51.名前を呼んで……
「夏帆! 夏帆!!」
電車から降りた俺は彼女の姿があることを信じて必死で探す。
約束の時間よりも40分も過ぎてしまった。
改札を出て、辺りを見回したが夏帆らしき人は見つからない。
(遅かったか……)
散々彼女を待たせた挙句、最後の最後に俺が裏切る形になってしまうなんて……!
もう、引き返して帰ってしまったんだろうか??
連絡を取りたくても自分の携帯は居場所がバレないように学校にあえて置きっぱなしにしてきてしまった。
(これじゃ秋吉とも連絡取れないな……)
自分の至らなさが本当に腹立たしい。
必ず逢えるって言う自信がきっとどこかにあったんだ。
でも彼女の立場になって考えたら、突然帰ってこなくなったと思えばいきなり駆け落ちのような話を持ち掛けられて……待てど暮らせど俺を信じて待っていたのに来る気配がないなんて、そりゃ愛想も尽きるに決まってる。
(もう……何もかも終わりなんだろうか……)
体中の力が抜けた。
なんでもっと早く夏帆と二人で生きる道を選択しなかったんだろうか?
もっともっと必死になれば……とっくに夏帆の元に辿り着けていたかもしれないのに……
俺は本当にバカだ。
足の骨が急に抜けたようにベンチに座り込んだ。
「先生!!」
遠くから夏帆の声が聞こえたような気がした。
もう、居るはずのない彼女の声が……
「せんせい!」
急に大きくなったその声と同時に顔を上げた。
目の前には……夏帆らしき女性が目を真っ赤にして立っていた。
「夏帆……?」
涙でぼやけて前が良く見えない。
「夏帆……なのか……?」
ゆっくりと立ち上がった瞬間、柔らかくて壊れそうで……ずっと求めていた夏帆が俺の胸に飛び込んで来る。
「遅いよ……!! ずっと待ってたんだから……!!」
彼女の涙で詰まる声に震える細い身体……
ふんわりと温かい髪の毛を撫でると、懐かしいシャンプーの匂いがした。
間違いなく……今俺の腕の中にいるのは夏帆だった。
「……夏帆……。ごめん……散々待たせて……本当にごめん……」
嬉しさと、申し訳なさが激しく入り乱れる。
教師だったくせに、健気にずっと信じて待っていてくれた彼女を目の前にして感情の整理すらつけることが出来なかった。
ただ謝ることで精一杯な俺を、腕の中から見上げるように彼女が覗き込む。
「もう……『ごめん』はいいから……。もっと私の名前を呼んで……」
夏帆の大きな瞳から涙が零れ落ちた。
「夏帆……」
一言そう呼ぶと彼女はにっこりと微笑んだ。
「朝陽さん……」
俺の目をしっかりと見つめて名前を呼ぶ。
こうして、お互いの名前を呼び合う事さえままならなかった日々に終わりを告げるように、彼女の唇に想いを流し込んだ……
どの位キスしていただろう。
時を忘れるくらいに俺たちはお互いを求め合った。
言葉なんかより、少しでも近くに……一つになりたかった。
もう二度と離れたくない。
もう二度と離さない……
「夏帆。行こう」
俺は真っ直ぐに彼女の目を見た。
か細くて心もとない彼女の手に指を絡ませしっかりと握る。
「うん……!」
大きく頷いた彼女の表情はキラキラと輝いていた……
「何ですって?! 工藤先生が居なくなったっていったいどういう事?!!」
私は思わず無能なSPの胸ぐらを掴んだ。
何のために一日彼に張り付いていたのよ??
一緒に生物実験室に行った佐藤さんを呼び止めた。
「ちょっと、工藤先生はどこに行ったの? あなた一緒に頭痛薬取りに行ったんでしょ?」
彼女の肩を大きく揺さぶり問い詰める。
「はい。でも準備室で少しやることがあるから、先に戻ってろって言われたんで……。何か問題でもあるんですか??」
何にも知らないような顔をしてるけど……この子やっぱり何処か怪しい!!
「西野様、携帯で朝陽様に連絡してみては……?」
秘書のふりをしていたSPが額に汗をびっしょりと掻きながら言う。
「……そうね……」
私は急いでスマホを取り朝陽さんに電話をかけた。
プルルルル……
生物実験室の中から聞こえてくる着信音が聞こえた時、そのスマホの持ち主が誰かを確認しないでもすぐに朝陽さんのものだと分かった。
手に取るとやっぱり画面に映る着信相手の名前は『西野美野里』と表示されていた。
「急いで吉平さんに連絡して!! 直ぐにそちらに向かうから!!」
抜け殻のようになったSPを全力で睨みつけながら、北田先生に連絡をする。
「……やっぱり……!! 今日突然3年の授業に出てくれって学年主任に突然言われた時に何か嫌な予感はしていたんですが……。もしかしたら我々は工藤先生に嵌められたのかもしれませんね……」
こんな時でも冷静な北田先生とは対照的に私は全身から怒りが湧き上がっていた。
(相手の子は……一体誰なの?!)
学校の体裁を考えたら、絶対に吉平さんは教えてくれないだろう。
(そうだ……!! あの人だったら知ってるんだ……!!)
私は遠野樹の顔を思い出していた。
(絶対に……絶対に聞き出してやる……!!)
私は両手の拳をギュッと握りしめた……




