55.夏帆をかけた誓い
私はすぐに樹兄ちゃんに折り返し電話をかけた。
「もしもし? 樹兄ちゃん??」
『あぁ!! なっちゃん、繋がってよかった……!! 今どこにいるの?』
その問いかけに簡単に答えてしまっていいのか戸惑った。
チラッと朝陽さんに視線を送る。
「ん? どうした?」
不穏な表情で傍に来ると、その声がどうやら樹兄ちゃんにも聞こえていたようだった。
『おい! 工藤朝陽だろ? なっちゃん傍にそいつがいるならすぐに変わってくれないか?』
受話器の向こうから大声で話しかける樹兄ちゃんの声に気づき、スマホをスピーカーにする。
「工藤です。どういう事かちゃんと説明してもらえますか?」
淡々と冷静に話す朝陽さんの表情をじっと見ながら、こんな時なのにドキンとハートが鳴る私が居る。
『その前に、なっちゃんは無事なんだな?』
樹兄ちゃんの切羽詰まる声にチラリと朝陽さんが私を見た。
「あぁ。無事だ。だが、俺たちはもうそのマンションには戻らないと思う」
そうか……あのマンションにはもう戻れないんだ……
朝陽さんの口から聞いた言葉に初めて現実なんだと実感が湧いてくる。
『……駆け落ち……したってことか?』
静かな部屋に樹兄ちゃんの声が響いた。
「そういう事になるな。……君が何者なのか俺はよく知らないが……夏帆が慕っている人間だから話すんだ。だから頼む。絶対にこのことは他の誰にも口外しないでくれ」
目の前にいない樹兄ちゃんに頭を下げる朝陽さん。
改めて……この人の奥さんに私は今日なるのかもしれないと思ったら、自分が出し得るもの全てを彼に捧げたい気持ちになった。
朝陽さんに守られていることをひしひしと感じながら、そっと寄り添う。
『……分かった。なっちゃんは俺の大事な……幼馴染だ。絶対に泣かしたりするなよ……!!』
樹兄ちゃんの詰まるような声……
朝陽さんは私の肩を力強く引き寄せる。
「あぁ。夏帆を泣かすことなどしないし、誰にも渡さない」
少し怖い顔で固く冷たく言い放つ。
息が苦しくなりそうな張り詰めた空気の中、ゆっくりと樹兄ちゃんが事情を話し始める。
西野先生が今血眼になって朝陽さんを探していること。
朝陽さんの相手が誰なのか探っていること。
一番驚いたのは、西野先生が樹兄ちゃんのお見合い相手だったこと……
『あの女はマジでヤバい。まぁ……十分分かってるか。今のままだとその居場所を突き止められるのも時間の問題だぞ? なっちゃんは……僕にとってとっても大切な人だった。誤解するなよ? 僕が辛い時にいつも寄り添ってくれた恩人だって意味だ。だから……力になりたいんだ。何かできることはないか?』
朝陽さんは冷たい表情のまましばらく考え込んでいた。
「西野先生の動きがあったら教えて欲しい。連絡手段は夏帆の携帯しかないが……。どんな小さなことでもいいんだ」
苦虫を噛み潰すような表情で声を絞り出す。
『あぁ。任せておけ。今日……入籍するって言うのは本当なんだな?』
樹兄ちゃんは最後にもう一度念を押した。
「必ず今日婚姻届けを出す。誰がなんと言おうとな」
『分かった……。なっちゃんの事……頼んだぞ!!』
樹兄ちゃんは朝陽さんの言葉を聞いてそのまま電話を切った。
「朝陽さん……」
どうしてそんなに怖い顔してるの……??
突然勢いよく身体を引き寄せられ、強引に私の唇が朝陽さんに塞がれた。
「……んっ!!」
余りの力強さに声が漏れる。
「夏帆……アイツの事……好きだったのか?」
じっと私の瞳を今にも泣きだしそうな顔で見つめる。
「……そ、そんな!! 近所のお兄ちゃんだよ。良くウチにも遊びに来てた……」
こんなに強引にされているはずなのに、なぜか安心する。
大きく逞しい朝陽さんの身体に守られて私はこれからどんな困難が待ち受けていたとしても、きっと彼を信じていられる……そう思った。
「俺だけを……見ていて欲しい……。わがままだな……俺」
恥ずかしそうに顔を逸らす。
「大好き……」
私はできる限りの力で朝陽さんの背中をギュッと抱きしめた……
(なっちゃん……。思い当たる人物は……)
とりあえず、学校の女子生徒の名簿から引っ掛かる娘をひたすらピックアップしていく。
何人かに絞れたけど……
(……?!)
『青木夏帆』って……朝陽さんのクラスだったわよね……
(まさか……?!)
そうよ、遠野さんと一緒に居たのは彼女よ!!
そしてバトン部の佐藤さんとも仲が良かったじゃない……??
あんな小娘が相手なの……?
まだ子供じゃない?!
一体どんな繋がりがあって朝陽さんと……??
(これはちゃんと調べる必要がありそうね……!)
私はあの小娘を頭に思い浮かべながらグッと拳を握りしめた……




