47.約束
先生は薄暗い準備室に私を通して静かに鍵をかける。
いつになく朝陽さんの厳しい表情を見て、『あ、そうか……。これでお別れになるんだな……』私はそう察していた。
準備室の奥へと進む先生の背中を見つめながら、久しぶりに二人になれている嬉しさと、お別れを告げられる悲しさで心が乱れたせいなのか、どんどんと呼吸が浅くなっていく。
だんだん頭がくらくらとしてきて、先生が振り返る前にその場に崩れ落ちてしまった。
「夏帆! 大丈夫か?」
先生の声が聞こえてくるけど顔が上げられない。
黒い影が近寄ってきたと思ったら、ふわりと身体が宙に浮いた。
朝陽さんの匂いがして……
頭の中は何も考えられないのに、目からは涙がボロボロと溢れ出していた。
私を椅子の上に下して、目線を合わせるようにしゃがみ込む。
ゆっくりと視界が明るくなって、はっきりと先生の顔が見えてきた。
「先生……!」
本当は飛びついて、思いっきり抱きしめてもらいたい。
今までの私はそうやって先生に嫌な思いをたくさんさせてしまったのかもしれない。
「……ごめんなさい……。たくさん嫌な思いさせて……」
泣き声まじりの私の言葉では、そう伝えることが精一杯だった。
もう逢えなくなる大好きな人に、こんな姿しか見せられない自分が情けなかった。
先生が私の両手をそっと握りしめる。
「……夏帆……。もう謝らないで……。謝らなきゃいけないのは俺なんだから……」
握った手をスッと離し私を抱き寄せた。
こんな風にされたら……また先生の事忘れられなくなっちゃうよ……!!
私はその腕をすり抜けるように椅子から立ち上がる。
「先生、私はもう大丈夫。ちゃんと先生の事忘れられるように頑張るから……!」
なんでそんな悲しい目をするの?
最後の日は目も合わせてくれなかったじゃない……
「私は先生の事……今だって大好きすぎて……そんな風にされたら忘れられなくなっちゃうから———」
瞬間、力強く引き寄せられたかと思ったら私は先生の腕の中にいた。
「俺が夏帆の事忘れられないんだよっ……!」
苦しい位に抱きしめられて、頭が真っ白になった。
ずっと、こうしてもらいたかったのに……
なのになんで全てが終わろうとしている今なんだろう……?
「先生……ずるいよ……。そんなこと言ってももう私たちは一緒になれないのに……」
離れなきゃ……そう思っても身体か言う事を聞かない。
「夏帆、逃げよう。一緒に……全部捨てて」
その言葉にびっくりして先生を見上げた。
「今日、必ず抜け出すから。夏帆はしばらく生活できるぐらいの荷物と、前に俺が渡した記入してある婚姻届けを持って、一緒に海に行って降りた駅で待っててほしい。七時までには必ず着くようにするから……!!」
今まで見たことがないような真剣で切迫した表情だった。
「先生……本気なの……?」
聞くまでもないとは思った。
でも……まだ信じられなかったんだ。
「夏帆、大好きだ。愛してるんだ……。夏帆がいない毎日なんて俺にとって生きてる意味がない。本当は夏帆のこと、毎日だって何時間だって俺は抱きしめたかったし、夏帆が全部欲しかった。もっと素直に……俺が夏帆への気持ち素直に出してればこんなに苦しめなくて済んだのに……」
先生の声が震えてる。
「別れることなんて考えないでくれ! 俺はいつだって夏帆の事しか頭にない。今までも、これからもずっと……」
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り始める。
「夏帆、待っててくれ。必ず行くから……!」
そう言って急いで私の背中を押して準備室のドアノブに手をかける。
振り返ると力強く先生は頷いていた。
「信じてるから……」
私はそう一言伝えて、懸命に涙を拭い準備室を出た。




