54.心も身体も一つになりたい
(もう……朝……?)
ゆっくり目を開けると明るい光が眩しくて目を擦る。
(やだ!! 私寝ちゃったの??)
飛び起きて辺りを見回すけど、そこに朝陽さんの姿はない。
どうしよう……
今度こそ愛想尽かされちゃったのかも……
「朝陽さん……、どこ??」
トイレや脱衣所を覗いたがどこにもいない。
押し寄せる不安に押しつぶそうになりながらカーテンを開けた。
湯煙の向こうに人影が見える。
(いた……!! 露天風呂に入ってたのか……)
ホッと胸を撫で下ろす。
でも、何か考え込んでいるような……
とても深刻な表情をしているように見えた。
紘の言う事が本当だったなら、また私先生に我慢させちゃったのかな……
あれだけ決心したのに、お布団の中で朝陽さんの温もりを感じたら急に睡魔が襲ってきて、気が付いたら意識を失ってた。
昨日一日色々ありすぎてヘトヘトだったもんなぁ。
緊張と安心が変に入り混じって一番大切なところでこれだもん……ホント情けない。
部屋の窓から覗く朝陽さんの背中がどことなく寂しく見えるのは気のせいであって欲しい。
あぁ、本当にがっかりしてたらどうしようっ……!
今の私にできること……
意を決して浴衣を脱ぎバスタオルを巻いて外に出る。
一緒にお風呂に入る位ななら……大丈夫!!
今のままじゃ、私自分の事ばっかりで何にも成長できてないもん!
濛々と立ちあがる湯煙の中へ私はそっと入り込む。
「先生……昨日はごめんなさい……」
恥ずかしさを押し込めて、朝陽さんの背後から小さく声をかける。
「夏帆……?」
私を視界に入れた瞬間、先生が思った場所よりもはるかに近くに自分が居たからなのか、全身凍り付いたように固まっていた。
「ち、ちょっと!! どうしたんだ?! 急に!!」
急に顔をを逸らして私と真逆の方を向いている。
(そんなに怒らなくてもいいのに……)
余りにもあからさまに拒絶されていることが悲しくて、顔を覗き込む。
「……昨日……先に寝ちゃってごめんなさい!! したくなかった訳じゃないの……。昨日色々あって疲れちゃって……。お願い……呆れないで」
遠くの景色を見たままこちらを振り返らずに先生は話し出した。
「呆れてなんかいるわけないだろ? 昨日言っただろ? 俺は夏帆の隣で添い寝してるだけでも十分満足だって」
私はまた気を遣ってくれてそう言ってくれてるんだと思った。
一生懸命視線を合わせようとしてもすぐ逸らされてしまう。
こんな事でせっかく近づき始めた先生との距離をまた引き離したくない。
その時は……恥ずかしさなんかより、先生を大好きだって気持ちのが大きかったんだと思う。
タオルがはだけ落ちたことも気にせず、先生の胸に飛び込んだ。
「な、夏帆!! 気持ちは十分分かったから、頼む離れてくれ!!」
先生は慌てたように私を引き離す。
「どうして?? 嫌いになったの??」
先生の顔が涙で歪んで見えてきた。
「なるわけないだろ?? ……嫌いになるどころか夏帆の事で俺は頭がいっぱいで……ほとんど眠れなかったんだよ」
照れくさそうに頭を掻いている。
「待てる! うん、絶対待てる!! ちゃんと言い聞かせてるんだがやっぱりその……俺も男だしな?」
ぎこちなく深呼吸している姿を見て、ようやく先生の気持ちが分かった気がした。
赤くなっている先生の表情を見て、恥ずかしさや、変な理屈はもうどこにもなかったと思う。
ただ、先生の肌に触れたくて、愛して欲しくて、自分から無我夢中で唇を重ねていた。
ようやく私をしっかりと抱きしめてくれた朝陽さんは私の耳元でそっと囁く。
「夏帆……。愛してる。もう何があっても不安にさせたりなんかしないから……今日、一緒に婚姻届け出しに行こう」
ふんわりと抱きしめてくれた腕の中で私は『うん』と頷く。
暫く私たちは言葉など交わさずお互いの肌を感じていた。
「夏帆、俺これ以上は……もう無理だ! 上がろう」
湯船にゆらゆらと浮かんでいたタオルを掴み私に差し出した。
「……続きは夜だ。婚姻届け先に出しに行こう。この場所まで突き止められたら……分かるだろう?」
真剣な朝陽さんの表情が現実に私達の置かれている状況を思い起こさせる。
「もう少しだ……。もう少しで、俺たちは誰にも有無を言わせず一生一緒に居られるんだ」
私を宥めるためだけじゃなくて、自分にも言い聞かせているような……先生の決意が見えた気がした。
「じゃ、夏帆先に行っててくれ」
そうは言っても、湯船から出ようとしない先生を不思議に思う。
「先生は??」
のぼせてないか心配になる位顔を真っ赤にした朝陽さん。
「俺は少し冷ましてから行くから」
そう言って私に背を向けた。
(先生、大丈夫かな……?)
部屋に入って着替えると、スマホの電源を落としていたことを思い出した。
(そうだ、友香と紘には無事先生に逢えたこと連絡しておかなきゃ……)
きっと心配してるに違いない。
そう思って電源を入れ立ち上がった瞬間、着信のお知らせが連続で入って来る。
(えっ? 何??)
相手は樹兄ちゃんで時間を見ると深夜から朝にかけて10件以上かかってきていた。
(留守電入ってる……)
『なっちゃん!! メドゥーサ……じゃなくって西野美野里、知ってるだろ? あいつがなっちゃんのこと探してるみたいなんだ。今どこにいる?? とにかく連絡してくれ!!』
慌てたような樹兄ちゃんの声に一気に血の気が引く。
「夏帆、どうした?」
明らかに様子がおかしかったんだろう、部屋の中に入ってきた朝陽さんが私を心配そうに見ている。
「先生、大変……。このメッセージ、聞いて!」
私はスマホを差し出した。
先生の固い視線を感じながら、言葉を待つ。
「……どうしてこんな情報が入ったのかよく分からないけど……、一度戻って一刻も早く婚姻届けを市役所に持って行った方がよさそうだな……!」
急に緊張感が走った空気の中で、私はもう先生を信じるしかないと決意を固めていた。




