48.本当の気持ち
授業が終わった後、すぐさま友香と紘が心配して駆け寄ってきた。
「夏帆、どうだったの?? テストのお話なんて口実なんでしょ??」
私は周りの目を気にしながら、二人にお昼休みに全て話すことを約束した。
正直、自分の中でも混乱してる……
でも先生は私の事をちゃんと想っててくれたってことなんだよね?
(逃げるってことは……)
冷静に考えるととんでもない事だ。
私が失う物と、先生の失う物は大きさが違いすぎる。
仕事も、家族も……
先生の気持ちが嬉しいのに……キリキリと心が痛んだ。
(あんなに私の事避けてたのに、急にどうして……?)
分からないよ……
私と一緒に居て先生は幸せになれるのかな……?
考え出したらとまらない。
今夜までに結論を出さなきゃいけないのに。
もし行かなければ……?
先生は私と一緒になるよりも幸せな生活ができるかもしれない……
今日は全く授業が身に入らない。
2週間ぶりの会話な上に、たった10分間の限られた時間の中でこんな一生を左右するような話をされても、結論なんて簡単に出せるわけがない。
私の幸せなんかよりも、先生の幸せを優先してあげたい……
頭ではそう思っている。
でも、久しぶりに先生の身体に触れて匂いを感じたら、ずっとずっと一緒に居たいって欲が止まらなくなって……
もうどうにかなりそう!!
「……そっか……。じゃあ、もしかしたらもう今日で夏帆と逢えなくなっちゃうのかもしれないのか……」
昼休み、雨上がりの屋上で友香はお弁当の卵焼きを突く箸の先を見つめなら俯いた。
「でも……まだ私の中ではちゃんと結論出てなくて……」
先生が好きだって気持ちには迷いはない。
でも、本当にそんな自分の我儘だけで、動いてしまっていいのか……?
もう昼を過ぎているのに今だ結論が出ていなかった。
「なぁ、夏帆。なんでそんなに迷うんだよ? 工藤先生の事、ちゃんと好きなんだろ?」
ため息まじりに紘が口を開く。
「……好きだよ。大好き……。でも私といて本当にいいのかなって不安になるの。先生は吉平さんに跡取り息子として大切に育てられて、将来だって保障されてるのに。私みたいな、もう失う物は何もないような人のために、今まで築き上げてきたもの全部失くしちゃってもいいのかなって。考え出したら答えが出せなくなっちゃって……」
あぁ、まためそめそしてる、私。
最近本当に泣き虫になった。
昔はどんなに辛い事があっても心に閉じ込めて笑って居られたのに……
「夏帆。先生もだけどさ、もっと自分の気持ちに素直になれよ!! 先生が夏帆の家に帰ってこなくなった日、俺ここで工藤先生と話をしてたんだ。凄く悩んでるみたいだったから……」
悩んでる……?
先生が??
「ここまで来たらもう話すけど、先生は後にも先にも夏帆で頭がいっぱいだよ。ただ、自分の教師って言う立場を気にしすぎて、今夏帆に手を出したら歯止めが利かなくなっちゃうんじゃないかって言う心配を、相当悶々としてたみたいだぜ。俺からすればそんなのどうだっていいって思うけど。好きなら思いっきりイチャイチャしたいじゃん??」
「……いちゃいちゃ……??」
私は紘の話す言葉に理解が追い付かなくて暫く固まっていた。
「そう!! いちゃいちゃ!!」
紘は呆れたように笑って居た。
「先生……嫌じゃなかったの……?」
私を突き放す先生の表情を思い出していた。
私の顔をちゃんと見ることもしないで、触れ合う事に抵抗を感じているように見えてたけど……
「好きな女と一緒に住んでて手を出さないってよっぽどだぞ? 俺だった即襲い掛かっちゃうけどな。でもそれだけ、夏帆の将来を心配してたんだ。自分の理性を懸命にねじ伏せて夏帆と一緒に過ごすのはよっぽどきつかったと思うぜ? 想像するだけで生き地獄だわ」
あははと笑いながら雨上がりの空を見つめている。
「でも……寝る前の10分だけ恋人でいようって決めた時間があったのに……その時だってだんだんそっけなくなってきて……キスも……してくれなくなって……」
そうよ……恋人でいていい時間がちゃんとあったのに。
「あー!! ったく夏帆は全然わかってない!! そんな中途半端な短い時間にイチャついたら逆にブレーキぶっ壊れるわ!!」
はーっと大きくため息をついた紘はガッと私の目を見た。
「よーく聞けよ? 先生は夏帆が大好きで、大切すぎて、全部を大事に守ってやりたかっただけなんだ。生活の事も、将来の事も……。自分の理性をひた隠しにしてな!! でもあまりにも外側に目を遣りすぎて、夏帆の気持ちが置いてきぼりになってったってだけなんだよ。今しか考えない俺たち子どもと、将来の二人の生活まで考える大人な先生はやっぱり違う。でもな、先生だって立派な男だ! 一生懸命自分の欲に蓋をしてまで夏帆の事大切に想ってたってことなんだよ!」
「私の事……想っててくれただけなの……?」
紘は力強く頷いた。
「工藤先生はマジでカッコイイよ。目の前に獲物がいて、自分の周りをちょろちょろしてるのに手が出せないんだぜ?? すっごい腹減ってんのに。 そんな奴、坊さんか女に興味のない奴かのどっちかだろ?」
「やだ! そのセリフ、昔私が夏帆に言わなかったっけ?? デジャブしたよ、今!!」
友香は涙目で爆笑していた。
「……夏帆。行ってきな。ちゃんと先生にいっぱい抱きしめてもらっておいで。私たちは夏帆が落ち着いて連絡くれるまでずっと待ってるから……!」
友香は私をギュッと抱きしめた。
「……うん……ありがとう……」
今すぐ先生に逢いたくなった。
準備室で言ってた意味がようやく自分の身体に馴染んでくる。
抱きしめてくれた先生の温かさを思い出していた。
「絶対、連絡するから……!!」
私は二人に誓った。
もう学校に戻れなくてもいい。
傍に朝陽さんがいてくれるなら。
屋上の濡れたコンクリートが優しい秋の日差しに照らされてキラキラと輝いていた。
この景色を絶対に忘れない。
大切な親友二人が傍にいてくれたことを絶対に忘れない。
澄んだ空気を思いっきり身体に取り入れて、私は新しい一歩を踏み出そうとしていた。




