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58.赤い糸の先

「ここ……?」

 ぼやっとした視界の中、辺りを見回すと間違いなく自分の今居る場所が、旅館でもマンションでもないことは分かった。


「あっ!! 朝陽さんは……??」

 思わず大きな声で飛び起きたがこの部屋に人の気配はない。


 コンコンとノックの音が聞こえた。

 大きなドアの方に目を遣ると、そこに立っていたのは満面の笑みの西野先生だった。


「やっと逢えた! 青木さん、私ずっとあなたの事さがしてたのよ」

 ニコニコといつも学校で見せる笑みと何一つ変わらない。


「私どうしてここに……? ここはどこなんですか?」

 混乱したまま西野先生の表情を伺う。


「ここは朝陽さんのご実家よ? あなた来たことないの??」

 意外そうな顔で私を見た。


「一度だけ……。でもその時はすぐに帰ったので……」

 なんで私が吉平さんの家に??

 朝陽さんもここに居るの???

 聞きたいことは山ほどある。

 でも……


「朝陽さんならこの家に居るわよ? でも……今日でもう二度と逢う事は出来なくなるわね。私達、あなたの目の前で入籍するわ!」

 ふふんと鼻を鳴らし窓の外を見る。


「そんな!! 朝陽さんはそれでいいって言ってるんですか??」

 信じられるわけない!!

『ずっと一緒だって……』朝陽さんは確かに私にそういったんだから……


「もちろんよ! さっき婚姻届けも書いてもらったわ。 ほら、ごらんなさい!!」

 ザッと私の目の前に出された一枚の紙に私は目を疑った。

 そこには、西野先生の名前と朝陽さんの名前が並んでいたからだ。


「……どうして?? そんなことあるわけない……」

 目の前の婚姻届けを私は見つめながら、今どんな感情になっているのかとても説明なんてできない。

 ただただ、見開いた目から涙が零れ落ちていた。


「これが証拠よ。だからもうあきらめなさい。手荒なことも、姑息な事も私は嫌いだからそんな事あなたにしたくないのよ。今なら学校にだって何事もなかったように帰してあげるから」

 見た目はこんなに美しいのに……

 柔らかい笑顔で、どうしてそんなひどい事が言えるんだろう……


「なかなかうんといわないわね。ちょっと、吉平さん呼ぶわ」

 ポケットの中からスマホを取り出し電話をかける。

 猫なで声でまるで吉平さんにすり寄るような話し方に、私は気分が悪くなった。


「あら、顔色が悪いわね。今吉平さん来てくださるって。朝陽さんってロリコンだったのかしら? こんな子供にうつつを抜かすなんて。でももう大丈夫。私が彼にしっかり大人の恋を教えてあげるから」

 白く細い指で私の頬を撫でる。

 全身に寒気が走り抜け、西野先生の手を払う。


「やめてください!!」

 我慢できずに思わず叫んだ。

 その時……

 ガチャッと扉が開いて、吉平さんと……その隣には朝陽さんが立っていた。





「友香!! ちゃんと話を聞けって!!」

 ずっと俺を避けて逃げ回っている友香の腕を捕まえ、屋上まで連れ込んだ。


「何よ!! 紘と話すことなんてもう何にもないったら!!」

 俺の顔を少しもみることなく友香は逃げ回る。


「待てって!!」

 強引に腕を掴み肩を抱く。


「……どうして?? どうしてあんな酷い事……」

 今まで幼馴染でいつも一緒に居た友香がこんなに悲しい顔をするのをはじめて見た気がした。


「突然あんなこと西野先生に言っちまって悪かった。でも俺だって何も考えずに言ったわけじゃないんだ」

 友香が潤んだ瞳で俺を見る。


「どういう……事?」

 いつも威勢がいいくせに……

 接し方に困るだろうが……!


「実はあの時俺の方に夏帆から着信があって、先生にはちゃんと逢えて、もうすぐ入籍できるって話聞いたんだよ。ちょうど友香が西野先生に呼ばれてたから嫌な予感がして追いかけたんだけど、案の定だったな……」

 本当に危機一発だった。

 もう少し遅れていたら……きっと友香は色々西野先生に吐き出していたところだろう。


「じゃあ……無事なのね? ちゃんと工藤先生と夏帆一緒に今居るのね??」

 俺の肩をグイグイと揺する。


「あぁ。無事だ」

 俺はしっかりと友香の瞳を見つめて頷いた。


「……よかった……。本当に良かった……」

 泣き声を漏らしながら懸命に涙を拭う。


「あのままじゃ、西野先生、学校中に夏帆と工藤先生の事言いふらすのも時間の問題だって思ったんだよ。アイツら、まだ入籍したか分かんないだろ? せっかくここまで決心して二人で生きる道を選択したのにまた引き裂かれるようなことがあったら……俺は知ってて何もできなかった……なんて絶対に後悔したくないって思ったんだ。文化祭までまだ1週間くらいあるだろ? ああ言っとけば、少なくとも1週間は西野先生も黙ってられるだろう?」

 目を丸くしてみるみる顔色が良くなる友香を不思議と可愛らしいと思っている自分がいる。


「紘!! 最高だよ!!」

 泣いてるのか、笑ってるのかどっちなんだ。

 俺は呆れながら彼女に笑顔を向ける。


「工藤先生が学校をやめるなら、夏帆までやめることないだろ? 俺は3人そろって卒業したいし……夏帆が帰ってこれるようにできる限りの事をしてやりたいんだ」

 うんうんと力強く頷く友香。


「何とか一週間の間に無事入籍してくれるといいんだけどな……」

 ボソッと俺が呟くと、右手に温かいものを感じる。

 友香が俺の手をそっと握っていた。


「大丈夫だよ。信じよう? 二人の事……」

握っていた俺の手にギュッと力を込めて、彼女はそう呟いた。

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