きつった顔で舞台の隅で棒立ちしていた。

 一気に会場の視線が向けられる。


「……あ、あの……。おめでとう……ございます」

 蚊の鳴くような声で一言話すとすぐにマイクを置いて舞台を走り下りていく。


「夏帆!! お帰り!!」

 大歓声をバックに私達四人は抱きしめ合った。







「夏帆! テスト大丈夫か??」

 リビングで参考書を片手に頭を抱え込む私を覗き込む。


「うー、今回はなかなか厳しいかも……特に生物……」

 はぁとため息をつく。


「おいおい、生物担当の元教師の奥さんが赤点だなんて許されないぞ?!」

 いたずらっ子の様な顔をして私にプレッシャーをかけてくる。


「じゃあ、先生、私が100点取れるように教えてくれる?」

 私はおねだりするように朝陽さんを見た。


「先生はやめろっていってるだろ? ったく」

 ポンと教科書で私の頭を叩く。


「だって、私にとって朝陽さんは旦那さんであって、ずっとずっと担任の先生だもん」

 その言葉に真っ赤な顔をして私を見つめる朝陽さんはそっと私のおでこにキスをする。


「まぁ、いつまでもこんな可愛い生徒の担任でいるのも悪くはないか」

 そう先生の優しい眼差しに、私はいつまでも包み込まれていた……




 完

今までお読みいただきありがとうございました!

今作は躓くことが多くて楽しい気持ちより苦しい気持ちの方がダントツ多かったですが、無事完結出来てホッとしております(教師と生徒ネタだったからかな……?)

次作はよっぽど書きたくなったら……始めようかと思うのでその時はまた遊びに来ていただけたら嬉しいです。


良かったらご感想頂けると、作者の闇が吹っ飛ぶかも……いや、逆に深まるか……?!

どちらにしても次作への意欲につながりますので、一言でもいただけたら励みになります!

今回あまりにも読み手側がどう受け取ってくださってるのか……それこそ闇の中を彷徨う感じだったので(苦笑)


では、またいつかお逢いできる日を楽しみにしています!!

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