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6.もう一人には戻れない……

「今日授業中、頬杖ついてどこ見てたんだよ?」

 ニヤリと笑いながら、カレーをぱくつく私を見ているのは、私の担任であり、旦那さんの朝陽さん。


「そ、そうだっけ……?」

 そう言えば、今日朝陽さんと一緒に夕飯を食べる風景を想像していたら、ついつい視線が外に……


「俺は、見てないようでもちゃんと見てるんだからな! 夏帆ちゃん」

 ちょんとおでこを小突かれ、彼の笑顔に包まれる。


「……ごめんなさい……」

 素直に謝ると、『よろしい』そんな顔をして、頷いていた。



 食後、朝陽さんはすぐに自分の書斎に帰っていくのに、今日はなぜかリビングでテレビを見ている。

 そんな彼の姿をキッチンから眺めながらほんわかしている私。

 余りにもよそ見ばっかりしていたからか、手元が狂って大音量を上げながら皿が割れてしまった。


「やだ、ごめんなさい!!」

 急いで割れた皿を拾おうとすると手元に大きな影が迫ってくる。

 影の正体を確認しようと顔を上げると、朝陽さんがすかさず私の代わりに割れてしまったお皿を拾い始めた。


「夏帆ちゃん、ケガしてない??」

『俺が拾うの当たり前だろ?』そんな顔で私を見ている。


「朝陽さん、素手じゃケガしちゃう!!」

 慌てて拾う手を止めようとしたけど、逆にそばを離れるように一喝されてしまった。

 こういう時だけ先生になるんだから……

 でも、そんな気遣いが、優しくて、嬉しい。


「手、怪我したら、来週のテスト受けられないだろ??」

 ハハハと笑う彼に見とれながら、こんなに誰かに守られているって感じたのが、初めてだった。


 どうして、ここまで私にしてくれるの……?

 あぁ、朝陽さんの本音を聞いてみたい……


 でも、成人したら別れるなんて言われたらどうしよう……?


 聞きたくても聞けない……

 お皿の破片を拾う朝陽さんの頭を見つめながら、喉元まで出かかった質問をまた飲み込んでしまう。



 その時、突然朝陽さんのスマホの着信音が鳴った。

 リビングのテーブルの上にあったので、彼に渡そうと手に取った時だった。


西野美野里にしのみのり

 そう画面に表示されている。

 見覚えのあるこの名前は、ウチの学校の保健室の先生だ。


 なんだか一気に心臓の動きが不規則になった。

 息苦しい気持ちを押し殺しながら、朝陽さんの所へ鳴り続けるスマホを運んでいく。


「……先生……電話だよ?」

 急に朝陽さんが私の立場とは遠く離れた先生に見えてしまった。


「……夏帆ちゃん?」

 朝陽さんはスマホを受け取り、名前を確認すると、私と目を合わせることなく部屋の外に出て行く。



 そりゃそうだよね………

 西野先生、凄く綺麗だし、大人だし、スタイル抜群だし……

 朝陽さんと何かあったって、ちっとも不思議じゃない。


 そう頭の中で思うと同時に、心が潰されそうなほど苦しくなる。


 分かってるんだよ?

 私は子供だって。

 でも、朝陽さんからもらっているこの家での時間が、いつの間にか私の中に強い光を差し込んでくれていた。

 今更……それを失う寂しさに耐えなきゃいけないの……?



 無理だよ……そんなの……!!


 流れ出しそうな涙を苦し紛れに抑える。

 気持ちを誤魔化すために必死で割れ残っているお皿を拾った。


「……痛っ!!」

 人差し指からつうと真っ赤な血が流れ出す。



 電話を終えて、ガチャリとドアの開く音が聞こえた。


「ごめん、夏帆ちゃん! 俺やるから!!」

 そう覗き込むように私を見た朝陽さん。

 目からポロリと流れ落ちた一粒の涙と、指先から流れてる赤い血に彼の視線が固まる。



「どうした?? 切ったのか??」

 そう言って私の切れた指先を朝陽さんの大きな手のひらで包みこんだ。


 あったかい……

 こんなに近くにいてくれるのに……


「そんなに痛かったのか??」

 もう片方の手で優しく涙を拭ってくれる。


 私は懸命に首を横に振るのが精いっぱいだった……




 モヤモヤした気持ちは収まらずに、容赦なく朝は来る。

 眩しい位に輝きを放つ太陽は、まるで私の心を嘲笑っているかのようだ。


 私は国語の授業で、プリントを貰いに職員室にいくと、朝陽さんと西野先生が親密そうに談笑しているのが見えてしまった。


 私の後ろを通りすがる生徒たちは、二人の姿を見て、

「お似合いだね、あの二人。くっついちゃったらいいのに! 凄い話題になるよね!!」

 クスクス笑いながら通り過ぎていく。

「駄目だよ!! 私工藤先生の事ガチ恋なんだから! そんなこといわないでよ!」

 そのうちの一人だった、色白で可愛らしい女の子が、頬を膨らましながらその言葉に反論していた。



 こんな近くにも先生のファンはたくさんいる。

 私よりも可愛くて、私よりも大人で……綺麗で……


 はしゃぐ女の子たちの背中を見送りながら、私のどうにもならない気持ちが悲鳴を上げそうになっていた……




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