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52.『おかえりなさい』

 私と朝陽さんは秋吉さんが取ってくれた海沿いの温泉旅館にタクシーで向かっていた。

 たくさん話したいことがあんなにあったのに、車が揺れる度に触れ合う腕の感触だけで全てが満たされた感覚になって、私たちは一言も会話をすることなくただそっと寄り添っていた。


「さあ、夏帆。降りよう」

 笑顔でそっと差し伸べられた彼の手を取り車を降りる。

 目の前には上品な内装を覗かせる入り口の扉が開かれて、そこから着物を着た女性が出てきた。


「工藤様、お待ちしてましたよ」

 中から出てきた女将らしき人は、どうやら朝陽さんの知り合いなのか、初対面な雰囲気ではなかった。


「美津子さん、ご無沙汰してしまって……申し訳ありません」

 朝陽さんがその着物を着た女性に丁寧にお辞儀をする。


「いいのよ。色々大変だったわね。秋吉さんから全部聞いてるわ。安心して休んで行って!」

 どことなく朝陽さんに似ている目元を緩ませながら私に優しく微笑みかけてくれる。

 美津子さんと朝陽さんを交互に見て、二人がどんな関係なのか気になった。


「夏帆。彼女はここの女将で、俺の母さんのお姉さんだ。俺たちの味方だから……安心して大丈夫だぞ」

 不安そうな私の空気を察したのかすぐさま朝陽さんは私に説明した。


「あ、あの……初めまして。青木夏帆です」

 私は慌ててお辞儀をした。


「こちらこそ初めまして! そんな固くならないで。心配しないで大丈夫よ?」

 包み込むような温かい声音に私はこの人は敵じゃないとすぐに確信し安心した。


「じゃ、今夜はここでゆっくりしていってね。お夕飯の用意すぐにするから、その間温泉にでも入ってきたら?」

 明るく綺麗な和室の外には小さな露天風呂もあった。


「わぁ!! 素敵!! 私こんな豪華な温泉宿に泊まるの初めて!」

 何だか嬉しくて、今自分たちが置かれている状況を一瞬でも忘れていた。

 そんな私を朝陽さんは座椅子に座り微笑んで眺めている。

 ふっと目が合い、しばらく沈黙が流れた。


「……朝陽さん?」

 少しも視線を逸らすことなく私を見ているので恥ずかしくなって口を開く。


「見てたいんだ……。夏帆が笑っているところ」

 私はハッとした。

 今日一日……、いや、私と離れ離れになってから朝陽さんはどんな時間を送っていたんだろう……?

 私の事……どれほど考えていてくれたんだろう……?


「朝陽さん……おかえりなさい」


 ちゃんと言いたかった。

 何処にもいかずに、私のところに帰ってきてくれた事……

 そっと朝陽さんを抱きしめた。

 私の背中に回された手はいつもより力強くて温かかった。


「ただいま……」

 見つめ合ってまたキスをする。

 拒絶されていたんじゃない、私の事を大切に想ってくれていたから避けられていたんだ……

 今ならちゃんと分かる。

 こうして私に触れる場所一つ一つからピリピリと痛い位の愛情が伝わってくるのだから。


 (きっと今夜……私たちは身体も一つになれるのかもしれない……)


 そう思い始めたら急に体中に緊張が走る。


「夏帆……?」

 突然強張り始めた雰囲気に気が付いたのか、朝陽さんは心配そうに私を覗き込んだ。


「あ、朝陽さん! お風呂行ってこようよ!!」

(ダメだ!! 急に意識しすぎて変にぎこちない態度になっちゃった……)


 自分から望んだことだもの……!!

 覚悟を決めなくちゃ……!!





「あの、吉平さんのところにも連絡ないんですか?!」

 一体どこに行っちゃったの……?

 もう9時になるわよ??


「西野さん。今日はもう一度おかえりになってください。明日またご連絡しますから」

 吉平さんは困り顔で私に帰宅を促すけど、こんな状態で帰れるわけがないじゃない!!


「あの、朝陽さんのお部屋見せていただけます?? 何か手掛かりになるものがあるかもしれないし」

 私は『ちょっと』と呼び止める吉平さんの声を無視し、勢いよく扉を開けて廊下に出る。


 確か朝陽さんのお部屋は……ここね?

 重い扉を力いっぱい開いて真っ暗な部屋の照明をつける。

 パッっと見た感じ、全く生活感のないその部屋は物自体ほとんど置かれていなかった。

(これじゃ、手掛かりになるものは見つからないかしら……)

 そう思いながらも机の引き出しや周辺をくまなくチェックする。


(何かしらこの紙袋……)

 中を覗いたら古めかしい麦わら帽子が入っていた。

 よく見るとリボンのところに一度開かれたような付箋が挟まっている。

「全くダサい帽子ね!」

 付箋だけを取り除き、帽子は床に投げ捨てた。


 付箋を開くと若い女の子が書いたような文字でメッセージが書かれている。

 私はそれに目を通して凍り付いた。


『私にとって先生といた時間は宝物です』


 間違いないわ!! やっぱり生徒だったんじゃない!!!

 ……そういえばなんだか違和感があった佐藤さんの態度……

 佐藤さんといつも一緒に居たお友達と、遠野さんが連れていた女の子ってもしかして同じ子じゃない……?!


 地味な子だったから名前まで覚えていないけど……

(急がなきゃ!!)

 ここに居ても埒が明かない!!

 自分の家に帰って遠野さんの連絡先を探さなきゃ!!!


 私は急いで体の向きを変えた。

 入り口でぼーっと立っている吉平さんとその執事の間をすり抜けて私は外へと駆け出した……








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