49.綱渡りの脱出
(くそっ!! もう5時か……!)
今日は引き継ぎもすべて完了して、4時には上がれるはずだったのに……
バトン部の練習まで参加しなきゃいけないなんて聞いてないぞ!!
このまま練習を最後まで見ていたらとてもじゃないけど約束の時間に間に合わない。
その前に西野先生と北田先生とSPのガードをかいくぐって脱出しなきゃいけない問題もある。
(トイレにでも行ってそのまま抜け出そうか……)
そう思って席を立つと体育館の入り口で待っているSPにピッタリと後をつけられてしまう。
(どうすればいいんだ……)
刻々と時間が刻まれていく中、焦りだけが増幅していく。
八方塞がりのこの状況にがっくりと項垂れていると、部員らしき足元が視界に入ってきた。
顔を上げると、佐藤が大きく顔を引きつらせ俺の前で仁王立ちしている。
「工藤先生、今日の授業の時、生物実験室に頭痛薬忘れてきちゃったみたいで……。どうしても鍵を開けて欲しいんですけど、今ダメですか?? 猛烈に頭が痛いんです」
そう言って俺を鋭い目で睨んだ。
「……わ、わかった。じゃ行こう!」
サッと立ち上がり足を前に出そうとした瞬間、西野先生に呼び止められた。
「工藤先生。私が行きます。保健室だって頭痛薬はあるしね」
そう言って佐藤を引っ張ろうと彼女の腕を掴んだ。
「西野先生! わたし頭痛薬合わないのが多くて病院でちゃんと処方してもらってるんです。それがないと凄く困るし、工藤先生今日で最後でしょ? 文化祭に招待しようってクラスのみんなで話してて、その詳細の話もしたいし、少しくらいいいでしょ?」
佐藤はフンと西野先生に踵を返すと俺の手を引っ張った。
「こら! ちょっと!!」
そう呼び止めた西野先生にバトン部の冷たい視線が飛ぶ。
「先生! ちゃんと私たちの練習見てください! 工藤先生が副顧問になってから私たちのコーチ手抜きしてばっかりじゃないですか!!」
確かに俺が何かしょうとする度に西野先生はいったん練習を止める。
生徒たちはそれに気づいていて、苛立っていたのが重なったんだろう。
「……仕方ないわね……。佐藤さん、急いでくださいね?」
しぶしぶ西野先生は元の立ち位置に戻っていく。
「はーい」
ダルそうに返事をした佐藤は早足で体育館を出る。
当然SPが俺たちの後をついてきた。
「あの!! なんなんですか、あなた?? 親に言いつけますよ? ここ、学校ですよね? いくら工藤先生の秘書だって言ったって、私から見たらただの不審者です。ストーカーみたいに後つけてホント怖い!! 先生は明日からもうここには来なくなるんだから、秘書のお仕事なんてもう今日はなくないですか??」
グイグイとにじり寄る佐藤の姿がとても逞しかった。
「……分かりました。朝陽様、すぐに戻るようおねがいしますよ」
そう言ってくるりと向きを変えて昇降口へ向かっている様だった。
俺が逃げ出さないように入り口をふさぐって魂胆か。
生物実験室の鍵を開け中に入る。
「先生!! 今何時だと思ってんですか?? 今出たってギリギリですよ?! これ以上夏帆の事泣かせたら私が許さないから!!」
鬼の形相で俺に食って掛かる。
「早く!! 窓から逃げて!! あとはうまくすっとぼけとくから!!」
周りを警戒しながら静かに窓を開ける。
この教室が一階で本当に良かった。
「佐藤、ありがとう! 必ず後で連絡する!!」
俺は小声で彼女に伝える。
「工藤先生、しっかりね! 夏帆の事、よろしく頼んだわよ!!」
佐藤の声は震えていた。
これを最後になんて絶対にしない。
ちゃんと夏帆と夫婦になって……
一番に佐藤と小島に報告しよう。
俺は窓を飛び越え、出来るだけ植込みの影に隠れながら正門へと向かった。
足元は体育館履きのままだったがもうそんなことはどうでもいい。
急がなきゃ……
俺の手元に夏帆への連絡をする手段は何もない。
スマホはすべて取り上げられたので、彼女の番号も分からない。
駅まで全力疾走した。
財布ひとつしか手元にはないが……
秋吉に色々荷物を頼んだが……取りに行く時間はなさそうだ。
まぁ、仕方ない。
とりあえず夏帆に落ち合うのが先だ!!
改札を通り、ホームに出る。
いつどこで見つかってしまうか分からない恐怖に襲われながら、出来るだけ人目につかないところで電車を待った。
時計をみるともう6時半だった。
現地までは一時間はかかる……
夏帆……絶対に待っててくれよ……!!




